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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第二章 再興の町と空色の少女
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70.風の神剣

 マー君無双により盗賊団を残滅した後。まるで災害が起きた後のように燦々(さんさん)たる有様となった中を、俺達は濡れ鼠の盗賊達全員に縄をかけて回った。

 念のため、アジト全体に触覚を共有する≪感覚共有(センシズシェア)≫を飛ばして残党がいないか確認もしているが、それらしい反応はなかった。完全にアジトを制圧したらしい。


 ただ、まだ終わってはいない。今アジトにいない盗賊や、関係者と思われる衛兵がまだいるのだ。

 盗賊団を全員捕まえるのは難しいかもしれないが、ここで手を引くのもすっきりしない。なので、もう少し手を打っておくつもりだった。


 なお、アジトで捕縛した盗賊は総勢二十五人。盗賊団としては小、中規模程度の、そこそこの数だった。


 さて。先ほど≪感覚共有(センシズシェア)≫でアジト内を確認したと言ったが、人間らしき反応がまったくなかったわけじゃない。洞窟内のある場所に、七、八人の人間が集まっている反応があったのだ。

 そこにいた人間達は一体何かと言えばだ。それは盗賊ではなく、牢に閉じ込められた十歳から十六歳くらいの少女達だった。


 今はもう牢から助け出しているが、最初、こちらの顔をみて悲鳴を上げるものだから非常に焦った。自分がタヌキ人間であることをすっかり忘れていたのだ。そりゃそんな奴がいきなり現れたら誰でもビックリするわ。

 慌ててマスクを取りながら事情を説明したところ、今度は安堵からか少女たちは抱き合って泣き始めてしまい、これもまた参ってしまった。


 とりあえずそのままにしておくわけにもいかず、彼女達には牢から出てもらい、その代わりに、捕縛した盗賊達を全員その牢にぶち込んだ。

 ぎゅうぎゅう詰めだったがいい気味だ。


 その後、少女達には場所を移動してもらい、今は少し広い場所で待ってもらっている。泣きつかれて眠ってしまったユーリちゃんも、その場に一緒に置いてきた。

 彼女達のことは、まだウシマスクのバド――ダークエルフだから仕方が無いのだ――に任せているから大丈夫だ。バドも、ユーリちゃん誘拐の失態に責任を感じてかやる気十分で、任せろと大げさに胸を叩き、そしてむせていた。今鎧を着てないからな。いつも通り叩いたらいかんよ。


 さて、なぜバドだけ残して別行動を取っているのか。

 それには重大な理由があった。


《用事は終わったかの?》


 これだ。俺の頭に直接届くような声が響く。

 俺はそいつを地面にザクリと突き立てると、少し離れてそれと相対した。


《随分乱暴じゃのう……。年寄りはもっと大切に扱うもんじゃぞ?》


 それは不満そうに愚痴を言ってくるが、その口調はどこか楽しそうにも聞こえる。

 そいつは随分軽い態度をみせていたが、俺はじろりと注意深く眺めた。


 それは、あの盗賊団のボスの男が持っていた剣だった。


 スティアがボスの男をブン投げて気絶させた後のことだ。

 盗賊達を捕縛しようと相談していると、《やっと開放されるわい》という呟きが頭の中に響き渡った。

 空耳かと思ったが、スティアにも聞こえたらしかったので、何事かと声の主を探したところ、信じられないことにこの剣だったのだ。


 まあ見つけたのはいい。だが何だか面倒事の気配がした俺は、見なかったことにしてここに放置しようとしたのだが。

 そうしたところ、それは困る、とこの剣が妙にごね、結局話だけは聞いてやろうと言う運びになったのである。


 こんな面倒事になりそうな話を、助けられたばかりで不安定になっている少女達にわざわざ聞かせる必要もないし、剣が喋るなどと言って、俺達の頭がおかしいと不審に思われても嫌だった。だからバドにお守りを頼み別行動をしている、と言うわけだ。


