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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第三章 落涙の勇者と赫熱の令嬢
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87.赤獅子の奇跡

「さて、他に御用はありましたかな?」

「そうだな……。いや、今はいい」

「左様ですか。それでは皆様の御武運をお祈りしておりますな! ノホホ!」


 騎士団から捜索願が出ているとマァドから聞いた俺は、あまり長居するのも得策ではないと会話を早々に打ち切った。

 この捜索依頼が伯爵家から出された意図は、恐らく昨日の礼半分、身元の確認半分であり、不審者を捕縛しようと言うことではないだろう。


 普通なら身元を明かしても一向に問題ないのだろう。だが貴族と関わり合いになりたくないと思っており、かつ顔が割れてる俺達にとっては避けの一択しかない。

 しかも相手は少なからず因縁のあるハルツハイム伯爵家だ。心情的にも可能な限り顔を合わせたくはなかった。


 さっさとお(いとま)するに限るとカウンターから離れる俺に、他の三人も口を挟まず素直に付いてくる。

 食堂や宿の情報も欲しかったが、それはまた後で聞く機会がいくらでもあるだろう。わざわざ今、奴との会話に花を咲かせる必要は無いのだ。


「やったねばどちん!」

「これでまた四人パーティですわね!」


 ホシとスティアが喜びの声を上げると、バドも喜びの踊り……踊り? いやボディラングエッジか? ……とにかく、なんか踊っていた。


 バドが今鎧を着ていないのには理由がある。騎士団にあの姿を晒したため、万が一のことを考えたのだ。黒一色のプレートアーマーなんて目立ちすぎるからな。

 だがそれが早速功を奏するとは。もしこれが鎧姿だったら、流石にあのアホ相手でも言い逃れできなかっただろう。


 捜索願が出されてしまった以上、シュレンツィアに滞在中はあの鎧を出さないほうが良さそうだ。

 今考えればあの宿も引き払って正解だった。宿屋の店主に鎧姿のバドを見られているからな。通報されて捕り物騒ぎになるところだった。


 さっさとこんな場所はおさらばしよう。そう思いながら皆へ振り返ったところ、ギルドの掲示板が視界の隅に映る。

 そこにはまだわいわいと冒険者達が集まり、張り出されている依頼票の内容を確認している姿があった。


 そんな彼らの背中を見ていると、だんだんと興味が湧いてくる。セントベルでは常駐依頼ばかりで面白くもないものだったが、普通の冒険者ギルドではどうなのだろう。

 折角ギルドに来たのだから、少しくらい掲示板を覗いて見たい気もするな。うん。


「悪い、俺は少し掲示板を覗いて来る。先に出ててくれ」

「そうですか? 承知しましたわ。それでは外でお待ちしておりますので」


 うずきだした好奇心を抑えきれず、挨拶もそこそこに皆と別れると、俺は掲示板へと足を向けた。

 丁度依頼票を手に取った若い男と入れ替わりに掲示板の正面を陣取ると、貼り出された依頼票をじっくりと眺める。どうやら依頼には何種類かあるようで、几帳面に種類毎に別れて貼り付けられていた。


 まずセントベルにもあったような常駐の討伐依頼と思われる、北部に広がる森に生息する魔物や、魔窟(ダンジョン)内の怪物(モンスター)討伐の依頼が数枚。スティアも言っていた間引きの一環だろう。

 ランクが高いものから低いものまでより取り見取りだ。最低がF、最高がB。さまざまな依頼が貼り付けられている。


 ただよく見ると、Bの依頼票はずいぶんと汚れていた。塩漬け案件という奴だろうか。

 他の討伐依頼は、近隣の町や村からの魔物に関する物が数枚。見た限りあまり高ランクの依頼ではなく、ランクEやDばかりだった。


 討伐依頼以外だと町人からの依頼もあるが、町の清掃作業や……なんだこりゃ、教会の孤児達のお守りなんてのもあるな。こんなのもあるのか。

 こっちは完全に奉仕活動だな。報酬が銅貨1枚とか、精々一食分にしかならん。


 そして残りは護衛に関する依頼だ。個人から、というの物も一つ二つあるが、残りは全て商隊からのようだ。セントベルに行く依頼も三件ほどあるな。

 割合としては、討伐依頼が六、護衛依頼が三、残りが一というところだった。


 こうして張り出されている依頼を見ると、いかにセントベルの依頼が少なかったかが良く分かる。ほぼ常駐依頼しか張り出されてなかったからな。

 飯の種が少なければ稼ぎも少なくなるのも当然だ。冒険者が減ってしまうのも納得と言うものだ。


 さて。掲載されている依頼を一通り眺めてみたところ、俺達の受けられそうな物は常駐依頼と町人からの依頼、このニ種類だけだと分かった。

 俺達がここに来たのは、この町にいるはずの土の勇者の現状を把握することが目的だからな。基本的に町から離れる依頼は除外せざるを得なく、あまり選択肢は無さそうであった。


