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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第二章 再興の町と空色の少女
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58.方針の転換

 貰ったロングソードを腰に帯びると、店主が満足そうに頷く。

 この剣は、彼が鍛冶屋として再起する決意の形らしい。そんな大層な物を贈りたいなんて言われるのはなんともむず痒いものがあるが、そこまで評価されては断るのもはばかられる。


 結局、彼の気持ちをありがたく頂戴することにした。

 だがこの礼は何かの形で返さにゃならんな。


「何か不都合があったら直してやるから言えよ」

「分かった。そのときは頼む」

「おう」


 俺には過ぎたる物だとは思う。反面、以前からミスリル製の武器を持ってみたいという気持ちもあったため、正直な話非常に嬉しい。油断すると顔がにやけそうで困る。

 何とか表に出てきそうな感情を押し留めつつ店主に顔を向けるが、まるで分かっているぞとでも言わんばかりのしたり顔を向けられてしまった。


「良かったですわね、貴方様」


 俺の心情を理解してか、スティアがにっこりと微笑む。以前、彼女が持つ”純ミスリル”の短剣を見せてもらっていた時のことを覚えていたのかもしれない。

 こちらの笑顔は心から祝福するような温かいものだったが、これはこれで照れくさい。


「これで俺も魔剣持ちか。……精進しないとな」

「ハハハ! そうしてくれると俺の名も売れるってもんだ! 頼むぜ!」


 俺の肩をバンバンと勢いよく叩く店主。まあここまでして貰ったのだ、宣伝くらいいくらでも協力しようじゃあないか。


「まだあんたの名前を聞いてなかったな。俺はカーテニアだ」


 肝心なことを聞いていなかったと店主に向き直る。彼はニヤリと不敵に笑い、右手を差し出した。


「ダンメルだ」


 俺はその手をしっかりと握る。彼もまた俺の手を強く、しっかりと握り返した。


「お前達にゃ()()()世話になったからな。……いつでも来い。歓迎するぜ」


 そう言うと、ダンメルはニカッと破顔したのだった。



 ------------------



「素晴らしいですわ! わたくし、惚れ直しましたわ!」


 スティアが興奮したように大きな声を上げる。

 武具屋を出てからと言うもの、ローブのことなど忘れたかのように、今にもスキップでもしだすのではないかと言うほど上機嫌になっていた。


「タダで魔剣を手に入れるなんて、流石貴方様ですわ!」


 満面の笑顔を浮かべながら興奮で目を丸く見開き、嬉しそうにくるりとこちらへ向く様子は、愛嬌がありながらも非常に美しい。

 ただその言い方はちょっと外聞が良くないから止めて欲しい。なんだか詐欺を働いて手に入れたみたいにも聞こえる。


「カーテニアさん! 良かったら後で、私にも見せて下さい!」


 隣を見れば、リリも少し興奮した様子で目を輝かせている。ミスリルを見るのが初めてなのだろうか。だとすればそれならその気持ちは十分分かる。

 断る理由もなし、宿舎に戻ったらなと伝えると、嬉しそうに頷いた。


 今、俺の左隣にはしゃいだスティア、そして右隣にはしゃいだリリ。まさに両手に花の状態だ。

 もしこれで俺がイケメンだったら絵になるのだろうが、悲しいかなくたびれたおっさんなのだ。許して欲しい。


 誰も歩いていない大通りに、スティアとリリの騒がしくも賑やかな声が非常によく響いている。多分一番はしゃぐべきなのは俺なのだろうが、歳のせいと、両脇の二人のテンションの高さのおかげで、高揚しつつも結構落ち着いていた。


