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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第二章 再興の町と空色の少女
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72.盗賊撲滅計画①

 剣との話も終わり、俺達は足早にバド達の元へと戻った。その部屋に残してきた少女達の様子が気にかかったからだ。


 長い間盗賊達によって投獄され、人質として暮らすことを強いられた少女達。精神状態が不安定になっても不思議じゃない。気にするなという方が無理だろう。


 だが俺の心配は良い方向に裏切られた。いざ部屋へと戻ってみると意外にも沈んだような空気はなく、むしろ笑顔すら見せている娘もいたくらいだったのだ。


 と言うのも――


「このスープ美味しい!」

「温かい食べ物なんて久しぶり……っ」


 バドが気を利かせて皆に温かい料理を振る舞っていたからだ。


 体が温まると気分も穏やかになって緊張もほぐれる。皆思い思いに地面に座り、美味しそうにスープを飲んでいた。

 いつの間にかシャドウから食材を受け取っていたようだが、これには脱帽するしかない。

 流石気の利く男だ。彼にここを任せて正解だった。

 まぁまだ珍妙なムキムキエプロンウシマスクマンではあったが。


 部屋の様子をぐるりと眺めると、ユーリちゃんと、隣に少女が一人、壁にもたれかかって並んで座り、話をしているのが見えた。

 この少女はカリンの妹のセレナちゃんだ。牢から出すときに、もしやと思い一番幼かったこの子に声をかけたところ、カリンの妹だと分かったのだ。


 その時に、俺達がカリンを保護していることも伝えたところ、それが少女達の安心につながったらしい。顔に浮かぶ不安が、すぐに安堵に変化を見せた。それはまあ良かった。

 最悪だったのは、それを聞いたセレナちゃんが火がついたように泣いてしまったことだ。おかげで大いに慌てることになってしまった。

 いや、これは完全に俺が悪かった。今思い出しても、話すタイミングが最悪。もう平謝りだった。


 そんなこともあり心配して戻ったのだが、意外にも、二人はぎこちないながら頬をほころばせることもあった。

 同性、同年代の子供がいることが良かったのだと思う。彼女達の身に起きたことは良いことなど何もなかった。でも、こうして傷を分かり合える友達がいるということだけは、きっと良い事だったんだろう。そう思いたい。


 さて。これから考えていた計画に、彼女らの協力は絶対に必要になる。あまりにも情緒が不安定なら考え直す必要があると思っていたが、この調子なら大丈夫だろう。

 彼女達に負担をかけることになるのは忍びないが、盗賊撲滅のためにやっておかなければならないことなのだ。

 俺は今後の計画を皆に伝えるため、少女達へと声をかけた。


「ちょっといいか、皆。これからのことで相談がある」


 俺は考えていた計画を皆に伝える。

 町の治安を維持する部隊がザルでは、また新たな盗賊団がこの町に根を張る可能性もある。それでは全くもって、今回骨を折った意味が無い。

 これはもう徹底的にやる必要があるのだ。セントベルに巣くう盗賊団の、根絶計画を。


 だが、彼女達はたまたま巻き込まれただけの被害者で、中には戦うこともできない一町民もいた。長い間捕虜として扱われてきた彼女らのことだから、早く帰りたいと強く思っていることだろう。