 そもそもシュレンツィアに来ることになった発端は、一週間前に風の勇者が持つ神剣、”風神の稲妻(フェーデルブリッツ)”を俺達が発見してしまったことに始まる。

 幸い風の勇者はまだいなかったが、既に神剣の封印が解かれており、風の勇者が選定されるのも時間の問題のようだった。

 現にその場でスティアが神剣からスカウトされていたしな。当のスティアは勇者という栄誉を即断で拒否しており、神剣の奴は大分ショックを受けていたようだったが。


 勇者とは、世界に起こる何らかの災いから世界を守るため、この世に現れる希望の光だ。しかし見方を変えれば、そんな人知を超えた存在が現れなければ収める事のできない何かが近く起きるということの裏返しでもある。


 土の勇者が現れてから早二年。それらしい災厄は今まで全く起きていない。

 だがそんな中、風の神剣の封印が解けるという事態が起きたと言うのは、何か因果関係があるように思えてならないのだ。

 そのため俺達は土の勇者の動向について確認するべく、この町に足を向けたというわけだ。


 まあ仮に俺達が何か手がかりを見つけたところで、どうにかなる問題とも思えないが、最低でも王国に報告すれば、何らかの手を打ってくれる事だろう。

 まずは土の勇者が今どこで何をしているのか確認するのが目下の案件だ。とはいっても、勇者なんてのはその辺りで聞き込みでもすればすぐ見つかるだろうから、そこは心配していない。

 心配なのはその動向だ。災いの予兆になるような事態が見つからなければ良いのだが。


 俺は依頼票を一通り眺めると、それらを手に取ることも無く踵を返す。

 俺がその場を退くと、入れ替わりにまた冒険者が掲示板の前に歩み出て依頼票を眺め始めた。本当にセントベルとは大違いの賑わいだ。

 苦笑しながら立ち去り、俺はギルド入り口の扉を開いた。


「あら、もう宜しいのですか?」

「スティア」

「うふふ。今はウィンディア、ですわよ?」

「おっと、そうだったな」


 ドアが開く音にくるりとこちらを振り返ったスティアと目が合う。その名前を呼ぶと彼女はいたずらっぽく笑い、俺もつられて頬が緩んだ。


 そうだな、もう偽名で呼び合ったほうがいいかもな。先ほどの捜索依頼もそうだが、王都からの追跡者の耳に入っても厄介だ。どこに耳があるか分からないのだから、注意するに越したことは無い。

 と、そこで気づいたが、バドの偽名は何にしたのだろうか。


「フリッターですわ」

「食いもんじゃねぇか」

「ですがうってつけでしょう?」


 俺の突っ込みにスティアはくすりと笑った。まあそう言われるとまったくその通りなんだが。


「……で、そのフリッターとアンソニーはどこ行った?」

「あちらに」


 俺の疑問にスティアはくるりと後ろを向き、中央広場に向かって指を差した。

 そこにはいつの間に設置したのか、簡易店舗が円状にずらりと並んでいたのだが、見ればそこに嬉々として並ぶバドと肩車されたホシの姿があった。

 簡易店舗は皆料理を振舞う店ばかりのようだ。今になって気づいたが、香ばしい香りがここまで届いている。食欲をそそられる匂いに、腹も我慢できずにぐうと鳴いた。


「貴方様、わたくし達も参りましょう?」


 周囲は冒険者だけでなく町民の姿も多く見られる。もしかしてこの中央広場は毎朝こうも賑わうのだろうか。


(冒険者ギルドでわざわざ聞く必要も無かったかな)


 人が集まる場所は情報の宝庫だ。ここで気に入った店があれば、店主にどこに構えているか聞けばいい。宿に関する情報も一緒に聞いておけば手間も省けるだろう。

 むろん騎士団に捜索されているのだから見咎められる危険もあるが、こうも人が多ければさほど問題ないだろう。木を隠すなら森の中と言う奴だ。


 それに何より――こうも良い香りを嗅がされては流石にたまらん。


「ああ、俺も腹が減った!」

「わたくしもですわ」


 これでフードなど被っているとかえって目立ってしまう。伸ばされたスティアの手を握り、かぶったフードを脱ぎさると、二人でバド達のもとへと歩き出す。


 どんどんと集まって来る人の群れに、大男のバドの姿も徐々に覆い隠されていく。しかし、ぴょこりと突き出た緋色の頭が俺達をその場所へと導いてくれる。

 俺達はその小さな頭を目印に、人の波へと飛び込んで行った。



 ------------------



 朝食を堪能しながら色々な店を見て回った俺達は、とある店員から食堂を兼ねている宿屋の場所を聞くことが出来た。と言うか、その店員がその宿を経営している主人の息子だった。


