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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第二章 再興の町と空色の少女
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65.先手の行方①

 それから三日の間、俺達は魔導戦車のパーツ作りと反転魔法陣の試行錯誤で殆どの時間を費やした。


 反転魔法陣とは。これが、以前リリに問われた「使い捨てか」という疑問に対する答えだった。

 基本的に魔法陣は、陣の真上から魔法を発する。そのため、その影響を受けて壊れやすいという性質を持っていた。


 しかしこの反転魔法陣は、その問題点をある程度改善できるものだった。

 精霊文字を鏡文字にして魔法陣を描くと、魔法陣の真裏から魔法が発せられる。このため魔法陣にダイレクトに衝撃が加わらず、耐久性が向上するのだ。


 この反転魔法陣は、軍にいた時に俺が偶然思いつき発見したものだ。

 だが軍ではそもそも魔法陣自体が運用されていなかったため、お披露目する機会もなかった。恐らく俺意外誰も知らないだろう。

 だからこの反転魔法陣が世に出たのは、実はクルティーヌの配膳ワゴンが初だ。ワゴンの裏に仕込んだ”浄化(クリーンアップ)”の魔法陣がそれだったのだ。


 そしてその第二段がこれから作ろうという戦車と言うわけだった。


 だがいざ作ってみると、反転魔法陣の試作は慣れない鏡文字で作るため、失敗ばかりだった。なので俺とリリは何度も何度も失敗し、水をかぶったり風に吹き飛ばされたりまあ散々な目にあうことになってしまった。

 そのため作業の進捗は大分遅れてしまっている。なので一部の魔法陣は、反転魔法陣にするのをあきらめていた。


 ところで、なぜリリも一緒なのかと言えば、それは俺のせいではない。

 いや、魔法陣の定着は失敗することが多いだろうから、リリには別に見ていなくてもいいと言ったんだ。だがしかし。


「面白そうなので見ててもいいですか!」


 とリリが頬を紅潮させながら言うものだから、断りきれなかった。


 まあ定着させる補助魔法は下級魔法(ビギナーマジック)以下の簡単なものだったし、失敗しても危険がないのは分かっていたから承諾したと言うのもある。

 だが離れて見ているのかと思いきや、予想に反してそれはもう終始興味津々といった様子で張り付いて見ているもんだから、成り行きで定着のやり方や魔法陣についての知識を教えることとなり、最後のほうは定着の作業自体リリに任せてしまっていた。


 俺は俺で戦車以外にも、リリの提案を活かしたある物の試作をしてみてかったから、これには助かってしまったが。


 ちなみに、リリが初めて定着に成功した魔法陣のパーツは記念にあげることにした。

 かさ張るからいらないかな、と思ったが、「いいんですか!?」と目を丸くしつつも嬉しそうに笑うので、こちらもつい頬が緩んでしまった。


 なんだか孫にプレゼントをして喜ぶおじいちゃんの気持ちが分かった気がする。

 ふぉっふぉっふぉ。ええんじゃぞ、リリや。


 ――カーテニアさん、ありがとうございます!


 あ~……思い出すとジジイになるんじゃぁ~……。


「あの、貴方様。今宜しいですか?」

「なんじゃ? 儂になんぞ用かいの?」

「ど、どうなさいました、貴方様? なんだか老け込んだような……」

「うららか、うららか……」

「本当にどうなさいました!?」


 おっと、いつまでもジジイトリップしているわけにはいかないな。意識を戻そう。


 さて。昼前の今、何をしているのかと言えばだ。

 俺は宿舎の椅子に座り、少し休憩を取っているところだった。


 魔導戦車作成のほうは今朝で殆ど終わり、残るは戦車にセットする交換可能な魔法陣を定着させた板――便宜上マジックカートリッジと呼んでいる物だ――を組み込むだけ、と言うところまで来ている。休憩後に作動試験を行い、問題なければ完成という予定だ。


