48.ランク昇格
「えー、それでは、こちらが各魔物の討伐依頼になりますな」
受付へと戻ってきた俺達はカウンターに並べられた依頼票を確認していた。
内容は、アーススパイダーの討伐、ワイルドベアの討伐、フォレストウルフの討伐にキラーマンティスの討伐の四種類だ。
「討伐依頼って、いつもこんなに沢山あるのか?」
「いえいえ、そうではありませんな」
グッチは胡散臭い笑みを浮かべながら、得意そうに説明し始める。
「このところ魔物を討伐する冒険者がおりませんので魔物が間引かれなくなり、数が増えてしまったんですな。そのせいで皆さんも受けていた薬草の採集。これの成果が最近思わしくないのです。どうも森の奥まで入らないと採集できなくなったようなのですが、奥に行くと危険な魔物も多いですからな」
「そういう情報は森に行く前に欲しかったんだが?」
「おっとこれは失礼しましたな! ノッホッホ!」
胡散臭い動きで額をペチリと叩くグッチ。もしかしてわざと黙っていたのかこの野郎。
「じゃあ薬草の採集を安全にするために、これらの依頼が出されているということですか?」
「半分正解ですな。間引いて欲しいのは確かですが、そうでなくてもフォレストウルフやキラーマンティスは数が多いので、依頼が常に出ておりますな。リリ様の仰る目的のために出された依頼はこちらの二つのみですな」
リリの質問にグッチは二つの依頼票を指差す。ワイルドベアとアーススパイダーの二件だ。
奴の説明に納得しながらその内容を見ていると、ここであることに気づいた。
「ちょっと待て。この三つ、指定ランクがE以上になってるぞ?」
「はい、それで間違いないですな」
キラーマンティス討伐依頼の指定ランクはGのため、パーティランクがGの俺達でも依頼を受けることができる。
だがフォレストウルフ討伐依頼の指定ランクはEで、アーススパイダー討伐とワイルドベア討伐のランクはそれぞれDとC。俺達のランクでは受けることができないはずだ。
そう指摘すれば、グッチは俺の目の前でチッチッチッと人差し指を立て振ってみせる。すこぶるうぜぇ。
「仰る通り受理は無理ですな。何故なら適正ランクを超える依頼を冒険者に受けさせてしまうと、依頼を失敗するばかりでなく、その生命にすら危険が伴うからでありますな。しかぁしぃ……。皆さんはもうこれらの魔物を討伐しぃ……ギルドでも確認を取っておりますからぁ……だからぁ……問題ぃ……なーいのですなぁ!」
勿体付けたわりに普通の理由だな。時間の無駄遣いだった。
「じゃあ、低ランクの冒険者が高ランクの魔物を狩ってきた場合、ギルドは全面的にそれを認めるってことか?」
だがそんな適当な理由でいいのだろうか? それは先に受けるか後に受けるかの違いでしかないように思える。
その理屈が通ってしまえば、ランクGの冒険者が功を焦って身の丈に合わない魔物に挑むような事態を招きかねないと思うが。
俺がまだ納得していないのが分かったのか、グッチはさらに説明を続ける。
「例えば、ランクGの冒険者が町を襲うドラゴンを倒したとしましょう。しかし、討伐ランクと冒険者のランクがギルドの規約に合わないからと言って、その功績を認めないなどということは絶対にありえないでしょう? ギルドは冒険者の生命を守る義務がありますので、依頼を受理する際は規約に則り処理いたしますが、しかし今回のように魔物を討伐済みの場合は問題なく功績を認めさせて頂きますな! ノッホホン!」
どうだと言わんばかりにグッチは胸を張った。こいつはイラつくが、確かに言っていることは至極まともだ。
先ほどの例で言えば、倒したドラゴンの功績を認めない等とギルドが突っぱねれば、そのランクGの冒険者は、冒険者を辞める可能性が高いだろう。
それはギルドにとって大きな損失になる。そう考えれば俺達の今回の件も確かに、問題ないということになるな。
「ギルドは確かに冒険者の生命を守るためにあります。しかし保護者ではないのです。もちろん危険な依頼を受けようとするなら当然、諫めはしますし受理もしませんな。しかしその結果どういう行動にでるのかについては、結局その方に委ねることになりますなぁ」
その言い方もどうかと思うが、しかし同時に、人に諫められたからと言って素直に聞く奴もいれば、聞かない奴もいるだろうとも思う。冒険者なんて腕っぷし一つでのし上がってきた連中なら特に。
冒険者ギルドは、盗賊や軍のようなトップダウンの組織でなく、相互扶助組織に近いんだな。つまり最終的には自分のケツは自分で拭かなきゃならんってことか。理解できた。
「分かった。そういうことなら処理してくれ」
「ノホホ! 承知しました! それでは皆さんのドッグタグと冒険者証を貸していただけますかな?」
俺達が出したドッグタグと冒険者証を満足そうに受け取ると、グッチはニヤリと不適に口を歪める。その笑みは何なんだ。何か意味深なものを感じるぞ。
「それでは今日中に処理し明日の朝にはお返し致します。カーテニア様達は今からランクEになり、パーティランクはランクDになります。おめでとうございますな!」
「――は?」
言ったことの内容がうまく頭に入って来ない。
「やりましたわね! 貴方様!」
「やった! ランクE! ランクE!」
スティアとホシは喜んでいるが、リリも俺と同じで付いていけないみたいだ。ポカンと口を空けて呆然としている。
「ちょ、ちょっと待て! 何? ランクE? 何で? というかランクFは何処行った?」
「ノホホホホ!」
いや答えろおい!
