68.マー君の初陣
「カモン! マー君!」
俺がパチンと指を鳴らすと、影の中からずぶずぶと魔導戦車が湧き上がってきた。
影から出てきた戦車は、俺の胸元くらいの高さまでせり上がると動きを止める。前面には三門の砲門が二列に並び、まるで盗賊達を威嚇しているように前へと伸びている。
作成期間を短くするため、大きな台車に砲門をつけた程度の簡易的な作りにしたが、必要な機能はすべて搭載してある。刮目して見やがれってなもんだ。
盗賊達はその雄姿を目の当たりにして、ざわりとどよめく。
ふっふっふ。どうよ。
「マ、マー君ですか?」
「そうだッ!」
スティアが不思議そうな声を出す。そう、コイツの名は、”マジックカートリッジ交換型魔導戦車試作機mk-Ⅱ”ッ!
mk-Ⅱだから、通称マー君(リリ命名)だッ!
ちなみにmk-Ⅰは作動試験で魔法陣が暴発して吹っ飛んだ。
あいつの犠牲は忘れない。
「それですと、mk-Ⅲでもmk-Ⅳでもマー君じゃありませんこと?」
「お黙り!!」
「ひゃっ!?」
身もふたも無いことを言い出したスティアを威嚇して黙らせる。野暮な事を言うんじゃない、まったく!
「な、なんなんだテメェらは!?」
「森の愉快な仲間達だって言ってんだろうがッ! 頭も悪けりゃ耳も悪いってか!? 大変だなぁ! ハハハ!」
盗賊団のボスっぽいやつが大声で怒鳴ってきたため、こちらも怒鳴り返す。
こういうのは怯んだ時点で負けが確定する。恫喝したもん勝ちなのだ。恫喝合戦なら負けんぞ? 年季が違う、年季が。ふふふ。
「あ! ユーリちゃん!」
と、そこでホシが声を上げ指を差す。そこには確かに、血塗れで倒れ伏したガザと、それにすがるユーリちゃんの姿が見えた。
「え……」
ホシウサギに指差されたユーリちゃんはこちらが誰か分からず困惑した声を上げ、そのまま固まってしまった。とにかくユーリちゃんが人質に取られると不味い。まずはなんとか合流しなければ。
「ウシ! 退路の確保を頼む!」
バドは俺の指示に従い、俺達の通ってきた道、すなわち退路の確保へと走る。これで万が一盗賊のおかわりがあっても背後をつかれる心配はない。後は思う存分暴れてやるだけだな。
「よし、行くぞ! マー君――」
「始動だーッ!」
ホシはぴょこりとジャンプすると、真ん中の砲門にまたがり、ビシリと盗賊達を指差す。
既にマー君には使う魔法陣をセットしてある。俺はそれらの魔法陣へ魔力を注ぐパーツ――魔力導入板に手の平を当て、勢いよく魔力を注ぎ込んだ。
まず、六門のうちの五門にだけ魔力を注ぐ。五つ分の魔法を発動するためぐんぐんと魔力が吸われるが、どれも補助魔法であるため思ったよりも消費魔力はない。
良し、これなら俺一人でも十分駆動可能だ!
「なんだか分からねぇが……お前ら! そこの魔族共もやっちまえ!」
頭と思われる男がこちらを指差す。
だが遅すぎるな。遠慮なくやらせてもらうぞ!
「砲撃開始用意! 一番から五番、一斉射! ――”湧水”ッ!!」
盗賊達がこちらに対して身構えると同時に、魔法を声高に宣言する。
俺の呼応に反応したかのようにマー君はガタガタと震えだし――前面にある五門の砲門から、凄まじい勢いで大量の鉄砲水を噴き出し始めた。
『う、うわぁごぶべばべばばばぁぁぁっ!?』
周囲にいた盗賊達は噴き出た鉄砲水に押され、悶えながら部屋の奥へと吹き飛んで行く。周囲の盗賊達はそれを見てざわめき立った。
「ハハハハ! どうだ! 行けマー君!」
「行け行けゴーゴー!」
「あらあら、ノリノリですわねぇ」
スティアが呆れた声を出すが、これが興奮せずにいられようか。
六つの砲門は手元のハンドルを操作すると左右に回転するようにしてある。俺は鼻息荒くマー君の砲門を左右に振って、周囲の盗賊達に鉄砲水を存分にお見舞いしてやった。
”湧水”でこれほどの激流を起こそうとするとかなり魔力を食うが、砲門の一部に水の精霊に親和性の高い魔導杖を使っているので、負担はかなり軽減されている。
その分懐は寂しくなったが、それだけの甲斐はあったというものだ。
『ぶががべばべばばぁぁぁっっ!?』
「ハハハ! なぎ払えぃ!」
鉄砲水に吹き飛ばされていく盗賊たちを見て高笑いする。奴ら、あれだけ数がいるのに手も足もでないじゃないか!
