表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第三章 落涙の勇者と赫熱の令嬢
97/388

88.いざ魔窟へ

 朝食を終え、宿も予約できた俺達は、更に店を回り魔族達用の食事をシャドウの中へと突っ込みながら今日の予定を話し合った。


 俺から、まずは勇者の動向を探ることが最優先であること、もし冒険者として行動するなら常駐依頼か町の依頼だけにすることを皆に説明した。

 そして今日は特に何も考えていなかったため、皆に何かしたいことがあるか相談をしたところ、


魔窟(ダンジョン)に行ってみたい!」


 そうホシがたいへん元気よく手を上げたのだ。

 結局他に意見もなかったのでこの案が採用されて、日帰りで魔窟(ダンジョン)に行ってみるかぁということになり。

 そして今俺達は馬車にゴトゴトと揺られながら、魔窟(ダンジョン)への道をゆったりと進んでいるところだった。


「楽しみだね!」

「そうですわねぇ」


 俺の向かいに座るホシが、ぶらぶらと足を揺らしながら声を上げる。ホシの隣に座るスティアはそれに笑顔で返していた。


 当初はのんびり歩いて行こうと思っていたのだが、魔窟(ダンジョン)までは歩きだと二時間ほどかかる距離だったらしく、西門には魔窟(ダンジョン)行きの客を待つ馬車が多く停留していた。

 それを見たホシが馬車に乗りたいと駄々をこねたこともあって、こうして仕方なく辻馬車を拾うことになった、というわけだ。


 一応魔窟(ダンジョン)行きの乗合馬車も多くあったのだが、乗合馬車は四人掛けの長椅子を二つ備えている八人乗りのタイプだった。これだと他の冒険者と同乗する可能性もあるので、それを避けるため、割高の辻馬車を選択したのだ。

 まあ乗合馬車より上等な作りであるし、他人の目を気にする必要も無い。値段分は十分にリラックスできたため、選択としては良かったと思う。


 昨日の雨の名残が濡らす道を、馬車はものともせず街道を進む。ホシの我侭で馬車に乗ることになったものの、もし徒歩でこのぬかるんだ道を行けば二時間ですまなかったかも知れない。


(意外とそれが分かってたのかも知れないな)


 道の様子を窓から見下ろしながらそんなことを思う。ホシの直感の精度が侮れないほど高いことを、長年つるんでいる俺は経験からよく知っている。

 ただの我侭だったのか、それともこの状況を感じ取っていたのか。ホシはいつも詳しくは説明しないため、今回もどちらなのかは分からず終いだ。


 ただスティアの横に座ってにこにことご機嫌のホシを見ていると、そういう理由はともかくとして、たまにはこういうのも良いかと思える。

 見れば俺の隣に座るバドも久々の馬車に心なしか嬉しそうだ。いつもはあの鎧を着ているため、重すぎて馬車になど乗ることが出来ないのだから、無理も無いかもしれない。


 まあ、たまにはこうしてのんびりするのも良いか。

 ぽかぽかと麗らかな陽気が眠気を誘う。

 俺は大欠伸を一つこきながら、ゆっくり進む窓の外をぼんやりと眺めていた。



 ------------------



「えーちゃん! 着いた!」

「……んぁ?」


 道中があまりにも穏やかだったため、いつの間にか寝てしまっていたようだ。

 ホシに太ももをバシバシと叩かれ目が覚めた俺は、ぴょいと飛び出たホシに続いて馬車から出ると、背筋を伸ばしながら辺りをぐるりと見回した。


 周囲には木がまばらに生えており、穏やかな静けさの中、木々のざわめきと、それに混じってときおり鳥のさえずりが聞こえてくる。雰囲気だけなら非常に長閑なものだった。


 視線を前へと向けると、少し離れたところに冒険者が二人いるのが見える。何やら話し合っているが、魔窟(ダンジョン)に入る前に相談でもしているのだろうか。


 そして彼らの少し先。そこには小高い丘が見える。

 その麓には魔窟(ダンジョン)の入り口と思われる洞穴がぽっかりと口を開けており、その両脇には二人の衛兵が立っていた。

 近くに彼らの詰所だろう簡易的な小屋も建っている。姿が見える二人の他に、まだ中にも何人か待機しているはずだ。流石に魔窟(ダンジョン)の警備に二人では心許ないだろうからな。


 と、そこまで考えて思い出したが、シュレンツィアに向かう際に遭遇したオーク達は何だったのだろうか。

 オークの出現は俺達が知らないだけで、兵や騎士には周知されていたのだろうか。それとも――


「貴方様? いかがされました?」


 俺が考え込んでいると、スティアが不思議そうな顔をして俺の顔を覗き込んできた。


「いや、道中に見たオーク達は結局なんだったのかと思ってな。この魔窟(ダンジョン)から出てきたのかと思っていたんだが、一応ああしてちゃんと衛兵を置いているようだし。ならどこから出てきたのかと、な」

