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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第二章 再興の町と空色の少女
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47.成果と疑惑

 何故だか憮然としていたスティアをやっとこさ宥め、俺達はまた北へと歩みを進めていた。


 なお俺がリリと話しているとスティアが何かと絡んでくるため、隊列を変えてしまうことにした。前から二番目と最後尾の交代。つまり俺とホシの順番を変えた形だ。

 そのおかげだと思うが、スティアの機嫌は大分良くなっている。面倒くさい奴だ。


 一方俺と場所を変わったホシだが。

 上手くリリのフォローができるか少し心配していたが、聞こえてくる後ろの会話を聞く限り、随分と楽しそうにやっているようだった。


「アンソニーさんの手、小さいですねぇ」

「リリちんの手も小さいね!」


 どうやら手を繋いで歩いている様子だ。こうなるともう警戒も緊張感も何も無い。

 さて。どうしてこうなった、とでも言っておいたほうがいいか。


「あっ! またあった!」


 ホシが目ざとく生えている薬草を指差す。目を向けると確かに、毒消しに使うティクス草らしいものが生えているのが見えた。

 さっきまでの心配は何処へやら、ラニック草とティクス草は合わせてもう三十本くらいになっている。ホシはリリと手を繋いで仲良く採集しに行った。


「あっ」

「ん? どうしたウィン――」

「風の精霊よ、疾風を巻き起こし賜え。”疾風の刃(ゲイルブレイド)”」

「えっ」


 スティアが突然詠唱を始めたかと思うと、手を向けた先から”疾風の刃(ゲイルブレイド)”が飛び出した。

 その風の刃は少し遠くに見える木々の間から、ピョイと飛び出してきたキラーマンティス二体の首を吹き飛ばして消えて行く。


「キラーマンティスがいましたわ!」

「そうだね……」


 過去形かい。そういうことは先に言ってくれ。急に魔法をぶっ放されると流石に驚くわ。


 俺はスティアを引き連れて首の無くなったキラーマンティスの近くに寄る。

 きっとこいつらは何故死んだかどころか、自分達が死んだことすら分からなかっただろうな。首と泣き別れになった胴体が少し物悲しい。


 討伐部位である鎌を切り取りシャドウへと渡す。二つの鎌がずぶずぶと影の中へと沈んでいくのを見届けていると、ホシとリリが手を繋いでこちらへと近づいてきた。


「えーちゃん、ほい!」

「あれ、ラニック草もあったのか」

「うん! 向こうにいっぱいあった! ねー?」

「ねー?」


 ホシとリリは顔を見合わせて首を傾ける。見るとホシとリリの手には結構な数の薬草が握られていた。

 二人から手渡され数えてみると、ラニック草が五本、ティクス草が六本と、結構な数だ。

 森の奥に来たためだろうか。それならこの先に行けばもっと生えていそうではある。


 しかしあれから最後の≪感覚共有(センシズシェア)≫も使ってしまっていて、俺の魔力ももう殆ど無くなっていた。

 とりあえず先に進むのはもう止めて、時間が許す限りこの周囲を調べて見ることにしよう。


 俺の提案を受けて、俺達はこの周囲で一時間ほど薬草を探すことにした。


 採集中に遭遇した魔物もちらほらいたが、機嫌の良いスティアの速攻で、先ほどのキラーマンティスのようにあっという間に消し飛ばされて行く。

 そんなこともあって、終盤は殆ど俺とスティアで周囲を警戒、そして倒した魔物の解体と回収を行い、薬草探しと採集はホシとリリ任せになった。


「この辺りは捜索範囲のきわだから、あんまり遠くに行くなよー」

「はーい!」


 俺の注意に元気良く返事をするホシ。先ほどからあちこちで四つんばいになっているせいで膝が結構汚れている。

 一方のリリは流石に四つん這いにはなっていないが、しかしホシと同じく楽しそうに移植ごてを振るっていた。


 大声は出していないものの、それでも声を抑えつつはしゃぐ様子は微笑ましい。

 目を細めて見ていると、スティアに声をかけられた。


「貴方様。何か、リリさんに甘くありません?」


 不思議そうに言いながら、彼女は俺の隣に並ぶ。俺はそれに苦笑で返した。


「あの子は、どうも今まであまりいい人生を送ってないみたいだから。つい、な」

「そうでしょうか……?」

「褒められ慣れてないとか、ハイタッチにあんなに喜ぶとか、あまりないだろ? そんなもん子供の頃に経験するようなことだろうに。それにたかが薬草採集にあんなに嬉しそうにするなんて、ちょっと普通の反応には見えないと思わないか?」