「カーテニア様。ギルドの規約はご覧になりましたかな?」
「ああ、それは勿論見たが」
「冒険者は依頼をこなすと昇格点がつけられますな。この昇格点が一定ラインを超えるとランクが上がるのですな。ああ、ちなみにパーティのランクについては、パーティ単位でこなした依頼で別途昇格点がつきますな。採点基準が冒険者単位とは少々異なりますが、まあそれはこちら側の都合ですので気にしないで頂きたいですな」
確かにそれは俺も規約集を見て確認したことだ。規約には昇格点でなく単純に評価と書いてあったが、間違っていないだろう。
パーティのランク制度についても、今言われたことは理解している。
「さて、この昇格点ですが。自分のランクより依頼のランクが高いか低いかで加点が増減するのですな」
「ということは、つまりあれか。ランクGの俺達がランクDとランクCの依頼を完遂したから、その昇格点がかなり割り増しされて加点されたってことか?」
「その通り! ご理解が早くて助かりますな!」
なるほど。で、その加点が多すぎてランクFをすっ飛ばしたってことか。いいのかそれで。
「皆様の昇格点は既にランクDに昇格できるところまで加算されておりますな。パーティランクについても、もうすぐでランクCパーティになれるところまで来ておりますな!」
なるほど。つまりランクEもすっ飛ばされるところだったのか。
「しかし、ランクDになるにはその昇格点以外に、護衛依頼を五件以上こなすという条件がありますな。ああ、その内二件以上は必ず貴族様からの依頼にする必要がありますな」
「ええと、つまりその護衛依頼をこなせばすぐにランクDに昇格すると、そういうことですか?」
「そうですな! 何かご紹介しましょうかな?」
「え? い、いえ、結構です!」
質問したせいで奴の標的となったリリが、ぶんぶんと手を振りその申し出を断る。うん、その判断は正しい。
俺もあまり目立つようなことはしたくないし、護衛依頼となると十中八九この町から出ることになるだろう。
俺達にはバドの件もあるし、まだこの町から離れるわけにはいかない。リリは単純に人族に苦手意識を持っているだけだろうけども。
「それはいいから討伐依頼の方を処理してくれ。いくらだ?」
「残念ですなぁ……。まぁご紹介できる護衛依頼は何も無いですからどうせ無理なんですがな!」
「おいコラ」
「ノホホッ! では報酬の方をご説明いたしますかな」
グッチは俺の追及をさらりと受け流すと手続きの処理に入る。
各依頼の報酬は、各一匹ずつでキラーマンティスが小銅貨3枚。フォレストウルフが小銅貨7枚。アーススパイダーが小銀貨1枚で、そしてワイルドベアが小銀貨1枚と銅貨5枚だ。
「皆さんの成果はキラーマンティス十一匹、フォレストウルフ十三匹、アーススパイダーが七匹のワイルドベア二匹ですのでぇ~……計算しますとぉ~……。ちょ、ちょっと数が多いですな。しばしお待ち頂けますかな? よろしければこちらをどうぞ」
「何だこれ?」
「わたくしなりきりセットの鼻眼鏡ですな」
俺は手渡されたそれを叩き落とす。ふざけんな。
ニヤリと笑ったグッチは手元で何やら計算すると、すぐに報酬をはじき出した。
「全ての報酬の合計は、小銀貨が10枚、小銅貨が124枚ですな!」
その金額を聞き、俺は咄嗟に言葉が出なかった。
たったの一日でここまでの報酬が得られるなんて、冒険者ってこんなに儲かるのだろうか?
