76.東に向かって
翌日。衛兵隊がアジトに来たのと入れ替わりに、俺達はユーリちゃんを連れてセントベルへと戻ることにした。
一応衛兵隊には≪感覚共有≫をかけて様子を見てみたが、特に不審な感情を持つ者は見つからなかった。問題なく後を任せられることを確認し、心置きなく出て行けると判断したのだ。
俺達がアジトを発つときには、捕らえられていた少女達が総出で見送ってくれた。
俺に付いてきたカリンも妹と共に残るらしく、最後まで深々と頭を下げていた。
一晩のうちにセレナちゃんと仲良くなったホシが少しむずがり、出発に少し時間がかかるという事もあったが、最後には笑顔でお別れすると、俺達は洞窟を後にしたのだった。
そして――
「皆さん……本当に行ってしまうんですか?」
シェルトさんとユーリちゃんは、店の前で寂しそうな顔をして俺達を見ていた。
今回、衛兵隊に顔を見られてしまったし、盗賊にガザの姿も見られてしまった。それにサロモンの件は、すぐにでも王国へ連絡がいくだろう。
流石にこのままこの町に留まるわけにはいかなかった。
「すみません。急用が出来てしまって。リリもすまん」
「い、いえ。しょうがないですよ。用事が出来てしまったのですから」
この町を発つということは、リリともここでお別れということだ。
最後はバタバタになってしまったが、出来るならもう少し一緒にいたかったと思う。
「リリさん、王都へ向かうんでしたわよね?」
「はい、でも杖が見つかっていなくて――」
「杖ってこれか?」
「え?」
俺はシャドウから一本の杖を取り出す。その杖は、柄全体に空色と茶色のグラデーション――スティア曰く、山藍摺色と鶯茶色らしいがそんな色聞いたこともない――がかかっており、その先端には見る角度によって青にも緑にも見える、透き通った色の宝玉のようなものが、杖に絡まれるようにして鎮座していた。
その杖を見たリリは驚愕で目を大きく見開いた。
「みっ、水鏡乃杖っ!? い、一体どこで!?」
やはりか。俺は笑いながらその杖をリリへと手渡す。彼女は慎重にその杖を両手で受け取ると、そこにあるのが信じられないようにまじまじとそれを見つめた。
「盗賊のアジトにあったんですのよ。多分リリさんの探している杖じゃないかと思っていたのですが、当たっていて良かったですわ」
そう、盗賊のアジトには戦利品と思われるものを保管しておく部屋もあり、そこに色々なものが雑然と置かれていたのだが、その中にこの杖も置かれていたのだ。
何か神秘的なものを感じ、これじゃないかと皆と話し合っていたのだが、どうやら間違い無かったようだ。
なお他の戦利品は俺達で頂戴した。盗賊団を殲滅したのは俺達なのだから当然の権利である。
まあ大量にあった傷薬なんかは置いてきたけどな。
俺達には多すぎるし、この町にも必要だろう。
「ありがとうございます! これで……。これで、私も王都に向かうことが出来ます!」
リリも嬉しそうに微笑む。良かった良かった。
「でも、皆さんとここでお別れなのは寂しいですね……」
だがすぐに気落ちしたように肩を落とした。そう言われてしまうとこちらも寂しさを覚える。自然と俺達の眉尻が下がった。
たったの二週間程だったが、リリと共にいた時間は本当に楽しかった。気心の知れた仲間といるような安心感を覚えたほどだ。いや実際のところ、もうそうだったのだろう。
俺は肩を落とす彼女の前に手を差し出す。
「短い時間だったが楽しかった。また会ったら、そのときも一緒にパーティを組もう」
リリは俺の手をじっと見つめていたが、ゆっくりと手を差し出してしっかりと握った。
「……はい! こちらこそ、楽しかったです! ありがとうございました! 絶対に……また会いましょう!」
「そうですわね。わたくしも楽しかったですわ。そのときは勿論わたくしも一緒に」
その手にスティアも手を重ねる。すると、近くで見ていたバドも歩み寄ってきてゆっくりと手を重ねた。
