52.嗅ぎ付けたもの
「てめぇがエイクだな?」
剣呑な雰囲気をまとい、七人の男達が俺達の前に立ちふさがった。スティアとリリを背中に隠すように立ちながら、俺は彼らと相対する。
何者かと注意深く目を走らせる。そこにいる連中は剣や短剣を腰に下げ、革鎧をまとうという、あの武具屋で見たような装備で固めている者ばかりだった。
(王都からの追っ手かと思ったが……)
思ったよりも実力の低い連中のようだった。実名を呼ばれたため警戒したが、この時点で俺の意識から、この連中が王国から差し向けられた追っ手だと言う可能性がほぼ消えた。
もし王国の手の者であるなら、もっと手練を差し向けてくるはずだからな。
いや、送ってくるだろう。と思う。たぶん……。
とするとだ。
(王国からの追っ手でなければこいつらは何だ? 俺の名前を知っていて、かつ俺達に絡むとすると――)
目の前の連中の問いには答えずに、その目的に考えを巡らせる。すると痺れを切らしてか、中央にいる男が一歩踏み出してきた。
「昨日薬草を大量に手に入れてきたらしいじゃねぇか。何処で採ってきたか俺達にも教えちゃくれねぇか? 最近は森の奥でしか薬草が採れなくなってなぁ、俺達も困ってんだ。冒険者同士、困ったときはお互い様だと思わねぇか? なあ、”エイク様親衛隊”よ?」
その男はニヤリと笑みを浮かべると、首にかけていた赤銅色のドッグタグを俺達に見せびらかすように掲げた。
「俺達はランクEパーティだ。お前らが森に入るってんなら守ってやってもいい。おっと、もちろん報酬は山分けでいいぜ。ランクGのお前達には悪い話じゃねぇと思うが……どうだ?」
その男の話す内容は確かにランクG冒険者にしてみれば助かる話だろう。しかし後ろの連中が漂わせる雰囲気からも、これがただの親切心でないことは火を見るよりも明らかだった。
どんな馬鹿でもこの話がいい話でないことは分かる。相手の感情が分かる俺にしてみれば尚更だった。
となるとこの連中の目的は予想がつく。どうやら典型的な乞食狙いのチンピラ崩れだったようだ。
少なくとも王国軍のようなヤバイ連中ではないようで、一先ずほっと息を吐いた。
しかし俺の経験上、こういう奴らは志が低いくせに、粘着質で性質が悪い場合が多い。
積極的に関わり合いになるのは、おいおい面倒事を引き寄せることになるだろう。それは俺達にとって望ましい事ではなかった。
俺はスティアが前に出ようとするのを手で制すと、一歩踏み出す。そして前に出てきた奴へ見せびらかすようにドッグタグを掲げた。
「あいにく人違いだ。俺はこの通りランクE。それに俺達のパーティはランクDだ。お引取り願おう」
俺の手にも奴と同じく、鮮やかに輝く赤銅色のドッグタグが握られている。それを見た男はわずかにだが顔を歪ませた。
俺と奴は同じランクEだが、決定的に違うところがある。それはパーティランクだ。
向こうはEだがこちらはD。パーティ単位で見ればこの開きは無視できないほど大きいはずだ。
俺達が奴らの言うように”エイク様親衛隊”であることは間違いないが、こんな手合いに馬鹿正直に説明してやる義理も無い。
それに後で俺達の正体がばれたとしても、こうして実力を分からせておけばもう絡まれることは無いだろう。
俺のドッグタグを見た奴らは、それはもう分かりやすいほどに動揺してくれた。思った通りの反応に、俺は内心ほくそ笑む。
だが一方で、先頭に出てきた男は鋭い視線で俺を見ていた。まるで品定めでもするような目で、だ。
俺はそれに、どこか嫌なにおいを感じた。長年無法者として生きてきた経験からくる直感が、敏感に何かを嗅ぎつけ、俺に警戒を促していた。
「邪魔したな」
だが、それも僅かの間。その男は軽く舌打ちをしながら一言、それだけ言うと、俺達に背中を向け引き下がる。去り際に、一人の男に拳骨を喰らわせながら。
きっとあの男が情報を集めたんだろうな。中途半端な仕事をするからだ。ご愁傷様。
男達はあっさりと退散して行く。その様子を見ていると、後ろからほぅと安堵のため息が聞こえた。振り返るとそこには、少し緊張したような面持ちのリリがいた。
どうにも不安そうな目をしているリリ。なので、俺はなんでもないと言うように肩をすくめて見せた。
「つまらない連中だったな。リリ、あんなのは気にするな」
「は、はい。でもなんだったんでしょうあの人達……?」
「大方、美味い汁を吸ってやろうとでも考えているのでしょうね。どうしようもない連中ですわ」
今一理解できていない様子のリリにスティアが簡単に説明すると、途端にリリは眉をひそめた。
「またちょっかいをかけてこないとも限らないから、気をつけるようにな」
「はい……。気をつけます」
素直に頷くリリの眉の間にはまだ皺が寄っている。そこまで気を張る必要も無いと苦笑したのだが、結局彼女のその皺は、その場で解散してもなお消えることが無かった。
