62.カリンの告白
「私達は、三人姉妹なんです」
カリンの話はその言葉を皮切りにして始まった。
クルティーヌから持ち帰った昼食はすでに食べ終えている。俺達はその感想などをテーブルに座って話をしており、同じテーブルには縄を解いたカリンも座っていた。
しかしカリンは終始うつむき黙ったままで、何か喋ろうという意思を全く見せることがなかった。
だからだろう。そんな、幽鬼のように黙りこくっていたカリンがぽつりと口を開くと、皆の視線が彼女へと集まった。
「私には二つ上の姉と、五つ下の妹がいるんです。私は姉と二人で薬草の採集をして何とか生活をしていました」
「危なくはないんですの? 魔物も出るでしょう?」
「いえ、西の森はあんまり魔物がいないんです。たまに出てくるのもキラーマンティスくらいなので、私一人で簡単に倒せますし。そこまで危なくはないんです。私達と同じようにしている人達もそれなりにいたくらいですから」
カリンの説明に俺は腕を組んだ。冒険者ギルドでは魔物の討伐依頼がいくつかあったが、確かにどれも北東の森ばかりだった。西の森は恐らく、そもそも魔物の生息数が少ないのだろう。
しかし、キラーマンティスを一人で余裕か。一般人を俺の尾行に付けるとは、と思っていたが、ただの町娘ではなかったらしい。その腕を買われたのかもしれないな。カリンにとっては嬉しくもない話だろうが。
そんなことを考えている俺には構わず、カリンは話を続ける。
「半年くらい前までは、そうして細々とですが三人で生活していたんです。あまりいい稼ぎにはなりませんでしたけど、でも女三人で暮らす分は何とかできていました。……でもある日、西の森で冒険者に会ったことで全てが変わってしまいました」
カリンは少しだけ口を噤んだが、それもごくわずかな間のことで、またぽつりぽつりと話し出した。
「姉と二人で薬草を採っていると、突然声をかけられたんです。魔物が出るから危ないって。たまにいるんです。冒険者でそう声をかけてくれる人が。だからそのときも何も思わずに、大丈夫ですよって返したんです。いつもならそれで終わりなんですが……。その日は、それでも危ないから一緒にいるって、そう言われたんです。正直なことを言えば助かるので、私たちはその言葉に甘えました」
そこまで言うと、カリンの表情はさらに苦々しさを増した。
「そうすると……その日の後も、その冒険者さん達とは森で顔を合わせることがよくあって。その度に護衛をして貰うことになったんです。最初は私も姉も警戒していたんですが、そんなことが重なると親切な人達だな、なんて思い始めて。護衛してもらう度に、だんだん色々な話をするようになって。三人姉妹だとか……両親がもういないこととか……色々な話をしたんです。妹にも会わせてみたら、面倒も見てくれて……。もう安心しきっていたんだと思います」
カリンは自分の体を両腕で強く抱きしめ、体を丸める。
それはまるで、何かに怯えるようだった。
「ある日……姉と二人で森に入ると、また彼らが近づいてきたんです。私は笑って手を上げたと思います。でも向こうの反応はいつもと違っていて……。私達はあっという間に縛り上げられて袋の中に押し込まれました。もう何が何だか分からなくて、ただただ怖くて……!」
カリンの声がかすれ始める。幼さの残る顔がくしゃりと歪んだ。
「何もできずただ泣くしか無かった私は、担ぎ上げられたままどこかに運ばれて……。そこで見せられたのは、檻の中で私達を呼んで泣き叫ぶ妹の姿でした……」
「そんなっ! それじゃその人達は……」
「私達を油断させてさらうために近づいた盗賊だったんです。私、知っていたんです。最近行方知れずになる人がいるから人さらいに気をつけろって言われてることに。それなのに……。それなのに……っ!」
ポタポタと彼女の目から雫がこぼれる。まさかその冒険者達が盗賊だったとは思わなかったようで、リリも絶句していた。
「妹を売り飛ばされたくなければ協力しろと言われて……言うことを聞くしかなかったんです……! 私達がそうしなければ妹が……!」
「……事情は分かった。よく話してくれたな」
俺がそう言うとカリンは顔を上げる。涙でぐしょぐしょになったその顔は、同情を禁じえないほど悲惨なものだった。
