69.勇者 対 元師団長
「ガァァァァッ!!」
盗賊団のボスは獣のような咆哮を上げ、こちらに向かってくる。
最後の砲門へ魔力を供給していたため、”湧水”の砲門は既に沈黙してしまっている。今から魔力を供給したところで、奴を止めるにはもう遅すぎた。
「貴方様!」
「スティアは魔法の維持を頼む! こいつは俺がやるッ!」
スティアに魔法を止められると盗賊の子分共を開放してしまう。ここは俺があいつを仕留めるしかない。
俺は戦車を足蹴に前へ跳び、腰の短剣を二つ引き抜き着地する。
そこに男が勢いよく突っ込んできた。
「食らえクソ魔族がぁッ!」
力いっぱいに踏み込み、剣を叩きつけてくる男。技もへったくれもない力ずくの一撃だ。
俺はその一撃に右の短剣を合わせる。男の剣の振り方は素人丸出しのもの。だから短剣でも簡単に受け流せると、そう思っての行動だった。
「おらあっ!」
「――くっ!?」
剣が激しい火花を散らす。思わぬ衝撃に思わず声が漏れた。
剣撃を正確に受け流したはず。だが俺の右手はビリビリと痺れていた。
まるで大槌の一撃でも受けたようだ。なんちゅう馬鹿力だよ。思わず舌を打った。
「魔族がイキがってんじゃねぇぞッ! くたばりやがれェッ!」
剣術の基礎など完全に無視した乱雑な攻撃。男は、上、横、斜めと、駄々っ子のように剣を振り回す。
その振り方はでたらめで、刃筋すら立っていない。さらにその動きも単調で、見切るのに容易く、剣の軌道すら読めるようだ。
俺は相手の大振りを時に体さばきでかわし、時に短剣で受け流す。
こういう大振りの相手にはまともに付き合わず、隙ができるタイミングをうかがうのがセオリー。だからこちらから手を出さず、ただただ防御に徹し、奴の隙を突くことにだけ意識を集中していた。
だが驚くべきことに、目の前の男はその恐るべき膂力と気迫だけで、俺の反撃を完全に封じていた。
剣技と言うにはあまりにも拙い攻撃。だが男はそのロングソードをまるで枯れ枝のように振り回し、恐ろしい早さで叩きつけてくる。
俺はすでに精を全開にしていた。身体能力はこれ以上なく上がっている。
だというのに。
腹立たしいことに、目の前の男との攻防は全くの互角だった。
男の剣を受けるたび、ビリビリと腕が痺れる。反撃の隙を伺うが、奴はその全力攻撃とでも言うべき攻撃を絶え間なく振るい続け、しかも全く疲れた様子も見せない。
まるで知能の無い怪物のようだと、イラつきで顔が歪む。
洞窟の中に俺と男、二人の武器を打ち合う激しい音が鳴り響き続けた。
完全に攻めと守りで拮抗している状況。俺は相手の攻撃をいなし、受け、かわしながら、奴に生まれる隙を待っていた。
俺は目の前の相手をじっと見つめる。男は歯頚むき出しの形相で、右手の剣を振り回し続けている。その眼はギラギラと血走っていて、どこか異様な空気をまとっていた。
「いつまでも防ぎきれると思ってんじゃねぇぞ! おぉらァーッ!」
男は猛りながら剣を振りかぶり、俺に叩きつけてくる。俺は左の短剣を手元でクルリと返し、逆手に持ち換えそれに合わせた。
奴の剣が描く軌跡を完璧に捉えていた。だから俺は、次の攻撃も問題なく受け流せると疑っていなかった。
だが。次の瞬間、想定していなかった嫌な感触が俺の左手に伝わってきた。
「――何っ!?」
バキリと短剣から嫌な音が鳴り、驚きに思わず声が漏れる。
俺の短剣はどこにでもある鉄の短剣だ。だが、こんな数分足らずの攻防で壊されてしまうほど質の悪いものでもなかった。
「チッ! 馬鹿力がっ!」
俺は舌打ちをしながら後ろに飛びすさり、両手の短剣を男に投げつける。だが男は身構えることもせず、自然体のまま、不敵な笑みを浮かべて短剣をなぎ払った。
「ハッ! どうだ、勇者の力は! 魔族なんぞが立てつくんじゃ――ねぇッ!!」
ダンと地を蹴り、男は俺に肉薄する。そして剣を握る右手を大きく振りかぶった。
全く迷いのない愚直な一撃。だがそれは実直さや潔さなど欠片もない、狂気と殺意に満ち満ちた一撃だった。
「終わりだ! 死ねッ!」
剣を振り下ろす男の顔には、歪な笑みが浮かんでいる。自分の勝利を全く疑っていないのだろう。
確かに奴から感じられる感情は、愉悦や嘲りなど、相手を見下す類の感情がない交ぜとなったものだった。
だからこそ。
俺はそんな笑みに対し――同じくニヤリと笑みを返した。
(待ってたぜ……その感情をな!)
