50番目の勇者候補(1)
神官長エリオットは少し緊張していた。
ここ数年、彼はある任務に従事している。
それは国の、教会の威信をかけた任務なのだが、正直エリオット自身はこの任務に疑問を持ち始めていた。
その任務とは――。
ズバリ勇者召喚である。
勇者召喚。
異世界より勇者を呼び出し、この世界の危機を救ってもらう。
教会に何百年と前から伝わる最高難易度の秘術である。
その昔、勇者召喚によって呼び出された勇者がこの世界の危機を救った。
この世界の危機、それは魔王の登場だ。
魔王はこの世界の半分以上を支配し、三割強の人類を死に至らしめた。
その支配は何十年と続き、人々は絶望の底にいた。
そんな時、一人の司祭が教会の秘術勇者召喚を行なった。
何百年と途絶えていた、秘術中の秘術である。
それは命がけの召喚であった。
この召喚術が最高難易度と呼ばれる所以である。
司祭は勇者の召喚に成功した。
そして、召喚された勇者は魔王を討伐した。
その代償として、司祭は魔力とその地位を失った。
魔力の喪失は司祭から神聖魔法を奪った。
神聖魔法を使えなくなった司祭は、その功労に報いられることなく教会を追われた。
結果、世界は救われ、一人の司祭が教会を去った。
歴史の表面上は、その命がけの召喚を行なった人物の名前すら伝えていない。
だが、教会にはこの出来事は最大の事件として、秘密裏に途絶えぬよう、ある一定の地位以上の者に口伝で引き継がれていた。
そして、勇者召喚は禁術とされた。
勇者召喚は禁術、使ってならぬ術とされた訳だが、そんなことはいっていられない事態が起きた。
魔王の復活である。
世界は荒れた。
まだ魔王の侵攻を受けた訳でもないのに、誰かが声高に魔王復活を流布したのである。
かつて勇者召喚で魔王討伐を果たしたこの国は、事の重大さを憂慮し、教会に対し勇者召喚を行なうよう命じた。
教会は困惑した。
勇者召喚の危険性を一番わかっているのは、教会なのである。
同時にその有用性もわかっていた。
魔王を倒せるのは、異世界より召喚された勇者のみと。
教会は国への返答を、いったん先延ばしにした。
教会全体で事に当たるため、その意思統一と、絶対に勝つという確固たる
自信のもとに。
実は教会は勇者召喚を禁術としながら、その研究に余念がなかった。
前の勇者召喚より、すでに何百年と経っている。
だが何も変えられなかった。
勇者召喚はその複雑な術式ゆえに、完成した当初からそこに手を加えようのない完璧な術式だった。
では教会は何もしなかったのか。
そうではない。
単独で扱うから、膨大な魔力を要するので、多人数で扱えるよう術式を
改良した。
そして――。
多人数制御勇者召喚術式が完成した。
教会はこれを持って国との交渉にあたる。
まず他国への勇者召喚術式の公開。
そして、庶民たちの安全確保。
さらには勇者召喚成功、魔王討伐の暁には、教会の地位向上と新たに神官を置くこと。
これらを条件に新術式を用いて、勇者召喚を実行する。
国はあっさり条件を飲んだ。
もとより、選択の余地はなかった。
勇者がいなければ魔王は倒せぬ。
魔王を倒さねば、国は滅びの道を進むだけである。
かくして国と教会の密約といっていいだろう、それが締結された。
そんな密約が結ばれて数日後、大司教オズワルドに、若き司祭が呼び出された。
エリオットである。
エリオットは若手の中では最も上手に神聖魔法を使いこなし、すぐに司教になるだろうと目されている。
「先生、何か御用ですか?」
エリオットはオズワルドのことを先生と呼ぶ。これはエリオットが見習い時代に、教会学校でオズワルドから勉学を学んでいたからなのだが、今だにその頃の関係性を変えられない。
「エリオットや、ワシはもう先生ではないぞ」
「いえ、私にとってオズワルド様は、いつまで経っても先生です」
それはエリオットなりの敬意の表し方であったが、昔の関係性をいつまでも引きずるものではないと、オズワルドはたしなめる。
オズワルドは数名しかいない大司教なのだ。オズワルド自身、地位や上下関係にうるさい人間ではないが、それでも公式な場所ではそれに応じた対応をすべきだと思っている。
そして、それは日頃からきちんとした態度で臨むことから始めないと。
「失礼しました。大司教オズワルド様、改めて御用の向きは何でしょう」
「うむ、そなたには王城に出向し、神官長に就いてもらいたい」
「神官長、ですか?」
「そうだ、神官長は司教と同等の地位の、国の役職と考えてもらえば良い。そして、神官長として、ある任務に就いてもらうこととなる」
「任務? それは先ごろまで国からの命令であった、例の件ですか?」
オズワルドはゆっくりとうなずいた。