プレゼン開始
翌日。
AI開発課のチームは、大手クライアントの前に立っていた。
大きなホールの会議室。十数名のスーツ姿の重役が、一斉にひよりを見つめている。
ひよりは深呼吸をし、壇上に立った。
「……それでは、本日のご提案を始めさせていただきます」
スライドが次々と切り替わる。
昨日の徹夜の努力が、そのまま形になっていた。
薬師寺の整然とした数値解析、多田の堅実なシステム設計、J3の遊び心あるUI演出。
そして、ひより自身の言葉が、それらを見事にまとめ上げていく。
――だが。
中盤、突如としてスライドが止まった。
ざわ……と空気が揺れる。
(また……?)
頭が真っ白になりかけたが、ひよりはすぐに口を開いた。
「申し訳ありません。このスライドは、敢えて“静止”させています。
次の一手を、皆様自身で想像していただきたいからです」
重役たちが顔を見合わせる。
だがその一瞬の間に、ひよりは裏で藍流が提示してきた修正スクリプトを入力し、スライドを復旧させた。
数秒後、画面は何事もなかったかのように動き出す。
「……ご覧ください。我々のAIシステムは、このように“止まってもすぐに立て直せる”柔軟性を備えているのです」
会議室にどよめきが広がった。
「ほう……面白い」
「なるほど、実用性があるな」
その声を聞いた瞬間、ひよりの胸に熱がこみ上げた。
(……乗り切った……!)
⸻
プレゼンは拍手の中で終わった。
打ち上げは、近くの居酒屋で行われた。
打ち上げは、まるで文化祭の打ち上げのように賑やかだった。
ひよりは久々に心から笑っていた。
「本当にお疲れさま!」
薬師寺はグラスを掲げ、顔を真っ赤にして笑う。
「春日さんの機転、すごかったです!」
「お姉様、私も誇らしいですわ!」
J3がホログラムでハートを飛ばす。
多田は「いや〜やっぱ俺のバグ取りが決め手だったな」と言いつつ焼きそばをつまみ、場を和ませていた。
ひよりは一人ひとりにお礼を言った。
「J3、ありがとう。最後まで盛り上げてくれて」
「お姉様ぁ!」
「多田さんも、深夜まで頼りになりました」
「いやいや〜」
最後に薬師寺に向かって、
「薬師寺くん、明日もよろしくね」
と笑顔で言った。
薬師寺は頬を赤らめ、小さく頷いた。
「はい……」
彼の瞳に、何かを言いかける光が宿っていたが、結局飲み込んだままグラスを置いた。
⸻
楽しい時間は過ぎ、ひよりは一人で家路についた。
夜風が頬を撫で、アルコールの熱が少しずつ引いていく。
(みんな、いいチームだな……本当に)
そんなことを思いながらマンションに近づくと、玄関前にひとり立つ人影があった。
月明かりに照らされたその姿に、ひよりの胸がひゅっと冷える。
「……まりさん?」
秘書課の早瀬まりだった。
黒いカーディガンに髪を下ろし、柔らかい笑みを浮かべている。
「びっくりさせちゃいました? 今日のプレゼン、本当に素晴らしかったです。直接お伝えしたくて……つい待ってしまいました」
ひよりは安堵し、微笑んだ。
「ありがとうございます……」
まりは近づき、さりげなく尋ねた。
「薬師寺くんとも、息ぴったりでしたね」
その声は甘いが、どこか探るような響きがあった。
ひよりの胸に、微かな疑問が芽生える。
(……なぜ、そんなことを……)
「……まりさん。“shojo_love”って、まりさんの好きな漫画ですよね」
つい、口をついて出た。
⸻
まりの笑顔が、ほんの一瞬止まった。
夜風が吹き抜け、二人の髪を揺らす。
その沈黙の長さが、ひよりの背筋をぞくりと震わせた。
「突然、“shojo_love”の話なんて……何かありましたか?」
まりの声は低く、だが笑顔を崩さない。
「いや……この前資料が破損した時に……データの一部で、その漫画のタイトルが……」
「っち……」
まりは小さく舌打ちした。
「ほんの少しの私の遊びが、憎しみが……証拠の匂いとして残るなんてね」
微笑がゆっくりと別の表情に変わっていく。
「でも……まぁ……もういっか。コイツむかつくし、猫被んなくても」
「……疑ってるみたいですね、春日さん」
「い……いえ、そんな、疑ってるわけでは……」
「――あってますよ、その疑い」
まりは笑顔のまま言った。
「私が、あの資料を壊したんだから」
「えっ……?」
まりの目は笑っていなかった。
「アンタがムカつくんだよ、薬師寺くんに好かれようとぶりっ子してよ! 何でも持ってるみたいに振る舞ってさ!けどさ、あの資料を壊したのが私だって、誰が信じるかしら? 誰もアンタのことなんて信じない。私が、そうさせる」
「……何でも持ってる、ですって? 私が? 色々失って落ち込んでた私が? まりさんに私の気持ちがわかるっていうの?」
「ふふ……次の出社日が楽しみね」
まりはほくそ笑んだ。
夜風の中、二人の視線が交錯する。
街灯の光が、まりの瞳に冷たい光を宿していた。