《まったく……。何事にも余裕が必要じゃと思うがの》

「俺に切りかかってきた奴相手に気を許せってのが無理な話だろ」

「ふざけた奴ですわね。折っても宜しいですか?」

《お、おっかない嬢ちゃんじゃのう……》


 飄々(ひょうひょう)と話しかけてくるおかしな剣。一見無害そうにも見えるが、コイツが何者か分からない以上警戒しておくに越したことは無い。こういう理解が及ばない奴は特に、な。


 俺は会話をしながらも、そいつの様子を注意深く伺う。見た目はオーソドックスな長剣だ。

 ただし、今も銀色に鈍く輝くその剣身には刃こぼれ一つ無く、まるで今まで使われた事が無いような不自然な(きらめ)きを放っていた。

 また、過剰な装飾の無いシンプルな柄だが、その中央には何やら石のような物が埋め込まれているのが見える。恐らくただの石では無いだろう。しかし、見た限り魔石の(たぐい)でもない。

 何かは分からない。だが俺は、その淡い若草色に輝くその石から、どこか感情のような起伏を感じていた。


 さて。こいつが何者か分からない以上、慎重に情報を集めなければならない。

 俺は相手と言葉を交わしながら、情報を引き出すための言葉を頭の中で選び取ろうとしていた。


「じーちゃん、名前は?」

《ふぉっふぉっふぉ。めんこい娘っ子じゃの。儂は”風神の稲妻(フェーデルブリッツ)”と言うんじゃ。世に名高い風の神剣じゃぞ?》


 情報収集が終わった。解散!


「貴方様、ちょっとお待ちを」

「離せ。俺はもう知らん」


 回れ右をする俺だったが、スティアにがっしりと捕まれる。


「まだ本物か分かりませんが、これをこんな場所に置いておくのは不味いですわ」


 彼女はそう言って眉をひそめる。俺もそう思うよ。うん。

 だから無かったことにしたいんだよ、すーちゃんよ。


「神剣って何?」

《そりゃお嬢ちゃん、勇者が持つ剣じゃよ。どうじゃ、かっこいいじゃろ?》

「分かんない!」

《そ、そうかの? そう言われたのは初めてじゃ……。風の勇者の神剣、”風神の稲妻(フェーデルブリッツ)”!  その一振りは天を貫き悪を断つ! ……聞くだけでわくわくせんか?》

「ぜーんぜん!」

《そ、そうか……。お、おかしいのぉ。”風神の稲妻(フェーデルブリッツ)”って聞いたことないかの?》


 あまりにもホシにすげなく返され、剣は微妙にしょげた様な声を出す。

 だがおかしいのはお前だと言ってやりたい。何だこの自称神剣は。妙に俗っぽいぞ。本当に神剣かこれ?


