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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第二_五章 二人の姫
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81.三人目

「で、どうしてリリュール様が?」

「いえ、ヴェヌス様からちょっと頼まれ事を」


 翌朝。早朝から王都を発とうというオディロンとカークのそばに、リリの姿もあった。

 カークはその理由が分からず問いかけるが、曖昧な笑みで会話を濁されてしまう。流石に青龍姫であるリリに対して不敬を働くことも出来ず、カークは疑問を飲み込んで口をつぐむしかなかった。


 様子の豹変したヴェヌスに問い詰められた後のこと。


 リリがセントベルで共にいたエイク達のことを詳しく話すと、ヴェヌスは脱力してソファに体を預け、彼らのことを詳しくリリへと説明してくれた。

 そのカーテニアと呼ばれる男が本当はエイクという人間だと言うこと。王国軍の第三師団長であること。共にいた彼らが第三師団の団長達であること。少し前に、彼らが急に王都から姿をくらませたこと。

 そして白龍族を追放しようとした疑惑があるということを。


 リリにとってどれもが夢にも思わなかった話だったが、しかしすぐに納得することができた。

 あの実力から、彼らが只者ではないということはすぐに分かったし、何かを隠しているような素振りをすることも多々あったため、何か事情があるのだろうということを薄々理解していたのだ。


 聞いてみたいという気持ちも確かに何度か湧いた。しかし自分も名前や青龍姫としての立場を彼らに隠しているのだからと、その理由を問い詰めるようなことはしなかったし、してはならないと思ってもいた。

