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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
序章 英雄譚の終わりに
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6.夢と現と

「この場を借りて、王子殿下にご報告致したい事があるのですが、宜しいでしょうか」


 会議の終わりにそう言って、一人の男が挙手をした。


 その男は第一師団を率いる長である、アウグスト・ガヴェロニアである。

 王子エーベルハルトは彼の視線に軽く頷き、その話を促した。


「兵達の間で、とある噂が立っているのをご存知でしょうか」

「噂? 内容は」

「非常に不届きな内容ではありますが、我らに助力頂いた龍人族の方々に対して、批判的な行動を取っている者が我が軍の中にいる、とのことです」

「ふむ……。その、批判的な行動とは?」

「龍人族は信用ならないため、すぐに追放すべき……との話です」


 ざわり、と困惑が室内を包み込む。

 アウグストの言にエーベルハルトは顔をしかめた。


 龍人族はかつて魔王ディムヌスに加担し、英雄王ヴェインと敵対した過去がある。

 その強大な力から魔族同様に恐れられており、龍人族がこの戦争に助力すると聞いたときにも、それを受けるか否か、激しく議論を交わしたほどだった。


 だが今回の戦争においては、エーベルハルトの呼びかけに応じて魔王軍との戦いに馳せ参じてくれた、紛うことなき大恩ある同志である。

 だからこそその報告は、エーベルハルトの眉をゆがませるのに十分な効果をもたらした。


 更に言えば、この場には王国の重鎮達のほか、各種族の代表も参加しており、その中に龍人族の代表として彼女――白龍姫ヴェヌス・ラト・イル・シェンティッドも同席していた。

 王子にとっては、全く望ましくない状況だった。


 エーベルハルトが軽く手を上げると、ざわついていた場がすっと静まる。

 一呼吸ほどおき、エーベルハルトはヴェヌスを見る。彼女もまたエーベルハルトへ顔を向け、その内容を静かに頷き肯定した。


「わたくしも、部下からそのような噂があると聞いておりますわ、王子」

「そうでしたか……。それは、王国の者が大変失礼致しました。ヴェヌス様」


 エーベルハルトが謝罪を口にすると、ヴェヌスはその言葉を受け止めるように軽く目を閉じ、軽く首を横に振った。


「いえ。今まで我ら龍人族は、過去の因縁に囚われ、人族との関係改善に積極的ではなく、努力を怠っておりました。致し方無きことかと存じます」

「そんな事はありません。あなた方は私達人族の危機に、こうして手を差し伸べて下さったではないですか。同胞を失ってまで、私達のために。その気持ちを我々は忘れたことなどありません」


 王子はヴェヌスの視線を真っすぐ受け止めながら、すぅとゆっくり息を継ぐ。


「三百年前の傷は想像以上に深かった。しかしなればこそ今、互いのことを知り、手を携え理解を深めていけば、必ず改善できる。そう私は思っています」

「はい。わたくし共も、そう考えております」

「白龍族の助力なくして勝利は無かった。あなた方は我らの恩人です。その恩を忘れそのような無礼を働くとは、看過するわけには参りません。アウグスト、その噂については調べているのか?」


 エーベルハルトが厳しい視線を向ければ、その言葉を待っていたとばかりにアウグストは大きく頷く。


「はっ。部下に調べさせたところ、信じがたいことにこの中にその無礼者がいるようです」

「なっ、何だと!? それは間違いないのか!?」

「確認致しましたが確かな情報かと」

「……何と言うことだ」


 彼の報告にエーベルハルトは驚きを隠せない。その嘆くような呟きに、静寂を取り戻していた場がまた少しざわつき始めた。


 人族と異種族との友好に日々苦慮していたエーベルハルトは、王国の重鎮がその主犯であること、そして各種族の代表が軒並み揃っている場でそんなことを言い出したアウグストに、頭を抱えたくなった。

