『ガルブの冒険譚』その4
腕を取り戻した俺が、最初にした事は領主様との謁見を取り付ける事だった。
リーナには、まだ合わせる顔がなかった。
過去を清算したい・・・否、謝って済む話ではない。
これは、義務だ。それを果たした上で、俺は失ったモノ以上のモノを探すしかない。それはもしかしたら本当は、腕よりも大切なモノだったのかもしれない。
領主様との謁見は、驚くほどスムーズに取り継がれた。
お会いするのは初めてだ・・・。
謁見用の服など当然ないからいつもの格好で場違いな感じがする。
落ち着かない気持ちで客間へ案内される俺は、どんな顔をしていたのだろう?
緊張、罪悪感・・・どの様な処罰も受け入れる所存だった。
まるで処刑台の階段を登る様な・・・。
重厚な扉が開かれて中へと誘導される。
「あぁ、来たか。お疲れ様、そんな悲壮な顔をしなくていいんだがな・・・モグモグ」
部屋に入った俺に、声をかけてくれたのは明らかに豪華な服を着た男性。
一目見て領主様だと分かった。
だからこそ、解せなかった。
何故なら、その男性は・・・
『パンを食べていたから・・・。』
「・・・」
言葉も出ず、立ち尽くす俺。
そして、視野を拡げて更に驚愕する。
そこには・・・黒いローブの人物がいたのだ。
「何故!?何故ここに黒ローブの人物がいる!!」
敬語も忘れて狼狽える俺。
そんな、俺を前に・・・
『領主様はパンを食っていた。』
「まぁ、まずは座ってくれるかい?そして、そうだな。一緒にパンを食おう」
意味が分からなかった。
だが、言われるがままに動くしか俺には出来なかった。
椅子に座りながらも、何も発言出来ずにいる俺に領主様は言った。
「食べないのかい?まぁ、無理もない。そうだな・・・まずは説明させて貰おう」
只々《ただただ》、耳を傾ける俺。
「まず、彼女はソボックの二重スパイだ。ヤバンの情報提供者として潜入して貰っている」
彼女・・・?女性だったのか。否、今はそんな事を気にしている時ではない!
では俺が流した情報は・・・
「君には悪い事をした。彼女がヤバンの信頼を得る為に情報を流す、そのために君を利用した」
利用・・・だと・・・?
「情報はそのままヤバンに流した。疑り深い連中だ、彼女の動きもマークされていたし、それならば相手の希望通り動いて信用して貰った方が都合が良かった」
自らソボックに都合が悪いあの情報を、そのまま流したと言うのか!?
俺の渡した情報は、ソボックの戦力そのものだ。防衛にあたる冒険者達の強さ、能力、レベル、人数・・・筒抜けだ・・・奴らは確信したはずだ。
勝てる相手なのかを・・・勝てる戦力を集めれば良いだけなのだと・・・。
「何故、そんな事を・・・?ソボックは・・・あんたの街だろ!?」
俺は怒っていた。元は俺がしでかした事だ。どの面を下げて言うのか・・・
しかし、止められたはずだったのだろう?
俺を殺してでも・・・止めてくれれば・・・
「そうだ。この街は俺達の街だ。ヤバンなんぞに傷付けさせてなるものか!奴らは、妖精との契約も反故にして森を焼き、魔物の怒りを買い、挙句ソボックの街にけしかけて脅威に晒している。妖精の加護が薄れたせいで食糧難にも陥った」
既に・・・侵略は始まっていたのか・・・。
許せない!だが、しかしそれと情報を流す事になんの繋がりが・・・?
「もう、これ以上放置出来ない。だがこちらから攻めれば、こちらが侵略者だ。間接的な手を使われている為、手が出せなかった。しかし、奴らは外から来た冒険者を使ってこちらを攻めようとしている。各国への言い訳を用意してな・・・」
無茶苦茶だ・・・。
「奴らの言い訳は、第一王女の誘拐、そして殺害。それに加担したソボックの街への報復。奴らは以前よりこの土地を自分達のものだと主張している。材料を揃えて、よくもまぁ抜け抜けと言ってくれたものだ」
領主様は拳を握り締め、歯を食いしばった。
「だがな、俺達はそれを事前に察知する事が出来た。飛び切り優秀で善良なギルド職員のおかげでな♪結論から言おう。ソボックの街が敗北する事はあり得ない。奴らは焦っている。今、このソボックはかつてない好景気により急激に成長しているからな」
今のこの好景気は領主様の思惑通りだったのだろうか?
だとすれば何と言う手腕。そして街を愛するその姿勢。
理想の領主様をそこに見た気がした。
ただ、一つ疑うとすれば、気になる事と言えば、
掴んで決して離さない・・・左手のパンだけだ。
「この街には、切り札がある。それを奴らに気付かれず、今の戦力を奴らに伝える事が我々の作戦だった。奴らが攻め込んできた時、それはヤバンが罪を償う時だ。それに君を巻き込んだ。君が抱えた罪悪感は相当なモノだっただろう・・・。本当に申し訳なかった」
尊敬する領主様が深々と俺に頭を下げていた。
裏切った事実は・・・間違いないのだ・・・。
俺は謝罪して貰える様な人間では・・・ない。
「俺は・・・そんな作戦は知らなかった・・・。俺はソボックを裏切ったんだ・・・」
俺は・・・視線を落とす。目を合わせられなかった。
「君が腕を失った経緯。そして、その後の事も全て聞いた。だから利用した。だから罪に問うつもりはない」
それで、許されて良いのだろうか・・・?
「よかったら、このパンを食べてくれないか?これは、この街の救世主が作ったパンだ」
そっと差し出される、切り分けられた一欠片のパン。
普通のパンの様に見えた。何かあるのだろうか?毒・・・な訳はないな。
今更、俺を殺す理由などない。
俺は、そのパンを一口食べた。
それは・・・この世のものとは思えない程に・・・美味かった。
目から涙がこぼれ落ちる。
美味い。ただ・・・美味い。
「これは・・・ナンですか?」
・・・
「パンだ」
領主様は言った。
うん・・・知っている。
・・・
「ちょっと、私の分も残して置いて下さいよ?」
黒いローブの人物が言った。
ん?・・・何かが引っかかった。
あの夜とは違う声だ。あの時は、声を変えていたのだろうか?暗かったのもあって気配を感じにくかった。聞き覚えのある声だった。俺の聴力強化ギフトと気配察知スキルが発動する。
「ギルドの・・・巨乳受付嬢・・・?」
俺はボソリと呟いた。
「「!?」」
領主様と黒ローブの人物は酷く驚いた様子だった。そして・・・
「お前なぁ・・・声変えて喋れよ・・・」
「いや、普通バレませんよ!?認識阻害はかけてましたし・・・」
どうやら、気付いてはまずかった様だ。
「あぁ〜すまん。君には選択肢をやるつもりだったが・・・それは今、消滅した」
「ですねぇ・・・。まぁでも、そっちの方が楽でしたし結果オーライという事で♪」
「リズ・・・お前は反省しろ」
領主様はこちらを真っ直ぐ見つめて言った。
「君にはソボックの英雄になって貰う」
ん?今、何と言った?
夢にまで見た英雄・・・?
俺は、よく理解出来なかった。
『俺はいつか英雄になる!』
子供の戯言だ。
昔、俺が子供の頃にリーナによく語った言葉だった・・・。
リーナ・・・知ってたか?
英雄って領主様から任命されるモノらしいぞ・・・。




