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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第二章 再興の町と空色の少女
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53.漂い始めた暗雲

 翌日、シェルトさんからはイーリャへ渡す二食分の食事を。バドからは昼食用のバスケットをそれぞれ受け取ると、俺達は朝早くにクルティーヌを出発した。


 シェルトさんはパンが売れたことを非常に喜んでくれて、サービスだと言って新作のパンも無料でつけていた。

 煮詰めたリンゴ(エルッパ)を使ったパンらしく、今朝俺達も試食という名目でご馳走になったのだが、口の中でリンゴ(エルッパ)の酸味と仄かな甘さが生かされた非常に美味いパンだった。

 手がかかっているだけに、単価がちと高いのが難点か。一個小銅貨7枚(なり)


 さて。イーリャに食事を手渡し、小躍りする彼女から食事代――手間賃はサービスで無料だ――を徴収してからギルドに向かった俺達は、先に待っていたリリと合流し、丁度良い依頼が無いか確認するため二手に分かれた。


 しかし掲示板を眺めて見ても、これといった依頼が全くない。このギルドに閑古鳥が鳴く理由を再確認しただけに終わった。


「やっぱり薬草の採集にするか」

「そうですわね。討伐依頼も同時にこなせますし、一石二鳥ですわ」


 結局そういう運びになる。

 リリとホシも異論はないようで、明るく返事を返した。


「はい! それでは行きましょう!」

「行こう行こう!」

「久々に腕が鳴りますな! ノホホホ!」

「ちょっと待てや!」


 だが早速トラブル発生。いつの間にか加わっていた不審人物の襟首を持ち上げる。

 しれっと紛れ込んでんじゃねぇよ。


「どっから湧きやがったテメェ」

「ノホホ! 流石にばれますかな」

「分からねぇわけがねぇだろ!」


 グッチは悪びれもせずにノホホと笑うと、ぴょいと俺から距離を取り、崩れた服装をさっと直した。


「例のチサ村の件に進展がありましてな。ここでお話させて頂いても?」


 なるほどその件か。用向きは分かったが、普通に声をかけて来れないのかコイツは。

 顎で言えと示せば、奴はノホンと咳払いをした。一々腹立たしい奴だ。


 実は昨日ギルドに立ち寄った時グッチから、チサ村の捜索依頼の進捗について、俺は説明を受けていたのだ。


 結論から言うとだ。冒険者ギルドは、魔族がいたかどうかは分からないが、しかし俺が持ち込んだ石器などから、”人里に下りられない何者か”が潜伏していた可能性があると判断したらしい。

 またアクアサーペントの件もあって、危険性があると見なし、ギルドから調査依頼を出すことに決定したそうだ。

 つまり、俺が報酬を出す必要もなくなったわけだ。喜ばしいことだ。


 なお、やはりアクアサーペントの舌は鑑定不能だったそうだ。その存在の証左となったのは、俺達が持ち込んだぶつぎりの方だったらしい。

 舌の存在意義はまるでなく、ギルドには破棄をお願いした。


「えー、実は昨日のうちに受けて下さったパーティがありましてな。すでに明朝、チサ村へ向けて出発致しましたな」

「おおっ」


 早速依頼を受けてくれた冒険者達がいたらしい。これでチサ村の村長たちも安心できることだろう。


「受けたパーティは、カーテニア様もご存じ、アダンさんも所属するランクCパーティですな」


 アダンというと、ギルドで絡んできたあの冒険者だな。まあ実際会った印象からは、問題なさそうだと思う。


「ちなみにパーティ名は”砂上の楼閣(ろうかく)”ですな」

「そのパーティで大丈夫か!?」

「大丈夫、問題ないですな!」


 だがパーティ名が不安しかない。今すぐにでも瓦解しそうなんだが大丈夫か?


「ノホホ……。あえてすぐ解散しそうなパーティ名にしたほうが長く続くことも多いのです。ゲン担ぎですから、安心しても大丈夫ですな」


 何故その名前にと、そのパーティメンバーの頭を疑ったが、その実意外と考えられているらしい。

 グッチの説明に納得する。名前に反して優秀なパーティなのかもしれない。


「まあ皆さん、響きが格好いい! と言って決めておりましたけど! ノッホッホー!」

「上げてから落とすな! もう向こうに行ってろっ!」


 俺の抱いた安心を無遠慮に蹴り飛ばした奴は、へにょへにょと変な動きでカウンターまで帰って行った。ちくしょうめが。


「貴方様、ランクCパーティなら大丈夫でしょう。伊達にそこまでのランクになっていないでしょうし」

「そ、そうですよ! チサ村の方も喜んでくれるはずです!」


 俺の様子を見かねてスティアとリリが言葉をかけてくる。まあランクCパーティと言うならランクD以上の冒険者が揃っているのだろうし、普通に考えればスティアの言うように大丈夫なんだろうが。