 まあおっさんが喜んで小躍りしている絵づらなんぞ誰も見たくないだろうし、それはまあいい。

 問題はこいつだ。


 後ろを振り向くと、俺達の後ろを俯きながら黙って着いてくるホシの姿があった。

 普段は賑やかし要員だと言うのに、むっつりと黙って着いてくる様子は非常に珍しい。俺の視線を受けても特に気にした様子も無く、視線が合うこともまた無かった。


 こいつがこんな様子ではどうにも調子が狂ってしまう。俺は一つため息をつくと、その原因となっているスティアへとくるりと顔を向ける。

 まるでタイミングを見計らったように丁度こちらを向いたスティアとバッチリと視線が合い、彼女はその動きをピタリと止めた。


「あ、貴方様……」


 なぜか頬を褒めるスティア。彼女は俺から視線を全く逸らさず、ただ、何かを期待するかのようにじっと見つめていた。

 スティアの感情が≪感覚共有(センシズシェア)≫を介してゆっくりと俺へと流れ込んでくる。俺はそんな彼女にゆっくりと左手を伸ばし――


「もうちょっと落ち着け」

「はれ?」


 スティアの顔を鷲づかみにした。想定外の反応だったのだろう。

 スティアからは間の抜けた声が返ってくる。なぜ顔を掴まれているのか理解できていない様子で、指の間から俺の顔をポカンと眺めていた。


 俺達の足が止まったため、後ろからついて来たホシの足も止まる。顔を上げたホシの表情はいつもの屈託の無いものではなく、少しだけ険しく、眉の間に皺が寄っているものだった。


「えーちゃんは気づいてた?」

「何か付いて来てるな」

「せいかーい」


 鼻で笑いながら言うと、その答えは彼女の望むものだったようで、やっとホシがニパッと笑った。


「あ、あら!? ……あ、本当ですわ! すみませんアンソニーさん! わたくしったら! 嫌ですわ! もう!」


 俺とホシを交互に見たスティアは、そこでやっと気づいたようで急にあわあわと慌て始める。


「い、いつからですの?」

「武具屋を出てからかな?」

「違うよ! 中にいた時から、ずーっといる!」


 そう言って、ホシは両手をいっぱいに大きく広げて見せた。

 あー、そうか。だから武具屋にいたとき、ホシが不機嫌だったのか。

 やっと気づいたか、とでも言わんばかりの表情を見せるホシに、俺はまいったと頭をかいた。


 スティアに至ってはここに来るまで気づかなかったようだが、実はずっと、何者かに尾行をされていたのだ。

 恐らく”風の刃”の連中だろう。俺達が森へ行かなくなったため、ついに痺れを切らして町の中でまで尾行し始めたようだ。

 だがこんな閑散としている大通りで尾行しようなんて、気づいてくださいと言っているようなものだ。大胆なのか馬鹿なのか悩みどころだ。


「ああ、あんな尾行に気づかないなんて不覚ですわ……」


 珍しい失態に、スティアががっくりとうな垂れてしまった。

 大分浮かれていたから仕方がなかったのだろうが、自分から斥候役を買って出ているだけに、スティアの落ち込みようは相当なものだった。しばらくそっとしておこう。


 尾行に気づいた俺達三人がそうして話をする一方、一人それに気付いていないリリは、俺達の会話の内容についてこれずオロオロとしていた。


「あ、あの? 何の話をしてるんですか?」


 そう言えばリリにはまだ尾行の話をしていなかったな。連中の情報をまだ得られていない今、なるべく事を荒立てないように静観していたが、もう事が町の中にまで及んでいるし、この辺りで彼女にも話してしまったほうがいいかもしれない。

 ここまでくるとリリにも隠し通せないだろうし、万が一街中で彼女が襲われたなんて言うと、そっちの方が不味い。


「ねぇえーちゃん、あれどうするの?」

「もうリリさんには誤魔化せないと思いますわよ?」


 ちらりと横目で見ると、俺達が三人でこそこそと相談しているのをちょっと寂しそうに見つめているリリの姿が見えた。

 うーん、困った。連中を今ここでどうにかするとなると、リリにもそのことを教えなきゃならないが、今はちょっと状況が良くなかった。


 状況が良くないと言うのは他でもない、リリのことだ。


 俺達は今まで、何度か付いた尾行には気づいていないように振舞っていた。だから向こうも尾行がこちらにばれているとは思っていないはずだ。

 どうせならそのアドバンテージを最大限に活かして打って出たいところであった。


 しかしだ。俺達の中で、リリだけはそのことを知らない。もし彼女に今、俺達に尾行があることを教えたらどうなるか。

 実直なリリのことだ。きっと大いに動揺するだろう。最悪それを気取られ、不意打ちできる優位性が失われてしまう可能性があった。


 俺はリリから視線を戻す。すると、どうする? とでも言う様な二人の視線とかち合った。どうやら行動するにしてもしないにしても、俺の判断に任せるようだ。


 ……あ、いや。良く見ると、スティアは、ここで潰しましょうか? って感じにも見えるな。潰すかどうかは置いておくとして、ここで仕掛けておくというのは悪手ではなかった。