どうだ魔導戦車の力は! これが魔法陣の力よ! ガハハハハ!
「ふ、ふざけんじゃねぇ! テメェら、ぶっ潰す!」
「あぁ!? ふざけてんのはテメェだよ!」
「この――がばばぶぶべぶばぁーっ!?」
がなり立てるボスっぽい奴にも砲門を向けると、他の盗賊達同様、悶えながら吹き飛んで行った。ハハハ! 無様な奴め!
さて、奴らの注意もこっちに向いた。そろそろ頃合だろう。
「おいガザぁ! いつまで寝てんださっさと起きろ!」
魔導戦車の砲門をくるくる回し盗賊を吹き飛ばしながら、倒れ伏したガザへ怒鳴る。
するとどうだ。
「くっ……。人使いが荒い、な……!」
今までピクリとも動かず倒れていたガザが、俺の声に反応し、弱々しいながらも手を突いてむくりと起き上がった。
やっぱり気絶したフリじゃねぇかよ! 感情を感じるから気絶してねぇと思ったわ!
狼がタヌキ寝入りとは、まったくいい度胸だぜ!(?)
「お、おじちゃん!?」
「大人しくしていろ」
「きゃっ!?」
ガザはそばにいたユーリちゃんをさっと腕に抱きあげると、すぐさまこちらへ向かって走り出す。それには盗賊達も目をむいた。
「な、テメェ生きて――くっ! おい! そいつらを逃がすな!」
ボスがそれを見てすぐに指示を出すが、しかしもう遅い。
「退路はフォローする! ガザ、急げっ! ウサギ! キツネ! あれを使え! シャドウ、二人に補充を頼む!」
「おっけー!」
「承りましたわ!」
ぴょこんと砲門から飛び降りたホシの隣にスティアも並ぶ。そして二人は何やらを取り出し、意味深ににっこりと笑った。
『せーのっ!』
掛け声と共に振りかぶった二人は、盗賊達目掛けてそれを思い切りブン投げた。
「な、何だぁ!? ――ぶばぁぁっ!?」
「うわっ――ぶへへぇぇっ!?」
それは盗賊達の目の前に投げ込まれると、破裂するような音を立てながら水を噴射し、近くにいた盗賊達を吹き飛ばした。
「おーっ! 面白い!」
「結構楽しいですわねこれ!」
「おう! 後でいくらでも作るから遠慮はいらねぇ! もうどんどんやれ!」
「分かった! えいっ!」
「わたくしはこっちを! それっ!」
『ぶがががぁっ!?』
俺が促すと、ホシとスティアも楽しそうにポイポイとそれを投げ始めた。
今ホシとスティアが盗賊達に投げているものは、魔導戦車を作る前にリリが提案した、とある発想を応用したものだ。
”失敗した魔法陣って何かに使えないんでしょうか?”。
その一言は俺にとってはまさに天啓だった。”失敗”ということはすなわち”使えない”と思い込んでいたのだから。
だがリリの言葉を受け、今まで数々の小細工を弄して罠や仕掛けなどを作ってきた俺は、その経験から、確かに言われてみれば使えるかもしれないと考え直し、そしてとある使い道を閃いたのだ。
その結果、まだ試作の段階だが一先ず出来たのがこれだ。
魔力を流すと暴発する魔法陣を組み込んだ投擲用の武器。魔法陣の種類を変えれば、四属性のどれでも好きに使えるぞ。どの属性の魔法が暴発するかは、魔力を込めてのお楽しみというわけだ。
正式名称は、”ドキワク! リリちゃんのランダム魔法炸裂弾(リリ命名)”だ! ネーミングセンスは気にするな!
なおランダムと銘打ってはいるものの、今回作ったのは水魔法”湧水”をわざと失敗した魔法陣を組み込んだものだけ。だから勢いよく水が噴き出るだけだ。
火を噴出す奴とか石つぶてが飛び出す奴も面白いかなとは思ったが、まだ暴発範囲が良く分からないため今回は見送った。今後の研究の成果にご期待ください、というわけだ。
まあ今回は相手が弱すぎるから、これだけでも十分な効果がある。リリの発想は間違いなく、魔法陣の今後に影響を及ぼすぞ!
