55.DIY
「カモン! ホシ!」
「あいあい!」
俺は勢いよく立ち上がり指をパチンと鳴らす。ホシも心得たもので、サッとそばに寄ってきた。
ノリがいいのはこちらも気分が良い。ニヤリと笑いかけると、ホシもニッと白い歯を見せた。
「ピンと来たッ! 行くぞッ!」
「思い立ったが祝日って奴だねッ!」
「それを言うなら吉日ですわ……」
「ちょっと違うがそれでも良しッ!」
「良いんですの!?」
スティアが口をはさむが、だが些細なことはどうでもいい!
優先すべきは行動だ。脳裏に閃いた輝きが失われないないうちに、動く事こそが肝要なのだ!
「まずは資材集めだ! 余分な木材を持ってそうな奴をしらみつぶしに当たるぞ!」
「おーっ!」
だが材料がなければ何もできない。まずは使えそうなものを集めるところからだ。
この町には復興のために派遣された大工がかなりいる。木材くらいならどこかで融通して貰えるかもしれない。早速動くとしよう。
と、その前にだ。シェルトさんにも聞いておこう。
「シェルトさん、配膳ワゴンっていりますか!?」
「えっ!? は、配膳ワゴン? ですか? え、ええ。あれば欲しいですけど……?」
「よっしゃ! まずはワゴン作って、それから戦車作るぞホシ!」
「おぉー! 戦車!? 面白そう! 作ろう作ろう!」
「ワゴンと戦車に一体どんな関係が!?」
俺の言葉に途端に目を輝かせるホシ。うむ! ロマンが分かる奴は話が早いな!
スティアの突っ込みは知らん!
「せ、戦車!? 何!? 何が起きようとしてるんです!?」
「細けぇこたぁいいんだよ!」
「いえ全然良くないですよ!?」
戦車と聞いて、リリは目を剥いて慌てている。
まったく、戦車の一つや二つで慌てるなんてまだまだ子供だなぁリリは。ハハハ!
「よし! それじゃ行くぞホシ!」
「おー! じゃんじゃん戦車作るぞー!」
「いやいや作っちゃダメですよ!?」
そんなリリの叫びを尻目に俺達は店から飛び出した。
ガタリと音を立て、リリも慌てて立ち上がる。だがそんな彼女の肩に、スティアがそっと手をかけているのが目の端に映った。
「ああなるともう止められませんの……」
「あぁぁぁ……」
何を言っているかまでは、すでに店内から消えている俺達には聞こえなかった。
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「風の精霊シルフよ! 我が呼び声に応じ、風の刃で切り裂き賜え! ”風の小刀”!」
魔法を唱えると、切れ味鋭い風の刃が人差し指から噴き出してくる。
そのまま指先を木材に引いた線に沿わせると、木くずを巻き上げながら木材が裁断されていく。カランと落ちた木材を見れば、綺麗な断面が姿を現した。
ノコギリでは鉋をかけないと、こう滑らかにはならない。これができると鉋掛けの手間が省けて非常に楽だ。
「相変わらず器用な使い方をなさいますわねぇ……」
俺のそばで見ていたスティアが感嘆を漏らす。
だが、そう言うスティアだって”風の障壁”を薄く使い、自分やホシに木くずがかからないようにしているだろう。
そっちの方が凄いと思う。どの口が言うのか。
まったく。俺なんて木くずまみれだぞ。
いや、そりゃあ”風の小刀”に干渉するから、こっちにかけるなって言ったのは俺だけどさ。
今使っている”風の小刀”は、風の基礎魔法だ。基本的に目の前のものを切るだけの簡単な魔法で、こういった精密な用途に向いてないのは確かだった。
実はこれも山賊時代に習得した技能である。
こういった大工仕事をよくしていたため、ごく自然に研鑽することになってしまったのだ。だがまあ意外と便利で、木工作業にはもってこいだ。
なお人を切れるような威力はないため、戦闘には何の役にも立たない。
大工だったり、散髪だったり……そういうのには役に立つ。
……俺はそんなんばっかりだな。
「あれ? そういや、リリはどうした?」
今更気づいたが、クルティーヌで何か騒いでいたリリの姿がない。
「何でもパン作りに興味があったとかで、クルティーヌに残りましたわ」
スティアに聞けば、そんな答えが返ってきた。
戦車の事が気になっていた様子だったのに、そっちはどうでも良くなったのだろうか。
「貴方様が作るものだから大丈夫だと伝えましたら、それもそうですね、と仰いまして。急速に興味が失われたようでしたわ」
なんだそりゃあ。ロマンより食い気ってか。
まあいい。今はこっちに集中しよう。
雑談を適当に切り上げ、裁断が終わった木材をホシへと手渡す。
「ホシ! そいつ面取りしといてくれ!」
「あいよ!」
「その後ワニス塗っといてくれ!」
「あいあい! そのハケ取って!」
「はいよ!」
威勢の良い声が周囲に響く。気分はもう大工の棟梁だ。