 そんな彼女達を無理やり作戦に付き合わせようとしたらどうなるか。

 間違いなく作戦の失敗に大いに貢献してくれることだろう。


 だから俺は、あくまでも彼女らの善意によって協力を得たいと思っていた。必要であれば≪感覚共有(センシズシェア)≫を使う手も考慮していた。


 ところがだ。いざ話してみると意外や意外、その反応は俺の予想とは違ったものだった。

 皆、協力してくれると快く頷いたのだ。

 盗賊団に腹も据えかねていたのだろうか。それともバドの料理効果だったのだろうか。なんにせよ、事が上手く行きそうで助かった。


「それじゃ皆、後は頼んだ」

「ええ。貴方様もお気をつけて」


 彼女らの協力を取り付けた後のこと。

 背中で寝ているホシをバドとスティアに任せて、俺は一人その場を後にした。



 ------------------



 あれから俺はアジトを出ると走りづめ、セントベルへと戻ってきた。

 これで門衛にばれないように出入りするのは何回目だろうか。そんなことを思いながら裏路地を足早に歩きクルティーヌを目指す。


「何もなけりゃいいが……。ん?」


 心配しながらクルティーヌへと向かったところ、何やら騒がしいのに気づいた。

 足を急がせると、ざわざわと人だかりが出来ており、店の前がごった返しているのが遠目にも見えた。ただ事ではないことが一目で分かる。


(こっちでも何かあったのか……!? チッ!)


 盗賊に襲われたのか。それとも騒ぎを聞きつけて衛兵でも詰め掛けたのかもしれない。

 嫌な予感に襲われ店へ走ると、人ごみの中へと足を踏み入れる。


「ちょっ、あんた何――」

「店の関係者だ! 通してくれ!」


 迷惑そうに声を上げる人達に関係者だと大声で返しながら、人ごみを両手で無理やりかき分け進む。やっとの思いで店へと入ると、俺は大声でリリ達を呼んだ。


「リリ! シェルトさん! 大丈夫か!?」


 中の様子をすばやく見渡しリリとシェルトさんを探す。そこには――


「カーテニアさん! 助けて下さいぃぃぃぃっ!」


 パンを買いに来たと思われる人達相手に接客をしているリリの姿が!