妹が人質に取られている以上、今まで誰にも言えなかったんだろう。せき止められていた川が決壊するかのように、カリンは唸りながら滂沱の如く涙を流し始めた。
「他にも……同じように人質に取られてる人が沢山います……! でも、私にはどうすることもできなくて……! ぅぅぅ……っ!」
溢れてくる無念を必死で食いしばり、押し殺すような声が静まり返った部屋に響く。そのあまりの悲痛さに、つい我慢しきれずに俺の目からも涙がこぼれた。
「貴方様……」
「っ……いい」
スティアの申し出を断り、懐の手巾で目元を拭う。途中まで我慢できそうだと思っていたのに、あの唸り声が不意打ちになってやられてしまった。
ああいった感情を押し殺すような行動は言葉にこそ出てこないが、逆に心に感情が強く現れる。≪感覚共有≫でそれが分かってしまう俺には、かなり効いてしまうのだ。
先ほどの、自分の無力を悔いなげくカリンの感情が強く共有されてしまい、こっちもつられて決壊してしまった。
こっちの堤防は年のせいで、限りなく低くなっているのだから勘弁して欲しい。
話の腰を折ってはたまらない。そう思いささっと手早く済ませて顔を上げると、いつの間にか皆の視線がこちらへと向いているのに気がついた。
なんだか視線が妙に生ぬるい。リリに至っては凄い優しい目で俺を見ている。
「……歳をとるとな、涙もろくなるんだよ」
たまらず愚痴るが、何の言いわけにもならなかった。
「盗賊のアジトがどこにあるかは分かるんですの?」
「すみません、よくは……。でも、たぶん西の森にあると思います」
ふるふると力なく頭を振ってから、自信なさそうに答えるカリン。
聞けば、妹が捕まっている場所に関しては西の森だろうとのことだが、しかし妹の顔を一度見た以降連れていかれたことがないため、そこがアジトなのかどうか正確には分からないのだそうだ。
「調べてみるしかなさそうですわね。盗賊はどのくらいいますの?」
「分かりません……。少なくても二十人以上はいると思いますけど……」
「結構多いな。うーん……衛兵にも渡りをつけるか……?」
「ダっ、ダメです! 衛兵の人で、盗賊と話をしている人がいるのを見たことがあります!」
衛兵と協力するのも一考かと思えば、カリンがとんでもないことを言い出した。
しばらく固まってしまった後、腕を組み、ドカリと背もたれに体を預ける。俺の顔はかなりのしかめ面になっていたと思う。
衛兵が買収されているか、もしくは盗賊をもぐりこませたか。それとも、スティアが言うことが確かであれば、代官関係か。
どちらにせよ、町の治安を守る衛兵を信頼できなくなってしまったというのはかなり痛い。
「随分手が込んでるな。連中の目的は一体何なんだ?」
「それは私にも……。すみません……」
「今は薬草の採集をしているだけなんですのよね?」
「はい」
カリンの首肯にスティアとリリが難しい顔をする。
「うーん……。薬草の値段を吊り上げて儲ける……にしてはリスクとリターンがかみ合いませんわね……。わざわざ討伐されるリスクの高い人身売買までしてやることとは思えませんわ」
「薬草を独占すると町から傷薬が無くなって……んー……。無くなると、どうにかなるんでしょうか?」
一体何が目的だろうかと俺も首をひねる。スティアが言うような、金儲けのためと言う線は、俺は無いと思う。盗賊的な思考じゃない。
俺の勘だと、町から薬を無くすことに意味があるような気がする。イーリャが確か、そのせいで冒険者が少なくなったと言っていた。
自分達が活動しやすい様に、冒険者を町から追い出したかった、とかだろうか。
魔族に続いて盗賊が町を占拠しようと画策しているのか……何てことも、ちらと頭に浮かんだ。
だがしかし、物流において王都の玄関口とも言われるセントベルを盗賊などが占拠すれば、地理的に近いこともあって、王国軍に瞬く間に鎮圧されることだろう。
盗賊共も馬鹿ではないだろうし、そんなことは簡単に想像できるはず。その線もないなと、その考えはすぐに頭からかき消えた。
理由が思い当たらずに唸りながら考える俺達三人。その時、それをつまらなそうに見ていたホシがポロッと呟いた。
「そんなのどうでもいいじゃん」
