49.歓迎会
「おーい! こっちこっち!」
日が暮れて間もなく、周囲はまだ薄明るい。しかしもう数十分もすれば、すっかり暗くなるだろう。
大通りにぽつぽつとたてられた街灯は既に町を照らし始めている。ポールの歪んだ街灯が仄かな明かりを放つ姿は、どこかもの悲しさを感じるものだった。
だが、そんな寂寥感もなんのその。
大通りは仕事帰りのむさい男達でがやがやと賑わっている。そして俺はそんなおっさんの群れと一体になって歩いていた。
スティア達を探していると、少し前にブンブンと大きく手を振っているホシと、手を上げているスティアが目に入り、駆け足で近寄る。
こうむさい男達の中に女三人でいるため、彼女達の姿は非常に目立っていた。
「悪い悪い、待ったか?」
「いえ、今来たところですわ」
いや、それは絶対違うだろう。俺はスティアの隣にいたリリにも一声かけるが、彼女も大丈夫ですよと首を振った。
彼女達と別行動をしていたのは、そう特別な理由があったわけではない。
冒険者ギルドを出た後、スティア達に店を選ぶよう頼み、俺は一人でクルティーヌへと戻ったからだ。
俺達は今厄介になっている身。予定が変わったのであれば事情を説明して然るべきだろう。
クルティーヌの状況はどうだったかと言えば、一言で言うと、好転なしだった。
シェルトさんとユーリちゃんは期待していただけに肩を落としていたが、これは仕方がないだろう。宣伝なりして、客を呼び込まないと駄目だろうという話をすると、ユーリちゃんがやる気十分で鼻息を荒くしていた。
ちなみに売れなかった残ったパンとスープについてはありがたく買わせて貰った。
パン三十個とスープ鍋ごとで、占めて小銅貨200枚。銅貨10枚でのお買い上げだ。
これは魔族達の夕食と朝食にしてもらうのに丁度良かったのだ。
シェルトさん達も残ったパンを夕食に食べるらしかったが、それ以外の残りものを全部売って貰えて非常に助かった。
そうして話を済ませて来たのだが、歓迎会をやるという話を出すと、ユーリちゃんが私も行きたいと言い出してしまい、宥めるのに少し時間がかかってしまったのだ。
ユーリちゃんに偽名の事を頼んでも無理だろうし、酒も入るだろうから面倒も見れない。シェルトさんも明日の準備があるため行けないしで、連れていくわけにいかなかった。
何より今は治安が悪い。夜に子供を連れだすのは憚られた。
結局頬を膨らませるユーリちゃんを苦笑するシェルトさんに任せ出てきたが、そんなことで、スティア達を探しに出るのが少し遅れてしまったのだ。
「この店に入るのか?」
「ええ、聞いた話では美味しい店らしいですわよ」
「入ろう入ろう!」
合流した場所の傍に構えている店があったため聞くと、そうだと答えが返ってくる。こういう調査はスティアがお手のものなので、美味しいというのは期待できるはずだ。
人族嫌いのスティアには悪いことをしたが、歓迎会と聞き興奮したホシが、リリの手を引いてさっさと行ってしまったのが全て悪いのだ。
さすがに保護者なしに野放しにはできないから、仕方がない。
今もまたリリの手を引いて一番に入っていくホシ。スティアに目を向けると、軽く笑いながら肩をすくめていた。
俺達が続いて店に入ると、その中はもう男達でごった返し、かなりの賑わいを見せていた。店の中を見回すと、あまり席が空いていないように見えるが、大丈夫だろうか?
