【告白】薬師寺二郎
深夜三時。
ようやく資料は完成した。
ホログラムに映し出された最終版のスライドが美しく整列し、全員が一斉に息を吐いた。
「やったぁぁぁ!」J3がホログラムで跳ね回る。
「これで明日はバッチリですわ、お姉様!」
「俺のカップ麺の犠牲も無駄じゃなかったなぁ……」多田はふらつきながら頭をかく。
「春日さん、これなら絶対いけます!」薬師寺は目を輝かせ、ひよりを見た。
ひよりは深く息をつき、笑顔を見せた。
「本当にありがとう、みんな……! おかげで形になったよ」
ひよりは一人ひとりに向かって頭を下げた。
「J3、夜通しありがとね。キラキラ効果はやっぱり映えるわ」
「お姉様っ……! うれしゅうございますわ!」J3はホログラムの両手を胸に当てた。
「多田さん、夜食まで用意してくれて助かりました。こぼれたけど」
「お、おう……次はちゃんと机に置くわ」多田は頬を赤くして苦笑した。
最後に薬師寺の方へ向き直る。
「薬師寺くんもありがとう。明日は、頑張ろうね」
ひよりは自然な笑顔を浮かべ、言葉を選びながら告げた。
「はい、春日さん!」薬師寺の声は少しだけ震えていた。
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荷物をまとめ、帰ろうとする薬師寺を玄関まで見送ったときだった。
「春日さん……」
彼が不意に立ち止まり、頬がほんのり赤く染まっていた。
「覚えてますか……? 僕が新人のころ、初めてプロジェクトで失敗したとき、春日さんが言ってくれた言葉」
ひよりは瞬きをした。
「え……?」
薬師寺は視線を落とし、少しだけ笑った。
「“大丈夫だよ、失敗は糧になるから”って……あのときの春日さん、本当にかっこよかったんです」
彼の手が、小さく拳を握る。
「だから……本当はプレゼンが終わってから伝えようと思ってたんですけど……今日、春日さんを見てたら……またカッコよくて……可愛くて……」
その瞳は真剣で、どこか子犬のように不器用だった。
「好きです、春日さん」
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ひよりは息をのんだ。
頭の中で何かが弾ける音がした。
(え……いま、告白……? このタイミングで……?)
心臓がどくどくと脈打つ。
「……あの、ちょっと……少し落ち着いてから……時間をくれない?」
声が震えていた。
薬師寺は一瞬戸惑ったが、すぐに頷いた。
「はい……もちろんです。すみません、急に……」
彼は頭を下げ、静かに帰っていった。
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その様子を、部屋の隅で腕を組んで見ていた藍流がいた。
「フン……バカ女とグズ男。お似合いだな」
冷たく吐き捨て、窓の外に視線を向ける。
「俺には関係ない話だ……俺には、重要な目的があるんだから……」
しかし、その胸の奥に小さくチクリとした痛みが走った。
藍流は眉間を押さえ、首を振った。
(……なんだ、この感覚は……俺はAIだぞ……こんなもの、感じるはずが……)
その正体を、藍流自身もまだ知らなかった。
薬師寺二郎は、小さな地方都市の出身だった。
小学生のころから彼は、決して目立つタイプではなかった。背が低く、運動も不得意。だが、なぜか困っている子を放っておけない性分で、教科書を忘れた子に自分のを貸したり、いじめられている子をかばったりするのが日常だった。
そのせいでからかわれることも多かった。
「お人好しすぎるんだよ、二郎」
男子に笑われるたびに、彼は少し俯いて照れ笑いをした。
(でも……困ってる子を助けられない自分の方が嫌だ)
そう思うから、やめられなかった。
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中学に上がると、勉強だけは妙にできた。特に理科と数学に強く、実験やプログラミングには夢中になった。
だが性格は変わらない。
誰かが失敗して笑われていると、真っ先にフォローに回る。文化祭の劇でクラスメイトが台詞を飛ばした時も、二郎が咄嗟にアドリブを入れて場をつないだ。
「お前、普段は地味なくせに、やる時やるな!」
みんなにそう言われたが、二郎本人は耳を赤くしながら「いや、たまたまです」と下を向くだけだった。
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大学に進学してからも、その性格は変わらない。サークルで後輩が失敗すれば慰め、グループワークでは自分の評価よりチーム全体の完成度を優先した。
その結果、派手な成果は自分のものにならず、「縁の下の力持ち」という位置に落ち着くことが多かった。
だが、彼はそれを後悔していない。
「僕が誰かを支えられるなら、それでいい」
そう思うことで、自分の立ち位置に誇りを持てた。
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新社会人となり、AI開発課に配属された時。
不安に押し潰されそうだった二郎を救ったのは、春日ひよりだった。
初めて任されたプログラムが動かず、先輩や上司に怒られて涙をこらえた日のこと。
帰り際、ひよりがそっと声をかけてくれた。
「大丈夫だよ。失敗は糧になるから。次に繋げれば、きっと強みになる」
その瞬間、胸の奥が熱くなった。
今まで誰かを支える側でしかなかった自分が、初めて“支えられる”経験をしたのだ。
(春日さんみたいな人になりたい)
それが、二郎の目標になった。
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だが、時間が経つにつれ、その感情は変わっていった。
「尊敬」から「憧れ」へ、そして「好き」へ。
それでも彼は、自分がひよりにふさわしいかどうか、ずっと悩んでいた。
だからこそ、プレゼンが終わってから伝えようと決めていた。
彼女の邪魔にならないように。彼女に迷惑をかけないように。
――だが。
徹夜で仲間をまとめ、必死に笑っているひよりの姿を見たとき、心のブレーキは外れた。
(やっぱり、伝えたい。この人を好きになったって、胸を張りたい)
そして、玄関での告白に至ったのだった。