 そんなところ、スティアが両腕に何やら毛皮のようなものを抱えて話しかけてきたのだ。

 まあ心当たりはある。と言うか、俺達三人が戦車を作っている間に、彼女にも作って欲しいものがあると頼み事をしていたのだ。その成果物だろう。


「すまんすまん。で、それか?」

「ええ、どうぞご確認下さいな」

「何々!?」

「それは何ですか?」


 俺が視線を向けて聞くと、彼女は自信ありそうににこりと笑い、それをテーブルへと一つ一つ置いていく。

 その様子に興味が湧いたのか、近くでくつろいでいたホシとリリも近くに寄ってきた。


「これがキツネ、これがタヌキ、これがウサギ。あとブタとウシですわ」


 一つ一つこちらに確認させるようにスティアがテーブルに置いていく。どう見てもそれは動物の頭部だった。

 ただ、その中身はからっぽだ。と言うか本物ではない。当然といえば当然だが。

 いきなり動物の生首をテーブルの上にドンドンと並べられても狂気しか感じない。


「何これ! かわいー!」

「これ……かぶり物? ですか?」


 そう。これは魔族達が人間に見つかっても問題ないように、対策としてスティアに作ってもらったマスクだ。動物のチョイスがイヌやネコなどのメジャーどころをちょっと外しているのは、たぶんスティアの趣味だろう。


 どう使うのかと言うとだ。魔族を見つけて騒いでいる人間の前に、それをかぶった俺達が出て行って、魔族じゃないですよーとマスクを取って見せるのだ。つまり、さっきお前達が見たのも魔族じゃないんだ、と思わせるわけだな。

 完全に誤魔化せなくても、相手がいぶかしんでいる間に魔族達を逃がすなりシャドウにかくまってもらうなりすれば後はどうとでもなる。そこは上手くやれば問題ない。


 俺は特に意味もなくキツネのかぶり物へ手を伸ばす。ふわふわとした毛並みの手触りが非常に気持ちいい。もふもふと触りながら出来栄えを確認していると、口元に細工がしてあるのに気が付いた。

 どうやらかぶっているときにも飲み食いできるように、マスクの口元を取り外せるようになっているようだ。彼女の細かい配慮についつい笑みが浮かんだ。


 俺がスティアと出会ったのは、四年以上は前になるだろうか。

 当時のスティアは家事など全くできない人間だった。


 料理を作ればバドに怒られ、裁縫をすれば布を血だらけにし、洗濯をすれば衣類をボロボロにすると家事力ゼロ。最終的についたあだ名がコードゼロだったくらいだ。


 当時、誰に対しても威圧的だったスティア。そんな彼女が教えを請うため、俺に頭を下げてきたときは驚いたものだ。相当悔しかったんだろう。

 指を針で突き刺しながら、「この私が痛っ! 針仕事程度できないはずが痛っ! ぅぅぅぅ……痛っ!」と半泣きでぐすぐす言いながらやっていたのがもう二、三年位前か。

 懐かしいものだ。……成長しやがって。


「立派になりやがってなぁ……!」

「なぜ泣いてらっしゃるんです!?」


 弟子の成長に目頭を押さえると、あわあわとスティアが慌てだした。


「でもこれ、何のために作ったんです?」


 慌てるスティアを完全にスルーして、ウサギの被り物をもふもふと(もてあそ)びながら、リリが不思議そうに誰ともなしに聞く。

 そう言えばリリに何も説明してなかったな。だが魔族をかくまっていることを打ち明けるわけにはいかないし、ここは予め用意していた理由で誤魔化すしかない。


「盗賊って奴は一度絡むと粘着質でしつっこいからな。ちょっかいをかけるなら(めん)が割れていないほうがいいだろ?」

「なるほど……。そういうものなんですね」


 ふむふむ、と感心したように頷くリリ。少し悪い気もするが、しかし流石に魔族のことは慎重にならざるを得ない。上手く誤魔化せて良かったと胸をなで下ろす。


「皆さんの顔はもうばれていると思いますけど……」


 俺が安堵していると、天井裏からカリンが余計な一言を飛ばした。

 こいつ起きてたのか。反応が無いから寝てるのかと思った。


「俺達のことは向こうも知っているだろうが、だからと言って顔を見せる理由にはならんだろ。誰が殴り込みをかけたのかを特定されるような要素は、出来るだけ潰しておいたほうがいい。残党がいた場合面倒だからな」