「偶然、警備がいない時に出てきたのでは?」

「おいおい……そんな事があるのか?」

「稀によくある、と言ったところですわね」


 俺の疑問にスティアは何のことは無いと言い放つ。おいおいそりゃ職務怠慢じゃないのか。

 俺の呆れ声にもスティアの口調は平然としたものだ。本当によくある話なのだろうかと不安になる。

 が、ここで俺が心配しても仕方の無い話か。

 今は少し気に留めておくくらいにしておこうと、俺は小さく頭を振った。


「えーちゃん! すーちゃん! 早く行こう!」


 立ち話をしている俺達二人の手を、ホシがぐいぐいと引っ張る。その目はまるで遊びに行くかのようにキラキラと輝いていた。


「悪い悪い。そんじゃ行くか!」

「おー!」

「おーですわ!」


 皆は右拳を突き上げ元気良く返事をする。随分と楽しそうで何よりだ。

 だが何を隠そうこの俺も、魔窟(ダンジョン)に入った経験が数えるほどしかないため非常に楽しみにしていたのだ。

 わくわくしながら魔窟(ダンジョン)へと向かう。


「いい加減にしろって! ほら行くぞ!」


 だがそんな俺達の耳に、いら立たしそうな声が飛び込んできた。


「きょ、今日はやめようよ……。ほ、ほら! 天気もいいしさ!」

「一昨日もそう言って殆ど探索しなかっただろうが! 今日と言う今日は引きずってでも連れて行くからな!」

「えぇぇ……!? サ、サイラスぅ~。もうホント……勘弁してよぉ~……」

「うるせぇ! ほら行くぞ!」


 二人の冒険者達は随分もめているようだ。サイラスと呼ばれた男がもう一人の気弱そうな男の腕を無理やり引っ張っているが、気弱そうなほうも随分抵抗しているようで膠着状態に陥っていた。


 サイラスと言う男は出で立ちから恐らく剣士だ。それもバドと同じ重戦士タイプ。

 背負った長剣と大盾、そして胴体を覆うブレストプレート。なかなかの重装備で体つきもがっしりと逞しい。

 もう一人の男は恐らく魔法使いだろう。魔法使いには定番の杖とローブを身にまとっている。ぶかぶかのローブの上からでも分かるほど線が細く、剣の一つも握れそうに無いが、サイラスという男の力に抵抗している様子を見ると意外に力がありそうだ。


 二人は向かい合って話していたが、歩いてきたこちらに気づいて揃って顔を向ける。こちらを向いた顔はどちらも若い。二十前半と言ったところか。

 サイラスと呼ばれた彼は濃い茶色の髪に、勇ましい顔つきをした好青年という印象を受ける。

 もう一人の男は赤銅色の髪に、性格が現れているのかやや気弱そうな顔立ちの青年だった。

 

 目が合ったためつい足が止まる。するとスティアがぴょいと俺の背中に隠れた。

 俺は、俺の肘の辺りをちょいと引っ張る彼女に少し頷いて返すと、二人の青年にまた顔を向けた。


「何を騒いでるんだ? こんなところで」

「あんた達は? 見ない顔だが……?」

「冒険者だ。きの……ゴホン。いや、今日シュレンツィアに来たばかりの、な」

「ランクEか。ふぅん?」


 サイラス青年はこちらに向き直ると、俺達の首にかかったドッグタグにすばやく視線を向ける。そしてバドへと視線を向けると、目を見開き驚いたように声を荒げた。


「ん!? ランクGの冒険者もいるじゃねぇか!? おいおいおい! まさか魔窟(ダンジョン)に入るつもりか!?」


 こくこくと頷くバド。それを見た彼は大げさに両手を広げた。


「いやいやいや! ここは難関なんて言われるオーク魔窟(ダンジョン)だぞ!? 第一階層だってランクDのオークがごろごろいるんだぞ!? ランクEが入るだけでも危ねぇのに、ランクGなんか入れるかよ!?」

