54.インスピレーション
「ほれっ、出来たぞ」
「わーい! ありがとー!」
ボロボロだった豚さんのがま口を、ちょいちょいと繕ってからホシに手渡す。すると、そわそわしながら待っていたホシから大きな歓声が上がった。
がま口を両手で受け取ったホシは出来栄えを確認していたが、剣と盾を手に持った騎士姿の豚さんに満足したらしい。
「ゆーりちゃんに見せてくる!」
そう言い残し、こちらが止める間もなく、バタバタと部屋から走って出て行ってしまった。
今朝の話になるが、クルティーヌで朝食をとるかと話をしていたところ、ホシが「お金あるもんねー」とがま口を取り出し、自慢気に見せてきたのだ。
それはいいが、しかし改めてよく見るとがま口は相当のボロボロ。細かい穴があちこちに開いている有様だった。
流石に酷すぎて、新しいのに変えるかと溢すと、それを聞きとがめたホシが嫌だと大騒ぎを始めてしまい、結局出かける前だったと言うのに針仕事をする羽目になってしまったのだ。
「カーテニアさんって裁縫も出来るんですね」
「昔は良くやったからなぁ。あの悪戯坊主、しょっちゅう服を破いてなぁ」
何が楽しいのかずっと俺の手元を見ていたリリが、はぁと感心した声を出す。
昔を思い出しながら呆れたように笑うと、スティアもホシが野山を駆け回っている様子をたやすく想像できたのか、可笑しそうにクスクスと笑った。
山賊をやっていた頃は服なんて貴重だったため、開いた穴を繕うなんていうのは日常茶飯事だった。このくらいお手の物だ。
俺は手を伸ばしてきたシャドウに裁縫道具を手渡すと、凝った首をほぐすようにぐるりと回した。
二度目の薬草採集を行ってから、今日でもう五日が経っていた。
どうやら”風の刃”の連中は、俺達を尾行することにしたらしい。三日前にも三度目の薬草採集のため森に入ったが、その日も後をつけられることになった。
ただ、それも俺達が森に入る間のみ。町では尾行をつけなかった。
連中の目的が何かは知らないが、厄介ごとは御免である。リリだけは尾行のことを気づいていなかったが、休暇という形で上手く誤魔化して、それ以降は森へと入るのは止めていた。
幸い薬草採集で稼いだ収入は大きく、多少休んだところで大した痛手ではない。それにイーリャからも、暫く薬草は必要ないと言われている。
なので、まずは世話になっていたクルティーヌから拠点を移すことにしたのだ。
このままクルティーヌに世話になっていると、俺達の関係者としてシェルトさんやユーリちゃんにも目を付けられる危険性がある。それだけは何があろうと、絶対に避けなければならなかったからだ。
(バドがいてくれてよかった。守ることにおいては、あいつ程頼りになる奴はいないからな。本当に助かった)
クルティーヌの守りはバドに頼んできた。幸いにも、バドはこの町に来てから俺達と殆ど共に行動していない。連中に面が割れておらず、クルティーヌを守るにはうってつけだったのだ。
まったく、今回はいい結果で良かったが、人生とは何がどう転ぶか分からないのものだ。
さて。そうして拠点を移すことは決まったが、では何処に移ろうか――というところで実に都合良く利用できるようになったのが、今俺達がいるギルドの宿舎だった。
これはランクC以上であれば受けることができる、ギルドの支援制度の一環だ。そう、いつの間にか俺達のパーティランクがCにまで上がっていたのだ。
パーティ単位で受けることになるが、有料ではあるものの比較的安く宿泊できる。なので渡りに船と飛びついたというわけだ。
そこでリリにも声をかけてみると、彼女からも迷うこともなく是非にと良い返事があった。なので彼女も一緒にこちらへ移ることになり、今こうしてギルドの宿舎に全員で寝泊まりしているのである。
まあそれについては、実は個人的には少し抵抗もあった。
流石にリリとは知り合ったばかりであり、おっさんとは言え俺は男。だからリリが泊まりたいと言うなら、俺だけはどこかの宿にでも移ろうかと思っていた。
