73.盗賊撲滅計画②
「カリン、俺だ! 降りてきてくれ!」
「は、はい!」
俺とリリはすぐにクルティーヌを出ると、人目を避けギルドの宿舎へと戻ってきた。
カーテンを閉め、すぐに天井裏からカリンを呼び戻すと事情を話そうとする。
しかし――
「あの……リリさんの顔、何でそんなに赤いんですか?」
「へぇっ!?」
カリンは首をかしげながらリリの顔をじっと見つめる。確かにリリの顔はほんのりと赤かった。
カリンの指摘にリリも変な声をあげて反応し、わたわたと慌て始める。
「ああ、それはな――」
「カーテニアさんっ!? もうっ! 止めて下さい!」
「え、ちょっ、痛! 叩くな!」
「もうっ! もうっ! もうっ!」
「痛たたた!? ちょ、止めっ!」
急にリリにばしばしと背中を叩かれる。手加減もしていないらしく、革鎧越しだというのに普通に痛い。
龍人族の馬鹿力でそう叩かないで欲しい。最悪革鎧が壊れるだろが。
「あ、あの、何が?」
「いやな? 人目を避けるために屋根の上を走ってきたんだがな、それで――」
「あああああ! もうっ! それはどうでもいいです! それよりも話を!」
声を荒げたリリに、カリンはさらに不思議そうな顔をする。まあリリが嫌そうだから後にするか。
カリンに「後でな」と耳打ちし、そこでその話は打ち切った。
リリの顔が赤い理由。それは、クルティーヌを出た後のことだ。
ここで盗賊達に見つかってはすべて台無しになりかねない。なので、人目を避けるため、屋根伝いに宿舎へ向かおうとしたのだ。
だが、リリを抱えて屋根の上まで跳んだところ、どうも高くて怖かったらしく、リリの腰が引けていたのだ。
まあそれなら仕方がないかと、俺はリリを抱えたまま宿舎へと走ったのだが、どうもそれが恥ずかしかったらしい。
そんなに恥ずかしがること無いと思うんだがなぁ。抱きかかえられたのが嫌だったのだろうか? まだ加齢臭はしてないと思うが……。
えーっと……してないよなぁ?
いや、うん。まあ、ともかく今は置いておこう。
気を取り直し、俺達が出て行ってから何が起きたのかを二人に話す。
ユーリちゃんがさらわれたこと。盗賊団と戦ったこと。無事にアジトにいる盗賊団を捕縛し、ユーリちゃんを助け出したこと。
そして残りは町にいる残党だけだということを。
なお魔導戦車が無双したこと、リリの案で作った仕掛けが非常に有効だったことも話すと、リリはそれはもう非常に喜んでくれた。
そこをつい詳しく話し込んでしまったのは勘弁して欲しい。
「で、だ。ここからが相談なんだが――」
俺は計画している内容を二人に説明する。話を終えて改めて見てみると、二人の顔はどちらも真剣そのものだが、カリンがちょっと不安そうだ。
「さっきクルティーヌでも話したが。リリはクルティーヌの通常営業に協力してくれ。普段と違うことをしていると、そこから連中に感づかれるかも知れん」
「うーん……。でもユーリちゃんがさらわれているわけですから、閉店しているのが普通なんじゃないですか?」
「確かにそれも考えたが、普段と変わらないほうが奴らに感づかせないだろうと思ってる。それにまだシェルトさんの身に危険がないとも限らないからな。なら、どちらにせよリリにクルティーヌにいて貰ったほうが安心だ」
「なるほど……。確かに、お客さんがいるところを襲ってもこないでしょうし、シェルトさんのことを考えるとそれが一番ですか。……分かりました。シェルトさんのことは任せてください」
「ああ、頼りにしてる」
リリは力強く頷く。これ以上頼りになることもないな。
さて、後はカリンだ。彼女にはどうしても付いて来て貰わなければならない。心を決めて一緒に来てくれ。
「よし、リリとはまた別行動だ。カリン、お前は一緒に行くぞ」
「ほ、本当に行くんですか?」
