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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第二章 再興の町と空色の少女
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57.再起の決意

 翌日のこと。朝食をクルティーヌで済ませた俺達は、約束の一週間となったので武具屋へと向かうことにした。


 元々、俺はスティアと二人で向かうつもりでいた。なので昨日のうちにその話をリリとホシにしたのだが、意外なことに二人も行くと手を上げたのだ。

 リリは単純に、アクアサーペントの革がどんなものか興味があったらしい。

 一方のホシは暇だからと、そんなことを言っていた。しかし誘っても来そうにない奴が自分から行くと言い出すとは思わず、ちょっと驚いてしまい、ホシにじろりと睨まれてしまった。


 まあそんなことで、だ。

 今日は四人そろって、朝から武具屋に足を運ぶことになったのだ。 


 相も変わらず建て付けの悪い扉を開けると、カウンターに立っていた店主と目が合う。

 俺達だと分かると、彼は軽く笑いながら、カウンターへ肘を置き身を乗り出した。


「よう。来たな」

「首尾のほうはどうですの?」

「とくと御覧じろってな。ちょっと待ってろ」


 店主は奥へ引っ込んで行く。しかしすぐに、手に例のものを持って戻ってきた。


「わぁ! 綺麗……!」


 見るなり声を上げるリリ。店主が手に持っているそれは、まるで純白の絹布のようにしか見えなかった。

 その美しい出来栄えに、スティアも感嘆の吐息を漏らす。性能だけなら誰でも喜ぶだろうが、あの艶やかな見た目から想像するに、女の方が喜びそうだ。


 しかし見た目があまりにも革らしくない。不思議に思い近寄って見てみると、鱗が流れるように規則正しく並んでいるのが見えた。確かにアクアサーペントの革で間違いないようだな。


「全く、本当にローブにするのが勿体ねぇよ」


 店主はそうぼやいているが、それに反して表情は明るい。スティアもその顔と台詞で理解したようで、身を乗り出した。


「ではローブを作ってもらえますのね!?」

「ああ、それに関しちゃあんたらのゴーサイン待ちだ。問題ねぇな?」

「ありませんわ!」

「よし、それじゃすぐ取り掛かるぜ。実を言うとな、仕立て屋のほうが張り切っちまって、連中、昨日から手ぐすね引いて待ってやがるんだ。これでやっぱり止めるなんて言い出したら俺がどやされるところだったぜ」


 冗談めかして笑う彼にこちらも笑みが漏れる。

 それだけ期待されては断るわけにもいくまい。


「よっしゃ。それじゃ約束通り五日で仕上げてやる。今嬢ちゃんの方の準備を進めてるから、そっちが先に仕上がるはずだが……。まあ問題なければ五日後にまた来いや」


 別段急ぐわけでもなし、五日後にまた来ると告げると、彼も心得たと頷いた。


「ああ、他の二枚もなめしが終わってるぜ。こいつぁどうする?」


 そう言いながら彼はカウンターに革を置く。今は使う予定が無いから保管しておく以外特に無い。

 受け取ろうと俺が手を伸ばしかけたところ、革を凝視していたリリが、急にくるりとこちらを向いた。


「さ、触ってみてもいいですか!?」


 その顔には触りたくて仕方が無い、といった表情がありありと浮かんでいる。苦笑しながら頷けば、その顔が一気にぱあっと綻んだ。

 彼女は恐る恐る革へと手を伸ばす。その手つきはまるで、壊れ物にでも触るかのようだ。


「あ、思ったよりもかなりしっかりしてますね。それに見た目よりも重量があります」

「遠目じゃ布っぽく見えるが蛇革だからな。これでも可能な限り軽くしたんだ。だが鱗もついてるし、矢程度じゃ穴も空かねぇぞ。ああ、逆撫ではするなよ、手が傷ついちまうぞ」