「いらっしゃい! 四名様!?」
入り口で突っ立っていると店員が奥から大声で聞いてくる。俺も、四人だと手を上げながら大声で答えると、店員は空いている場所を指で教えてくれた。
男達と店の奥で見えなかったがそちらへ向かうと、確かにそこには四人がけのテーブルが一つ空いていた。
「丁度良かったな」
「そうですね」
俺達が適当にそこへ座ると、すぐに店員がこちらへとやってくる。四人分のエールとお勧めの料理を聞いて幾つか――そう、野菜の少なそうな奴をとりあえず頼むと、彼女は快活な返事をして奥へと引っ込んで行った。
「さて、ここは俺達が出すから、リリは気にしないで好きなもの食べてくれ」
「そうそう、遠慮はなしですわ」
「……はい! ありがとうございます!」
実はここに来る前に、冒険者ギルドでアクアサーペントの清算を行っていたのだが、どうも骨と血が売れるらしく、締めて銀貨36枚と小銀貨9枚にもなったのだ。師団長当時の俺の、月収9か月分越えだ。
肉と皮はこちらに貰ったが、それでもこの値段だ。四人で分けても金貨に届きそうな値段に驚いてしまった。
だがこれで懐事情は大分改善した。リリにおごるくらいはどうということは無いのだ。
すぐに運ばれてきたエールがドンドンと目の前に置かれていく。ホシの目の前に置くのを少し躊躇していた店員だったが、俺が頷くと不思議そうな顔をして置いて去っていった。まあ気持ちは分かる。
早速目の前のジョッキに手をかけ軽く掲げてみせると、他の三人もそれに倣ってジョッキに手をかける。
「それでは、新しい仲間に出会えたことを祝して――」
『乾杯!』
「か、乾杯!」
カンッ! と小気味いい音を立て、木製のジョッキが歓迎会の開始を告げた。
「んぐ、んぐ、んぐ、んぐ………!」
「おい、アンソニー飛ばしすぎだぞ」
「プッハーッ! おいしいっ!」
まるで仕事帰りのおっさんのように一気飲みをすると、ホシは空のジョッキをドン! とテーブルに叩きつけるように置いた。
「うめぇっ! ゲフッ!」とか言い始めたらもう完全におっさんだな。今はかろうじて踏みとどまっている感じだ。
「うぅ……。苦い……」
一方、リリは一口ごくりと飲むと顔をしかめてしまった。
「もしかしてリリ、飲めなかったか?」
「いえ、二回目です。でも、すみません。やっぱり私、これ苦手です……」
申し訳なさそうな顔をするリリ。だがそれも束の間、その目の前を小さな手が横切る。
「じゃああたしに頂戴!」
あっという間にリリのエールをぱっと取ると、グビグビ飲み干して空にしてしまった。
これにはリリも驚き目を丸くする。
「俺も聞くべきだったな、すまん。リリも好きなもの頼んでくれ。ああ、こいつはいつもアホみたいに飲むから気にしないでくれ」
「は、はぁ……」
「リリさん、料理の内容が分からなければ聞いてくださいな」
リリににこりとスティアが笑いかける。そうか、思えばリリは龍人族だった。
つまり人族の食事を良く知らないということだ。迂闊だったな。
「えーちゃん、エール頂戴!」
「ああもう……好きにしろ」
「やったー!」
我慢できず俺のエールにも手を伸ばすホシ。本当に自由だなコイツは。
ホシはまた一気に煽るとあっという間に空にしてしまった。ジョッキをドンと置くと、満足そうに白い歯を見せた。
ホシはこのなりだが、実は滅茶苦茶飲む。ザルという奴だ。
放っておくとずっと飲み続けるため、誰かが見ていないと大変なことになるので注意が必要だ。財布の中身的な意味で。
「おやいい飲みっぷりだねお嬢ちゃん! はいお待ち! エールも追加でどうだい!?」
店員は機嫌良さそうに料理をテーブルにドンドンと乗せていく。目の前には肉多めの料理がずらりと並んだ。
すると途端にリリの目がキラキラと輝く。こっちのチョイスは外さなかったようで、少しほっとした。
店員にそれぞれまた色々と頼むと、「はいよっ!」と景気の良い返事が返ってきた。
目の前の料理からは非常にいい匂いが漂ってくる。俺の腹も美味そうな匂いに我慢ができなくなったようだ。
昼間の疲れもあってか、俺達は吸い寄せられるように料理へと手を伸ばしていった。
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「そういえばリリさん、何故お一人でこんなところに?」
あれからもう一時間くらい経っただろうか。歓迎会も大分盛り上がり、俺達が王都から来たとかどうとかそんな話をしていたら、スティアがそんなことを聞き出した。