俺は右手を懐へ差し入れ、ずるりと引き抜く。そして、それを振るい男の剣を打ち払った。
「な、何ぃっ!?」
男の目が驚愕に見開かれる。その目は自分の剣を打ち払った、俺が手に持つ槍に注がれていた。
俺は相手の感情を読み取り、それを活かすことで今まで戦ってきた。相手の油断を誘い、そこを突く。そういう戦いを今までずっとしてきた。
先ほど短剣を投げた時に、壊れていない方も投げてわざわざ素手になったのは、こいつの油断を誘うためだった。こういう単純な奴には、そういうあからさまな手が良く効くのだ。
更に、俺にはその戦法を昇華させることのできる、シャドウという相棒がいた。
俺の感情を読み取る力と、シャドウの物を収納する力。相手の油断や動揺を誘うにはこれ以上ない組み合わせだった。
シャドウも心得たもので、今も俺の足を伝い、懐の中にまで影を伸ばしていた。いつでも俺が武器を取り出せるように、だ。
頼りになりすぎる相方に、無意識に笑みがこぼれた。
「ハッ! 終わりはそっちだド阿呆がッ!」
槍は青白い光を放ち始める。俺はそれを固く握り、男の剣を上に打ち払った。
はね上げられた剣につられて男の体も上体がのけぞる。
露になった急所。俺は腰に力を入れ力強く踏み出すと、男の体ど真ん中めがけて槍を叩きつけた。
「”螺旋槍”ッ!」
螺旋を描く槍の、回転を衝撃に転化した一撃。そのえぐるような攻撃は、男のみぞおちに深々と突き刺さった。
「――ガハァッ!?」
「ぶっ飛びやがれっ!」
男の口から空気が漏れる。攻撃をもろに受けた男は、血反吐を吐きながら後ろへ吹き飛ぶ。そして派手に水しぶきをあげて”水渦の護り”の中に飛び込んでいった。
まったく、手こずらせやがって。
「貴方様、お見事!」
「ハッ! こんな小悪党に負けてられっか!」
スティアが嬉しそうな声を上げる。俺はそれに腕を上げて応え、そしてまた戦車にヒラリと飛び乗った。
「でも貴方様。手心を加えましたわね?」
目ざといスティアがチラリと視線を送ってきた。そう、先ほど男に突き入れたのは、槍の穂先ではなく、それとは逆の部分。つまり、石突の部分だった。
「しょうがねぇだろ。あいつは盗賊団のボスだ。生かして捕らえたほうが都合が良いんだよ」
盗賊は縛り首と相場が決まっている。だからこの場でやってしまったところで、どこからも文句など出はしないだろう。
だがこいつの場合、代官と繋がりがあるという情報があった。その関係を明らかにするためにも、生かしておくことに意味があったのだ。
スティアもそれが分かっているのだろう。俺を責めるわけでもなく、ただ聞いてみた、そんな感じだった。
「よっしゃ、仕上げだ! キツネ、ちょっと離れてろ」
「承知しましたわ」
マー君の必殺技を放つべくスティアを少し下がらせる。そして俺は、最後の一門に設置されている魔法陣へと魔力を流し込んだ。
今マー君に搭載している魔法陣は八つだ。五門の砲門に攻撃用の”湧水”、ハンドル手元に風魔法対策の”風の障壁”、ボディに地面を均すための魔法”均地”、そして残る一門の砲門には、マー君の必殺攻撃になるこいつが搭載してあるのだ!
こいつは補助魔法じゃねぇぞ? さあ刮目して見ろ! これがマー君の必殺技だ!
「喰らえ盗賊共ッ! マー君必殺の”破砕の雷火”をなッ!!」
俺が叫ぶと同時に、マー君からバチバチと火花が爆ぜる音が発せられる。
次の瞬間。一門の砲門から、激しい光と空気を切り裂く音を発する雷が、水竜巻もとい盗賊達目掛けて飛び出して行った。
”破砕の雷火”は前方広範囲に電撃をまき散らす風の下級魔法だ。名前に反して威力は控えめな魔法だが。
しかし、今連中は渦の中に閉じ込められている。こんな状態で雷撃を食らえばどうなるか――
『あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃーーーッ!?』
まあ、こうなるわな。
水竜巻がばしゃりと眼前から消えると、盗賊達はドサドサと地面に落ちてくる。
感電している盗賊達は皆受け身も取れず、あられもない格好で地面へと転がることになった。
ハハハ、バカみたいだな。ざまあない。
しかし、本当に殆どマー君のみでやってしまったよ。圧倒体ではないかマー君は!
これはリリも喜ぶだろう。一緒に見られなかったのが本当に残念で仕方が無い。
ただ、何もかも上手くいったわけじゃない。
”湧水”を発動していた魔法陣は反転魔法陣の効果ですべて無事だが、”破砕の雷火”のマジックカートリッジやそれを発した砲門は、黒焦げになりブスブスと黒い煙を上げていた。
まあこうなることを承知の上で使ったし、砲門も一門ずつ交換して修理できるようにしているため、そこまで落ち込んではいない。
だがいずれは攻撃魔法も使えるように、何か手を考えなきゃなあ。大きな課題だ。
「ぐぐぐ……ぐぞがぁ……っ!」
マー君の仕上がり具合に一人満足していると、死屍累々の盗賊達の中からボスだけが立ち上がった。
またこの男かよ。他の部下は全員動くことさえできない状態だと言うのに、あのタフさは何なんだ。
先ほどまともに精技を食らわせてもやったのに、まだ戦える様子だし、体力といい頑丈さといい、まるで大型の魔物並みだ。
「俺は……俺が、勇者、だ! 俺が、一番、強いんだ! 俺が! 魔族、なんかにっ! 俺がぁっ!」
男は何やらがなりたてながらこちらへと一歩一歩近づいてくる。
「あぁぁぁぁぁっ!!」
口の端から血を垂らしながら、男は俺の前へと歩み寄る。そして何の躊躇いも無く剣を振り下ろしてきた。
だが悲しいかな、それが俺に届くことは無いのだ。
「貴方、しつこいですわよ」
スティアの呟きが俺の耳に届いた次の瞬間のこと。その男はスティアにぶん投げられ、強かに地面に頭を叩きつけられる。そしてバタリと倒れ、沈黙した。
「お見事」
「恐れ入りますわ」