「大丈夫だ、問題ない」

「問題しかねぇよっ! 死にてぇのか!?」


 彼の言う事はもっともだろう。ここは通称オーク魔窟(ダンジョン)とも呼ばれる、オークばかりが跋扈(ばっこ)する筋肉の祭典。マッスルフェスティバルだ。

 オークはサイラス青年が言った通り最低でランクD。闇雲に立ち入れば生きて出られる保証は無い。


 しかし彼は良い青年だな。≪感覚共有(センシズシェア)≫を介してこちらを心配する気持ちが伝わってくる。

 本気で心配してくれているらしい。ただ、少し怯えのような感情を感じるのが少し気にかかるが……なぜだろうか。

 顔が怖いからか? それだとちょっとショックだ。


「大丈夫、俺達はランクEパーティだ。ギルドの推奨ランクには達してるぞ」


 ギルドの掲示板には魔窟(ダンジョン)にいる怪物(モンスター)の討伐依頼も出ており、最低推奨ランクはEだった。一応俺達も基準には達している。

 だが彼は渋面を隠さなかった。いら立たし気に下を向くと、ガリガリと頭をかいた。


「ねー、早く行こうよー」


 俺達の問答に痺れを切らしたようで、ホシがぐいぐいと俺の手を引く。


「ガキもいるしよぉ……。ピクニックかっての」

「ガキじゃないもん! ガキって言うほうがガキなんだよーだ!」


 サイラス青年の言葉にホシはべーっと舌を出して返した。いかにも子供がしそうな仕草に苦笑が漏れる。


 実際のところ、サイラス青年よりホシのほうが恐らく年上だ。こう見えてホシは俺と出合った十数年以上前から変わらず、ずっとこの姿のまま。つまり信じがたいことに二十歳を超えているはずなのだ。


 しかし現実は非情だ。時として真実が事実として認められないこともある。

 何が言いたいかと言うと、サイラス青年と比べれば、見てくれも言動もホシのほうが幼い。ついでに言えば性格も。実に残念なことだ。本当にそう思う。

 だからホシ、俺をにらむんじゃない。にらむなら目の前の彼をにらめ。


 そんな俺達の考えなど分かろうはずもない。サイラス青年はホシに困ったような表情を浮かべて返している。

 だが突然、彼はにやりと不敵な笑みを浮かべる。それはまるでイタズラを思いついた少年のような、あどけなさの残るものだった。


「あんた達、どうしても魔窟(ダンジョン)に入るってのか?」

「そうだよ! 邪魔しないで!」

「と、言うわけだ」

「なるほどなるほど」


 いーっと歯をむくホシに俺が追従すると、サイラス青年は腕を組み、大げさにうんうんと頷く。


「なぁウォード、俺は思うんだけどよ」

「え? な、何?」


そして隣にいたもう一人の青年の肩に、腕をがしっと回した。


「先輩冒険者としては、こういう無茶なことをしようとする後輩には、色々と教えてやらないといけないと思うんだよな」

「そうなの? それじゃ頑張ってねサイラス」

「お前も行くんだよ! お前も!」

「じょ、冗談だって! 離してって!」


 サイラス青年は腕に力を込めながら不敵に話を進める。ウォード青年はジタバタと逃げようとするが、彼はそれを許さない。


「あいつらがどうしても魔窟(ダンジョン)に入るって言うならよ、俺達も一緒に入って色々手解きしてやるってのが良いと思うんだが、どう思うウォードさんよ?」

「むぐぐ……! く、苦しい……!」

「おおそうか! やっぱりお前もそう思うか! ハハハ! そうだよなぁ!」


 彼は愉快そうに笑うと、苦しむウォード青年をそのままにこちらへ顔を向けた。


「俺はDランク冒険者のサイラスってんだ。で、こっちがEランク冒険者のウォード。あんたらがどぉーっしても魔窟(ダンジョン)に入るってんなら、俺達も一緒に行くぜ! この魔窟(ダンジョン)、初めてなんだろ? 色々教えてやるぜ?」

「えーっ!? 付いてくるのぉーっ!?」

「なぁに心配はいらねぇ! 取り分は人数で等分にしといてやる! な! 悪い話じゃねぇと思うぜ?」


 そう言うとサイラス青年は歯を見せて笑った。確かに彼の首にはランクDを示す黄銅のドッグタグが下げられている。

 先ほどの彼らのやり取りから察するに、サイラス青年はウォード青年を魔窟(ダンジョン)に連れて行きたいが、ウォード青年が嫌がっているため手を焼いているようだ。つまりこれは、相方を魔窟(ダンジョン)に連れ込む口実なんだろう。


 とは言えこちらとしては願ったり叶ったりだ。ホシは嫌そうな声をあげたが、ここは我慢してもらうことにしよう。


「分かった。それなら先輩冒険者のやり方って奴を勉強させてもらうとするか」

「よぉーっし、任せとけ! ほらウォード、行くぞ!」

「わ、分かったよぉ。行くってば。はぁ……」


 機嫌良さそうに笑うサイラス青年とは対照的に、ウォード青年は諦めたようにがっくりと肩を落としていた。


「貴方様、上手く行きましたわね」

「だな。こうも都合よく事が運ぶとは、日ごろの行いの賜物かね?」


 俺とスティアは視線を合わせほくそ笑む。まさかこうも早く目的を達成できるとは、幸先の良いことだ。


 さて。

 それじゃあ遠慮なく、土の勇者の力って奴を拝ませてもらうとしますかね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