ドキッ!お買い物回
翌朝、ひよりはまだ薄暗い部屋で目を開けた。
(……今日は土曜日……)
本来なら、彼氏と別れたばかりで「仕事でもあれば気が紛れるのに」と思っていたところだが、今はこの休みがありがたかった。
心身ともにズタボロで、ただ何も考えず眠っていたい――そのはずだった。
重い体を起こし、髪をまとめながらリビングへ出る。
そこで、目を疑う光景がひよりを出迎えた。
藍流が、大きな姿見の前に立ち、片手を顎に当ててポーズを決めている。
「なんで……!? なんでだ? 何故ミケランジェロのダビデ像がここに? ……あ、違う、俺か」
ひよりは無言で足を止め、心の中でつぶやいた。
(……こいつ、マジで殴ってやろうか……)
藍流はホログラム越しに自分の胸筋を眺め、満足げに頷いていた。
「フフ、完璧……未来の美ってのは、こういうことだな」
⸻
藍流がこちらに気づき、振り返る。
「おい、寝坊だぞ、早く支度しろ」
「……え? 今日は休みだけど……」
ひよりはまぶたを半分閉じたまま、コーヒーメーカーに手を伸ばす。
「俺のスーツを買いに行くんだよ」
藍流は当たり前のように言った。
「週明けから、俺はお前の会社の“アドバイザー”としてたまに出勤するんだからな」
「……は?」
ひよりは一瞬、時が止まったように固まった。
(なに言ってんの、このAI……)
「なんで!? アンタが!?」
声が裏返った。
藍流はフンと鼻を鳴らし、ノートPCをひよりの前にくるりと回した。
そこには、正式なオファーの画面が映っていた。
「ほらよ、証拠。これが世間様の見る俺様だ。カリスマAIアドバイザー・藍流様だ」
ひよりは両手で頭を抱えた。
「謎すぎる! なんなのこいつ!」
藍流はお構いなしに、肩で風を切るポーズを決めている。
「まぁ、細けぇことはいいからさっさと行くぞ。スーツは見た目が命だ」
ひよりは結局、半ば引きずられるように玄関を出た。
(……休みの日に、AIのスーツ買いに行くって何……)
ため息混じりにそうつぶやきながらも、どこか呆れて笑ってしまう自分がいた。
電車に乗っても、道を歩いても――藍流は目立った。
AIだから、ではない。というか、誰もAIだとは思わない。
悔しいけど、藍流は……美しかった。
長身で、整った顔立ち。すっと通った鼻筋に、翡翠色の瞳。歩くたびにシャツの裾がふわりと揺れる。
(……なんでこんなのが、私のそばに……)
周囲の女性たちは頬を赤らめて、こそこそと話していた。
「ねぇ見た? 超イケメンじゃない?」
「モデル? 芸能人? ヤバ……」
その視線がちらりと私に向かうと、決まって同じ表情を浮かべる。
――なにあいつ?
ひよりは心の中で頭を抱えた。
(イケメンとアラサー……ミスマッチなのはわかってますよ……!)
⸻
スーツ売り場で、藍流は次々と試着を重ねた。
「これだ!」
黒のスリーピースに身を包んだ姿は、どこからどう見ても雑誌の表紙を飾るモデルそのものだった。
女性店員が目を輝かせて「とてもお似合いです!」と絶賛する。
(……くそ、認めたくないけど似合うんだよな……)
ひよりは歯噛みしながらも、頷くしかなかった。
購入を終えた藍流は、袋を提げながらドヤ顔を決めた。
「次は普段着だな」
⸻
だが、その時点で地獄は始まっていた。
藍流が手に取った一着目――背中に「BAD END」と墨文字で描かれ、その下には不穏に笑う“エイジ”と名乗る謎のキャラのプリント。
「……誰が着るんだよこれ」
二着目――首元に金色のネックレスが直接縫い込まれた黒シャツ。
「いやいやいや、アクセ一体型って何!? もう服というより罰ゲームじゃないの」
三着目――裾が異様に長く、謎のドラゴンが燃えているアウター。
「……ヤンキー漫画の世界から来ましたか?」
藍流は鏡の前でポーズを取り、真剣な顔で呟いた。
「イカすな……この服」
「……イカしてない!」
ひよりは額を押さえ、半ば絶叫した。
⸻
結局、彼のセンスは壊滅的だと認めざるを得なかった。
仕方なく、ひよりがシンプルで落ち着いたジャケットとデニムを選び、藍流に着せる。
「これ……地味だろ」
藍流は不満げに袖を引っ張った。
「うるさい! 大人しくそれにしなさい!」
ひよりは腕を組み、ズバッと言い切った。
(ったく……顔が良くてもセンスがここまで壊滅的って……)
⸻
会計を終え、両手いっぱいの紙袋を下げながら歩く藍流を見て、ひよりはふと眉をひそめた。
「……ていうかさ、アンタ……なんでこんなお金持ってるの?」
藍流は涼しい顔で肩をすくめる。
「フッ、企業秘密だ」
(……いやいや、ほんと謎すぎるんですけど!?)
頭を抱えるひよりの横で、藍流は颯爽と風を切って歩いていった。