「あー! あたしも! あたしも!」
ユーリちゃんと話していたホシも、それを見て声を上げながら駆け寄ってくる。
「リリちん、またね!」
「はい! アンソニーさんも元気で!」
「うん!」
ホシは手の下にもぐりこむと、頭の上で、皆の手を包むように両手で挟み込む。彼女の頭の上で手をぽんぽんと弾ませると、ホシは嬉しそうにきゃっきゃと声を上げた。
「うふふ、エイク様親衛隊、全員集合ですわ!」
「はい!」
スティアの台詞にリリも嬉しそうに笑う。そういやそんな名前のパーティだった。なんか変えるタイミングを完全に逸してしまったが、もうなるようになれだ。
皆でわいわいと盛り上がっていると、先ほどからこちらの様子を見つめていたシェルトさんが名残惜しそうな声を上げた。
「リリさんも今日行ってしまうんですか?」
「いえ、私は準備があるので明日発とうと思います」
「そうですか。それなら昨日今日とお世話になったので、せめて明日はゆっくり食べていって下さい。お代は結構ですから」
「あ、あはは……。貴重な体験をさせてもらいました……」
シェルトさんに引きつった笑いを返すリリ。なるほど。それだけで察することが出来た。
彼女もここで戦っていたんだな。お疲れ様だ。
「さて、もう行こうか。シェルトさん、ユーリちゃん。お元気で」
「はい。セントベルに寄ったら、是非また来て下さい。ユーリ」
「うんっ。皆さん、ありがとうございました! これをどうぞ!」
シェルトさんの言葉に、ユーリちゃんは先ほどから両手に持っていたバスケットを俺達に手渡す。
「宜しいんですの?」
「ええ。どうか貰って下さい。皆さんにはこれだけでも全然足りないんですけど……」
「いえ、助かりますよ。ありがとうございます」
中にはパンがぎっしり詰まっていることだろう。バスケットもまだほんのり温かかった。
シェルトさんの腕はもうしっかりパン職人のそれだ。バドの熱意もあっただろうが、彼女の真摯さ、必死さが無ければこう上手くはいかなかっただろう。
あのもっさりとしたパンが今では懐かしい。
「あ、あの!」
突然ユーリちゃんが大きな声を上げ俺達を見上げてくる。
「ちゃんとお礼を言えなかったから……」
もじもじとはにかみながら、ユーリちゃんは口を開く。
「ホシちゃん、えーちゃんさん、すーちゃんさん。それとばどちんさん。本当にありがとうございました!」
そして、一呼吸置いてからまた言葉を紡ぐ。
「――それと、もし狼のおじちゃんに会ったら、お礼を言っておいて下さい! 助けてくれて、ありがとうって!」
頬を染めながら、ユーリちゃんははっきりとお礼を言った。
……ああ、大丈夫。ユーリちゃんの気持ちはきっとガザにも届いたことだろう。
だんだんと聞こえてきた嗚咽を聞くまいと、俺はユーリちゃんに頷きながら≪感覚共有≫を解除した。
「ユーリちゃん、またね!」
「うん……! またね、ホシちゃん!」
手を握り合って別れを惜しむ二人。
ユーリちゃんは目に涙を浮かべ、ホシの手を両手で握っている。
「よかったな、友達が出来て」
「うん!」
ホシの頭をぽんぽんと叩くと、彼女は振り返りニーッと歯を見せて笑った。
「あ、あの! バドさん!」
隣でシェルトさんがバドに声をかける。バドは彼女の方へ向き直ると、手に持っていた背嚢を置き、その両手を大きく頭上に掲げた。
「あ――」
それは大きなマルだった。そう言えば、バドがシェルトさんにバツを見せてから始まったんだよな。なんだか随分前のことのように感じる。
シェルトさんは呆けてそれを見上げていたが、しばらくして指で目じりを拭うと、バドに笑いながら頷いて返していた。
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「はぁ~……っ」
「なんだよ辛気臭ぇな」
「だってぇ……」
街道を歩く俺達の後ろから深いため息が聞こえてくる。よく分からないが、町を出てからずっと、スティアはあの通りしょげかえっていた。
