コトリ村
よく晴れた日の午後、ある村に新たに一家が引っ越してきた。
『ようこそ。ここはコトリ村だよ』
『あら、初めて見る顔ねぇ』
『村長さんには挨拶したかい? この村で一番大きな家だよ』
『ここから西に向かうと大きな町がある。行ってみるといい』
妻、夫、娘の三人家族。彼らは村の人たちに引っ越しの挨拶を済ませ、夜、食卓で黙々とスープを口に運んでいた。
「ねえ、あなた……」
妻がスプーンを置き、沈んだ表情で言った。
「ん? なんだい?」
夫がパンを咀嚼しながら答えた。
「この村、何かちょっと変じゃない……?」
「え? 何が? 引っ越しでバタバタしてたからよく話せなかったけど、みなさん明るくていい雰囲気の村じゃないか」
「それはそうなんだけど……」
「まあ、僕らはよそ者だからね。向こうも緊張していたんだろう。でも、すぐに馴染めると思うよ。なあ」
「うん!」
娘が元気よく返事をすると、暖かな風が吹いたように感じ、妻は顔をほころばせた。
「ふふっ、でも……うん、そうよね。早く打ち解けられるよう、また明日村の人たちと話してみるわ」
「ははは、それだよそれ」
「え?」
「村の人たち、だなんてさ。僕らもこの村の一員なんだから」
「あ、そうよね。うふふ」
「ははは」
「あははっ」
しかし、妻が抱いた違和感が拭い去られることはなく、むしろ時間が経つごとに増していったのだった。
「ただいまー」
「おかえりなさい……お仕事どうだった?」
「いやぁ、ははは、なかなか手厳しいねぇ。見て盗めってやつだな。親方が教えてくれなくてさ。でも、職場が村の中にあるってのはありがたいよ。歩いて行き来できて、こうして毎晩、家族で食卓を囲めるんだからさ」
「おかえり、パパ!」
「おー、ただいま! 今日はどうだった?」
「あたしね、小鳥さんとお友達になったのよ!」
「それはいいねぇ。はははは!」
「この子ったら、家に帰ってきてからそればっかり言うのよ」
「ふふふっ、よっぽど嬉しかったんだねぇ。やっぱり子供の方が順応性があるんだな。僕も頑張らないと」
「そう……ね」
そして、またある夜のこと……。
「ねえ、あなた……」
「ん? なんだい?」
「あの子のことなんだけど……小鳥と友達になったって」
「ああ、この前言ってたね。それがどうしたの?」
「うん……あの子、それしか言わないのよ。他のお友達は? って聞いてもいつもそれしか、ああ、私、私、もう頭がおかしくなりそう!」
「落ち着きなよ。よっぽど嬉しかったんだ」
「でも、異常よ……この村も、そうよ、何かおかしいの……」
「うーん、あの子が他の子にいじめられていると言いたいのかい?」
「ん……そう、かも……」
「んー……でも、大丈夫だと思うよ。この辺りは前にいたところよりも穏やかで、平和な村だよ。そうそう、僕も最近、ようやく馴染んできた感じがするよ。いやぁ、うちの親方は無口だけど、何を考えているかわかるようになってきてさ。仕事もうまく――」
「その話、もう何度も聞いたわよ……」
「あれ? そうかい? ははははっ、いやぁ、嬉しかったんだなぁ。うん。ははは、さあ、そろそろ寝よう。また明日も早いしさ」
「そう、ね……」
また明日。今日と変わらない明日がくる。しかし、妻はそれを平和な日々とは呼ぶ気になれなかった。
そして、ある夜、妻の恐れていたことが起きた。
「ねえ……」
「あたし、小鳥さんとお友達なのよ!」
「ねえってば……」
「あたし、小鳥さんとお友達なのよ!」
「もう、やめてよ……」
「あたし、小鳥さんとお友達なのよ!」
「ただいまー」
「ああっ、あなた! この子が、この子が……」
「どうしたんだ?」
「あたし、小鳥さんとお友達なのよ!」
「おー、そうか、ははは、そりゃいいなぁ」
「あなた、何言ってるの……。もう、この子、それしか言わないのよ! 小鳥と友達って、それしか……う、う、う……」
妻はそう言って、その場に泣き崩れた。心の限界を迎えたのは明白だった。しかし……。
「んー? でもいいじゃないか」
「は……?」
「別に言葉なんかなくたって心は通じ合えるし。ほら、お腹が空いたみたいだぞ」
「あたし、小鳥さんとお友達なのよ!」
「ほらな」
「わからない、わからないわよ……おかしいわ。この村もあなたたちもみんな……」
「そう感じるのは、君が心を開こうとしないからさ。いやぁ、ここはいい村だよ。親方は無口だけど、この前僕のことを褒めてくれてさ。ますます仕事を頑張ろうって思ったよ」
「あたし、小鳥さんとお友達なのよ!」
「いやぁ、ここはいい村だよ。親方は無口だけど、この前僕のことを褒めてくれてさ。ますます仕事を頑張ろうって思ったよ」
「やめて……やめてよ……」
「あたし、小鳥さんとお友達なのよ!」
「いやぁ、ここはいい村だよ。親方は無口だけど、この前僕のことを褒めてくれてさ。ますます仕事を頑張ろうって思ったよ」
「お願いだから……」
「あたし、小鳥さんとお友達なのよ!」
「いやぁ、ここはいい村だよ。親方は無口だけど、この前僕のことを褒めてくれてさ。ますます仕事を頑張ろうって思ったよ」
「もう嫌……やめて……」
「あたし、小鳥さんとお友達なのよ!」
「いやぁ、ここはいい村だよ。親方は無口だけど、この前僕のことを褒めてくれてさ。ますます仕事を頑張ろうって思ったよ」
「嫌、いやぁ……」
「あたし、小鳥さんとお友達なのよ!」
「いやぁ、ここはいい村だよ。親方は無口だけど、この前僕のことを褒めてくれてさ。ますます仕事を頑張ろうって思ったよ」
「わかったから……もう…………」
それから時が経ち、ある昼前のこと……。ある一行が村を訪れた。
彼らは村の入り口近くにいた妻に声をかけ、妻はこう答えた。
「あら、その紋章……あなた、勇者様ね! コトリ村へようこそ! 宿屋は向こうの赤い屋根の家ですよ」