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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

エミーリエ

作者: たま

同性愛要素あり



隣の家のおじいちゃんは、さとるさんと言った。とても物静かで、いつも穏やかに微笑んでいて、僕はさとるさんのことが小さい頃から大好きだった。

でも、母さんはあんまり好きじゃなかったみたいで、僕がおじいちゃんとお話ししたことを話すと、良い顔はしなかった。父さんはなんとも思ってなかったみたいだけど。だから僕はいつしか、おじいちゃんと会ったことは、誰にも言わないようになっていった。


小学5年生か6年生のころ、僕は、さとるさんの家に毎日遊びに行っていた。

なぜかというと、学校にいたくなかったからだ。その頃の僕は、あまり学校が好きではなくなっていた。友達との話も楽しくないし、別にやりたいこともない。だから、半ば逃げ出すようにして、さとるさんの家に来ていたのである。

遊びに行くと、さとるさんは、やあこんにちは、と言って笑う。そして居間に通してくれて、お茶と、小さなお菓子をいくつか食べさせてくれる。あとは、僕がひたすら何かを話して、さとるさんが頷きながら聞いてくれる、という時間を過ごすのだ。さとるさんはほとんど意見を言わず、じっと、辛抱づよく聞いてくれるのだった。


しかし、ある日一度だけ、さとるさんがたくさん話をしてくれたことがあった。それは、なぜ僕の母さんがさとるさんを好きじゃないのか、という話をしたときのことだった。

なんでだろう、こんなにさとるさんはいいおじいちゃんなのに、と僕が文句を言っていたとき、さとるさんはいつものように頷いていた。そして、こんな話をしてくれた。



「君のお母さんはきっと、僕の若い時のことを知っているんだね。僕はね、若い頃、大金持ちの愛人だったんだよ。そしてね、その人は、男の人だったんだ。僕は同性愛者だ。いまも伴侶はいない。結婚もしていないおかしなじいさんだから、僕に君を近づけたくないんだろうね。

ああ、もちろん大丈夫だよ。君に何も危害は加えない。これは絶対だよ。

というのはね、僕の心はもう、その大金持ちの人にあげてしまったから」



僕は、初めて聞くさとるさんの身の上話を、夢中になって聞いた。その大金持ちとはどうやって出会ったのか、どんな人だったのか。その話のほとんどは、今となっては覚えていない。

けれど、一番印象に残った言葉は、よく覚えている。



「あの人には、たくさんの愛人がいた。時には、同じお家の中で鉢合わせてしまうこともあったほどだ。

けれどね、彼は病気で死ぬという間際になって、『さとるを呼んでくれ』、と言ったんだ。奥さんでも子供でも、他のたくさんの愛人でもなく、僕を。

僕はね、あれに心を奪われてしまったんだよ。あれから50年になろうかというけれど、いまだに僕はあの人が世界で一番好きだ。

いま、一人淋しく生きているけれど、またあの世であの人に会えるのが、毎日楽しみで仕方がないんだ」



そう言ったさとるさんの顔は、やはり穏やかに微笑んでいた。しわくちゃだけれど、僕はその顔を、きれいだな、と思ったのだった。



あれから、10年経つ。

いま僕は大学生になり、家を出て他県に住んでいる。だから、さとるさんが死んだ、というのは、母さんから電話で聞かされた。

さとるさんは、庭で倒れているところを、偶然家の前を通りかかった人に発見されたという。救急車で運ばれたが、心臓麻痺で、既に亡くなっていたのだそうだ。

そして、かつて僕がさとるさんの家に遊びに行っていたことを、母さんは知っていた。こっそりお詫びの電話を入れたり、お菓子を差し入れたりしていたらしい。



「母さん、さとるさんのこと嫌いだったよね。あれって、ホモだったからなの?」

「うーん、最初はそうね。ご近所さんからその話を聞いて、近寄らない方がいいわよ、って言われてたから。でも、途中からは、母さんもさとるさん、好きだったわよ。あんたが学校行きたくないときもよく話してくれて、ずいぶん助けてくださったからね」



優しい方だったわよね、と母さんは寂しそうに言った。


僕も、別れは寂しい。しかしきっと、さとるさんは嬉しかったのだろうなと思った。胸が苦しくなり、庭で倒れるとき、きっとさとるさんは幸せだったろう。

もしかしたら、「またあの世であの人に会えるのが、毎日楽しみで仕方がないんだ」と、そう言っていたときと同じ笑顔だったのかもしれないなと思った。





誰だったかの画家のエピソードを元にしています。

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