ちなみにホシは「ニャハハハハ!」とか言ってずっと笑っている。完全に酔っ払いのそれだ。
「え?」
「確かに俺も気になってたんだ。その……リリは龍人族だろ? それが一人で、っていうのは、何か理由がありそうだってな」
「もちろん言えない話なら言う必要ありませんわよ? ちょっと気になっただけですから」
にこりと花が咲くような笑みを見せるスティア。
酒が入っているせいか少し色っぽいのが気になってしまい、そっと視線を外した。ちょいと酔いが回ったか。
「あの、私からもお聞きしていいですか?」
「はい?」
「皆さん、白龍族に知り合いがいると仰ってましたよね。白龍族の知り合いって……王都の、ですか?」
あ、これ墓穴を掘ったかもしれない。もしかして王都にいる誰かの知り合いだろうか。
思わずスティアと一瞬だけ視線がかち合う。するとそれを察してか、リリがあわあわと目の前で両手を振った。
「あっ、いえ。私、その、白龍族の代表に会いに来たんです。同じ龍人族のよしみで。今回の戦争に貢献したと聞いたので、青龍族の代表としてご挨拶しようかと思いまして」
あ、なんだそう言うことか。なら誰かの知り合いと言うことではないんだな。
一先ず安心し、目の前であたふたしているリリのことも落ち着かせる。
「確かに王都の白龍族に知り合いはいるな」
「あ、やっぱりそうなんですね。私、会いに来たはいいのですが、白龍族に知り合いがいないんです。それで……その……」
そこまで言うと、彼女はもじもじと恥ずかしそうに俯いた。その反応が示す意味を測りかねてスティアを見ると、彼女も不思議そうな顔で俺を横目でちらりと見て、少し首を傾げて見せた。
もしかして白龍族に取り次いで欲しい、なんてことだろうか。
できれば協力してやりたい気持ちはあるが、それだと今はちょっと難しい。あまり王都にいる人間に居場所がばれるようなマネをしたくないのだ。
できる範囲で言えば、同じ龍人族であり信頼もできるアゼルノに紹介状を書いてやるくらいが限界だろう。さてどうくるか。
俺達が黙って言葉を待っていると、もじもじしていたリリが上目遣いでこちらを見た。酒も飲んでいないのに顔が真っ赤だ。
「……しまったんです」
「ん? 何?」
「……盗まれてしまったんです」
盗まれた? その言葉に、俺は眉を片方だけ上げる。
「青龍族に古くから伝わる杖、水鏡乃杖が盗まれてしまったんです。青龍族代表の証なんですが、それが無いと……。それに、盗まれたままにもできなくて……」
とそこまで言って、リリは、はぁ~っと長いため息をついた。
「盗まれたって……何処で?」
「この町で、です。この町に着いたとき親切な方に町を案内して頂いたんですが……。いつの間にか杖と共に姿をくらませてしまって。探そうと思ったんですが、それにしても滞在費も心もとなくなってきてまして、それで金策のために冒険者になろうかと……」
それで冒険者になったということか。なんで龍人族が冒険者になったんだとは思っていたが、そういう経緯があったんだな。
確かにこの町は治安が悪いとはギルドで聞いたが、町中で堂々と盗みを働く輩がいるほどとは驚きだ。
「でも、そんな大切な物をリリさん一人で? 他に青龍族の方はおりませんの?」
「い、いえ、それは……」
急にきょどきょどとし始めたリリを見て、俺はピンと来た。
きっと意地の悪いお偉方に囲まれて、「お前一人で行って来い!」とか言われたんだろう。それで絶句していると、「貴様程度でもこのくらいの役には立って貰わんとな」とか糞嫌味なことを言われたんだろう。
畜生めが。王国の因業爺ィ共め……! 思い出したら腹が立ってきた。
面にパンチの一つでもくれてやってから出てくればよかった。
「いいから飲め……っ! 食え……っ! 嫌なことなんぞ忘れちまえっ!」
「……カーテニアさんはなんで泣いてるんですか?」
「泣き上戸なんですのよ」
困ったように微笑みながら、スティアがハンカチを顔に当ててくる。
だがリリが糞爺ィ共に脅されて、不安に押し潰されそうになりながらここまで一人で旅をしてきたのかと思うと不憫すぎて泣けてくる。
結局、リリの杖については有耶無耶になってしまったが、昼に話にあがったアクアサーペントの話やリリがどうやってこの町に来たのかなど、歓迎会はその後も和気藹々と続いて行ったのだった。
「ニャハハハハ! また泣いてるー! ニャハハハハ!」
「うるせぇ……! お前に……リリの何が分かるってんだ……っ! このお気楽魔人め……っ!」
「私達、今日が初対面のはずなんですけど……」
「気にしたら負けですわ」