 だがそんな気持ちを片手を額に当ててなんとか静めると、彼はもう一度軽く手をあげ、場を鎮める。


 ここまで出てしまってはもう後の祭りだろう。ならば、今ここではっきりさせておいたほうが良い。

 エーベルハルトは場が静まったのを見計らい、進めろとの意味を込め、アウグストに視線を送る。

 すると彼は、先ほどわずかに視線を留めた相手に向き直った。


 だがそれは、王子が想像もしていなかった人物であった。


「エイク殿、申し開きがあるなら言ったらどうだ?」

「な!? エイクだと!?」


 エーベルハルトは驚愕のあまり腰を浮かせた。先ほどから冷静な表情を崩すことがなかったヴェヌスも、その相手に驚きの表情を見せる。

 あまりに驚いたためだろうか。アウグストの問いかけに、問われたエイク本人よりも先にヴェヌスが口を開いた。


「アウグスト様、それは何かの間違いでしょう。エイク様は我ら白龍族を王子へ引き合わせて下さった方。失礼ながら、まずありえないかと存じます」

「――と、ヴェヌス様は仰られているが、どうなのだエイク殿」

「アウグスト様!」


 ヴェヌスがはっきりと否定の意を示したのに対し、アウグストはあくまでもエイクへ返答を促し、彼から視線を外さない。

 それを批難するようにヴェヌスが声を大きくするが、それでも、その状況が変わることは一切無かった。


 エイクとアウグストの間に不穏な空気が流れる。だがそれでもエイクは口を開かず、ただアウグストからの視線を真っ向から受け止め続けている。

 室内はしんと静まり返った。


「エイク、どうなのだ。答えよ」


 痺れを切らしたエーベルハルトが、むっつりと黙る彼へ返答を促す。エイクはそこでようやく動きを見せ、ゆっくりと王子のほうに顔を向けた。


 王子は声こそ平静だった。しかしその表情に、感情を隠し切ることができていなかった。

 付き合いがそれなりに長くなったエイクは、王子が恐らく不安を感じているのだということを一目で理解できた。

 彼の表情に思考を一旦中断したエイクは、王子の催促に応じ口を開こうとする。


「殿下。実は私もアウグスト殿とは別に、今回の件について調べておりました」


 だがその時不意に別の場所から声が上がり、彼はまた口を噤む羽目になった。


「何? 本当かデュミナス」

「はっ。残念ながらアウグスト殿の申されることに間違いは無いかと」


 声を発したのは王国宰相デュミナス・モルト・バージェスだ。彼からアウグストを支持する声が上がると、エーベルハルトの表情が途端に険しさを帯びていく。

 王子はもう一度エイクに顔を向けると、再度答えを促した。


「エイク、どうなのだ。……私は、お前の口から真実を聞きたい」


 王子は表情こそ険しいが、声だけを聞くとまるで懇願しているようにも聞こえた。


 エイク――いや。俺は、その問いに答えようと口を開いた。その真偽について、自分が潔白であるということを示すために。

 しかし、どうしてか口に出そうとした言葉が出て来ない。焦って弁明しようとするも、俺の口は空しく魚のようにぱくぱくと開閉するばかりだった。


「エイク殿」


 急に傍から声がかかり、びくりと体が跳ねる。

 驚き顔を向けると、先ほどまでテーブルの向かい側に座っていたアウグストが、なぜかそこに立っていた。


 いつ移動したのだろうか。全く気が付かず、驚きに少し身がのけぞる。

 だが彼はそんな俺を意に返さず、一歩一歩確かめるように、ゆっくりと目の前まで歩いてきた。


「エイク殿」


 俺の目の前で足をそろえて立つと、アウグストはなぜか艶のある声でもう一度俺の名を呼んだ。


 彼はまっすぐに俺を見つめていた。かと思えば、何を思ったかその両手で俺の頬を優しく包み、顔を徐々に近づけて来た。

 俺と彼の唇が徐々に近づいていく。

