プロローグ
清田和海はその日、ドキドキワクワクしていた。
何故ならその日は和海の所属する野球部の、レギュラーメンバー発表の日だった。
和海の通う高校の野球部は、いわゆる古豪と称されていて、一昔前は強かったが最近はどうも……というような状態だ。
だが、今年は違うぞと、今年は俺がいると、和海は自分の存在がこのチームを変えると信じていた。
和海には中学時代の実績は無かった。
中学の時から硬式のチームに入って鍛えていた訳でもない。
普通に中学の部活動として野球をやっていたが、目立った能力を示した訳でもなかった。
それでも和海は自分に才能があると、それも投手としての才能があると、誰に認められた訳でもないけど信じていた。
高校には入って二ヶ月ちょっと、わずかな時間だがその間に和海が得たものは自信であった。
中学の時より確実に成長している、自分は高校野球で通用する。
わずかな時間で和海の思いは確信に変わった。
(俺はこのチームのエースとして、甲子園を目指すぞ)
和海は真剣にそう思うようになる。
「それでは夏の予選に向けてのベンチ入りメンバーの発表と、背番号の授与を行う」
部員全員の前でそう高らかに宣言したのは、今年就任したばかりのコーチであった。
まだ二十代半ばの若いコーチである。
数年コーチをやったら、今の監督からチームを引き継ぐらしい。
その監督は若い頃から長年チームを率いて、もう六十になろうとしていた。
体を動かしての指導はもうコーチに任せ、こうした折々の発表も自分でせずに後ろに控えていた。
今もコーチの後ろで椅子に座り腕を組んでいる。
「では呼ばれた者は前へ。マネージャーより背番号を受け取りなさい」
コーチの言葉に和海は緊張した。
まずベンチ入りメンバーには選ばれるだろう。問題はこのチームのエースになれるかだ。
ここのところの練習試合には必ず出場させてもらっている。ただ、投手以外での出場機会も多いのだ。
和海は打撃もいい。器用でどのポジションでもそつなくこなすので、監督やコーチから便利に使われているきらいがある。
もし監督たちが、清田はなんでも出来るからユーティリティプレーヤーとしてベンチに置いておこう。
そう考えたとしたら、和海の夢は始まる前から消えかねない。
和海は頭を振った。自分の中にある嫌な想像を振り払いたかった。
エースとしてメンバーに選ばれる。それこそが和海の望みであり、ただ選ばれればいいというものではない。
選ばれない部員たちもたくさんいることを思えば、すごく贅沢なことを言っている。
それはわかっている。
でも、譲れない思いでもあるのだ。
「清田、清田和海!」
コーチが和海の名前を呼んでいるのをスルーしそうになっていると、横の部員に腕をつつかれた。
「はいっ」
「清田和海、前へ」
前に出て行く時、腕をつついた部員が小声でおめでとうと言った。
和海は軽くうなずくと、コーチの前に小走りで行く。
祝福してくれた部員は心から言ってくれたのだろうが、和海としてはメンバー入り自体はめでたいことではない。
和海の目標はあくまでエースナンバーである1番を獲得すること。
それ以外なら、極端に言えばベンチ入りを逃したってかまわない。
コーチの前に来ると一段と気が引き締まる。
もう何人か呼ばれて、横のマネージャーが背番号を配り終えている。
和海はきちんと聞いていなかったので、すでに1番が配れたかどうかわからない。
「清田和海、おまえには今まで色んなポジションを試させてもらったが、やはりピッチャーをやってもらうことにする」
コーチはそう言うと、マネージャーから背番号を受け取るよう促す。
マネージャーのほうを向き、一歩前に出ると背番号が否応なく目に入る。
そう、マネージャーがこちらに向けて渡そうとする背番号1が。
和海はコーチを見た。
コーチはゆっくりうなずく。
「夏の予選はお前を中心にチームをつくる。もちろん、お前だけじゃない。投手陣みんな、メンバー全員の力で
戦い抜いて行くんだ。」
和海は後ろを振り返る。
そこには野球部員全員が、和海に注目している。
特に投手陣の先輩たちは、自分たちを差し置いてエースナンバーを手にした後輩に、複雑な思いがあるだろう。
だが彼らはそんな思いを微塵も感じさせず、和海に対して拍手を始めた。
それは最初、まばらなものだったが、徐々にみんなが拍手を始めて、やがて割れんばかりの大きな拍手となった。
和海は部員みんなに見せるように背番号1を掲げた。
そして心底思った。
このチームの一員で良かったと。