うるさいなどと咎める者もいないため、非常に作業がはかどった。
俺とホシは今、冒険者ギルドの裏手にある練習場で、配膳ワゴンの作成に取り掛かっていた。
さすがにこの作業は屋内ではできない。木くずが舞い上がるし、ワニスを使うため換気をしなければならないからだ。
ちなみに練習場を使用することに関しては、グッチのアホから快く許可が出た。
使う人間が誰もいないから問題ナシ! と胸を張っていたが、職員としてそれでいいのだろうか。
「車輪と車軸取ってくれ!」
「あいあい! これ乾燥させて!」
「水の精霊ウンディーネよ! 我が呼び声に応じ、清浄の渇きを与え賜え! ”乾燥”!」
「ありがとー!」
「あいよ!」
ホシも、山賊だった頃にこういった作業を散々やったため、手慣れたものだ。
ただホシの奴は細かい作業が苦手で、木材の裁断なんかさせると寸法がずれて大変なことになる。なのでホシにその手の作業は御法度だった。
ではホシが何をしているかと言えば、面取りやワニス塗り、仕上げだ。こればかりやらせていたせいか、こちらの作業は俺よりホシのほうが断然上手い。
なので今も俺からは特に注文を付けず、完全にお任せにしていた。
しかし昔は釘なんて買えなかったため組み立ては全部はめ込みだったが、今回は釘が使えるから楽ちんだ。文明の利器とはよく言ったものだ。
「二回目塗った! もっかい”乾燥”して!」
「水の精霊ウンディーネよ! 我が呼び声に応じ、清浄の渇きを与え賜え! ”乾燥”!」
「おぉーっ。このパーツおーわりっ!」
「ならこっちも面取りしてくれ!」
「あいあい!」
「貴方様? 今”乾燥”と”風の小刀”、同時に使っていませんでした? ……貴方様? ちょっと、貴方様?」
久々の大工仕事は意外と楽しく、体が自然と動く。途中でスティアが何か言っていたような気がするが、気付いた時にはもう、一台のワゴンが組み上がり終わっていた。
急拵えであるため簡単なものだが、二段式のワゴンで、手元のロックを外して持ち手を回すと後輪も回転する代物だ。
魔法陣も仕込んであるため、それなりには使えるだろう。
「後は、と」
「えーちゃん、まだ何かするの?」
「まあ見てろ」
俺はまた”風の小刀”を詠唱すると、ワゴンの横に”クルティーヌ”とロゴを刻んだ。
「おーっ! これクルティーヌって書いてあるの!?」
ホシは勉強嫌いで文字の読み書きができないが、流石にこれは分かったようだ。
「そうだ。急いで作りすぎたせいでデザインがちょっと無骨だったからな。このワゴンもちゃんとした奴を買うまでの間に合わせになるだろうが、このくらい洒落こいたところがあっても良いだろ」
ぽんぽんとワゴンを叩く。先ほど出来上がり具合も確かめたが、一応使う分には何の問題も無いものに仕上がっている。
ワゴンとしての機能は十分だろう。正式なものが来るまでは存分に使い倒して欲しい。
「でもワニス塗る前にして欲しかった……」
すんません。ごもっともでございます。
だって今思いついたんだもん。
さて、ホシが筆でロゴ部分に綺麗にワニスを塗り、俺が”乾燥”で乾かしていく。
これで配膳ワゴンは完成だ。
「じゃあこれユーリちゃんに渡してくる!」
ホシは完成したワゴンに小躍りして喜んだ後、持って行こうと早速その持ち手をつかんだ。
「あ、おい! ここから転がして行くなよ! 道がガタガタだから車輪が逝っちまうぞ!」
せっかく滑らかにした車輪を凸凹にされたらたまらない。
いや、あの石畳だ。下手をすると車軸も壊れてしまいかねない。作ったばかりなのだから気をつけてくれ。
「おー、そっか。分かった!」
ホシは感心したような声を出すと、何の躊躇いも無く、ひょいとワゴンを頭上に持ち上げる。そして、まるで風のようにその場から走って行った。
どこかでこけたりしないといいが。ホシは不気味なほど丈夫だから心配していないが、せっかく作ったワゴンが壊れないか非常に心配だ。
「流石に仕事が早いですわね。あの出来栄えなら普通に使えますわよ」
「そうかぁ? 素人の作った物だぞ?」
「あれは素人の作品じゃありませんわ……」
お世辞でも嬉しいが、所詮突貫で作ったものだ。
ため息混じりにそんなことを言われても、大層なものじゃないのには違いない。後でちゃんとしたものを買って、交換したほうがいいだろう。
「ところで貴方様。その……作ろうとしていらっしゃる戦車って、どう言ったものですの? 以前王都にいた際に研究されていたという、アレでしょうか?」
「基本的にはそうだが、あんな大袈裟なものじゃあないな。どこかと戦争をするわけでもないし……。第一ここじゃまともな設備も資材も無いから、大掛かりなのはそもそも無理だ。……そうだ。スティアもちょっと相談にのってくれるか? これから作るのはな――」
