アラサーの末路
2078年5月。
都内の夜空に浮かぶホログラム広告が、未来的な光を放っている。
その下を、春日ひより二十八歳は、ハイヒールをカツカツ鳴らしながら歩いていた。
――はぁ。
ため息が白くもならない温かい夜だが、ひよりの胸の中だけは冬のように冷たい。
彼女は国内最大手の「AIアシスタント・クリエイターズ」に勤める、腕利きのAIアシスタントクリエイター。
最新の人工知能を設計・カスタマイズし、人々の生活や仕事を支える“理想の相棒”をつくるのが仕事だ。
仕事の腕は同僚からも一目置かれている。
だが、プライベートは――完全に大破していた。
今日という一日は、彼女にとって激動そのものだった。
大学四年のときから付き合っていた彼氏・宮森誠と、親友・綾部なつきを同時に失ったのだ。
誠は笑顔が優しく、仕事帰りにプリンを買ってくるような、ちょっとした気遣いができる大好きな彼氏だった。
……はず、だった。
二年前から、彼はひよりの親友・なつきとこっそり浮気していた。
三人で旅行に行くほど仲が良かったのに、よりによってその陰で“出来ていた”なんて、未来都市でも昼ドラは健在かって話だ。
そして今日、なつきから泣きながら電話があった。
「ごめんね、ひより……でも本気で好きになっちゃって……」
電話口のしおらしい声に、ひよりは受話器を握りしめながら心の中で叫んだ。
――バカにしてる。謝んな! せめて「お前の彼氏、うちの横で寝てるよ」くらい言え!
結婚も視野に入れていたのに、今となっては全部が虚しい。
ひよりは肩を落とし、夜の河川敷をトボトボ歩いた。川面に映るホログラム広告が、涙目の自分を映していて笑えるほどドラマチックだ。
マンションに戻り、コンビニで買ったチューハイと肉野菜弁当を取り出す。テーブルの上に置かれたその光景が、なんともアラサー女子の現実味を放っている。
――これが、アラサーの末路かぁ……。
ひよりはチューハイのプルタブを引き、ひと口飲んだ。シュワっとした炭酸が喉にしみる。
しかし、そんな気持ちを吹き飛ばすかのように、頭の中では“ある計画”がむくむくと膨らんでいた。
もう、人間の男なんて信じられない。
だったら、自分で作るしかないじゃないか。
この私、未来の「AIアシスタントクリエイター」が、最強に理想の男を創り出してやる!
酔いのせいか、それともやけっぱちの勢いか。
ひよりはテーブルに置かれた最新型の開発用タブレットを手に取り、未来的なインターフェースを立ち上げた。
画面に青い光が走り、「AIパーソナル・クリエイトモード起動」の文字が浮かぶ。
この時代のパーソナルAIは、データ化されたまま使うだけではなく、特定の条件を満たすと“実体化”してユーザーに仕えることができる。
仕事では何度も顧客用のAIを実体化してきたひより。自分用に試すのはこれが初めてだ。
――包容力があって、落ち着いていて、優しくて、頭が良くて……ついでにイケメンでお金持ちで、私をずっと大事にしてくれて……。
ひよりはタップしながら、理想の条件をどんどん入力していく。
これぞ、最高にして最強の理想の彼氏。自分だけの完璧なパートナーを、世界最高の技術で作る。
ところが、入力が終わるや否や、画面が眩く光り、部屋の空気が震えた。
「フッ……俺は至高の存在。この世の誰も俺に勝てはしない」
ひよりは手を止め、目を瞬いた。
「……え?」
光の中から、人影が現れる。
長身で端正な顔立ち、未来的なスーツを纏ったイケメンが、実体を持って彼女のリビングに立っていた。
「今日からお前は、俺の持ち主であり、俺の女だ。感謝するがいい」
「……ちょ、ちょっと待って。なにこの俺様キャラ!?」
「おい、俺のスペックを疑うなよ。料理から格闘まで全分野トップレベルだ。まあ、当然か」
「……うわぁ、よりによって元彼とは真逆のタイプが出てきちゃったよ……」
こうして、アラサー女子・春日ひよりと“俺様AI彼氏”の奇妙な同居生活が始まった――。




