プロローグ
《蓮の葉》は美しい。
神聖で、どこか人の手が届かないところにあるような、そんな気品をまとっている。
ただ、その根は泥にまみれ、土の中で生きている。
それなのに、なお美しい。
僕は10年前、恋をした。
どこか気品で、しかし物腰が柔らかい女の子に。
一目惚れだった。運命の相手とさえ思った。
僕は、必然的に恋をしていた。
恋だと気づいてからの行動は、早かった。
どうすれば仲良くなれるのか考えたし、あるいは彼女の視界にどうすれば自分が入れるのかを必死に模索した。
彼女の好きな物を知りたくて、友人にそれとなく話を聞いたり、ある日には偶然を装って近くを通ったりした。
けれど、そんな努力の一つひとつがどれも幼稚で空回りしていることは、自分でも薄々気づいていた。
それでも、彼女と目が合った瞬間や、たまたますれ違いざまに「おはよう」と微笑まれるたびに、その空回りすら意味があると思えてしまった。
さて、前置きが長くなってしまったがこれを読んでる人たちは《蓮の葉》のもうひとつの顔をご存知だろうか。
その清らかな見た目とは裏腹に、人々の中にはその葉に別の意味を重ねてきた者もいる。
まるで、泥の中に隠されたものが葉の上に映り込むように。
しかし、この物語は、その泥を暴くものでも、美しさだけを讃えるものでもない。
これは僕と彼女の、《蓮の葉》をめぐる奇譚であり、青春譚だ。