よし、この失敗する魔法陣を、炸裂弾のネーミングにならってリリちゃん魔法陣(仮)と名付けよう!
盗賊達はマー君の鉄砲水を避けようと慌ただしく動き回るが、抜け出た先にホシとスティアからそれを投げ込まれ、面白いように吹き飛ばされていく。
さらにシャドウからおかわりが二人に手渡され、切れる間もない。
この部屋は洞窟の中だというのに、今やもう辺り一面、土砂降りの雨でも降ったように水浸しになっていた。
「それっ!」
「えーい!」
スティアとホシも楽しそうだ。満面の笑みで盗賊をぶっ飛ばしている。
投げて楽しい、投げられて楽しい。ランダム性溢れる一品だ。
売り出したらそこそこ売れるんじゃねぇかな? ”魔力を込めたら五秒でドカン!” がキャッチコピーだ。
それ以上持ってると自分の手元で炸裂するから、小さなお子さんは触っちゃ駄目だぞ!
「は、滅茶苦茶、やるな……!」
マー君と炸裂弾で作られた退路を、ガザはふらつく足で懸命に走りぬける。
かなり体力を消耗しているらしく、途中何度もよろめき足をふらつかせるガザ。それでも彼は歯を食いしばり、必死の形相で駆け抜けた。
「そいつを逃がすんじゃねぇ! 捕まえろ!」
「テメェは黙ってろ!」
「ぶががぶがぼばぁぁっ!?」
ガザを指差しながら凄まじい剣幕で指示を飛ばすボスには、鉄砲水のプレゼントだ。何やら喚いていたが、抵抗も虚しくすっ飛んで行った。ざまぁみやがれ!
ホシとスティアも流石の手際だ。的確に炸裂弾を投擲し、手下からの追撃を防いでガザの退避をサポートする。見事に追撃を振り切ったガザは、何とか無事こちらへとたどり着き、ドサリと地面に膝を突いた。
「うわっ、真っ赤だなお前」
「エ、エイク殿の血糊だ……。鼻が曲がるほど、臭いぞ……」
「そりゃ血の臭いがしなきゃ血糊にならないだろ」
「無駄に細かい、な……。だが、なんにせよ、助かった」
意外と元気そうに答えるガザ。彼は頭の天辺から足の爪先までべっとりと真っ赤に染まり、異臭を放っていた。これは殆どが事前に渡していた血糊によるものだな。役に立って幸いだ。
しかし全身真っ赤なせいでよく分からないが、≪感覚共有≫で聞いていた限り、ガザも無傷ではないはずだ。脇腹からもまた、血が出てしまっている。
「ロナ! ガザの治療を頼む! 傷薬は使っていいからな!」
《は、はい!》
「後で突っ走った理由を話してもらうぞ。でもまずは治療だ。戻って少し休め」
「……分かった。すまない」
ガザは少し言い淀んだが、影が自分の足元へと伸びて行くと、特に拒むこともなく素直にのまれていった。
事情はあとでゆっくりと聞くとしよう。今は盗賊共を何とかするのが優先だ。
「ゆーりちゃん!」
一方、ペタンと座り込んだユーリちゃんにはホシが駆け寄っていく。しかしホシが呼びかけるも、ユーリちゃんは怯えて体を強張らせた。
顔がウサギのため分からないのだろう。確かに表情が無くて怖いよね、このマスク。いや、豊かでも怖いと思うが。
「ゆーりちゃん、これこれ!」
ホシはすぐにマスクの口元をぺろりと取って、ニーッと白い歯を見せる。するとユーリちゃんの目が大きく見開いた。
「もしかして、ホシちゃん……?」
「そうだよ!」
ホシはユーリちゃんの緊張をほぐすように、両腕をブンブンと振ってコミカルな動きをして見せる。
放心してそれを見ていたユーリちゃんだったが、すぐに大きく見開いた目から大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちた。
「う……うわぁぁぁぁぁ!!」
ユーリちゃんはホシに縋り付きながら、わんわんと大声で泣き始める。張っていた気が一気に緩んだのだろう。むしろよくここまで気張っていたものだ。ユーリちゃんの泣き声が胸に突き刺さり、思わず顔が歪んだ。