思っていたのだ。一応。
しかしリリに逆に押し留められた上、凄く良い笑顔で、
「信頼してますので!」
と言われてしまった。自分が言い出したことを逆に言われるとぐうの音も出ない。
ささやかな抵抗として、年頃の娘があまりにも無防備だろうと説教臭いことも言ってしまったのだが、それでも彼女は折れなかった。
こういった自分の考えを一切曲げようとしないところは、流石龍人族と言ったところか。変なところで感心してしまうほど頑固だった。
「貴方様、そろそろ参りませんか?」
「もうアンソニーさん行っちゃいましたもんね。私達も行きましょう」
あんまりホシが駄々をこねて騒いだものだから、クルティーヌへ行こうとしていたところだったのをすっかり忘れていた。
急かされるようにして俺も彼女達にならい席を立つ。そしてホシを追うように、連れ立ってその部屋を後にした。
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「あら? なんだか人が多いですわね?」
クルティーヌの近くまで来た俺達の目に映ったのは、閑古鳥の鳴くパン屋ではなかった。
昨日まで人が殆どいなかったにも関わらず、今日はぽつぽつと人が出入りしている。客層は冒険者っぽい男と身奇麗にした女の二極化しているように見えた。
「貴方様?」
「痛いから止めろ」
誰も見とれてねぇから、尻をつねるな。
「あ! えーちゃん達が来た!」
入り口からユーリちゃんと一緒にホシがぴょこりと顔を出す。俺達の姿を確認した二人は、一緒にちょこちょこと走り寄って来た。
「おはようございます! えーちゃんさん、すーちゃんさん、り、りりちんさん」
ユーリちゃんは元気に挨拶するが、まだリリには慣れていないようで、それも尻すぼみになってしまう。
リリもそれに気づいているためだろう、優しく微笑み、小さく手を振って挨拶を返していた。
「また朝食を貰おうと思って来たんだが……なんか混んでるな。大丈夫?」
「あっ、うん! 大丈夫。今来ているお客さん達はパンを買いに来てるだけだから」
なるほど、朝食目的ではないんだな。なら安心だ。
ユーリちゃんの先導でクルティーヌへと入ると、三人程の客が、店の一角に並べられているパンの前でうろうろしているのが見えた。
それを横目にテーブルへと着くと、シェルトさんがパタパタと傍へと寄って来る。
「皆さん、おはようございます! 朝食ですか?」
彼女の満面の笑みにこちらもつられて笑顔になってしまった。こうまで機嫌がいいのは間違いなく、店が繁盛の兆しを見せたからだろう。
俺もちょっとだけだが関わっただけに、シェルトさんの気持ちはよく分かった。
ちなみにシェルトさんには、リリがいる時に俺達の名前を呼ばないようにお願いしている。絶対変な顔をするだろうと思ったのだが、意外にも理由も聞かずに快諾してくれたのは逆にこちらが驚いてしまった。
バドが協力しているとは言え、俺自身はこの町に来てからシェルトさんに世話になりっぱなしだ。こりゃ頭が上がらんな。
「四人分お願いします。それはそうと、なんだか随分人が来ましたね」
「そうなんですよ! どうもイーリャさんから冒険者の方に広まったみたいで!」
当初、イーリャは俺達に持って来させていたが、今はもう自分でここに来てパンを買うようになっている。なのでシェルトさんとは既に顔見知りだ。
どうやら無事に餌付け――いや、リピーターになったようだ。何時までも俺達がサービスで持って行ってやるわけにも行かないからな。そのくらいは自分でやって欲しい。
しかしなるほど、それで理由の予想がついた。物臭なイーリャはカウンターで食事をしていたから、傷薬を買いに来た冒険者にそれを見られることもあったはずだ。で、そこから人伝で広がったのではなかろうか。
でだ。冒険者と一見関わりのなさそうな見眼麗しい女達は何かと言えば、まあ普通に考えて夜の客商売をしている人達だな。彼女達も冒険者から話が伝わったのだろう。
