86.城郭都市シュレンツィア
翌朝。まだ早いうちからそわそわと落ち着かないバドにせっつかれ、俺達は早々に宿を出発することになった。
昨日泊まった宿はバドの強い希望もあって引き払ってきた。
まあどうしてもあの宿でないと、と言うこだわりがあるわけでもなし。これから行くつもりの冒険者ギルドで、食堂や宿の情報を聞いてみるのもいいだろう。
幸いにして本日は晴天。ローブを着なくていいからか、嬉しそうにピョイとホシが宿屋から飛び出して行く。俺達三人もそれに続き、町の中央へと足を向けた。
シュレンツィアの中心にある中央広場。そこに面する一角に、冒険者ギルドは建っていた。
セントベルでは大通りから外れたところにあったが、シュレンツィアは大分良い場所に構えているな。
そう思っていたところ、
「貴方様、いかがしました?」
そうスティアが声をかけてきた。
「いや、セントベルよりも随分いい場所にギルドがあるなと思ってな」
「ああ、そのことですか」
俺の疑問にスティアはこくりと軽く頷く。
「ここはハルツハイム領、北の防衛線ですからね。領に有事があればギルドに協力を申し入れることもあるでしょうし。それに、近くに魔窟があることも関係があるでしょうね。魔窟の怪物は間引かなければ危険ですから」
だから一等地にギルドがあるということか。彼女の言葉になるほどとアゴを撫でた。
ハルツハイム領が広く豊かな土地を持っていることは周知の事実だが、何も恵まれてばかりいるわけではない。
ハルツハイム領の北にそびえるドゥルガ山は、豊富な水を蓄える水源であると同時に、ランクS相当の強大な魔物がごろごろ生息する前人未踏の魔境だった。
ただ、その魔物達が町まで降りてくることは、全くと言っていいほど無い。警戒すべきはそれらの魔物に追従する強さを持つ、ドゥルガ山麓に広がる森に生息する、高ランクの魔物である。
それらの魔物のランクは恐らく良くてC、悪くてAと言ったところだろう。そのためここシュレンツィアでは、森を抜けてくるそういった魔物に対して常に警戒を行っているのだ。
聞いた話では、三十年程前にドゥルガ山に生息する多数の翼竜がシュレンツィアを襲ったことがあるそうだ。
そのときは偶然居合わせた人間が素晴らしい腕前で、なんと一人で倒してしまったらしいが……。ランクSの魔物複数を単騎で撃破なんて眉唾な話だ。恐らくどこかで尾ひれがついたのだろう。
さて。まあそんな理由で、シュレンツィアは一応町と銘打ってはいるが、周囲をぐるりと囲む見事な防御壁や人口の多さ、そして町の南に建つ城と、堅牢な防衛力を有しており、実際のところ城郭都市と言って差し支えない。というか皆がそう口にしている。
そして、そんな町でこうして良い場所を占有できると言うのは、それだけの理由があると言う事なんだな。
ギルドの立地条件によって、その町における冒険者の重要性が分かると言う事だ。これほど分かりやすい指標も無いだろう。
しかし、軍にいる際は雇うといえば傭兵だったものだから、有事に冒険者を雇うという発想が無かったな。
団体行動なんて取れるのだろうか。そう告げると、スティアは首を横に振る。
「冒険者は確かに団体行動を取るのが苦手と思われがちですが、そんなことはありませんわ。現に――」
「ぼっちだったすーちゃんに分かるの?」
「ぐはっ!!」
得意そうに人差し指を立て説明を始めたスティア。だがそんな彼女へホシが容赦のない攻撃を放った。
不意の一撃に耐え切れずスティアは苦悶の吐息を漏らす。
「ホシ、そこはもうちょっと穏やかに……。ずっと一人だったのに分かるなんて凄いね! とか」
「ぐふっ!!」
「えー? でもぼっちだって言ってたじゃん!」
「はぐっ!!」
俺とホシが言い合いをしていると、なぜだかスティアが泣き出した。
「もうやめて下さいまし! わたくしのライフはもうゼロですわ!」
「ライフって何だ?」
「知らなーい」
なんだか妙な事を言い出したな。ホシのせいで傷口に塩を塗りこまれ錯乱しているのだろうか?