どんな物を作るのか気になっている様子のスティアに戦車のコンセプトを説明する。すると彼女も興味をそそられたようで、色々と意見を言ってくれた。
やっぱり魔法を熟知している人間がいると色々と案が出てきて楽しいな。この調子だと面白いものができそうだ。
”風の刃”は盗賊とつながっているとスティアは言っていた。
連中のことはスティアが率先して調べてくれてはいる。しかし連中も馬鹿ではないらしく、詳しいことはまだ分かっていなかった。
盗賊、と一口に言っても、小悪党から大盗賊団までその練度や規模はまちまちだ。場合によっては下手な騎士団より力がある場合もある。
何にしても、決して油断をして良い相手ではなかった。
数は力に直結する。そしてこちらはリリを含めても五人しかいないのだ。
やりあうにしても、まずはその盗賊団とやらの情報を集める必要があるだろうと俺は考えていた。情報もまた力なり、だ。
ただ、だからと言って情報が得られるまで呆けていればいいというわけでもない。
もし盗賊と事を構えることになれば、集団戦は必至。最悪乱戦になる可能性がある。だからその対策を何か講じなければいけない。そう思っていたところだったのだ。
そんな時に思い出したこの魔導戦車。これが丁度良く、その都合に合いそうだった。
しかも趣味と実益を兼ねている作業だ。熱が入らないわけがない。
そうしてスティアと話をしながら構想を練っていると、少し離れたところから元気な声が聞こえてくる。
何かと思えば、先ほど出て行ったホシがリリも引き連れてこちらへ戻ってきた。
「えーちゃんこれ!」
「ん? なんだこれ」
「ゆーりちゃんのお母さんが食べてくれだって!」
ホシがリリの持っている小さなバスケットを指差した。もしかして配膳ワゴンのお礼か。
しまった、逆に気を使わせてしまっただろうか?
「新しいパン作ってみたから感想聞かせてくれ、だって!」
違った。ただの試食だったみたいだ。いや、礼を兼ねているのだろうけども。
まあシェルトさんもそう思ってのことだろう。そんな付き合い方のほうが気楽で良い。
ニッと白い歯を見せるホシの顔は、太陽の光に照らされて仄かに赤く染まっている。はっと空を見上げれば、確かに日が大分傾いてしまっていた。
もうそんな時間だったのか。スティアとの議論に熱が入ってしまって、昼食も食べてなかったことに今更ながら気づいた。
「カーテニアさん、これ何ですか?」
思わずスティアと顔を見合わせていると、リリが俺にバスケットを押し付けながら聞いてくる。リリの視線は足元に転がっている木片を捉えていた。
「え? ああ、魔法陣の下書きだよ。これから戦車のパーツにする予定の奴だ」
「魔法陣!?」
答えを返せば、リリはずいと身を乗り出してくる。
どうやら興味があるらく、彼女は途端に目を輝かせ始めた。
「さっきの配膳ワゴンにも”浄化”の魔法陣がありましたよね!? シェルトさん、飛び上がりそうなほどびっくりしてましたよ!」
興奮気味にまくし立てるリリ。確かに彼女の言う通り、便利だと思って二段になっている台それぞれの裏に”浄化”の魔法陣を仕込んでおいたのだ。喜んでもらえて良かった。
しかしどうも話を聞いていると、リリはどうやら魔法陣に非常に興味津々の様子。なんだかいつもよりテンションが高いし、高揚感もひしひしと伝わってくる。
ふむ。彼女も魔術師だし、何より水魔法に精通しているというのが非常に良い。是非ここは忌憚の無い意見を伺うべく巻き込――いや、相談にのって貰おうかな。うん。
ただ、朝食べてから何も口にしていないため、流石に腹が減った。折角だからパンを食べながら話すとしよう。
そう考えてバスケットを開く。すると、遠慮もなしに三本の手が伸びてきた。
「あ、このパン美味しい! ほんのり甘いパンですね! これなんでしょう!?」
「確か、おーみって言ってた!おいしい!」
「へぇ、芋。確かに野菜にしては甘みがありますけれど、パンにも使えるとはなかなか面白いですわね」
パンにかじりついた三人娘は、わいわいと明るい声を上げ始めた。
女三人寄ればとも言うが、三者三様にさも美味しそうにパンを頬張っている姿は姦しいというより微笑ましい。皆、頬が緩みに緩んでいる。
……いや、悔しくなんか無いぞ。パンに負けるか。俺だってリリの興味をちゃんと引けるんだから! ふん! 見てなさいよ!
急に置いてけぼりを食らった俺は、悔し紛れに残ったパンにかじりつく。
その味は、俺の悔しさなど吹き飛ぶくらい美味かった。
その後、俺達は四人で円陣を組み、パンが美味しかっただの魔法陣がどうなってるだの、あっちこっちに話を飛ばしながら雑談に花を咲かせた。
だが時間が経つのはあっという間で。
しまいにはもう遅い時間だからと、グッチに練習場を追い出されてしまうこととなった。不覚だ。