「ああ、甘いものがあると聞いて来てくれたみたいです。皆さんリンゴのパンを喜んで買って行ってくれましたよ」
「あれは美味しかったですからね。納得ですわ」
「そうですよね! 甘くてとっても美味しかったです!」
「それは良かったです! ユーリももう喜んで。……あ、もちろん私もですけどね」
砂糖なんてなかなかの貴重品だ。買おうとすると金が簡単に飛んでしまう。
だがバドに聞いた話では、リンゴを煮込むと甘さが際立つため、砂糖なしでも十分甘くなるようなのだ。
安い単価で甘味が楽しめるというのだから、女性陣が喜ぶのも理解できようというものだ。やっぱり甘い物は女にとっては何よりも勝るんだろうな。
いや、俺も甘いものは嫌いじゃないし、あれが美味かったというのには異論を挟むつもりはない。ただ歳を重ねるにつれて、徐々に腹が出てきてしまったんだよなぁ。
肉、酒、運動不足の中年太り三英傑には注意しているのだ。そこに甘いものとくるとダメージが大きすぎる。悲しい。誰か助けてくれ。
「おーい、こっちに来てくれ!」
「あ、はーい! すみません今行きます!」
女性陣が会話に花を咲かせていると、シェルトさんが冒険者風のお客さんに呼ばれてしまった。
どうやら接客の邪魔をしてしまったらしい。スティアとリリが顔を見合わせて苦笑いをしていた。
「でも良かったですわね、人が入るようになって」
「ああ、本当にな」
「この店のパンは本当に美味しいですからね」
これ以上邪魔をしても悪いし、俺達は歓談しながら注文が来るのを待つことにした。
俺達がこの店にいる間にもちらほら客が出入りし、シェルトさんは忙しなさそうにしながらも嬉しそうな表情で接客をこなしていく。
そんな彼女の様子を見てか、ユーリちゃんも嬉しそうにホシと一緒にはしゃいでいた。
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その後、俺達が朝食を食べ終わるまでに客が捌けたようで、店内が静かになったのを見計らいシェルトさんがテーブルの傍まで近づいてきた。
顔を見ると少し疲れた様子にも見えたが、それ以上に込み上げる嬉しさをかみ締めているような、そんな表情をしていた。
「お疲れ様でした、シェルトさん」
「いえ、こんなにお客さんが来るなんて夢のようです。本当に、皆さんのおかげです。なんとお礼を言ったらいいのか……」
「それならバドに言ってやってください。喜ぶと思いますよ。表情は変わらないと思いますけどね」
「ふふっ。そうですね」
シェルトさんもバドの扱いには慣れたようだ。最初はダークエルフだったり、怒っていると思ったりして警戒していたのにな。
やっぱり人種の溝なんてものは、深く関わりさえすれば実際は大したことないんだよ。問題はその機会が非常に少ないってことなんだが。
リリやスティアももっと人目を気にしないで暮らせればいいんだがなぁ。そんなことを思っていると、奥の部屋からバドがゆっくりと現れた。
俺が手を上げると彼も手を上げて応える。いつもながらの端整な顔に、似合わないマッスルボディとエプロンが逆の意味でよく映えている。
「バドお疲れ。今日は随分売れたみたいだな」
俺の言葉にバドもこくりと首を縦に振る。基本的に彼は客の前には出ないようにしているようで、今まで全く姿を見せなかった。
せっかく人が入り始めたのだから、人種がどうとかつまらない話でその流れを止めたくないという彼の気遣いも分かる。ただやっぱり俺としては面白くない話だ。料理が好きなだけの気の良いマッスルなんだがなぁ。
「まだリンゴのパンはありますか? あったら欲しいんですけど……」
「えーっと、あと三つありますよ。いくついりますか?」
「じゃあ全部下さいっ!」
まだ残っていると聞いて目を輝かせるリリ。言うとへそを曲げそうだから言わないが、彼女はかなりの健啖家だ。いつも俺の倍は食べてる気がする。
言われたシェルトさんも、えっという顔を一瞬したが、すぐに笑顔を見せ、お待ちくださいと席を外した。