えぐえぐと泣くスティアを呆然と見ていると、バドが彼女の肩にポンと優しく手を乗せた。なんだかバドにも哀愁が漂っている。
「バドぉぉぉぉ!」
そんな彼にスティアは泣きつく。ぼっちだった者同士、何か通じるものがあるのだろう。
「……どうする?」
「取りあえず謝っとくか」
「うん」
小声でホシと相談した俺達は、後ろめたさも合って、取りあえずべそべそと泣くスティアに謝っておいた。
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冒険者ギルドへと入ると、朝も早いと言うのに、そこはセントベルとは打って変わって冒険者と思わしき人間達でごった返していた。
依頼の張り出されている掲示板には冒険者が集まっており、三つあるカウンターにはいずれも冒険者達が列を成していた。
ギルドの一角には大きな背嚢を背負った若い男達がおり、はきはきと冒険者らに声をかけている。どうやら運び屋のようだ。セントベルでは一人も見なかったが、こういうところにもギルドの隆盛が感じられるとは面白いなと感じた。
セントベルで冒険者ギルドにこうして入ったときは視線を集めたものだが、混雑しているからか、ここではそんなものも感じない。なんにせよ気兼ねすることもなく、俺達は中へと足を踏み入れた。
「貴方様、どうしましょう?」
「まずは町に着いたことを報告しないとな。その後はバドを登録しよう」
俺の台詞にバドがコクリと頷く。セントベルではバタバタして登録の機会を逃してしまい、未だにバドだけ住所不定無職だったのだ。
ここまでの道行き、いくつかの村へ立ち寄ったがギルドはなく、登録の機会もなかった。ここでさっさと登録してしまおう。
セントベルを発つ前に受付のグッチにも言われたことだが、冒険者が町を移動する場合、その着発をギルドに報告する義務があるそうだ。管理上の問題らしい。
ついでに報告も済ませてしまおう。
「じゃー早く並ぼう!」
「あっ、ちょっと待てホシ」
言うが早いか、ちょこちょこと一番空いている列に並んでしまったホシ。それに続き、俺達も列の最後尾へと並ぶ。
子供にしか見えないホシにいぶかしげな視線が一瞬向くが、俺達が後に続くとそれもすぐに無くなった。冒険者の連れがいるなら子供でも特に気にしない、と言うことだろうか。まあ面倒なことが無くて何よりだ。
しばらく待っていると徐々に列が無くなっていき、すぐに俺達の番になる。まずは到着したことを報告しようと、俺は足を踏み出した。
「ノホホホホ! ようこそシュレンツィア冒険者ギルドへ!」
が、すぐに踵を返した。
「すいません間違えました」
「逃がすとお思いですかな?」
「つかむなっ!」
奴はすばやく俺の手首に手を伸ばし、逃がさんとばかりにしっかりと握ってきた。なんだかこのやり取りセントベルでもやった覚えがあるぞ! ちくしょう!
「なんでお前がここにいる!?」
俺はその男の鼻先に指を突きつけた。
だが、奴はそれに対して不思議そうに首を傾げる。
「ノホ? どちら様ですかな?」
そのわざとらしい仕草に余計にいら立たしさが募る。
その男の出で立ちは、頭の両脇を刈り込み中央をアップにするというツーブロックの髪形に、鼻の下にはちょび髭、丸眼鏡に蝶ネクタイと、相変わらず胡散臭さが全力全開。
セントベルを出て、これでやっと会わずに済むと思ったのに、なんでこんな所にいやがるんだコイツは。しかも先にセントベルを出たはずの俺達よりも先にだ!
「どちら様じゃねぇよ! セントベルで会っただろが!」
「ンノホホホ! それでしたら人違いですな!」
「嘘付け! お前みたいな胡散臭い奴が他にいてたまるか!」
「事実なんですな!」
奴は俺の追及を軽くかわすと、くいっとその眼鏡を上げる仕草をする。
「グッチは私の双子の兄ですな。私はマァド。グッチの弟なんですな!」
そう言い不敵にニヤリと笑った。
もう嫌だ。こんな胡散臭い兄弟がいて良いのか。親御さんが気の毒すぎる。世も末だ。誰か助けてくれ。
「違いが分からねぇ……」
「確かに良く似ていると言われますが――」
「似てるってレベルじゃねぇよ! もう同一人物だろ!」
「ノホホ! 良く見れば違いが分かりますな! お分かりになりますかな?」
マァドは挑戦するようにニヤリと笑うが、全くもって全然分からん。
つーかどうでもいい。俺を早く解放しろ。
「眼鏡の縁が、わたくしのほうがちょっと太いんですな!」
「分かるわけねぇだろ!」
身体的な特徴じゃねぇじゃねぇか! 馬鹿にしてんのかこいつは!?
奴は満足そうに眼鏡の縁を指先で掴み、くいくいとあげて見せる。ああもう腹立たしい!
まあまあとスティアに宥められている俺に胡散臭い笑みを浮かべつつ、マァドはカウンターの上で指を組んだ。
「さて、何の御用ですかな?」
「あのね、セントベルから来たから、報告!」
「ほうほう、なるほど。それでは冒険者証を拝借致しますな」
カウンターにしがみ付いたホシが変わりに報告する。俺がいら立ち紛れに冒険者証を投げつけてやると、奴はそれを人差し指と中指でパシリと受け取り、またニヤリと笑った。無駄に格好いいんだよクソ!