 森で尾行されている場合であれば、向こうも当然魔物の襲撃に対して武器をいつでも構えられるよう、常に警戒していることだろう。

 そのため不意を撃つのは難しいし、仕掛けるなら十中八九交戦状態になるはずだ。


 しかし今は町の中だ。向こうも森にいるときほど警戒していないだろうし、不意を撃つ隙が大いにあることだろう。

 何より派手な戦闘になる可能性が低いというのがまた良い。

 奴らも、人が殆どいないと言っても、町中で武器を抜いて振り回すなんてことは流石にないと思う。


 俺は今仕掛けることのメリットとデメリットを天秤にかける。そして、このあたりが潮時かもしれないと思い始めていた。

 何よりも。

 目の前にぶら下がった機会をみすみす見送るのは、俺の性分的にも無理だった。


 俺は二人の顔を見て首を縦に振る。二人もそれに頷いて返した。

 実のところ俺も、尾行には少しイラついていたのだ。この辺りで目にもの見せてやることにしよう。


 俺達三人は顔を見合わる。そして、ニヤリとその顔を歪めた。



 ------------------



「ちょ、ちょっと! 何だったんですか一体!」


 歩き出した俺達の後を駆け足でリリが追いかけてくる。


「まあまあ、すぐ分かりますわよ」

「えぇ~……っ。だって、気になります!」


 スティアがまあまあとなだめるも、それに対してリリはぷぅと不満げに頬を膨らませる。


「ああ、すぐ分かるさ。ほら」

「えぇ? ……何もありませんよ?」


 俺は前方に向かって指を差す。だがリリはそちらを見て、何もないとまた不満を漏らした。

 実際そこには特に目立つものは何も無い。あるのはただ、大通りから町の裏通りへと伸びる、狭い路地だけだった。


「まあ付いてくれば分かるさ。なぁ?」

「そうそう。もうすぐですわよ?」

「本当ですか?」

「本当本当」


 俺も一緒になってリリをなだめながら、チラリとその後ろへと視線を送る。リリのすぐ後ろには、頭の後ろで手を組んでいるホシがいた。

 ホシは俺の視線を受けて、ニッといたずらっぽく笑って返す。

 位置取りは万全のようだ。リリもすぐ後ろにいるホシには全く気づいた様子が無い。


 俺達はそのまま路地へと足を踏み入れる。

 人が三人は並べないくらいの狭い路地。必然的に俺とスティアが先頭に肩を並べ、その後ろにリリ、最後尾にホシという順になった。


「ここに何かあるんですか?」


 いぶかしげにそう言いながら、リリは物珍しそうにきょろきょろと視線を彷徨(さまよ)わせる。


「ああ。もうすぐだ。な?」

「ええ……。そうですわ」


 俺とスティアは目配せをして頷く。後ろから数人の気配がするのを彼女も感じているのだろう。

 仕返しができるのが待ち遠しいかのように、その血のように赤い瞳がギラリと怪しく輝いた気がした。おー、怖い。


 しばらく狭い路地を進んで行くと、その先に小さな十字路があるのが見えてくる。

 後ろの連中も既に路地の中へ足を踏み入れているようだ。先ほどからつかず離れず俺達との距離を保っている気配を感じる。


 リリに気取られないようスティアを横目で見ると、彼女も小さく頷く。どうやらここが仕掛けどころにもいいようだ。


 さて。


「この辺でいいか」

「え?」


 何もない場所で急に立ち止まった俺達へ、リリが不思議そうな声をあげた。

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