 そして、結局それを口にする事は一度も無く、彼らとは別れることとなったのだ。


 それが今こうして明らかになると、どうだろう。王国軍のトップであるならあの実力も納得できる話だったのだと腑に落ちた。

 リリはヴェヌスの説明を一切疑うようなことはせず、信頼し、最後まで口を挟まず話を聞いていた。

 ただし、一点を除いては、であるが。


「そこで、心苦しくもリリュール様にお願いしたいことがあるですが……」


 リリはヴェヌスのその言葉にしっかりと頷く。ヴェヌスはリリに、カーテニア――いや、エイク達を連れ戻して欲しいと、彼女の手をしっかりと握り深々と頭を下げたのだ。

 否も応もなくリリは快諾した。エイク達が龍人族を追放しようとしたという事実など、決して無いことだと自らが確かめるために。


 その後、ヴェヌスからの話でオディロンとカークが明日また旅立つということを知ったリリは、こうして彼らに同行を申し出ることにしたのだった。


 一方カークは内心、これに気まずい思いを感じていた。

 彼は白龍族が追っ手を放ったことをエイクに知らせるため、第二師団から遣わされた人間だ。白龍族の息がかかったリリを同行させるのは非常に具合が悪かったのだ。

 だが、彼の今の立場からはそれを言い出すことも出来ない。ただ独り、どうしようもない思いを胸に抱えていた。


 この旅がこんなにも困難になるとは思ってもいなかった彼は、その最たる原因を作ったオディロンを恨めしそうにじっとりとにらむ。

 しかしその理由に思い当たらなかったオディロンは、わけが分からず動揺するばかりだった。


「カ、カーク君、何かね。何かあるなら言ってくれたまえ」

「……いえ、別に何も」

「あっ、そ、そうか! 馬がまた無いからか! すまん! やはりまだ馬は用意できそうにないとのことでな」

「ああ、そうなんですね。では早速行きましょうか。オディロンさん、リリュール様」

「ま、待ちたまえカーク君! なんだか君、最近冷たすぎないかね!?」


 軽くため息を吐くとさっさと行ってしまうカーク。彼へと伸ばしたオディロンの手は空しく虚空を掴み、力なくだらんと垂れ下がった。


「……カークさん、どうかされたんでしょうか?」

「い、いえ。大したことはないでしょう。ははは……」


 不思議そうに首をかしげるリリに、オディロンは力なく笑うしかなかった。


「そ、そう言えばリリュール様。その剣、どこかに預けるのでは無かったのですか?」

「ええ。そうなんですけど……少し事情が変わりまして」


 居た堪れず視線を彷徨わせたオディロンは、その目に一振りの剣が映ったためつい口にする。だが、それにリリはどう答えたら良いか分からず苦笑いを浮かべる。


 この剣、実はセントベルでエイク達と別れる際に、白龍姫と会うなら渡してくれと託された神剣”風神の稲妻(フェーデルブリッツ)”であった。

 リリは預かったこの剣を彼らの言う通りヴェヌスへと託そうと話をした。そう、確かにしたのだ。

 だがそんな頼みは、


「こっ、こんな剣預かれませんわ! 返して来て下さいまし!」


 と、猛烈に拒否されてしまう。

 何とか説得しようとしたリリだったが、ヴェヌスにとっては降って湧いた厄介のタネである。王城に置けば自分まで巻き込まれかねないと、最後まで絶対拒否の構えを解かなかった。

 結局それに根負けしたリリは、仕方なくまたエイク達の元へと持ち帰ることにしたと、そういうわけだった。

 ちなみに。


《こ、こんな剣とはなんじゃぁっ!? こっちこそ小便臭い小娘なんぞ御免じゃわい!》


 ヴェヌスに対してそう神剣は文句を言っていたのだが、誰もその言葉を聞くことが出来ないため溜飲が下がることは無く。今もまだぶちぶちと不満を言っていた。

 だがまあ、そんなことは二人が知るはずもない。意思があることすら理解していないのだ。腰に吊るした剣の鞘をポンポンと叩くリリの扱い様には、剣に対して以上の感情は全く含まれていないものだった。


「リリュール様は剣をお使いになるのですか?」

「いえ、全く。私はこれですので」


 不思議そうに尋ねるオディロンに、リリはそう言って杖をふりふりと振って見せる。

 オディロンもなるほどと頷いた。不似合いな理由はそれだったのかと合点がいった様子だ。


「ではその剣、リリュール様には邪魔なのでは? もし宜しければ私が持ちますよ」

「えっ、本当ですか? 私は助かりますが、いいんですか?」

「ええ、構いませんよ。背中が空いておりますので、どうぞ」


 なんのことは無い会話だが、神剣には意思がある。その言い草は火に油で、剣の方は《邪魔とは何じゃぁ! この小童が!》と怒っていたが、それもまた聞こえるはずも無い。

 リリの腰からオディロンへと手渡された神剣はオディロンの背へと移動することになり、エイク達を追って道を逆戻りすることになったのだった。


「早く行きますよーっ!!」


 前を歩いていたカークが振り向き、手を上げて二人を促す。いつの間にかかなり距離が離れてしまっており、カークの姿は小さくなっていた。

 遠くからぶんぶんと振られる手を二人は言葉も無く眺めていたが、顔を見合わせるのが合図となり、またセントベルへの道を引き返して行く。


 三者三様の目的を掲げて、一行は消えた師団長の足跡を追い始める。

 一人は連れ戻すために。一人は危機を伝えるために。

 そして新しく加わった最後の一人は――


 リリはエイクが龍神族を排斥しようとしたなどという事は全く信じていなかった。この依頼を受けたのは、また彼らに会いたいという、小さな願いを叶える建前に過ぎなかった。

 そしてせっかくの機会なのだから、人族の営みと言うものをもっと知ってみたい。その過程で少しくらいなら美味しい思いをしてもいいよね? と、そんなことも思っていた。


 ヴェヌスの力になろうという思いは嘘ではない。しかし受けた理由の大半は、リリ自身分かっていないが、ごく個人的かつ打算的なものだった。


 だからだろう。リリの足取りは三人の中で一番軽やかで。

 弾むような、非常に楽し気なものであった。

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