幕間.消え去ったもの
「おいグッチ、これ貼っとけ」
バンとカウンターへ叩きつけるように数枚の羊皮紙を置かれ、グッチは何かと視線を向けた。
カウンターを挟んで目の前にいるのは、セントベル冒険者ギルドのギルドマスター。つまりはここの責任者だ。
横柄な態度だったが、しかしそれもいつものこと。グッチは特に気にもせず、叩きつけられたそれらに素直に手を伸ばした。
「ノホ、これは何ですかな?」
「見りゃ分かんだろ。手配書だ、手配書。まったく、教会相手に何をしたんだか知らねぇが、馬鹿なことをやったもんだぜこいつら」
グッチはそれから目を離さずに、呆れたように話すギルドマスターの言葉を聞く。羊皮紙は四枚あり、それぞれ別の人間の似顔絵が書いてあった。
「教会に目をつけられたらこの国じゃやっていけねぇってのに、それが分からん奴らもいるとはな。まったく、戦争があったせいなのか、それともただの馬鹿か。……世も末ってやつよ。ま、俺達にゃ関係ねぇがな」
ちゃんと貼っとけよ、と言い残して、彼は二階へと消えて行く。だがグッチは彼に一瞥もくれず、手配書に目を落とし続けていた。
それもそのはずだろう。そこには見覚えのある顔が並んでいたのだから。
簡潔に理由も一文書かれているが、どうやら戦争の際に王国へ弓を引いた戦犯だそうで、生死を問わず懸賞金が出るらしい。物騒なことだと思いながらその額を確認すると、一人当たり金貨5枚とかなりの高額だった。
さらに四人のうちの一人である、目つきの悪い盗賊のような顔つきの男性に限っては、なんと金貨20枚とある。
建国して以来初めてとなる大きな戦争が終わったばかりだと言うのに、このような金が一体どこからポンと出てくるのか。
あり得ないほどの大盤振る舞いにどこか陰謀めいたものを感じて、人をおちょくってばかりいるこの男もノホホンホーと笑うしかなかった。
ギルドマスターはこの人物らが教会に何かしたように言っていたが、この内容を見る限りではどうやら目を通してすらいないようだ。いつもの事ながら杜撰な仕事ぶりだ。
「仕方がありませんなぁ。ノホホッ!」
だから盗賊相手にいいようにされるのだ、とも思うが、決して口にはしない。自分がそんなことを言ったところで、彼は自分を見つめ直したりはしないし、そもそもそれは自分の役割ではないのだ。
「さてさて、それではやりますかな」
彼は胡散臭い笑みを浮かべながら、いかにも億劫ですと言った様子でのろのろと立ち上がる。そして手に持った手配書をパタンと半分に、隅をそろえてきっちりと丁寧に折りたたんだ。
「ノホッ、ノホッ、ノホホのホ――」
さらにそれを半分にたたみ、さらに半分、さらに半分と折りたたんでいく。すぐにそれは、これ以上折れないほどに小さく小さくたたまれるが、グッチは気にした様子も無い。
もう一枚の手配書も同じように、ノホノホと歌(?)を口ずさみながら小さくたたみ始める。
そうして四枚の手配書はすべて、小さな紙の塊に変わってしまった。
グッチはそれらを指でひょいとつまみあげる。
「ノッホホーの――ホホイのホイッ!」
そして、まるでゴミを投げ捨てるかのように、腕だけを動かして頭上へと放り投げた。
「おーい、グッチ! ……ん?」
何かを思い出したのか、ギルドマスターがドンドンドンと騒々しく階段を下りてくる。中ほどまで降りたところで手すりに肘を突き、体を乗り出してカウンターを覗き込んだ彼だったが、
「ギルドマスター? どうかしました?」
「んあ? アメリア……?」
そこには目的の彼の姿は無く、代わりに一人の若い女性の姿しかなかった。思わぬ人物に声をかけられた彼は、自分がどうしてここに来たのか考えるも、混乱しているのか上手く言葉が出てこなかった。
まるで”その事実が消え去ってしまった”かのように。彼の頭には、何の言葉も浮かんでは来なかった。
「んー? いや……なんだったかな? えーっと――?」
「またそんなこと言って、仕事をさぼろうって言うんじゃないですかぁー?」
「い、いやいや! そんなこたぁねぇぞ! うん! あー忙しい忙しいっとぉ!」
しどろもどろでいると、アメリアと呼ばれた女性にじっとりとねめつけられてしまった。その責めるような態度に彼は慌てて踵を返し、その場をさっさと退散していく。
「まったく、うちのギルドマスターったらどうしてああなのかしら。嫌になっちゃうわ」
そんなギルドマスターの背中を呆れたように見送った彼女は、ぶつくさと呟きながらドカリと椅子に腰をおろす。
せめてイケメンだったらよかったのに、などとも呟くが、そんな都合のいい話はそうそう転がってはいない。何より現実は先ほど自分の目で確かめた通りなのだ。
自分のおかれている現状を正しく理解した彼女は、自分で自分の境遇を哀れみ、はぁとため息をついた。
今日も今日とてギルドは閑散としている。仕事をやる分には楽でいいが、これではやりがいも無い。
もう少し、もう少しだけ忙しければ退屈しないのになぁ。でも忙しすぎるのは嫌だなあなどと調子のいい事を考えながら、彼女は背もたれに体を預け、所在なさげに足をパタパタさせた。
「受付が私一人でも暇なんて、このギルド大丈夫なのかしらねぇ……」
彼女のそんな呟きは、がらんとしたボロボロのギルドに寂しく響いた。