「それはそうと、あのローブは着ないのか?」
セントベルを発つ前、アクアサーペントのローブを受け取ろうと俺達はダンメルの店に立ち寄っていた。だがダンメルは困ったように頭をかきながら、
「嬢ちゃんの分しか仕上がって無くてなぁ……。お前さんのは明日の朝になる」
と、そう言ったのだ。まぁ完成予定日は明日だったから、スティアの分が出来ていただけでも御の字。そう思い、完成しているスティアの分だけ受け取って出発することにしたのだ。
だが、そこから彼女はこの調子だった。欲しいものが手に入ったのだから機嫌が良くなってもよさそうなもんだが、今もローブをシャドウに預けたままトボトボと最後尾を歩いていた。
「せっかくのおそろいのローブがぁ……」
「何か言ったか?」
「何でもありませんわぁ~……」
しおしおと元気の無い声で呟くが、何を言っているか全然聞こえん。まあその内元気になるだろうと、俺は気にしないことにして顔を前へと向けた。
「しかしバド、本当に良かったのか? 別に今から戻っても良いんだぞ?」
隣を歩くバドを横目で見ながら聞くが、彼はふるふると首を横に振った。
クルティーヌでパンを焼いていた彼は、本当に毎日が充実している様子だった。
そのためセントベルを離れるときに同じ事を聞いたのだが、頑として首を縦に振らなかったのだ。
俺の都合でバドを束縛しているんじゃないか。そんな気がしてなんだか悪い気がしたが、同時に彼がついてきてくれることに心強さも感じている。結局彼の厚意に甘え、またこうして同道してもらっていた。
「えーちゃん、次はどの町に行くの?」
ちょこちょこと先頭を歩いていたホシが、後ろ歩きになってこちらを見る。目的地は決まっていないが、気になるところは既にあった。
「実は土の勇者のことが気になっててな」
「土の勇者? ”風神の稲妻”がいたから?」
「ああ、そうだ。あれからどうなったか、ちょっとな」
土の勇者が現れてから、まだ災厄らしきものは起きていない。
俺達はもう軍属ではないのだから気にする必要もないし、藪蛇になりそうな気はしないでもない。しかし神剣が二本も覚醒しているのを知った以上、気にするなと言うほうが無理な話というものだ。
「それじゃ、そこに行こう!」
「面倒事にならなきゃいいけどなぁ」
「大丈夫じゃない?」
俺の心配をよそに、けろっと答えるホシ。隣を歩くバドもうんうんと頷いていた。
「まあ俺達の目的地は東ってだけだからな……。よし、それじゃ土の勇者がいる町に行ってみるとするか」
「なんて町だっけ?」
「シュレンツィア、だな。ハルツハイム領は食い物が美味いから、シュレンツィアでも期待できるかもな。そうだったよな? バド」
俺の言葉にうんうんと頷くバド。非常に嬉しそうだ。分かりやすい反応に苦笑する。
もう彼の頭の中では、色々な料理が浮かんでは消えているのだろう。
「それじゃあ、シュレンツィアにれっつごー!」
「おー」
満面の笑みを浮かべるホシの、底抜けに明るい声が街道に響く。その振り上げた腕にならい、俺も右手を振り上げた。
「おーですわ……」
後ろからまたもぼそぼそと辛気臭い声が聞こえたが、もうしばらく放っておこう。俺達は更に東へと進むべく、セントベルを後にする。
夏が終わり、秋へと向かい始めるこの時期に、太陽が秋暑しと空に燦然と輝いている。その日差しは温かく、街道を行く俺達を柔らかく包み込む。
空は青天。天気は良好。旅をするにはもってこいだ。
俺達はわいわいと話を続けながら東へ伸びる街道を歩いて行く。その足取りは一人を除き、非常に軽いものだった。
そう言や盗賊団が何で薬草を集めてたのか聞いてこなかったな。
うーむ忘れてた。
……まぁもう衛兵隊に任せたし、どうでもいいかぁ。
第二章はこれにて終了です。いかがでしたでしょうか。
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