「ほうほう。”エイク様親衛隊”、ランクEパーティですな」
三人の冒険者証を並べ、ふんふんと楽しそうにグッチ――ではなく、マァドは呟いた。
そして確かめるように一つ一つ手に取り、眼鏡の縁をくいくいと上げながらそれらを眺めると、満足そうな顔をして冒険者証を俺達へと返した。
「はい。確認できましたので、こちらはお返ししますな」
「チッ! ……後はこいつの冒険者登録を頼む」
「はいはい、登録料金は小銀貨1枚ですな」
胡散臭い笑みを浮かべるマァドに、バドは懐から小銀貨を1枚取り出す。それを確認した奴はキャビネットから登録用紙を取り出しバドへと手渡した。
「……セントベルじゃ試験がいるって聞いたが?」
登録前に試験が必要だったはず。そういぶかしがる俺に、マァドはノホホと返した。
「実は、アクアサーペントを倒した”エイク様親衛隊”がこちらへ向かったと兄から手紙が来ておりましてな。セントベルでパーティメンバーが脱退するまではランクCパーティだったそうですな? 実力は保障するので融通を利かせて欲しいと連絡がありましてな」
奴の言葉に、セントベルで出会った澄んだ青空のような少女の姿がまぶたの裏に浮かんだ。
俺達のパーティに加わり、共に行動していた青龍族のリリ。目的地が違うためセントベルで別れたが、リリは無事に王都で白龍姫ヴェヌスに合えただろうか?
一瞬思考がそれるもすぐに気を取り直し、またマァドに顔を向ける。
「免除してくれるってのか?」
「まあこちらも見ての通り忙しいですからな。お互い時間が勿体無いので無駄なことは止めておきましょう、と言うことですな」
マァドはギルド内をぐるりと見渡すような仕草をする。まあこちらとしては向こうの言い分に何も異論は無い。
分かったと頷くと、奴はノホホとまた胡散臭そうに笑った。
「出来ましたわよ」
「それでは拝借」
俺達が話しているうちに、字の書けないバドに変わってスティアがもう内容を書いてしまったようだ。スティアに手渡された登録用紙を、マァドはふむふむと眺める。
「それでは受理しましたな。こちらをどうぞ」
そして鉄のドッグタグを一つ取り出しカウンターへと置いた。
「ご存知でしょうが、ランクG冒険者を示すドッグタグですな。これは常に携帯をお願いしますな。明日には冒険者証もできますので、都合の良い時に受け取りに来て欲しいですな」
バドはコクリと頷き、それを受け取った。
今日のバドは鎧姿ではなくローブ姿だ。流石にここでフードを脱ぐわけにはいかないため、首にかけるのは後だな。
「他にご用件はありますかな?」
「四人一緒のパーティにしてくださいまし!」
マァドの言葉にスティアがずいと身を乗り出す。
「承知致しました。お三方がランクE、お一人がランクGですから、パーティを組むのには問題ございませんな。パーティのランクもEのまま据え置きですからご安心を」
「お願いしますわね!」
「ノホホ! それでは――おっとノと!」
そこまで言うと、奴はいかにもわざとらしく自分の額をペシリと叩いた。
「そう言えば忘れておりましたな! 皆様、シュレンツィアに着いたのは本日ですかな?」
「ん? なんでだ?」
「いやはや、昨日ハルツハイム伯爵家から捜索願が出されておりまして。わたくしとしたことがついついウッカリついウッカリ! 忘れておりましたな! ヌォホホッ!」
奴は騒々しく喚きながらぺらりと一枚の紙を取り出し、眼鏡の縁をくいくいと上げがなら内容を読み上げた。
「えー、怪しい四人組を見つけたらハルツハイム騎士団に連絡をされたし……とありますな。報酬は小銀貨5枚。特徴は、一人は黒いプレートアーマーを装備した巨漢、一人はメイスを持った小さな子供、そしてもう一人は見事な白いローブを着た女性とのことですな! どこかの令嬢のお忍びですかな? 残るもう一人は中肉中背のおっさんだそうです。あ、言葉が通じない可能性ありとも書いてありますな」
それを聞いて俺達は顔を見合わせる。
つーか俺の情報が雑なのは何でだ? おっさんを差別するんじゃねぇ。
「衛兵の情報から、昨日の昼前に町に入ったらしいですな! しかし伯爵家に捜索願を出されるとは怪しいですなぁ~。わたくし、ンノホッ! ときちゃいますぞ!」
そこまで言い、奴は顔を上げた。凄い胡散臭い笑顔だ。
「皆さんは昨日到着でしたかな?」
「ついさっき着きました」
取りあえず誤魔化しておいた。