「へーでるぶりっと?」

「……ああ、風の勇者ってそう言う」

「下品ですわねぇ。近寄らないで下さいまし」

《いわれの無い疑いをかけられている気がするんじゃが!?》


 ショックを受けたように声高に反応する剣。こういうところも妙に人間臭く感じる。

 神剣というともっと高尚なものを想像していたため、非常に胡散臭いぞ。


《流石に不敬じゃぞ? 風の神フェーデルに対してのぅ。怒りを買っても儂ゃ知らんぞ》


 その剣は俺達の様子にまるで呆れたような口調で話した。


 まあ確かに、風の神フェーデルは俺も知っている。四大属性の内の一つ、風を司る神の一柱だ。子供でも知っている話だろう。

 だが、なぁ。それは分かるが、お前は本当にそのフェーデル神の神剣なのかと。まったく素直に頷けない。


「じゃあ、本当にお前が神剣だってのか?」

《そう言っておるじゃろう。まぁお主ら程度には分からんかも知れんがの》


 何だこいつ。ちょっとカチンときた。


「こいつここに置いて行こうぜ」

「折っても宜しいですか?」

《捨てるか折るかの二択!?》

「じゃあ埋めよう埋めよう!」

《剣として使うという選択肢はないのかの!?》


 無いです。剣として云々(うんぬん)以前に、使うという選択肢があり得ない。

 俺達三人の冷淡な態度に剣は愕然としたようだ。なんだか声が震えている。


《こ、ここまで邪険にされたのは初めてじゃ……。これは神剣の沽券に関わるのぅ。ちょっとだけ儂の力を見せちゃおうかの》

「別に見たくねぇなぁ」

《つ、冷たいのぅ……。まあ減るもんでもないし見て行くのじゃ》

「しかたがないですわねぇ」


 俺の拒否になんとか食い下がろうとする神剣。憐れに思ったのかスティアが呆れたような声を出した。

 まあそこまで言うなら、仕方が無いから付き合ってやることにするか。こいつも気が済んだら解放してくれるだろうしな。


 さて何が始まるのかと、俺達はその剣を見ながら少し離れる。すると、剣に内包されている魔力がずるりと動く気配がした。

 すわ攻撃魔法かと警戒するが――俺の目に映ったのは、地面からするりと抜け出し、ふわりと目の前に浮かぶ剣の姿だった。


「ま、まさかこれは――無詠唱魔法っ!?」


 スティアが驚愕の声を上げる。だが無詠唱魔法なんて、実際にあるなど聞いたこともない。


「い、いえ、わたくしも見るのは初めてで……! でも、これは”飛翔の風翼(フライトウィング)”の魔法……のはず、ですわ」


 俺の問いに目を白黒させながらスティアが答える。ここまで狼狽するスティアも珍しい。と言うことは、きっと本当のことなのだろう。


《ふぁっふぁっふぁ。どうじゃ、驚いたじゃろ? これは勇者の力の一端。先ほどその嬢ちゃんが言った通り、無詠唱魔法じゃ。信じてもらえたかの?》


 まるで胸を張っているように剣が自慢げに話す。こりゃ確かに凄い。無詠唱魔法なんて俺も初めて見た。

 ただ、ちょっと気になることを言っていたのが引っかかった。


「ちょっと待て、今勇者の力の一端、って言ったか?」

《そうじゃの。それがどうかしたかの?》

「どうしたもこうしたも……。無詠唱魔法が勇者の力ってんなら、なんでさっきまでお前を使っていた奴は詠唱してたんだ? 短縮詠唱ですらなかったぞ。実力も大したことなかったし。あいつは勇者じゃなかったってことか? 自分じゃ勇者とか言ってたが」

《……そうじゃの。あやつ――マリウスは、確かに風の勇者の素質があった。じゃが、勇者ではないんじゃ。いや、勇者ではなくなった、と言った方が正しいかの》


 剣は声のトーンを落とし、落胆したような声を出した。


《詳しくは言わんが……あ奴は魔族に村を滅ぼされての。それ以降、人が変わってしまったんじゃ》


 剣はまるでそのときのことを悔やむように話す。


《儂の封印が解けた時、あ奴は満身創痍の有様でな。こんなところで死ぬことは無いと、力を貸したんじゃが……。まさかあそこまで力に執着するようになるとは思わなんだ。あの時、あの場所で死なせてやった方が幸せじゃったかもしれんの……》


 人間であればここでため息の一つでもついたのだろう。いや。実際、こいつもついているのかもしれない。だが、俺達にはそれを伺い知ることは出来なかった。


 なんと言っていいのか分からないが、あのマリウスとか言う男も戦争の被害者だったのか。そう考えると、関係者としては居た堪れない気持ちになる。

 だが犯罪は犯罪。犯した罪は償わなければいけないのだ。

 勿論、そう言う俺も他人事ではなかった。


「あの、ちょっと気になったんですけれど」

《何じゃ?》

「封印って何ですの?」


 若干重くなった空気を振り払うようにスティアが話を変えてくれた。

 確かにその封印とやらは気になるな。魔王ディムヌスのように、なんか悪いことでもして封印されたのかね? この神剣だとありそうで困る。


《儂ら神剣はの、未曾有の危機から多くの生命を救済するのが使命なんじゃ。しかし、それ故に力は非常に強大。平和な時代には災いの種にもなりうる危険な力じゃ。まあ、じゃからこそセーフティとして儂らがいるんじゃが》

