プロローグ(第一巻)
"この世界には、上下2つの大陸が存在する。その間を碧斕海が隔てており、それぞれ魔界、人間界と称されていた。
まあ、こんないかにもな厨二ネームを誰が考えたのか、今となっては知る由もないが、言い得て妙とはまさにこのことだろう。
上の大陸では、主にホモ・サピエンス――高い知能を持つヒト種が主流を占めている。繁殖力と適応力に優れた彼らは、世界の半分以上をその版図に収め、自らをオアメニー(人間)と称した。結果、ヒト種以外の生物の多くは、キャメロット海峡以南の下の大陸への移住を余儀なくされる。この分断状態が気の遠くなるような歴史を経て、最終的に2つの大陸は完全に異なる世界として形成されたのである。
ってことは、大昔はみんな仲良く一緒に暮らしてたってこと? 異獣の皮で装丁された分厚い書物をめくりながら、思わず眉をひそめてしまう。
異種族という脅威を失った人間たちは、上の大陸を統一したものの、やがて4大国と無数の小国に分裂した。一方、魔界は力こそが全ての掟であるがゆえ、魔王による中央集権体制のもと、大陸全体が盤石の支配を維持している。そして今からおよそ3000年前、隙ありと見た当時の魔王が、最初の界を越えた戦――第1次異界大戦を仕掛けたのだった。
両大陸にまたがる千年戦争の口火を切ったこの大戦。当初の3年間、人間連合は互いへの不信感と長きにわたる平和ボケのせいで、ほとんど抵抗らしい抵抗もできず、一時はフレティ領内まで後退、アミス川以南の全土を失うまでに追い詰められた。まさにその時、記録に残る最初の――すなわち初代勇者が現れたのである。
歴史の観察者として、人間という種族を評価するのは、どうにも難しい。彼らは、利己心や猜疑心から絶体絶命の窮地に陥ることもあれば、勇気と信念によって奇跡を起こすこともあるのだから。人間たちは、甚大すぎる犠牲を払いながらも魔王軍の進軍を遅らせ、それによって初代勇者にチャンスを――魔王に一対一の挑戦を挑む、たった1つの機会を、作り出した。
その戦いの詳細を今、正確に知ることは難しい。ただ、その結末だけが、吟遊詩人たちによって代々語り継がれる伝説となっている。強者を尊び、何物をも恐れぬはずの魔族たちは、初代勇者の前に初めて恐怖を味わわされた。首魁を失った彼らは、最終的に上の大陸から撤退する。その後、魔王を掣肘する存在として、中央教会が初代勇者の遺志と伝承を受け継ぎ、代々、人類の希望たる存在を育成し続けてきた。
正義と邪悪、そして両世界の最強戦力同士による激突。これこそが、何千年にわたり、勇者と魔王の宿命、というわけだ。"