「リリさん大丈夫でしょうか」
「問題ないだろ」
遠ざかり、すでに豆のように小さくなったリリの背中を見ながら、スティアが心配そうに呟く。
俺はそれに頷きながら、
「冒険者ギルドでの様子を見ても、リリが龍人族だって話は冒険者の間で相当広まっていると思う。龍人族の魔術師なんて襲うような奴らがいるんだとしたら、俺達とパーティを組む前に、リリはとっくに目をつけられてるよ」
と答えたが、しかしスティアの不安は払拭されなかったらしく、その表情が変わることはなかった。
スティアの気持ちは分からんでもない。リリにとってはこういった経験が初めてなんだろう。急に気を張り出した感がひしひしと伝わってきた。
ただこればっかりは、経験を積んで匙加減を理解するしかない。冒険者をしていくのであればこんな経験は今後もするだろうし、今は俺達もいるのだ。
ポジティブに、彼女にとっていい機会になったと思おう。
それよりも、と前置きすると、今はもう見えなくなったはずのリリの後姿を見つめていたスティアがこちらを向いた。
「ホシの方が心配だな。あいつ子供にしか見えないし、いらんちょっかいを出されるかもしれん」
「あっ、ホシさん……っ! そ、そうですわね! 早く戻りましょう!」
俺の言葉にスティアが焦り始める。彼女は俺の手を引くと急ぎ足でクルティーヌへと歩き出した。
「もしそんなことになっていたら大変ですわ!」
慌てた様子で俺の前を行くスティア。急ぎ足で歩いていた足が徐々に速さを増して行く。
「お、おいっ。落ち着けスティア」
「落ち着いていられませんわ! もし、もしホシさんの身に何かあったら……!」
俺の手を握る手に力がこもる。器用なもので、スピードを徐々に上げつつもスティアはくわっ! とこちらへ顔を向けた。
「この町が大変なことになりますわ!」
だろうな。急ぎ足は歩く速度を超え、既に走り始めていた。
「ああ……! ホシさん。どうか、相手に手心を加えて下さいまし……!」
スティアがしているのは勿論ホシの心配ではない。もしホシが一人で戦い始めたら……。ちょっと俺も想像したくはなかった。
あいつは作戦が立てられていたり、誰かの指揮があったりすれば、ちゃんとそれに沿って戦えはする。
だが一人で行動するとなると理性より本能が勝るのか、ノリで戦ってしまう悪癖があった。
家の壁ぶち破るなんてのは日常茶飯事で、王都で魔族の工作員を追い詰めたときなんか、興奮しすぎて家を三軒全損させたこともある。
建てたばかりの家を倒壊させられた家主達は泣き喚くし、その家を建てた大工の棟梁には相当嫌味を言われてしまうしで、もう平謝りで散々だった。
勿論謝罪はした。俺が。
ホシ? あいつは逃げた。ちくしょう。
「家の倒壊くらいで済めばいいけどな。ははは」
「貴方様!? 不吉なことを言わないでくださいまし!?」
俺の冗談に青い顔をして返すスティア。途端に俺の体がぐんと引っ張られる。
「おっ、おい! ちょっと待てって!」
「ホシさーんっ! 早まっては駄目ですわーっ!」
いつの間にか全速力で走り出したスティアに引きずられる様に、俺はクルティーヌへの帰路に着いたのだった。
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「よし……」
アーススパイダーの毒腺を指で搾り、どろりと少し粘りのある毒液を器へとゆっくり垂らしていく。毒腺からにじみ出た毒液は、手にはめた革手袋を濡らしながら下に滑り、器の中に溜まっていく。
毒腺をしごき、液を最後まで絞り出す。器に溜まった赤紫色の毒液に、手に入れた七匹分の毒液の、最後の一滴がぽとりと落ちた。
あの後クルティーヌに駆け込むように入った俺達を出迎えたのは、またもやガッカリした様子のユーリちゃんと、息が上がっている俺達を不思議そうに見ているホシの二人だった。
結局スティアが心配していたようなことは何も無かったらしく、俺達の様子にぽかんとしていたホシだったが、一応事情を説明して注意するよう促すと、興味が無さそうながらもちゃんと頷いていた。
治安が悪くなったという話はギルドでも聞いたが、その影響で冒険者もガラの悪い奴らが集まったのだろうか。
ギルドの規約集には、冒険者同士の諍いは、犯罪や住民などの迷惑行為に及ばない限り介入しないと書いてあった。今回のケースも恐らく該当しないのだろう。
奴らの様子を見るとそこまで気にする必要もなさそうではあったが、しかし何故だが嫌なものを感じた俺は、その日のうちにギルドに立ち寄り、アーススパイダーの毒腺を回収してきた。
そして今、万が一に備えて役に立ちそうな道具を作ろうと、こうしてどかりと床に胡坐を組み、こんな夜間にランプの明かりを頼りに地味な作業をしていたのであった。