「大丈夫、あそこなら流石に白昼堂々と襲われはしないさ」
「う――わ、分かりました。行きましょう」
自信が無さそうなカリンをまたシャドウの中へとかくまう。
「それじゃ、そっちは頼む」
「はい。カーテニアさんもお気をつけて」
リリはクルティーヌへ。そして俺とカリンは別の場所へ。
一言交わし、俺たちは宿舎を後にした。
------------------
「お帰りなさいませ、貴方様」
「ああ、今戻った」
俺はセントベルでの用を終え、またアジトへと戻っていた。
アジトに入ると、気配を消していたスティアが目の前にスッと現れ、俺達を出迎えてくれた。
「首尾は?」
「ええ、貴方様が出て行ってから二人ほど戻ってきましたので、捕らえて牢に入れてありますわ」
「分かった。皆、引き続き頼む」
「承知しましたわ」
《了解した》
俺の言葉にスティアとオーリが返事をした。
今このアジトでは、町から戻ってくる残党共を捕縛するため、魔族達とスティアとで協力し事に当たっていた。
魔族達は変わらず森に潜伏し、残党が戻ってくるのを監視。そして連中を確認できたらスティアに連絡し、アジトで待ち伏せしていた彼女がそれを討ち取る。そうして残党の数を減らそうというのだ。
捕らえられていた少女達を町に返すわけにはいかなかった理由はこれだ。
ぞろぞろと彼女達を引き連れて帰ってしまえば、どうしたって目に付く。そうなれば町の盗賊達は感づいて姿を消す可能性があった。
少女達をシャドウにかくまって貰うという手もあったが、それは止めた。シャドウの中はお世辞にも快適とは言えない環境だ。入りっぱなしというのは無理だろうし、かといってあれだけの人数の少女達を出す場所など他になかったからだ。
彼女達も早く帰りたいと思っているだろうが、もう少し我慢してもらいたい。
さて。そんな作戦だったが今のところ上手くいっているようだ。
この様子なら問題も無いだろう。スティアは魔族達と関わるのが嫌そうだったが……。まぁ、どんどんとふん縛って、ばんばん牢に入れてくれ。
さて、後は、だ。
「こ、ここが……」
背後から上がった声に、顔を後ろに向ける。
そこには二人の衛兵が唖然とした様子で周囲を見渡している姿があった。
「これから案内する。その目で確認してくれ」
「あ、ああ……。よろしく頼む」
彼らはキツネにつままれたような顔をしながらも、俺の言葉に頷いた。
彼らはセントベル衛兵隊の隊長とその副官だ。リリと宿舎で別れた後、俺はカリンと共に衛兵の詰め所へと赴き、彼らへと接触していたのだ。
カリンの話によれば、セントベル衛兵隊の隊長は盗賊達にとってこの上なく鬱陶しい存在だと思われていたようで、度々話に上がっていたのだそうだ。
つまり確実に盗賊の息がかかっていない衛兵というわけだ。これを利用しない手はなかった。
ただ、詰め所に行くにあたり問題もあった。正面きって行けない事だ。
衛兵の誰に見られるか分からないため忍び込むしかなく、不審者バリバリで衛兵隊の隊長に面会するしかなかったのだ。
そんなことをすれば、話をしたところで信じて貰え無さそうだが。ただ、信頼してもらう手はあった。それがカリンの存在だった。
カリンは元々この町の町人。それに所作も見てくれも、悪人にはまったく見えない。
そんな彼女から切実に現状を訴えてもらえば、怪しまれはするだろうがその話に信憑性が出てくる。少なくとも俺のような怪しい見た目の男に説明されるよりずっとマシってもの。そう考えていたのだ。
結果、信頼できると副官も紹介され、こうして彼らを秘密裏に連れ出すことに成功したのである。こういう時シャドウが万能すぎるな。
そうして連れてきたカリンを含む三人を伴い、俺はアジトの中を進む。
捕らえられていた少女達のいる部屋へと入ると、そこで後ろから付いて来ていたカリンが声を上げた。
