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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第二章 再興の町と空色の少女
53/388

51.薬草の不足

「それじゃ四枚預かるぜ。なめしを終わらせた後に状態を見てからローブを作るかどうか相談させてくれや。そうだな……。普通なら半月以上は取るんだが、今はどこも仕事がねぇだろうから、一週間でできんだろ。一週間後にまた来い。問題なきゃローブのほうはそっから五日で仕立ててやる。なめしに皮一枚で銀貨3枚、ローブの加工は一着銀貨1枚だ。普通は前金を取るんだが……今回はいらねぇか」

「いいのか?」

「ああ、後でまとめて払ってもらえばそれで構わねぇ」

「分かりましたわ」


 悩んだが、ホシの分の仕立てはやっぱり止めることにした。

 あいつは嫌だと言いだすと絶対に着ない困ったちゃんだ。こんな高価なものを無駄にできるほど、今の俺達の懐事情は豊かなじゃい。

 当初の予定通り、俺とスティアの二人分だけを仕立ててもらうことにした。


 ……あれ? そういえば、俺のローブを作るとは聞いていたが、スティアの分も頼むんだったか?

 そんな話だったかと考えていると、店主がニヤニヤとこちらへと視線を向けてきた。


「しかしまあ金貨2枚相当のローブとは豪勢なこった。しかもペアルッ――もがががっ!?」

「しーっ! しーっ!」


 急にカウンターに乗り上げ店主に襲い掛かったスティア。

 いきなり何してんだこの馬鹿。


「ちょっと貴方! デリカシーが足りないですわよ!?」

「で、でりかしー? な、なんだか知らねぇが悪かったっ。もう言わねぇよ!」

「頼みますわよ!」


 俺にカウンターから引っぺがされたスティアはまだぷりぷり怒っていたが、何がなにやらさっぱりだ。


「こんな仕事久しぶりだぜ。期待しておきな!」

「本当に頼みますわよ!」


 結局何だか良く分からないまま、俺はスティアに背中を押されて店を出ることになった。


「あの嬢ちゃんの目、何処かで……。いや、そういや――」


 店主がなにやら呟いたような気がしたが、スティアが閉まらなくなってしまった扉を無理やりバタンと閉めたせいで、良く聞き取れずじまいだった。



 ------------------



「一週間後が楽しみですわ~!」


 店を出ると、もう昼に差し掛かろうと言う時間だった。デザインがどうとかなどスティアがやけにこだわり、時間がかかったのだ。

 だがその甲斐あってか、スティアは今にもスキップでもしそうなほどご機嫌だ。そんなにアクアサーペントの皮でローブが作りたかったのだろうかと苦笑が漏れた。


 随分高くついてしまったという思いはないでもない。ただ、満面の笑顔で隣を歩いているスティアを見て、俺はもう気にしないことにした。

 無駄な出費になるわけでもなし、値段相応の機能を持つローブなら役に立つのは間違いないのだ。


「あら、あれはリリさんじゃありません?」


 一人納得していると、急にスティアが声を上げる。彼女が向いている方向を見ると、何処にでもあるような灰色のローブを着ている人が目の前を歩いているのが見えた。

 背丈は確かにリリと同じくらいに見えるが、その人物は後姿のうえローブを着ているため、リリの特徴が全く見て取れない。あれが本当にリリなのか、俺には判断がつかなかった。