赤紫に染まった革手袋に”浄化”をかけてから、器の毒液を別に用意しておいた数個の小瓶へと、小さな漏斗を使ってとろりと流し込んでいく。
鮮やかな赤紫色の毒液が瓶いっぱいに入ったのを覗いて確かめると、口にコルクで栓をしてから、漏れないように封をした。
万が一にでも漏れ出たりしたら大変であるし、更に今は他人の家に寝泊まりさせて貰っている身分なのだ。これには細心の注意を払う。
そうして出来上がった複数の毒瓶を一瓶残して布でくるむと、布を敷いておいた小さな木箱へと静かに置く。最後に箱の鍵を閉め、さらに縄で縛って不意に空かないよう厳重に保管した。
「後は、と……」
呟きながら革手袋を外し、今度は懐からメモ帳を取り出しながら魔導ペンを握る。
作業はここからが重要なところだ。メモ帳から一枚羊皮紙を切り取ると、俺はそれにペンを走らせた。
これは、羊皮紙に魔法陣を書き込む作業だ。魔法陣とはつまり、魔力さえあれば魔法を発動することができる、魔法の発動体、と言えば良いだろうか。
詠唱せずとも魔法を発動できるため、様々なところに利用されている魔法陣。
だが実際のところは、便利さに皆が飛びつくようなものではない。むしろ不便さが致命的過ぎて、不人気な分野の一つだった。
詳細は省くが、魔法陣は使い捨ての側面が非常に強いものなのだ。せっかく苦労して作ったのに、それが使い捨て。何ともやる気を削ぐ理由だろう。
それに、魔法陣は精霊文字で描かなければ効果を発揮しない。これがまた面倒くさいのだ。
精霊文字と言うものは、今現在全く解明されていない文字だ。つまり俺達にとっては、理解不能な記号そのもの。それを一つ一つ正確に覚えなければならないのだ。
はね、とめ、はらい。全てを正確にだ。面倒くささ大爆発である。短気な奴にはとてもじゃないがお勧めできない。
だが俺は、その面倒くさい魔法陣というものに、わずかな可能性を見出していた。
俺はペンを走らせ、羊皮紙にさらさらとミニサイズの魔法陣を書き込んでいく。十数分かけて完成したそれに”乾燥”をかけてインクを乾燥させると、それに手の平を当て、少し多めに魔力を送りながら羊皮紙に定着させた。
今回作る魔法陣は水の下位魔法である”惑いの霧”である。魔力の消費は微々たるものだ。
定着が終わった魔法陣の様子を見るため”惑いの霧”と唱えると、白い霧がもやもやと目の前で発生し、その成功を教えてくれた。
定着は魔法陣を魔法陣として機能させる最終作業だ。これをしなければ、せっかく丁寧に書いた魔法陣も、悪戯書きと変わらない。
魔法陣に魔力を注ぎ、魔法陣として安定させる。成功すれば魔法陣の完成だが、失敗すると魔法陣は精霊の悪戯か、損傷して駄目になってしまうこともある。
つまり目の前の魔法陣はちゃんと成功したというわけだ。
魔法陣も完成し、これで必要な材料が一組揃った。しかしこの作成は集中しないといけないせいで中々に疲れてしまう。
問題なく完成したことに目頭を揉みながら一息ついていると、外からドアをノックする音が聞こえた。
「スティアか。どうぞ」
俺が声をかけると、ドアの向こうから想像通りの人物がゆっくりとドアを開けて入ってくる。
後ろ手に閉めるドアからは、不自然なほどに音が聞こえなかった。これは完全に職業病だろう。
「貴方様、宜しいですか?」
「ああ」
俺の返事に、スティアは足音を立てず近づいてきて、当然のように俺のすぐ隣に腰を下ろした。
「これは何です?」
「アーススパイダーの毒さ。危ないから触るなよ」
一応毒が周囲に飛ばないように注意を払っているが、自分の不注意で仲間が死んだなんてことになったら悔やんでも悔やみきれない。
真剣な口調で注意を促すと、スティアは素直に頷いた。
「それで、どうだった?」
「はい。昼にわたくし達に絡んできたのは、恐らく”風の刃”と呼ばれるパーティかと。どうもあまり良い噂が聞こえてこない連中ですわね」
「どうせ昼と似たようなことをやらかしてるんだろ?」
「それは仰る通りなのですが……。どうやらそれだけではない様なのです」
急にスティアが声を落とした。
「どうやら犯罪行為にも関わっている様子ですわ」
「……それはどんな?」
「まだ確証が持てる段階ではありませんが、この町にいる盗賊と繋がっているとか」
「はぁ……なるほどねぇ」
つまり、同業者だったわけだ。これが俺に危機感を抱かせた理由か。あそこで喧嘩を吹っ掛けなくて正解だったようだ。
軽くため息を吐きつつスティアを見る。しかし彼女はまだ、険しい表情を崩していなかった。
「それともう一つ。これはまだ確証はないのですが――」
彼女は俺の耳に手を当てて耳打ちをする。その内容に俺は目を丸くした。
「……代官が?」
俺の復唱に、スティアはこくりと頷いた。