しかし今日の様子を見ていると、これからクルティーヌは大変になりそうだ。
「今朝焼いたパンはもう殆ど無くなってしまったので、これからまた焼かないといけませんね。間に合うかしら……?」
リリに頼まれたパンを持ってきながら、シェルトさんも不安そうに誰ともなしにつぶやいている。皆がそちらを一斉に向くと、視線が集まったのに気づいてシェルトさんが少し慌てた。
「あ、いえっ。ここで食事もできるのか聞いてきた方もいましたし、今朝の様子を見ると、もしかしたら昼も結構お客さんがいらっしゃるかもしれません」
「あー……」
確かに朝だけで殆どパンが売れてしまっているようだ。今まで客が俺達だけだったこともあり、量を控えめにしていたからそれは仕方が無いが、昼もあのペースだったらすぐに売切れてしまうだろう。
シェルトさんの言葉を聞いて、バドがすぐに踵を返して奥へと引っ込んで行った。
「お母さん! 私も手伝うよ! 大丈夫!」
「うーん、そうねぇ……。ユーリに頼めるとすると、配膳くらいかしら? でも大丈夫?」
「うん! 任せて!」
ユーリちゃんは両手を握ってやる気十分だが、シェルトさんは不安そうだ。
確かに手でトレイを持って、混雑した中を行くことを考えると不安が残る。
配膳用のワゴンでもあれば違うんだろうがなあ。そう頭を過った考えに、俺が適当に作ってやろうか、と新たな考えが続く。
昔は山賊仲間で集まって家も建てたくらいだ。簡単な作りであれば、配膳ワゴンくらいなら俺一人でもすぐできる。
ちなみに、なんで山賊が家なんて建てるんだって疑問には、そりゃ山賊のアジトに大工呼んで「家建てて下さい!」なんて言っても「あいよっ!」と返してもらえるわけが無いと答えよう。
アジトに衛兵を呼ばれて一斉に捕縛されるのがオチだ。そんなもんは自分達で何とかするしかないのだ。
そういうわけで、ワゴンの一台や二台くらいはどうという事も無い。
ホシもいるわけだし、二人でやれば資材の入手具合次第ではあるが、今日明日にはできるだろう。
と、ここまで考えたところで、何か引っかかるものを感じた俺は腕を組む。
「配膳ワゴンか。ふーむ……」
「貴方様?」
スティアが顔を覗き込んできたが、それに構わず当時の構想を思い出すために瞑目する。
ワゴンで思い出したが。軍にいた頃、俺は魔導戦車の研究をしていたのだ。
ここで言う魔導戦車とは、複数人の魔術師を馬車に乗せた魔砲戦車のことではない。魔法陣を使った全く別のものだ。
魔法陣は、魔法が使えない人間でも、魔力を消費すれば魔法を放てるのが特徴だ。
なら魔法陣を組み込んだ戦車――魔導戦車を量産できれば、魔術師団の代わりを果たす部隊が手軽に編成できるのではないか。そう考えたのだ。
馬に引かせたり、人に引かせたり、軽量化した手押し車的なものや空を飛ぶもの――流石にこれは遊び過ぎだったが――などなど、実現可能な範囲で構想した様々な魔導戦車。
それらを取り入れた戦術について、俺は幾度と無く献策してはみた。
だが結局、様々な問題――魔力タンクの役割をする大量の魔石が必要ということや、魔法陣の素材にミスリルが必要など――を論われ、けんもほろろに棄却されるばかりだった。
まったくロマンの分からない連中だった。自腹でこっそり作っていた一台も押収されてしまったしな。
魔法陣に興味を持ち、俺と一緒に研究をしていたエルフやダークエルフの連中も、「役人の糞爺ィ共め!」と地団太を踏んで大層憤慨していたっけか。
たまたま遊びに来ていたククウルの奴が、
「あんたらの方がジジババちゃうんか?」
とつぶやいてしまったせいで、実験のおもちゃ――もとい協力者にされ、最終的に「鳥人バンザーイ!」と大空で爆散したのはいい思い出だ。
何でそうなったかの経緯は忘れた。
だんだん関係の無い方向に思考が逸れてしまったが、ともかくだ。
軍では実用には至らなかったが、今の俺達には丁度いいかもしれない。
ふむ。
当時研究していた頃は、よくこんな感覚が頭に走ったものだ。
久々にピンと来たぞ。