「セレナ!?」
「……お姉ちゃん? ――お姉ちゃんっ!」
カリンとセレナちゃんは勢い良く駆け寄り、しっかりと抱きしめあう。二人の嗚咽がその部屋に響いた。
「……これは間違いない、か」
「隊長、どうします?」
「まずは被害者の安全を確保しなければな。他には――」
隊長と副官は部屋の状況をぐるりと見渡して確認すると、すぐにひそひそと真剣な顔つきで話し始めた。
この二人。詰め所での様子を見ると、どうも衛兵隊に悪人を手引きしている人間がいるのには気づいていた模様だった。
そのためか、急に現れた俺のことをかなり怪しんでいたが、ここまで来ればもう後を任せても大丈夫だろう。
見た限りこの隊長と副官の男は信頼できそうだしな。
俺はひそひそと話す彼らへと向き直り、
「衛兵内部の関係者の掃討はそちらにお任せする。まあ、カリンが言っていた関係者一人に粉をつければ、あとは全員ここで釣れるだろう」
と、そう言った。彼らも俺の言葉に焦ったようにこちらへ向くとこくりと頷く。
「分かった。そうするようにしよう。ご協力感謝する」
そう言って、彼らは丁寧に敬礼をした。
妙に丁寧になった態度におかしさを感じつつ、俺も軽く敬礼をして返すと、彼らも疑ってかかった後ろめたさがあったのか、少しほっとしたような表情を返した。
カリンは盗賊と話をしていた衛兵数人の顔をしっかりと覚えていた。
詰所でその男達の特徴を話をしたところ、彼らも心当たりがあったようで、誰なのかすぐに感づいた様子だった。
ここまで来れば後は簡単。その男にマリウスの名前を使って、衛兵に紛れ込ませた盗賊全員をアジトに招集するように伝えれば、のこのこやって来た所を一網打尽に出来るはずだ。
「あの!」
後ろから声がかかり振り向く。そこにはカリンとセレナちゃんの姿があった。
「本当にありがとうございます! 全部、全部あなた達のおかげです!」
「ありがとうございます!」
二人は深々と頭を下げる。よかったよかった。その言葉だけでこうして骨を折った甲斐があったもんだ。何より、こんなこと見過ごせないからな。
「貴方達は。……一体何者なんですか?」
頭を下げる二人から視線をずらし、隊長が俺に問いかける。まあ、ただの冒険者が少数で盗賊団のアジトをつぶす、なんてのは中々ないだろうから、その疑問も当然か。
だが、ここで正直に答えるわけには行かない。取りあえず適当に誤魔化しておくことにしよう。
「何、俺たちはただのEランク冒険者だ」
俺は首にかけられた赤銅色のドッグタグをつまんで見せる。隊長の顔には納得が行かないと書いてあったが、しかしそれ以上追求されることは無かった。
------------------
その後、衛兵隊の二人は捕らえた盗賊達の様子を確認すると、俺と今後のすり合わせをし、すぐにアジトを後にした。
彼らが言うには、明日の昼までに信頼の出来る衛兵のみで隊を組み、このアジトへ向かうそうだ。そこでこの少女達を保護すると共に、粉を掛けた連中を一斉検挙するらしい。
うん、衛兵の方の問題はそれで対処できるだろう。
これでもう盗賊団の問題は片付いたようなものだ。スティアもあれからさらに三人の盗賊を順調に捕縛して、牢に入れている。
後に残るは一つだけ。それ以外は別段特別な事をしなくてもいい。事が成るのを待てば良いだろう。
だがその前に、聞いておくべきことがある。
(そろそろいいか)
俺は一人アジトの奥へと足を進める。しばらく歩き、行き止まりの部屋へで足を止めると、誰もいないことを確認した後にシャドウへと視線を送った。
「シャドウ、頼む」
俺の言葉にぐにゃりと影が歪むと、すぐにずぶずぶと二つの影が浮き出てくる。
「さて、そろそろ説明してもらおうか、ガザ」
そこに現れたのは手当てを受けたガザと、それに寄り添うロナの二人だった。