「あれ、本当にリリか?」

「間違いありませんわ!」


 俺の疑問にスティアは自信満々ににっこりと微笑む。

 もう一度その人物に視線を移すと、きょろきょろと周囲を見渡しながら大通りを歩いていて、何かを探しているように見えた。


「もしかして、あの盗られたって言う杖でも探してるのか?」

「そう言えばそんなこと仰ってましたわね」


 確か、水鏡乃杖(みずかがみのつえ)? だったかを探しているようなことを言っていたな。

 うーん……。一人で探すのも大変だろうし、もし協力して欲しいとなればそれも(やぶさ)かではない。だが俺は、リリがそれを望むだろうかと頭を悩ませた。


 俺が知る限り、龍人族というのは単一人種で長いこと暮らしていたせいか、意識がかなり閉鎖的だ。

 最初の頃、アゼルノや白龍族達も、王国軍との協力体制に賛成してはいたものの、人族との合同作戦にはかなり拒否的だったのを思い出す。


 リリにはそういった強硬な姿勢は見られないが、その杖が青龍族の至宝ということであれば、こちらが協力を申し出てもあまりいい顔をしない可能性がある。

 こちらからその話題に触れるのはいかがなものだろうか。


「あんまり踏み込むのも気を悪くするかな……。どうする? 声かけてみるか?」

「なら早速行きましょう! リリさーん!」


 相談しようと声をかけてみると、スティアは俺の心配など気にした様子もなく、俺の手を引っ張りながら声を上げてしまった。

 人通りの殆どない大通りに声が良く通り、その人物がこちらへ振り返る。フードから覗くその顔は、スティアの言う通り本当にリリだった。


「ウィンディアさん! カーテニアさん!」

「後姿が見えましたので声をかけましたのよ」

「それは偶然ですね! お二人で何処かに行かれていたんですか?」

「ちょっと武具屋に。ね、貴方様?」

「あ、ああ」


 俺の心配をよそにぺちゃくちゃと喋り始めた二人。こうなったらもう気にしても仕方が無いか。あまり深く考えないことにし、俺も会話に混ざることにした。


「リリさんはどちらへ行くところでしたの?」

「ちょっと、イーリャさんのお店に行こうと思いまして」

「イーリャの? 傷薬でもいるのか?」

「いえ、昨日薬草をお渡ししましたから、様子を見て来ようかと思いまして」

「様子……。ああ、暫く寝れないとか言ってたもんな」

「え? あっ、そう言えばそんなこと言っていましたね」

 

 ああ、そこは違うのね。なら一体リリは何を気にしていたのだろうか。


「薬草が少なくなっていたら、また採って来たほうがいいかと思いまして」

「それで様子を?」

「はい。イーリャさんはいつでも良いと言ってましたけど、もしかしたらもう品薄になってるかもしれないじゃないですか。だから、どんな様子か見ておいた方が良いかな、と。あれだけイーリャさん喜んでましたから、個人的に気になったというのもありますけどね」