 話を聞くに、この中央広場では毎朝、食堂を経営している店が簡易店舗を開くことになっているそうだ。ただ流石に町の全店を一度に、と言うわけにもいかないため、そこはローテーションを組んでいるようだが。

 この賑わいを見るに随分と繁盛しているのではないかと思い聞いてみると、しかし意外にも彼は少し困ったような顔を見せた。


「そうでもないんですよ、実は――」


 そう言うと彼は、この催しを始めたのはつい最近のことなのだと、特に聞いてもいないのに勝手に語りだした。


 遡ること二年前。このシュレンツィアに魔族達が押し寄せ、ハルツハイム騎士団と市街戦を繰り広げる事態に陥った。

 ハルツハイム騎士団は徹底抗戦の構えを取ったが、騎士団の数はわずか五百人程度。冒険者や傭兵を合わせても千にも届かない状況で、対する魔族達は優に万を越えていた。


 籠城(ろうじょう)戦に持ち込むも二日と持たず門は破られ、町へなだれ込まれてしまう。騎士や冒険者達は必死になって抗うも数の暴力には逆らえず、次々とその命を散らしていった。


 町の住民達も、運の良い者はハルツハイム伯爵――当時はまだ侯爵だったが――の居城や冒険者ギルドなどへと逃げ込み無事だったそうだが、その多くは町に取り残されたままだった。

 魔族になだれ込まれ、市街で激戦を繰り広げながら三日の時が過ぎる。抵抗できる者はほぼ死に絶え、もう駄目かと思われた……正にその時だった。


「あの赤獅子! アウグスト様が第一師団を引き連れ、暴挙の限りを尽くす魔族達をあっという間に蹴散らしたのです!」


 芝居がかった台詞を吐き、感動したような様子で両手を掲げる店主。俺達はそれに適当に相槌を打ちながら、彼が揚げたばかりの揚げ物をぱくぱくと口へと放り込んだ。美味い。


 町へと駆け込んだ第一師団は次々と魔族の首級(しゅきゅう)を上げ、一日と経たずにシュレンツィアから魔族達を追い払ったそうだ。

 そんな経緯から、この戦いは”赤獅子の奇跡”と呼ばれることになる。そして彼の勇猛さを大いに称えたシュレンツィアの町民は、救国の英雄として中央広場に銅像を建てることにしたそうな。なお現在、絶賛建設中。


「むぅ……」

「そうつまらなそうな顔をするなよ」


 高揚した様子で語りを終えた店主は余韻を楽しむように両目を瞑る。そんな中スティアが面白く無さそうにその口を尖らせていたため、小声で注意しながら軽く肘で突いた。


 その裏話を知っている俺達からすると確かに面白くない話ではあるが、まあそれはそれ。

 俺達が口を出すと、なぜそうなったのかまで話さなければいけなくなる。だがそうなれば面倒事になること請け合いだ。

 黙っておいた方がいいのだ。お互いのためにな。


「まあそう言うわけで、この町にも少なくない被害が出ましたし、亡くなった方も大勢いましたんでね。売り上げが上向きになってきたのも最近ってわけです。ここで店舗を広げることも領主様の発案でして、中央広場を開放して下さったんですよ」


 彼から聞いたことをざっくりと言うと、この中央広場は朝、仕事へ向かう町人や冒険者らでかなりの往来があるため、それを狙って朝食を出すようにすれば儲かるんじゃね? と言うことらしい。

 実際にやってみたところ狙い通りだったようで、随分と助けられていると店主も笑顔を見せていた。


「うちの場合客引きもできるし万々歳ってわけ! で、今晩どうだい? 安くしとくよ!」

「なるほどね。それじゃ二人部屋を二つとっといてくれ。夕食も頼む」

「へっへ! 毎度!」


 なるほどと納得する。宿の客引きも出来るとなれば、それは確かに効率が良さそうだ。


「それとお客さんたち、銅貨3枚ね! 小銅貨はまけとくよ!」


 ……そう言えば話を聞きながら、ついつい結構な量を食べてしまっていた。商魂逞しいとはよく言ったもんだ。吟遊詩人の真似事までされちゃお手上げだ。

 俺はやられたと苦笑いを返し、大人しく彼へ銅貨3枚を手渡した。

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