「……何だこりゃあ」


 俺の頭の中に一人の男の顔が浮かび、「パン売るっていうレベルじゃねぇぞ!」と言いながら消えていった。ちょっと待て、誰だ今の。


「カーテニアさぁぁん!」


 リリが大声を上げて助けを呼ぶ。もうカウンターの前は人、人、人。人の海だ。

 その大海に一人で相対し、クルティーヌのエプロンをつけたリリがもう半ベソで清算をしていた。


 客は皆、リリが龍人族なのに全然気にしていない様子でカウンターへと詰めかけている。

 リリもここによく来ていたから、見慣れたのかもしれない。それともパンは龍人よりも強し、と言うことなんだろうか。まあ今気にすることでは無いか。


 ……うむ。しかしこうエプロンをつけた女というのはグッとくるものがあるな。家庭的に見えるというか、なんと言うか。


 頭の中にもやもやとイメージが浮かぶ。

 仕事を終え家に帰ると、エプロンをかけた女が現れ笑顔で迎えてくれる。そしてこう言うのだ。「お帰りなさい、貴方さ――」


「カーテニアさぁんっ! 早く! 早く来てぇぇぇっ!」

「お、おうっ!」


 もう悲鳴の様な声を上げるリリ。これはぼんやりしている暇はなさそうだ。流石にこのままじゃ不味かろうと、手伝うべく俺は店の奥へと人の波をかき分け進む。

 部屋へたどり着く前に不安そうなシェルトさんと目が合ったが、俺が親指を立てて見せると、彼女の表情は安堵を見せた。



 ------------------



 それから二時間後。やっと店の中の喧騒が静まると、俺とリリはテーブルにがくりと突っ伏した。


 いや、もう凄い数だった。ひっきりなしに客が来るため休む暇も無く、ぶっ続けで接客をすることになった。

 こんなに大変だとは思わなかった。これを毎日している人達は偉いわ。本当に。


 ぐったりとしている俺達の前に、トントンとトレイが置かれる。何かと思い顔を上げると、シェルトさんが苦笑いをしながら食事を持ってきてくれたところだった。


「お二人とも、ありがとうございます。私一人ではさばけなかったので助かりました」


 どうぞ、と差し出された遅い昼食に力なく笑い返す。あれを実際に体験した後では言葉など出てこず、そう反応するしかなかった。


 食事をとりながら話を聞くと、どうやら俺達が来なくなった三日の間に、クルティーヌは順調に客を増やしたようだった。

 閑古鳥が鳴いていた状態を知っている俺からすれば、繁盛して本当に何よりだと思う。


 それは良いことではあるんだろうが、先ほどの様子を考えると、シェルトさんとユーリちゃんの二人でさばける許容量を軽く超えているようにも見えた。

 従業員でも雇うか、店を大きくしたほうがいいかもしれない。


 ――っと、そうだ。肝心な事を伝えておかなければ。何でこっちを後回しにした俺の馬鹿。


「シェルトさん。ユーリちゃんですが――」

「はい。ユーリは……ユーリは、大丈夫なんですよね?」

「ええ。今は他の三人と一緒にいます。それで、今日は戻らないのですが、いいですか? 明日の朝俺達が連れてきますので」


 やはり心配していたのだろう。俺の言葉を遮り、シェルトさんがユーリちゃんの無事を聞いてくる。

 俺が笑いながら答えると、シェルトさんは胸に手を当てほっと軽く息をついた。


「ええ、大丈夫です。ユーリのこと、お願いします」


 彼女は顔に笑みを浮かべ、かるく目礼をする。度々心配をかけてすまないが、盗賊団殲滅のためには必要なことだった。


「リリ、ちょっといいか?」

「もぐっ!? ふ、ふもももっ……!」

「あー、返事は食べてからでいいから、取りあえず聞いてくれ」


 よほどお腹が空いていたんだろう。リリは珍しくパンをがっつき頬をパンパンに膨らませていたが、俺が話しかけると焦ったようにふもふもと声を出す。

 苦笑いしながら返すと、彼女はほんのりと頬を染めながら口元を手で隠し頷いた。


「この後、ギルドの宿舎に一旦帰ろう。そこでちょっと相談がある」


 リリは俺の言葉にこくこくと頷く。すると脇で聞いていたシェルトさんが察した様子で口を開いた。


「リリさん、ありがとうございました。今日はもう閉めることにします。もうお客様をさばけそうにないですから」


 だがそれは不味いんだ。俺は即座に待ったをかけた。


「いえ、店は通常営業でやって下さい」

「え、でも……」

「リリ、悪いが今日はシェルトさんの手伝いを頼めるか? 俺の用事はすぐ済むから」

「は、はい。それは構いませんが」


 不思議そうな顔をするリリ。俺はそれに頷いて返し、シェルトさんに向き直った。


「すみません、シェルトさん。実は――」


 俺は頭を下げ、ユーリちゃんの身に起こったことを話した。

 彼女はユーリちゃんの親だ。それを知る権利があり、また義務があると俺は思う。親と言うのは飾りではない。子供を守る最後の砦なのだ。


 俺が事の発端から話し始めると、シェルトさんは顔を青くしながらも最後までしっかりと聞いてくれた。

 そして計画の話までを話し終えると、顔色は戻っていなかったものの、彼女はしっかりと頷いた。


「ありがとうございます。ユーリを助けて頂いて……。本当に、皆さんには助けられてばかりで。私がユーリから目を離したせいで……。何とお礼を言って良いのか……」

「いえ、こちらこそすみません。ユーリちゃんを危険な目に合わせる事になったのは俺達の責任です。俺達がもっと気をつけていれば――」

「それは違います。悪いのは、悪いことをした人です。皆さんが悪いなんてことは絶対にありえません」


 俺の言葉をシェルトさんは口調を強くして遮る。初めて見た彼女の強い眼差しに驚き、言葉に詰まってしまった。


「店を閉めずにいれば協力できるのであれば、構いませんよ。私に出来ることはそのくらいですから。その代わり――」


 彼女はペコリと頭を下げる。


「ユーリを、どうかお願いします」

「……ええ、任せてください。必ずここに連れて帰りますから」


 俺の言葉を聞き、シェルトさんはにこりと笑い、頷いた。


 よし。シェルトさんの協力を無事に取り付けることができた。

 計画のためには、後二、三人、協力を取り付けなければならないが、きっとをちらも大丈夫だろう。彼らはそれが任務なのだからな。


 そんなことを考えながら、俺はスープを口へかき込んだ。

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