「お前セーフティになってるのか? マリウスは暴走してたみたいだが」

《い、痛いところをつくのう……。一応役目は果たしておったぞ。勇者としての力を極力抑えておったし……そう、魔法を不発に終わらせたりもしておった。じゃからあの魔族は死なんかったんじゃぞ?》


 居心地の悪そうな声を出す剣。マリウス自身を止めることは出来なかったが、一応出来る範囲で何かしらやってたみたいだ。知らんけど。

 しかし今、こいつ儂”ら”って言ったな。神剣って奴は、皆こんなふうに喋るって事なんだろうか。土の勇者のときはそんな報告は無かったと思うが。


《話を戻すがの。儂らはその役目を終えると封印術を使って休眠状態になるんじゃ。儂も今からどのくらい前か分からんが、使命を果たし封印術で休眠状態になったんじゃ。じゃが平和な時代が続いていささか休眠が長すぎたようじゃ。封印術に流石に綻びが出てしもうたみたいで、マリウスのような素養のあまりない者でも解けてしもうたんじゃ》

「封印術って、もしかして魔術? 貴方が使えるんですの?」

《確かに儂は魔術が使えるが、それとはちと違うの。封印術は神の領域じゃ。人間には使えんよ。そもそも今お主らが使っておる魔法とは何もかも異なるもんじゃしの》


 魔術とは、確か精霊に頼らないで発動する魔法、だったか。相当昔の話らしいから俺も詳しくは知らないな。

 しかしなんてことは無いように剣は言うが、いきなり神がどうこう言われても、スケールが違いすぎて全然ピンと来ない。

 話の内容がなんだか大きくなってきた。もう帰ってもいいだろうか?


 正直俺は殆ど聞き流していたが、一方スティアには興味が尽きない話になってきたようだ。真剣にふんふんと頷いて話を聞いている。

 ホシは……ちょっと眠そうだ。興味なさそうな声出してたからなぁ。もうちょい頑張れ。


「この頭に響く声もそうなんですの?」

《念話じゃな。これはお主も言っていた魔術じゃ。魔力を介して聴覚に働きかけておるんじゃよ。この念話、実は昔人間も使っておった時代もあったんじゃが、気付いた時には使えなくなっとったわ。便利なんじゃがのぉ》

「結構前……。どうも遠い昔の話のようですわねぇ」


 相当大昔の話に、スティアが呆けたように言葉を漏らす。一体どんな時代だったんだろうか。想像もできない。

 しかし過去に人間も使えていたのなら、今使えないことに何か理由があるんだろうか。使えたなら、神剣が言う通り便利だろうけどなぁ。頑張ればなんとかならんかね?


《ちなみに今の人間は使おうとしてもたぶん無理じゃぞ。魔術を行使する下地が全くないからの。念話は結構難しいんじゃ》


 と思ったがいきなり否定された。確かに魔術なんてどういうものかも知らんからな。残念だが、しかし無駄な努力をしなくて済んだな。

 あ、スティアもちょっと悔しそうだ。うんうん、気持ちは分かるぞ。


《悔しそうじゃな?》


 俺達の思考を見透かしたかのように話しかけてくる剣。これ人間だったら絶対ニヤニヤしてるな。間違いない。


《念話を使えるようになる方法はあるぞ》

「本当か?」

《お主にはないのう》


 俺が聞けば神剣は即否定する。上げて落とすスタイルか、この野郎。

 まあ俺は≪感覚共有(センシズシェア)≫で似たようなことが出来るから、念話なんて使えなくてもいいもんね! ふんだ!


「え? ならわたくしですか?」

《そうじゃな。お嬢ちゃんには素養がある》


 そう言い、剣は困惑したような様子のスティアの前にふよふよと移動しピタリと静止した。


《風の勇者になる素養がな。どうじゃ、儂と契約して風の勇者にならんか?》


 急な申し出に、スティアは目を大きく見開いた。

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