 そう言ってリリは照れくさそうに笑った。

 まあ確かに、この町で傷薬を売り出したとして、どれだけのスピードで買われていくのかは俺達には分からない。

 もしかしたら明日にでも薬草がなくなる、なんて状況になっているかもしれなかった。


 こうしてリリに会ったことだし、ついでに一緒に行ってみるか。


「そう言う事なら俺たちも一緒に行こうか。用事も終わったし、これから戻るだけだったからな」

「そうですわね。皆で行ったほうが、何かあれば相談もできますし」

「本当ですか! なら行きましょう!」


 俺達の言葉にぱっと笑顔になるリリ。意見は満場一致となり、俺達はそのまま三人で連れ立って、イーリャの店へと足を運ぶことになった。



 ------------------



 俺達がイーリャの店に入ると、また客の来訪を告げるベルが明るく鳴り、俺達を快く歓迎してくれる。しかし――


「いらっしゃい……」


 俺達の目に飛び込んできたのは、カウンターへ上半身を投げ出し、力が入らないような様子でぐったりしているイーリャの姿だった。


「ど、どうした!?」

「何かあったんですの!?」


 俺達は慌ててカウンターへ駆け寄る。すると、彼女の体がピクリと動いた。


「だいじょぶ、だいじょぶ。寝ないで薬を調合してたらちょっとダウンしちゃったみたいで……。今まであんまり食べてなかったから、体力が落ちたのかなぁ……」


 それを聞いた俺達は揃って脱力した。イーリャ……生きとったんかワレ。

 そう言えば俺達がこの店に初めて来たときに、一日一食でジリ貧生活してたって言ってたな、この子。

 店主をしているくらいだから薬師としての能力はあるのは間違いないのだろうが、しかしこの様子では自活能力が限りなく乏しいように見える。


 顔を上げて力なく苦笑いを浮かべるイーリャに対して、俺達は安堵からか呆れからか、揃ってため息をついた。


「昨日から何も食べて無くって……。おなかすいた……」


 駄目だこいつ……。

 小声でオーリに確認すると、パンとスープがまだいくらかあるようだったので、仕方なしにシャドウからパンとスープを出してもらった。

 出されたそれを後ろ手に受け取る。するとパンは汚れないように布でくるまれ、スープは既に木の器の中に入っており、匙もついていた。

 シャドウって人間でもないのに気遣いが凄いできるんだよなぁ。実に不思議だ。


「パンとスープなら残り物があるけど、食べるか?」

「くれるの!?」


 イーリャは一も二も無く飛びつき、まさに貪り食うと表現してもいいような勢いでガツガツと食べ始めた。

 その様子にスティアとリリも若干引いている。呆れてものも言えないとはこのことだ。


「美味しい! これ何処のパン!? また持ってきて!」

「俺達はパン屋じゃないんだが」

「ならまた指名依頼で出します! 小銅貨1枚で!」

「子供の小遣いか! 誰も受けねぇよそんなもん!」


 せっかく用意したと言うのに、匙も使わず水のようにスープを飲み込んでいるイーリャ。若い子が本当にこんなんでいいのだろうか。


「貴方、もうちょっと落ち着いて食べなさいな」

「凄い食べっぷりですね……」


 スティアとリリも呆れて言葉がない様子。そんな俺達をよそに、渡したパン二つとスープを全てかっくらうと、イーリャは小さくゲップをかました。

 汚ねぇなおい。おじさん心配だよ。


「もうちょっと欲しいな」

「ただ飯食らって第一声がそれかい」

「あはは……。あっ、ありがとうございます」


 言われて初めて気づいた様子で、彼女はぺこりと軽く頭を下げた。


「それで、今日は皆さんどうかしたんですか?」

「薬草の様子を聞きに来たんですよ。それなのに店に入ったら突っ伏しているんですから、びっくりしました」

「あー、それはどうもお騒がせしました」

「まったくだ。自己管理くらいしっかりしろよ」

「あはは……耳の痛いことです」


 そう軽く笑いながら言うと、決まりが悪かったのかイーリャは話をすぐに戻した。


「薬草のストックはまだありますが、明日か明後日にはまた追加が欲しいですね。この店に傷薬を置き始めたのをどこから聞きつけたのか、冒険者の方がもう何人か来て買って行きましたし」


 まだ昨日の事なのに耳が早いですよね、とイーリャが感心したように言う。

 彼女の後ろにある棚へと視線を向かわせると、何も無かった棚にいくらかの瓶が置いてあった。

 俺の視線を見て、朝にはもっとあったのだと、イーリャは聞いてもいないのに補足する。たぶん作った傷薬の半分かそれ以上が、今日中にもう売れてしまった感じなんだろう。


「そこまで急ぐ理由もないと思いますが? 別に切らしていても問題ないのでしょう?」


 スティアが聞くと、うーんと唸りながらイーリャが思案顔をし始める。


「実は最近薬草の採集があまり上手く行っていないようなんです。それでどこの商店もすぐ売り切れになってしまうらしくって。だからうちで揃えられるなら揃えておいたほうがいいかな、と思ってるんですよ。幸い皆さんが沢山採って来てくれたのでまだ作れますしね。……あー、白状しちゃいますが。実はそういう事情もあって、一度にあれほど採って来て貰えるとは全然思ってなかったんです。なんで、昨日は本当に驚いたんですよ」