 彼の後ろに流した鳶色の髪が、一房はらりと顔に垂れた。


 そして。


「ぎょえぇぇぇぇぇえっ!!」


 俺は力の限り悲鳴を上げた。



 ------------------



 気が付くと、俺はどこかに寝かされて、両腕を突き出していた。


 最初に目に映ったのは薄暗い空だ。体を起こして見てみれば、遠くが薄く白んでいる。夜が明けるのも間もなくといった様子だった。


 周囲に視線を向ければ、森の近くで野営をしているらしい。

 すぐ近くに小さな川もあり、その近くにいたホシとバドが何事かと振り向いている姿が目に映った。


 そして、問題はこいつだ。

 俺の傍でひっくり返っている者が一人。唸りながら体を起こし、俺と目が合ったと思うと、そいつの顔がパッと綻んだ。


「貴方様! お目覚めになりましたのね! もうわたくしは心配で心配で……! 安心致しましたわ!」


 そう言うが早いか俺の胸に飛び込んできたかと思うと、スティアはそのまま顔を擦り付けてくる。

 だが俺はその頭を片手で鷲づかみにして、力任せに引き剥がした。


「お前か! お前のせいか! ええ!?」

「痛い! 痛いですわ! 貴方様の愛が痛い!」

「まだ言うか! 人の寝込みを襲おうとするな! お前のせいでおぞましい夢を見たわ! この! どうしてくれようか!」


 スティアはジタバタと身をよじるが、あんな夢を見せられたからにはそう簡単に逃がすわけには行かない。

 お返しにと更に力を込めようとするも、アウグストのキス顔が脳裏を過り、気色悪さに激しく身震いして力が入らなかった。

 クッソ、鳥肌立ってきた!


「えーちゃんやっと起きたの? 遅いよー」

「お前のせいだよ! 主に! お前の!」

 

 水を入れた鍋を頭に乗せ、ホシがスタスタとこちらに歩いてくる。

 頭の鍋は手で支えてもいないのにピタリと静止し、水がこぼれる様子も無い。まったく器用なものだ。中身がたいして入っていないから頭が平らなんだろうか。


「反省も後悔もしておりませんわぁぁぁ!」

「せめて反省くらいはしろや!」


 バタバタと暴れる俺達二人を尻目に、バドはホシの頭から鍋をそっと受け取ると、石で組んだ即席のかまどの上に置き火にかける。

 そして今度はスティアを手招きして呼んだ。


 スティアは逃れる口実ができたとばかりに俺の拘束からするりと逃れ、鍋に駆け寄って行く。

 あっけなく解かれた拘束に、俺は感触が無くなった右手をだらりと下げた。


 まったく。痛くも無かった癖に痛そうなふりをするんじゃない。演技に余裕がありすぎるんだよ、お前は。


「水の精霊よ、清め賜え。”浄化(クリーンアップ)”」


 スティアは鍋の中身に手をかざし、淀みなく詠唱する。

 いくら見た目が綺麗だろうと、流石に川の水をそのまま飲んだら腹を下す可能性もある。こう言うとき魔法が使えるとやはり便利だ。


 旅をするのなら魔法使いが必須、というのは常識だ。

 その理由は戦力としては勿論、口に入れるものに使用する”浄化(クリーンアップ)”や、洗った衣類や道中仕留めた獲物の肉を乾燥させる”乾燥(ドライ)”、水を生成する”湧水(ウォーター)”などといった、日常の生活に関しての利便性が、無視できないほど大きい要素だからだ。


 他にも、周囲を照らす”灯火(トーチ)”や、微風を起こして臭いを掻き消す”そよ風(ブリーズ)”、悪路を均す”均地(グランド)”などなど。旅を安全なものにするには欠かせない魔法が盛り沢山だ。

 だからこそ魔法使いの存在は、その集団の生存率に大きく寄与すると言っても過言ではなく、旅に必須とまで言われる理由となっている。


 とは言え旅で必要なのは、下級魔法(ビギナーマジック)よりも簡単な、基礎魔法(ベースマジック)と呼ばれるものが殆ど。今の”浄化(クリーンアップ)”も基礎魔法(ベースマジック)だ。