……確かに。俺達のやるべきことは、カリンの話を聞いた限りじゃ盗賊を倒して人質を解放することだけだ。なら奴らの目的なんてどうでもいいな。
どうせしょうもない目的だろうし、ホシの言う通り考えるだけ無駄かもしれない。
「奴らの目論見に関しては一先ず置いておくか。カリン、他に知っていることはあるか?」
「そう言えば、どうしてカーテニア様を追いかけていたんですの?」
「それは……確か、アーススパイダーのいる場所をどうやって見分けているか知りたかったみたいです」
「……それだけ?」
「え? は、はい」
スティアの質問にカリンは素直に理由を話す。
だが、何だその理由は。聞かされた言葉に呆気にとられてしまった。
≪感覚共有≫を使った索敵方法は、確かにタネが分からない人間から見れば不可解かもしれない。しかし使わなかったからと言って、アーススパイダーの位置が分からないかと言えば答えは否だろう。
イーリャが以前、このセントベルにアーススパイダーを見つけられる斥候がいないと言っていたことを思い出す。それを考えれば、盗賊達もそれで手を焼いていた、ということも、まあ理解できた。
だがそれと同時に、俺を狙った理由が情けなさ過ぎて、何だかまともに相手をするのも馬鹿馬鹿しい気分になってしまった。
「それじゃ何だ? 俺を捕まえて見分け方をご教授下さいとでも言いたかったってか? 笑えねぇ冗談だな、それ」
「カリンさん達のように、貴方様に協力させるつもりだったのでは?」
「それこそありえないだろ。好き好んで盗賊に協力する奴らが……あー……いるのか、この町には」
俺の呟きにカリンがうつむく。カリンが気落ちすることはないと思うが、しかし衛兵が協力者とは、この町に住む人間としてはやりきれない思いがあるのだろう。
まぁあんまり言い過ぎるのも良くないな。すぐに話題を戻そう。
「なら尾行については大した問題じゃないってことだな。じゃあ後は、だ。んー……他に何か奴らの情報はあるか? なんでもいい、知ってることがあれば教えてくれ」
「情報……ですか。――あっ! あ、いえ、何でも……」
カリンは何か思いついたようにはっと顔を上げる。だが思い直したのかすぐに口をつぐみ、顔を伏せてしまった。
思いついたはいいが情報に確証が持てないため、言うのを止めたってところだな。
この手の反応は軍にいた頃、部下達が何度も見せてくれたおかげで、もの凄く見覚えがある。ははは。
「ねーねー、何? 何があったの?」
「え? えっと……」
「何でもいいのですよ? それが間違っていたとしても、それをどう捉えるかはこちらですし」
「ウィンディアさん……」
俺が渋い顔をしていると、代わりにホシとスティアがカリンから情報を聞き出し始めた。
スティアに気を許し始めているらしいカリンは、呆けたように彼女の名を呼んだ。
実のところ、こういう情報こそ珠玉の原石だったりすることがある。スティアもホシも良く理解しているからこそ、こうして聞き出そうとしてくれているのだ。
敵方の立場になって考えれば、重要な情報こそ広まらないよう注意を払うもの。だからこそ、中途半端であったり、確証が持てないような断片的な状態で、噂として出回ることがあるのだ。
しかしせっかく出回り耳に入った噂も、確実なものでないと、今のように口を噤まれるケースが非常に多い。
額面通りに受け取れない情報だとしても、それを知っているか否かが戦局を分けることもある。だからこそ、その重要性を軽んじるわけにもいかないのだ。
さて。スティアやホシの説得を受け、すっと顔を上げたカリン。
ようやっとその気になったようだ。
「分かりました。これは一緒にいた盗賊が小声で話をしていた内容なので、はっきりとは聞こえなかったんですけど……」
言い淀むカリンに、先を促すように頷く。
「盗賊の中に、その……。風の、勇者……様がいる、とか……?」
意を決したようにカリンは話す。
その顔を穴が開くほど見つめた後。俺達は一斉に椅子から立ち上がった。
『ゆ、勇者ぁぁぁぁあっ!?』
「ひあっ!?」
カリンは皆のあまりの勢いに大きくのけぞり、そのまま椅子ごと後ろに倒れ込む。
ガタンという大きな音と共に、カリンが俺達の視界から姿を消した。