「わたくしにも触らせて下さいまし!」


 美しい革を前にして女性陣が盛り上がり始める。対して俺は、それを難しい表情で見ていたと思う。


 ローブなんて目立たないように着ることだって多いのに、あんな見事な白い革では身を隠すために使えないからだ。

 もともと白い皮だったが、なめしが終わったらさらに白くなったような気もする。これではちょっと使えない。


「なあ。これ、ちょっと着色できないか? こんなに白いんじゃ――」


 俺がそう言いかけた、その瞬間。


『着色するなんてとんでもない!』


 カッ! と目を見開いてスティアとリリが振り返った。その勢いにたじろぎ、つい足を一歩後退させてしまう。

 当然のことを言ったつもりだったが、女性陣から総スカンを食らってしまった。二人の表情を見ると、まるで威嚇の声まで聞こえてきそうだ。


「分かった分かった。好きにすりゃいいよ……」


 俺は二人の威圧に降参し、手をヒラヒラ振りながら視線を外した。

 ……まあ、そうだな。防具としての性能は良いのだから、ここぞというときにでも着ることにするか。


 二人の厳しい視線からそそくさと逃れ出た俺は、もう一人の女の方へと避難することにした。

 ホシはまだお子様だからか、そういう女が喜びそうなものは関心が全くない。はしゃぐ二人とは対照的に、革にはまったく興味を示さず、つまらなそうに壁にかけられている武器を眺めていた。 


 そういえば、ローブならホシも着てくれるかどうかと考えていたんだった。

 ちょっと聞いてみようか。


「アンソニー、お前もローブでも作るか? これで――」

「やっ!」


 ちょっと聞いてみようと思っただけだというのに、言い終わるのも待たずにすげなく拒否されてしまった。

 ホシはぷいとそっぽを向き、話も聞きたくないといった様子だ。そこまで露骨に嫌がることも無いだろうに。まあこうなると絶対に首を縦に振らないし、諦めよう。


「残りの革はそのまま引き取ることにするよ」

「そうか……そりゃ残念だ。父ちゃんも大変だな。まぁ何か作りたくなったら言ってくれ」


 ホシのほうを見た店主は、困ったように笑いながら俺を見る。アクアサーペントの革の防具を、あんなふうに素気無く断るなど普通考えられないだろうからな。その反応は分かる。


 だがこっちはそれどころじゃあなかった。その台詞は不味いんだ。

 俺の予想通り、スティアの目がギラリと鋭く輝くのが見えた。アカン。


「何を隠そう妻はこのわたく――痛たたたっ!?」

「何も隠してねぇし俺はこいつの親父じゃねぇぞ!」

「痛たたた!? 痛い!? ちょっ、貴方様!? 痛たたたた! ギブ! ギブですわぁぁっ!」

「お、おう……」


 ぐりんっと顔を店主へ向け詰め寄ろうとしたスティア。が、それを予想していた俺はすぐさま卍固めで押さえ込んだ。

 店主の顔が引きつっているが、気のせいということにする。


「うぅぅぅ……。痛い……痛いですわ……」

「それじゃ革は貰っていくぞ。なめし代は確か一枚銀貨3枚だったよな? ローブの仕立て金は後でいいのか?」

「あ、ああ……」


 どさりと膝を突いて倒れこんだスティアを尻目に、カウンターに銀貨12枚を置いて革を受け取った。


「アンソニー、パス」

「ほいほい」


 革をホシの頭へふわりと乗せると、彼女は気を悪くすることも無く素直に両手で受け止める。結構な大きさだから一人で二枚も持てないしな。助かる。


「あの……それ、私にも持たせて下さい」

「え? いいのか?」


 もう一枚を手に取ると、むしろそうさせて欲しいと言わんばかりに、隣のリリが両手を差し出して来た。わざわざ持ちたいなんて、どうやらこの革をいたく気に入ったようだ。

 革を手渡すとリリは大切そうに受け取り、にっこりと笑った。

 ま、喜んでるならいいか。


「そういやお前ぇ、この前買ったロングソードはどうした?」


 さて用事も済んだことだし店を出ようか。

 そう思っていたところ、不意に店主から声がかかった。


「ん? 何でだ?」

「いや……。ちょっと待ってろ」


 脈絡の無い話に要領を得ず首をかしげると、店主はそれだけ言い残して奥へと引っ込んで行く。

 暫し待つと、彼は一本の剣を手にこちらへと戻ってきた。そして俺へと真っ直ぐに歩いてくると、そのロングソードを差し出した。


「抜いてみろ」


 意図が分からず躊躇(ちゅうちょ)する。しかし彼の眼差しに促され、それを手に取って鞘から引き抜く。

 そのロングソードはまるで自分を主張するかのように、銀色の剣身をギラリと鈍く光らせた。


「こいつは……ミスリルか?」

「ほお、よく分かったな」


 手に吸い付くような独特の感触に唸ると、店主はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「そいつはなけなしのミスリルを全部使ったもんだ。大体純度は二割ってとこだな。……振ってみろ」


