タイトル:「水の檻」
苦しい。
どれだけ口を開けずにいたか覚えていない。
だが、限界はとうに過ぎていた。
肺が焼ける。
喉が裂ける。
目の裏が脈打ち、血が音になる。
水は、優しさなど持っていなかった。
冷たく、重く、あらゆる穴に入り込む。
耳に、鼻に、口に、皮膚に。
水は、私の内側と外側を区別しない。
私は沈んでいた。
光は遥か上に、霞のようにぼやけていた。
腕は動かない。
足も。
時間が止まったわけではない。
ただ、私のなかの時間だけが、延々と続いていた。
その瞬間が来たと思った。
身体が痙攣し、肺がついに開いた。
水が入ってくる。
すべての穴から。
溺れる、という行為の本質が、はっきりと理解できた。
「やっと終わる」と思った。
喉の奥で何かが壊れた。
脳が、断末魔の閃光を放った。
視界が反転し、肉体と魂がずれる音がした。
——だが、終わらなかった。
意識は、そこにあった。
痛みも、苦しみも、そのままだった。
水が肺を満たしきったあとも、私は“生きていた”。
死は来なかった。
代わりに来たのは、**“終わりのない最期”**だった。
苦しい。
苦しい。
苦しい。
それ以外の言葉は浮かばなかった。
人間は限界に達すれば終わるはずだ。
限界を超えた痛みは、意識を断ち切ってくれるはずだ。
だが、それは来なかった。
死が、許されなかった。
私は知った。
これは“罰”だ。
何をしたのかはわからない。
誰に裁かれているのかも知らない。
だがこれは、偶然ではない。
「生きたまま死ぬ」ことが、私に課された罰だった。
いまも私は、
肺に満ちた水を抱えたまま、
深く沈み続けている。
終わることのない“最期の瞬間”を、
繰り返し、繰り返し、生きている。
(了)