「あー……。確かにそうかもですね」


 そう話すと、カリンも何とか丸め込――いや、理解してくれたようだ。ずっと黙っていたから聞いていないのかと思ったが、ちゃんと話を聞いていたんだな。嫌なタイミングで急に話しかけてきたから驚いたわ。


 さて。マスクは上出来だし、魔導戦車は今日で恐らく調整が終わる。残るはいつ盗賊を強襲するか、という問題だけだ。


 実は魔族達から盗賊が出入りするアジトらしきものを見つけたと、別れた翌日に既に連絡を貰っていた。そのため、今はそこの様子を伺いながら連中の動きを探ってもらっているところだ。


 なお報告を受けた限りでは、日に出入りする人間の数が五人から十人ほどらしい。カリンの盗賊が二十人以上という情報から考えるに、そこがアジトである可能性はかなり高いと見ている。

 魔族達には朝、昼、夜と定期的に連絡を入れるよう頼んでおり、今朝もガザから報告があったが、特別目立った動きは無かったとのこと。そのため今すぐにどうこう、ということはないはずだ。


 とは言っても、相手が動き出す前に仕掛けるのが最善であるのは間違い無い。だから俺は、魔導戦車の仕上げ具合に問題が無ければ、明日にでも仕掛ける。そのつもりでいた。


「よし、休憩時間はそろそろ終わりにしよう。リリ、ホシ、行――」


 だが、俺が椅子から立ち、マスクをいじっている二人の顔に視線を向けようとした、まさにそのときだった。

 入り口のドアが激しく開けられ、男が部屋へと走り込んで来た。俺達は一瞬構えるも、その顔を見てすぐに構えを解く。


「バド!? どうした!?」


 入ってきたのはバドだった。エプロン姿の彼は、部屋に入ってくるなりバタバタと手足を激しく動かして何かを伝えようとしてくる。

 表情は一切動いていないが、その動きから彼が珍しく慌てているのがよく分かった。


「バド、落ち着け! どうした?」

「クルティーヌで何かありましたの?」


 バドはスティアの言葉にバタバタと動くのを止め、今度はコクコクと激しく頷く。


「――先を越されたかっ」


 彼のこの慌てようだ、ただ事ではない。少なくとも客が多すぎて手が回らないから手を貸してくれ、なんて平和な話ではないはずだ。

 悠長にしている暇はなさそうだと舌打ちしながら、俺はクローゼットの方へ足早に向かう。


「どうするの?」


 ホシが俺の背に声を掛けてくる。その声には普段のような明さはなく、緊迫感があるものだった。

 クルティーヌにはユーリちゃんもいる。ホシも心配だろう。

 ただいくらホシが子供のような見た目だと言っても、状況が正確に分からない今、真っ先に飛び出して行くようなことは絶対にしない。

 やはり彼女もまた、幾度もの修羅場をくぐってきている一人前の戦士なのだ。


 俺は掛けていたローブをひったくるように取りながら、背中に感じる複数の視線へ返事をする。


「クルティーヌに急ぐぞ。皆、そのかぶり物を一つ持っていけ。もしかしたら、もしかするかもしれん。時間がかかる装備は後だ。今はシャドウに預けろっ」

『了解!』

「りょ、了解しました!」


 俺の言葉にスティアとホシが続き、少し遅れてリリも返事をする。部屋には急に慌ただしい音が鳴り響き始めた。

 テーブルの上に視線を向けると、最後にぽつんと一つ残ったタヌキのかぶり物と目が合った。

 俺がタヌキか。何となくキツネが良かったが仕方あるまい。


「カリンはそこで待機だ。誰が入ってくるか分からんから、声は絶対に出すなよ? 音も可能な限り立てないように気をつけろ」

「は、はい! 分かりました!」


 彼女は連れて行っても足手まといだ。ここで待っていてもらうより他無い。

 カリンに声をかけている間に他の三人も準備が出来たようで、俺のそばに集まってくる。ざっと見ると最低限の装備だが、今はそれで問題ない。


「急ぐぞ。バド、先導してくれ!」


 当事者のバドに先導を任せると、俺達は争うようにして部屋を飛び出していった。

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