 あごで促され、よく分からないまま剣を振ってみる。以前この店で買ったロングソードと似た造りで、非常に扱いやすい。

 俺が剣を振るたびに、空気を切り裂くような音が店内に小気味よく響く。それに店主は満足そうに頷いた。


「ふぅん。確かにいい出来だな」

「そうか。ならそいつはお前にやる。持ってけ」

「――は?」


 突拍子も無い台詞に目が点になる。だが店主の表情は、ふざけている様子も無く真剣なものだった。


「俺は鍛冶屋だ。客に合わねぇ武器を渡すなんてのは沽券(こけん)に関わる。お前にはこの間の剣なんかより、そっちのほうが丁度良いはずだ」

「いや……待て待て。それにしても、やるって、タダでか? そいつは――」

「これは俺のプライドの問題だ。それを客に付き合わせるわけにはいかねぇ」


 彼は腕を組み、俺を射抜くように見つめている。その眼差しと感情から非常に強い意志を感じ、俺は、この話が拒否できないものだと悟ってしまった。


「……分かった。どうも俺用に調整もしてくれたようだし、これはありがたく受け取る。だが流石にタダじゃな……。普通に買ったら金貨20枚くらいするだろ、これ」

「にじゅっ……!? え!? そんなにっ!?」


 リリがその金額に目を丸くした。だが純度二十パーセントのミスリル合金であれば、これが妥当な価格だった。

 もし純ミスリル……純度百パーセントなんてことになれば金貨三桁の大台に乗る。それだけミスリル製の武具と言うのは価値があるものなのだ。


 ミスリルは非常に希少な金属で、鋼よりも固く強靭な特性を持つ他に、魔力に対する親和性を持ち、流し込まれた魔力に応じて更に強靭になるという類稀(たぐいまれ)な性質も持つ。

 それ故ミスリルを使った武具は、魔剣や魔鎧(まがい)などとも呼ばれることも多かった。


 ただミスリル製の武具と言うのは、ミスリルの複雑な特性上、使い手はもとより作り手も選ぶと言われている。

 その特性を十全に発揮するためには、加工に卓越した技術と熟練の感覚が不可欠。なので魔剣として完成している以上、純度二十パーセントと言っても、この剣も相当の業物になる。


 そんなものをタダで貰うわけにはいかない。俺が事情を説明するように店主を見つめると、彼は考え込むように瞑目して黙り込んだ。

 何か理由があるようだ。俺が彼に言葉をかけようか迷っていると、彼は再び目を開け……何かを決意したかのようにこちらを見据えた。


「お前ぇ達、このセントベルが魔族に侵略されたって話は知ってるな?」


 俺達は揃って頷く。この町に来てから何度も聞いた話だ。忘れようも無い。


「俺は魔族に侵略される前からここで商売をしていたんだ。……息子と二人でな」


 あの日のことは今も忘れられねぇ。そう前置きをしてから、彼は当時起きたことをとつとつと話し始める。その表情は非常に悲痛で、そして苦々しいものだった。


「魔族は何の前触れも無く、突然なだれ込んできてな。俺達が気づいたときには、町はもう、怒声や悲鳴が飛び交う有様だったんだ。逃げる間も無かった俺と息子は、この店の奥に隠れることにしたんだが、あっけなく見つかっちまってな……。死を覚悟したよ。間違いなく殺されると思った。息子もそう思ったんだろうな……。剣を手に、奴らに果敢にも向かって行ったんだ。俺は……そんな息子を見ていることしかできなかったんだ……。息子がやつらに殺される、その様をな……」


 彼は俯き、手を固く握り締める。ぶるぶると震えるその拳に、彼の怒りがどれ程深いかをたやすく理解することができた。

 彼の激情が≪感覚共有(センシズシェア)≫を介して俺へと流れ込み、俺もまた耐え難い怒りに顔をしかめた。


「あいつらは町の男という男を皆殺しにしやがった。だが……俺は生かされたんだ。何で俺が殺されなかったか分かるか? 奴らの武器を作るために、だ!」


 彼は顔を勢いよく上げると、悔しさを声色に滲ませてまくし立てた。


「俺は今まで人のために武器を作ってきたんだ。俺の作った武器が、人を、この町を魔物から守る……それが誇りだったんだ。それが……人を殺すために……息子を切り殺した奴らの為に、武器を作り続けたんだ。二年間もだ! 分かるか? 俺の気持ちが! 俺の剣が! 槍が! あのクソッタレ共に、人を殺すため振るわれたんだよ! 息子を殺した時と同じようになッ!」