 魔法使いでなくとも、多属性の基礎魔法(ベースマジック)を使える人間は少なくない。魔法使いが重宝されるのは単に、火、水、土、風、四属性の基礎魔法(ベースマジック)を修めているということ、そして魔力が多いという二つの理由があるからだった。


 いつの世も、引く手あまたの魔法使い。とは言え先ほどのスティアのように、基礎魔法(ベースマジック)要員に短縮詠唱ができるほどの腕前は求められていないが。


 スティアの魔法の腕は相当高く、四属性の魔法をいずれもかなり高いレベルで使うことができるという、非常識なものだった。

 それでいて彼女は近接戦闘の方が得意というのだから、天才とはこういうものかと凡人代表の俺としては舌を巻いたものだ。


「今、体の温まるスープをお作り致しますので、お待ちになって下さいね。バド、そこのバッグを取ってもらえます?」


 いつもはバドが食事担当なのだが、今日は珍しくスティアが作るらしい。

 その言葉を聞いて、俺の隣で地べたに座っているホシが大いに喜んだ。


「わーい! えーちゃんをここまで運んだから、もうおなかぺこぺこ!」

「ちょっと待て。俺を、お前が運んだのか?」

「ううん、運んだのはばどちん」

「お前何もしてないじゃねぇか!」

「ここまで歩いたもん!」

「当たり前だよ! 子供かお前は!」


 ホシがプゥーっと頬を膨らませたので、両側から手の平で挟んでしぼませてやる。すると何が面白いのか、ホシはきゃらきゃらと笑い始めた。俺をからかって遊んでいるのだ。

 俺とホシがくだらない言い合いをしている間に、バドもこちらに歩いてきて、俺とホシの会話に混じるように近くに座った。

 バドは確かに喋れないが、会話にはこうして必ず参加してくる。表情からは何も感情が伺えないが、どうも一人ぼっちは寂しいらしい。


「もういいわい。で、だ。話は変わるが本題だ。お前達、本当に付いて来るつもりなのか?」


 そう聞くと、皆の視線が俺に集まる。

 伸ばした足をパタパタさせながら、ホシは決まってるとばかりにニーッと笑って大きく頷いた。


「うん!」

「勿論ですわ!」

「別に行く当てなんて無いぞ。何か明確な目的があるわけでもなし、とりあえずどこかで仕事を見つけて、食い扶持を稼げるようにしなきゃいけないのが最優先事項だ」

「面白そう!」

「ですわね! 愛の逃避行のようでわくわくしますわ!」


 スティアとホシは俺の言ったことを理解しているのか、二人仲良くきゃっきゃとはしゃいだ。

 愛は余計だが、逃避行は、まあ合ってるな。


 二人から視線を外してバドを見る。彼もそれを肯定するように大きく頷いた。

 これはどうあっても付いて来る気だろうな。こいつらを受け入れる他無しと諦めたほうがよさそうだ。


 こちらとしても拒絶する理由は特に無いし、一人より四人のほうが安全なのは確かだった。


 それに、まあ……ここまで付いて行きたいと思ってくれているのだ。

 王都であんな扱いを受けたことも、仕方が無いと諦めはしたものの、心から納得できたわけじゃあなかった。

 そんなことで気分がささくれていた俺には、彼らの好意が素直に嬉しかった。


 決まりの悪さを誤魔化すようにガシガシと頭をかくと、降参とばかりに肩をすくめた。


「あー……分かった。だが俺は何があっても責任は取らないからな!」

「やったーですわ!」

「わーい!」


 喜びの声を上げ、三人はハイタッチして喜び合う。


 全く。王都から抜け出すときは気を張っていたのに、そんな気持ちはどこか彼方へと吹き飛んでしまった。

 俺は一人で王城を抜け出したときの自分を思い返しながら、彼らの様子を見て苦笑を漏らす。

 

 ふと見上げると空には既に、明るい光が広がっていた。

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