「ウサギ! ユーリちゃんを連れて後ろに下がってろ!」
「分かった!」
ホシは号泣するユーリちゃんを伴って、素直に後ろへと下がって行く。
さて――と。
「いたいけな子供を泣かせるなんて許せんな」
「ええ、全くですわね」
「やつらにお灸を据えてやらないとな?」
「ええ、ええ。全面的に同意しますわ」
俺とスティアは不敵な笑みを浮かべ、改めて奴らに相対する。マー君の砲門を逃げ惑う盗賊達に向けながら、俺達は奴らに向け存分に殺気を放った。
全身びしょぬれになり息も絶え絶えで地に膝を突く連中は、俺達――主にスティアだが――の凄まじい殺気に当てられ顔が真っ青になっていった。
「くそっ……! いい加減にしやがれ! 風の勇者マリウス様をなめるんじゃねぇッ!」
葬式のように盗賊達が黙り込む中、たった一人、ボスの男が顔の水を拭いながら立ち上がる。その顔には激しい怒りがありありと表れていた。
「風の精霊シルフよ!」
「――むっ!?」
その男はそう言い放つと、激しい魔力を体から噴き出した。俺達の周りに濃厚な魔力が溢れ、全身を包み込んでいくのが分かる。
「我が呼び声に応じ、狂気に悶える者に安息を! 生に苛まれる者に甘美なる死を!」
奴の体から噴き出した魔力は信じられないほどの量で、あっと言う間に部屋に魔力が充満する。
この濃度の魔力だ。もし魔法が発動すればただでは済まないだろう。流石にこれには俺の背にも冷たい物が走った。
「今、堕ちた愚者に悠久のぐばばべべぼあぁぁぁっ!?」
だが無意味だ。マー君の鉄砲水で男を吹き飛ばし、詠唱を中断させてやった。
このマー君の前に魔法など無意味なのだよ! ハハハ! 悔しけりゃせめて短縮詠唱でもしてこいや! マヌケめ!
一応カリンの情報を受けて、マー君には風魔法対策として”風の障壁”も搭載している。だがこの様子じゃ出番は無いな。想像以上に相手が弱すぎた。
――と言うわけで、攻撃再開だ!
「オラオラオラァッ!」
『ぶがべばべがばぁっ!?』
「これはユーリちゃんの分ですわ!」
「ぶっはぁぁぁ!?」
「どうしたどうしたぁ!」
『ばばがばばがばぁっ!?』
「これはシェルトさんの分ですわ!」
「いい加減にがばばぁぁっ!?」
マー君の五門の砲門から放たれる鉄砲水と、ランダム魔法炸裂弾でもう無双状態だ。盗賊達は逃げようにも逃げられず、立ち上がろうにも立ち上がれない。
水の勢いに弄ばれ吹き飛ばされ、まともに息を継ぐこともできない状態に、もう完全に戦意を喪失していた。
「そしてこれが――参加できなかったリリさんの分ですわっ!」
だが追撃の手を緩める気は全くない。
スティアは勇ましい声を上げながら、右手を盗賊達に向けた。
「水の精霊ウンディーネよ、我が呼び声に応じ、我が身に流水の守護を。その乱流によりて来る脅威をせき止め賜えっ。”水渦の護り”!」
スティアが詠唱を終えた途端、盗賊達のど真ん中に渦を巻く流水が現れる。最初小さかったそれは、ゴウゴウと激しく回転しながら大きくなると、あっと言う間に周囲の盗賊全員を飲み込む巨大な水竜巻と化した。
『ぐばぼぼがばばばぼがばぁーーっ!!』
「おーおー、こりゃすげぇ眺めだなぁおい!」
「もっと早くもできますわよ?」
「おー、やったれやったれ!」
『ばべべぶべーーっ!!』
渦を巻く水流はスティアの言葉通り、さらにその速度を増す。盗賊達は苦悶の表情を浮かべながら、高速で回転し続ける大渦にただただ飲まれ続けていた。これはもう終わったな。
「よし、そろそろ止めを――」
俺は発動していない最後の一門、止めに用意した魔法陣に手を伸ばす。
しかしそこに、男の咆哮がこだました。
「ふざけんじゃ、ねぇぇぇぇっ!」
その男――盗賊団のボスだけは、スティアの魔法から逃れていたらしい。
奴は憎悪に満ちた表情で、剣を片手に突っ込んできた。