 溜め込んだものを吐き出すように、彼は真情を吐露する。あまりの激情に息をつぐのを忘れたのか、店主は息を荒くして口を閉じてしまった。


 武器というものは彼の言うように、人を守るために使われるものだ。しかし場合によっては人間同士で殺し合いをするときに使うものでもあった。

 それが彼の言う、人を守るという意思の下振るわれるかといえば、状況によるとしか言いようがない。それは人間が人間である限り、回避しようがない事でもあった。


 だからその点に関しては、納得しているかどうかはともかく、彼が鍛冶屋である以上、折り合いをつけている部分のはずだ。

 だが。今回の魔族の場合とそれとは、全く事情が異なっていた。


 魔族はただの悪意によって人族に戦争を仕掛け、セントベルを滅ぼし、略奪し、虐殺し、蹂躙(じゅうりん)したのだ。

 そこには正しさなど欠片もなく、あるのはただの憎悪のみ。人間同士が領土や権利を奪い合い争うものとは、意味合いが全く違っていたのだ。


 選択肢が無かったとは言え、敵の片棒を担ぐことになった店主の気持ちは、察するに余りあるものだった。


「逃げるわけにはいかなかったんでしょうか?」

「はっ、逃げられねぇよ。あいつら、俺が作った武器を手に取るとな、すぐに抜いて俺に向けやがるんだよ。てめぇが逃げたらこれで町の人間をぶっ殺してやるってな。そんなもん……逃げられねぇだろ」

「生きている価値もない下衆ですわね」


 リリの問いかけに対し店主はぶっきらぼうに答える。確かにそんなことを言われたら、従うしかないだろう。

 その唾棄すべき行為を聞き、スティアが心底軽蔑するような冷淡な声を出す。そんな声を初めて聞いたからか、隣のリリがビクリと震えた。


「この町から逃げるときも、魔族の連中、散々世話になったくせにここに火を放って逃げやがってな。……もう疲れちまって、鍛冶屋なんて閉めようと思ったんだよ。同じ目にあった鍛冶屋連中の中には、もう心が折れちまって、閉めて町を出て行っちまったやつらも沢山いる。だが……軍の連中が鍛冶屋がこの町にいてくれると助かるなんて言うし、それに店も直して貰ったしな。惰性ではあったんだが返せる恩があるならと、俺は店を続けることにしたんだ」


 そこまで言われて思い出した。そう言えばセントベル奪還後に、この町のあちこちに火が放たれたと報告があって、俺の部下……元山賊仲間達が修理に動員されたことがあった。

 どこか見覚えがあるような気がしていたが、もしかしたらこの店も、俺の仲間達が修理した店だったのかもしれない。


「魔族を相手にしていたときは毎日死にたくなったもんだったが……。兵士相手に武器の手入れなんてやってるうちに、この店を潰すのも気が引けるようになってな。王国軍が引いていってからも結局、何となく続けていたんだ。だが――」


 そこまで言うと、店主ははぁと力なくため息をついた。


「今この町にいる衛兵や冒険者は、昔と比べて質が落ちちまった。それどころか、ヤクザ者が我が物顔で外を歩いているみたいじゃねぇか。馬鹿馬鹿しくなっちまって……もう潮時かと店を畳もうかと思っていたんだが……」


 店主はそこで一呼吸置くと、また俺を見据える。


「そんな時にお前ぇらが来やがったんだ」


 彼は嬉しそうに目を細め、穏やかに笑う。


「アクアサーペントの皮だの翼竜(ワイバーン)の革鎧だのは驚かされたが、精技(じんぎ)なんか見るのは懐かしくてな……。昔を思い出したよ。この町がまだ平和だった頃……俺が息子と一緒に鉄を打っていた頃を。ひよっ子の冒険者が一人前になってな、この町を出るなんてときには、いつも餞別にって武器を作ってやったもんさ。そいつらの顔を見るのが、俺は楽しみでなぁ……」


 彼は柔らかい笑顔をこちらに向けると、


「そいつらの笑顔を……人に武器を打ってやる喜びを、思い出させられたんだ。お前ぇ達に。そいつは鍛冶師として終わっちまったと思っていた俺の目を覚ましてくれた、その礼だ。遠慮なく受け取ってくれ」


  ありがとう、と。最後にそう付け加えて、彼は深く頭を下げた。

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