 あいつは一々どうしてこう人の不安を煽るようなことを言うのだろうか。


「ねー、えーちゃん早く行こうよ!」


 俺達がその場で騒いでいると、少し離れたところからホシの声が聞こえた。声のする方を向くと、ホシの奴がギルドの入り口で不満そうな顔をしているのが見えた。

 昨日単独行動には気をつけろと言ったのにもうこれだよ。仕方のない奴だ。


 俺達を急かすようにぴょこぴょこと跳ねるホシ。あんなに騒いでいたら嫌でも目立つだろうが。

 もう少し言い聞かせる必要がありそうだと痛む頭を押さえながら、俺達はギルドを後にした。



 ------------------



 時刻はもう夜。あと一、二時間で日が変わるというそんな時間に、一人の男がゆっくりと洞窟の中を進んでいる。

 人間一人がやっと通れるかと言うほどの、閉塞感のある狭い洞穴。当然光など届くはずもない。

 そんな中を、その男は足元を確かめるようにランタンで照らしながら、奥へと歩みを進めていた。


 男が歩みを進めるごとに、その首にかけられた赤銅色のドッグタグが小さく揺れ、ランタンの光りを反射して煌めく。

 くたびれた革鎧に腰に吊るした剣。目深に被ったフードでその表情は分からないものの、その出で立ちは彼が冒険者であることを明確に示していた。


 男は無言で暗闇を掻き分けるように進んで行く。少し歩き、目前に赤く染まる場所を見つけた男はランタンを握りなおすと、気の進まなさからのろのろと遅かった歩調を速め、その場所へと急いだ。

 その赤い色は、壁にかけられた松明の光だった。それが目視で理解できる距離となると、次第に視界も開けて行く。

 男が足を止めると、その先は今までの細い通路とは打って変わって、比較的大きな空間が広がっていた。


「お疲れ様です、(かしら)


 立ち止まった男に声がかかる。彼が声のしたほうへ目を向けると、こちらもまた冒険者風の男が二人、彼を見据えていた。

 男はフードを上げ顔を見せると、男達へ声をかける。


「ボスは?」

「奥におりやす。(かしら)を待ってましたぜ」

「分かった」


 ランタンの明かりを消しながら必要最低限の会話だけを済ませると、(かしら)と呼ばれた男は更に奥へと向かった。

 

 その空間を過ぎて更に奥に進むと、また徐々に狭く細い通路になって行く。しかし先ほどまでの様相とは異なり、壁に点々と明かりが灯され洞窟内を仄かに照らしていた。

 洞窟に灯された明かりは道が複雑に分かれていることも示していたが、男は全く迷うことなく一つの通路へと足を進める。


 そして行き止まりとなった空間で、男は足を止めると姿勢を正した。

 彼の目の前には一脚の椅子と、それに座る男の姿があった。


「ボス、戻りました」


 椅子に座って腕を(こまね)いていた男は、かけられた声に目を開けると、彼の顔をじろりと見やる。


「遅かったな、アドル。何かあったか」

「す、すいません。新入りがヘボやりやがって時間がかかりました」

 

 彼をアドルと呼んだ男は、その一言に面白くなさそうな顔を一瞬だけ見せたものの、顎で続けるように促した。


「薬草を持ち込んだのはランクG冒険者ってことでしたが、そんな奴らは見つかりませんでした」

「見つからねぇ?」

「はい。ただ、特徴が似ている連中がいたもんで、そいつらを張ってみました」

「どんな特徴だ?」

「最近この町に来たばかりの連中で、知っている奴が殆どいねぇってところです。あと、男一人で残りは女ってところも同じです」


 アドルが最後の特徴を告げると途端に男は面白くなさそうな顔をした。

 俗に言うハーレムパーティのようで気に入らなかったのかも知れない。男はそれを隠す気も無く大きく鼻で笑った。


「そいつらのランクは」

「ランクはドッグタグが赤銅だったんでE。パーティランクはDっつってました」

「……テメェはランクGパーティとランクDパーティの区別もつかねぇのか?」


 急に男が発した低い声にアドルの体がびくりと強張る。その眼光も彼を射抜くように鋭く、アドルは完全に気圧されてしまっていた。


 パーティランクというのは冒険者個人のランクと違い、昇格試験など、昇格するにあたって必要な条件などはなく、昇格点さえ基準に達すればランクアップするシステムとなっている。

 そしてギルド員しか知り得ないことであるが、パーティランクの昇格点は、パーティランクより高いランクの依頼を達成すると加点込みで高く付与される一方、同ランクの依頼は殆ど昇格点が付与されない。低いランクの依頼については、ほぼ評価なしである。