 なるほど、だからイーリャはあんなに驚いたのか。驚いたというよりも狂喜乱舞していたというほうが正しい表現の気もするが。

 彼女の言葉を聞いて、リリも納得がいったという顔をして頷く。


「そう言えば森の奥に行くまで殆どありませんでしたね」

「あ、そうなんですか? それでかぁ~……。うーん。手前の方は取り切っちゃったんですかねぇ?」


 イーリャは不思議そうに首をかしげる。だがその話を聞いて、俺は別の疑問が沸いてきた。

 そんなに傷薬が不足しているなら、他の町から取り寄せるとか、そういうことはできないのだろうか。


 だがこれにイーリャは首を振った。


「どうも代官様の意向だそうなんです。復興が忙しいのに傷薬になんて構っていられるかー! って。まあ、言ってることは分かるんですけど……。でもそのせいでこの町の冒険者は余計に減っちゃって。魔物退治に必須の傷薬がないんじゃ戦えないって……。皆困ってるんですよねぇ」


 復興を優先したいというのは分かる。しかし冒険者を町から減らすことが今、町の治安を悪くしてもいることにもつながっていると、ギルドでアダンは言っていた。これを代官は何とも思っていないのだろうか。


「というか、皆さんは森の奥まで入ったんですか? アーススパイダーがいたと思うんですけど」


 そんな俺の頭の中のことなど知らず、イーリャが話を変えてくる。


「まぁぽつぽついたな。倒せるからそこまで気にしなかったが」

「えぇ!? 凄いですね!? というか今気づいたんですけど皆さんランク上がってません? それランクEですよね?」


 俺達のドッグタグを見て、イーリャがカウンターに両手を着いて身を乗り出してきた。


 そう。武具屋に向かう道すがら、俺とスティアはもう新しいものと交換を済ませていて、ドッグタグは今までの鉄製のものから赤銅色に輝くものに変わっていたのだ。

 冒険者証も前までのおざなりな物でなく、ランクDパーティを示す黄銅色のカードケースに変わっている。


「ああ、なんだか倒した魔物を持ち帰ったら、勝手にランクが上がったんだ」

「勝手にって! あははは! でも凄いっ! アーススパイダーを簡単に倒せる冒険者って今いないって聞いてますよ!」


 俺の言い草がイーリャにはツボだったようで、笑いながら教えてくれた。

 今このセントベルにいる冒険者には、アーススパイダーがいるかどうかを見分けられるレベルの者がいないとか。


 なるほどと俺は頷く。だから薬草の自生している場所がアーススパイダーの生息域と被っていたんだな。

 と言うことは、次に薬草を採集するときもまた森の奥まで行かないと駄目だということになるか。


「まあ状況は分かった。それじゃ明日にでもまた採集することにするか?」

「貴方様。明日、他に良い依頼が無ければでいいんじゃないでしょうか?」

「あー、それもそうか。採集は明後日でもいいんだもんな。リリはどう思う?」

「はい。私もウィンディアさんの言う通りでいいと思います」


 よし、なら明日の予定はこれでほぼ決まりかな。と、俺達が相談している横でイーリャが期待に満ちた目をしてこちらを見ているのに気づいた。

 何かと思えばまたパンを持ってきて貰いたいとのこと。次は金取るぞと言ったらどうやらそれでもお願いしたいそうだ。家事をするのが面倒らしい。家事力ゼロだな。


 呆れつつもシェルトさんも売れるとなれば喜ぶだろうと思い、勝手ながら了承した。そっちは後で伝えておけば問題ないだろう。


 ここでの用も済んだ俺達はイーリャに別れを告げると店を出る。外に出るともう昼を過ぎてしまったらしく、太陽が空に高く輝いていた。


「さて、俺達はこの辺りで帰るか?」

「そうですわね。リリさんはこの後のご予定は?」

「あ、すみません。私、これからちょっと行きたいところがあるんです」


 ならここでお別れだな。

 腹も減ったしクルティーヌへ戻ろうと、リリに別れを告げようとしたときだった。


「てめぇがエイクだな?」


 冒険者風の男達が数人、俺達の前に立ちはだかったのだ。

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