薬草採集の報酬が小銀貨2枚と小銅貨3枚だったから、討伐の報酬とあわせると、軍の一般兵の給与一ヶ月分になる小銀貨12枚を一日で超えてしまったことになる。
いや、もちろん四等分するけども。
とりあえず小銅貨を銅貨に換えてもらい、報酬を分配するため俺達は顔合わせで使ったテーブルへと移動した。
「なんか凄い稼いだような気がするんだが」
「流石貴方様ですわ!」
「いやいや……。殆ど何もしてない気がするぞ」
本当だよ。俺はアーススパイダーの探知くらいしかしていない。
「でも、アーススパイダーを簡単に倒せたのはカーテニアさんのおかげですよ」
「そうかも知れないが……」
「そんなことより早く分けようよー」
テーブルにペタンと両腕を伸ばしたホシが、顔だけこちらへ向けて聞いてくる。
ホシに促され俺は報酬を取り出したが、あまりここでジャラジャラと硬貨を出すのも悪目立ちするだろう。俺達三人の分は後回しにしてリリの取り分だけを取り出すことにする。
「とりあえず薬草の収集と魔物の討伐依頼を合わせると、小銀貨12枚、銅貨6枚、小銅貨7枚が今回の報酬だな。四等分するとだ。んー……」
「小銀貨3枚と銅貨1枚、小銅貨11枚ですわ。小銅貨は3枚余りになりますわね」
「すーちゃん早い!」
なるほど。でもそんな都合よく硬貨がないしなぁ。グッチに言えば両替して貰えそうなもんだが話しかけたくない。
「それじゃ、小銀貨3枚と銅貨2枚をリリの取り分にしようと思うが、いいか?」
俺がそう提案すると、リリが驚いたように目を見開いた。
「え、でもそれだと等分になりませんよ?」
「小銅貨がもう少しあれば丁度四等分なんだが、硬貨がジャラジャラあってもな。どう思う? ウィンディア、アンソニー」
「ええ。大した額でもありませんし、構いませんわ」
「あたしもいいよ!」
「本当に? 皆さん……ありがとうございます」
俺達の言葉にリリが頭を下げる。大した額でもないのに、相変わらず律儀な子だ。
先ほど言った通りの硬貨を取り出しリリに手渡すと、それを両手で受け取った彼女は何を思うのかじっとそれを見つめた。
「リリちんどうしたの?」
「今まで私一人だったのであまり報酬も貰えなくって……。こんなに頂けるなんて思わなくて。ちょっと感動してしまいました」
そう言って少しはにかんだ彼女は、急に真面目な顔になって顔を上げた。
「今日は、こんな風に言うのも可笑しいかもしれませんが、本当に楽しかったです」
リリはそう言うと、何故か寂しそうに笑う。
「皆さん本当に強くて。きっと私がいなくても十分なんだと思います。でも、もし……もし足手まといでなければ、私も……パ、パーティに加えてもらえませんか!?」
意を決したように顔を上げるリリ。あまりの勢いに俺達はその顔をポカンと見ていたが、ホシがブーッ! と噴出したのをきっかけにスティアもクスクスと笑い始めた。
それにつられてしまい、俺もついつい笑ってしまう。
「いきなり何かと思えばそんなことか」
「あ、あは、そ、そうですよね、私……」
「貴方様、そんなことよりも、今日はリリさんの歓迎会を何処でやるか調べましょう?」
「さんせー! ねぇねぇリリちんは何が好き!?」
リリは驚いたような顔をして、満面の笑顔で話しかけるホシの顔を穴が開くほど眺めた。
暫くすると、その視線がスティア、そして俺へと移っていく。
「リリ、何か食べ物で苦手な物ってあるか?」
俺がそう聞くと次第にリリの顔が変わっていく。くしゃりと表情を崩すと、泣きそうな顔をしながら質問に答えてくれた。
「私、野菜が苦手です……」
震える声で予想外に子供っぽいことを言うリリに、不意打ちを喰らってしまい噴出してしまった。むせた俺をリリはじっと見ていたが、次第に含み笑いへと変わっていく。
スティアとホシも、そんな俺達を見てニコニコと笑っていた。ふと見れば、後ろでグッチもニコニコと胡散臭そうに笑っていた。
ちくしょう、俺はなんでそっちを見たんだ。お前は見なくて宜しい。