 つまるところ、護衛依頼が何件以上など、昇格する条件が設けられている個人のランクとは違い、パーティランクはパーティの実力を正確に示すことになる。

 極端な話ランクF冒険者であっても、所属しているパーティのランクがSなんてこともあり得ない話ではなかった。


 それだけに、パーティランクが一つ違うと言うのは、実力に隔たりがあることを示すバロメーターともなっていた。


 アドルが率いることになったパーティ”風の刃”はランクEパーティだ。ランクDパーティとではまともに相手にならないだろう。

 それは今日、そのパーティが森で戦闘する様子を見ていたアドル自身も良く分かったはずである。

 彼らのパーティではワイルドベア相手に真っ向勝負を挑むなど、自殺となんら変わらないのだから。


「い、いえ、それが……そいつらも薬草を採集してたんです」

「……ふん? それは確かか?」


 アドルがなんとか唾液を喉に押し込み、かすれた声で弁解すると、男も彼の言いたいことが分かったのか、一呼吸置いてからまた顎で彼を催促した。


「そいつらが森の奥まで入って薬草を採取しているのを、俺も尾行して確認しました。その後、別に張らせていた連中が例の店に入っていくのも確認してます」

「森の奥まで入ったのか? ……アーススパイダーはどうした」

「それが……どうやら奴らアーススパイダーの居場所が分かるみたいで。一匹残らず倒して進んでました」

「何だと? 詳しく教えろ」


 つまらなそうな表情から一転、目を開いて腰を浮かしかけた男。それを慌てて両手で制すると、アドルは少し言い難そうに答える。


「それはまだ……。男が指示をしたところに魔法使いの女が魔法で水をぶっ掛けて溺れさせて倒してたように見えました。ただ、男がどうやって見分けているのかまではさっぱりで」

「……随分優秀な斥候じゃねぇか」

「いえ、斥候役はもう一人の女がやってました。アーススパイダーの位置だけが男です」


 アドルの言葉に男は眉をひそめる。男がむっつりと黙るのを見てアドルも口をつぐんだため、暫くの間、部屋には火が爆ぜる音だけが響いていた。

 男は静かに目を閉じていたが、考えがまとまったらしい。組んでいた腕を解いて両膝に乗せ身を乗り出す。


「ワイルドベアはどうした?」

「一匹出てきましたが、難なく倒してました」

「余裕でか?」

「はい、かなり余裕があるように見えました。少なくとも誰も負傷してません」

「なるほどな。どうやって倒したかは後で聞かせろ」


 アドルの言葉に男は不敵に笑う。その笑みは楽しそうにも見えた。


「そいつらにはまだ手を出すな。まずはアーススパイダーの見分け方を盗め。あと、人質になりそうな奴がいないかも選別しておけよ」

「……そいつらも取り込む気で?」


 アドルは人質という言葉に思い出し質問を返す。今もこのアジトの牢には、薬草採集のために働かせている低ランク冒険者や、町人の人質達が数人捕らえられている。


 セントベル周辺の薬草を採集しつくせば人質を開放すると言う条件で働かせているが、恐らくこの目の前の男はそんなつもりも無いだろうとアドルは予想していた。

 何せここに元々いた盗賊達も、彼に反抗的な者はすでに売り払われた後なのだ。


 アドルがそんなことを考えているのを知ってか知らずか、目の前の男はニヤリと唇を歪ませ、彼を満足そうにじろりと見た。


「目障りな冒険者共はいいところ町から追っ払ったが、これから冒険者ギルドや残りの衛兵連中とやりあおうってんだ。邪魔な奴はいないほうが楽でいい」


 男はちらりと部屋の隅を見る。そこには大きな棚がいくつも並んでおり、薄い緑色の液体が入った瓶が、所狭しと並んでいた。


 この大量の薬は、彼らが手下などを使って集めさせた薬草から作ったものだ。

 これは冒険者という厄介者を町から追い出すための嫌がらせの成果だったが、薬草のまま放置していたのでは勿体ないと代官からうるさく言われ、仕方なしにと薬にしたものだった。


 薬草を薬にするには薬師が必要だ。その人物は代官から遣わされたが、代官との繋がりを知られたため、作業が終わったのちに捕え、つい二週間ほど前に奴隷商へ売り払ってしまっていた。


「ボス。そういえば昨日、薬師を売っぱらったことに代官がまた文句言ってましたぜ。取り分を増やせば水に流すとか図々しいことを言ってましたが……」

「面倒臭ぇな。構わねぇ。そうしてやれ」

「良いんですかい?」

「どうせ事が終われば始末する奴だ。今のうちに良い思いをさせてやれや」


 男は可笑しそうにくつくつと笑う。 


「馬鹿な代官はこっちの手の平の上だ。下準備はもう良いところ終わってる。だってのに、今更邪魔が入るのも面白くねぇ。すんなり取り込めりゃ良いが……それができねぇなら潰すまでよ」


 男は楽しそうに腰に吊るした剣の鞘を撫でる。


「この神剣、”風神の稲妻(フェーデルブリッツ)”と、風の勇者マリウスがな」


 どこか恍惚としたようにも見えるその表情に、アドルはこの男がたった一人でこのアジトに乗り込んできた日の事を思い出していた。

 自分達盗賊団が目の前の男一人に、なすすべも無く一掃されて行く光景。鮮烈に呼び起こされた悪夢は彼の肌を泡立たせる。


 焦点があっていないような、不気味な笑みを浮かべるマリウス。その様子にアドルの体はぶるりと大きく震えた。

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