「そうでしょうか?」


 俺の意見に首をかしげるスティア。なんだかリリの場合、”何をするにも初めて! 楽しい!” みたいな感情があるんだよな。きっと俺の予想は外れていないと思う。


 薬草の採集にちょこまか動くリリの後姿を見ると、まるで遊び場所ではしゃぐ子供のようにも見える。

 魔物がいる危険な森の中だと言うのに、しゃがんで土を掘っている後ろ姿があまりにも無邪気に見えてしまい、ついつい笑みが漏れた。


 俺が彼女の後姿を見ていると、スティアの雰囲気が少し変わったのを感じた。


「ときに貴方様。魔族を森に放されましたわよね?」


 先ほどからの機嫌の良さが嘘のように隠れてしまった。気持ちは分かるが、でもそんな虫みたいな言い方はないだろうに。

 俺の表情を見てか、スティアはちょっと面白くなさそうな顔をした。


 やはりスティアは、彼らのことを相当気に入らないみたいだ。

 いや、当然なのは分かっている。彼女は部下をかなり大切にしていたから、その命を奪った魔族との和解が難しいということは。


 確かに俺も思うところが無いわけじゃない。だが彼らに対してはもう親しみも感じ初めている。できるならいい方向に向かって貰いたいものだが。


「今こちらの様子を伺っているようですわよ」

「近くにいるのか?」

「向こうにいるみたいですわ」


 もしかして合流の機会を待っているのだろうか。向こうの位置を把握しているなら、俺が行って合流してくるのがいいかもしれないな。


「俺が行って来る。ここを頼む」

「……承知しましたわ」


 面白くもなさそうな声を上げるスティアに背を向けると、俺は魔族達の下へと一人足を向けた。



 ------------------



「おほおぉぉぉーッ! 凄い! 凄いですよこれは! これは暫く眠れませんよぉ!」


 俺達の持ってきた薬草の束を前に、イーリャが奇声を上げながら小躍りしていた。


 これは……嬉しいのだろうか? 恨み言を言われているわけじゃないよな?

 彼女から感じられる感情は歓喜一色だから、多分大丈夫だと思うが。


 あの後魔族達と合流した俺は、彼らの成果を受け取るとまたシャドウの中に隠れてもらい、皆の下へと戻った。

 そしてもういい時間になったからと皆を促し帰路についたのだが、俺はどうやってリリを誤魔化そうかずっと悩んでいた。


 というのも、だ。


「ラニック草六十四本ッ! ティクス草三十八本ッ! しかも採集方法も完璧ッ! 素晴らしいッ! うおぉぉぉぉぉーーッ!!」


 魔族達が採ってきた薬草の数が俺達が採集したものよりも多かったせいだ。案の定リリが不思議そうな顔をしてそれを見ている。

 もっと不可思議なものが目の前で奇声をあげてるから、俺としてはそっちを見て欲しいところだが。


「ではでは清算をしましょう! えーっと、ちょっとお待ちを!」


 彼女はテンション高く一通り大騒ぎすると、興奮しすぎて荒くなった息をハァハァと吐きながらキャビネットから袋を取り出し、カウンターの上にドンッ! と叩きつけた。

 何かコイツ酔っぱらいのオヤジみたいだな。


「えーっと、ラニック草は一本小銅貨4枚、ティクス草は一本小銅貨3枚ということでしたが、十本あたり一本分サービスするという話だったので、ラニック草は七十本分、ティクス草は四十一本分をお支払いします。で、計算すると。……えっと、ラニック草七十本で小銅貨280枚、ティクス草四十一本で小銅貨123枚。計小銅貨403枚になりますね!」


 つまり、小銀貨2枚と小銅貨3枚分ということになるな。薬草採集にしてはかなりの稼ぎだ。リリを上手いこと説得できるか不安が凄い。ひたすらしらばっくれるしかないなこれは。


 とりあえず小銅貨をそんなにジャラジャラと持っていても仕方が無いため、小銅貨400枚を銅貨20枚での受け渡しで希望しておく。

 そして、またいつでもいいから是非持ってきて欲しい、と再度指名依頼を貰うと、首をひねるリリに気づかない風を装い今度は冒険者ギルドへと足を運んだ。


「ノホホーッ! これは凄いですな!」

「こ、こりゃ凄ぇ! わはははっ!」


 グッチと解体部屋にいた担当だろう男達が揃って歓声を上げた。イーリャと同じような反応でデジャブを感じる。


 受付で指名依頼の完了と魔物の解体を依頼した俺達は、解体部屋へと通されるとシャドウから倒した魔物を次々と出した。

 解体していない魔物としてギルドに依頼を出すのは、ワイルドベアが二匹、ファングボアが六匹、アーススパイダーが七匹。

 解体済みの魔物はフォレストウルフが十三匹。そして討伐部位のみのキラーマンティスの鎌が十一個だ。


 この数を見て、先ほどまで腑に落ちないような表情をしていたリリの眉間に皺が現れてしまった。俺は知らん。何も知らんぞ。


「アクアサーペントの解体なんて聞いて、コイツの頭がついに逝っちまったかと思えば本当にここに転がっているしよぉ! その解体が終わればこの数! しかもワイルドベアまでいやがる! こりゃ腕が鳴るぜ! なぁ!?」

『おおっ!!』


 職員達が俺達の獲物を見て、威勢のいい掛け声を上げながら腕を振り上げた。


「コイツの頭が逝ってるってのはあってるな」

「ノホホ! 馬鹿と天才は紙一重と言いますからな!」

「馬鹿は天地がひっくり返っても馬鹿だぞ」 


 彼らの表情は、昨日まで昼間から酒を飲んだくれていたようにはとても見えないほど明るい。

 よほど嬉しいのだろう。感情からもそれがよく分かった。


「アクアサーペントって、何のことですか?」

「ああ……。いや、後で話すよ」


 リリが眉をひそめて聞いてくる。今はギルド職員が興奮して大騒ぎしているし、グッチがぐねぐねしているし、興味があるのなら後で話そう。


「ノホホッ! アーススパイダー、ワイルドベアは討伐依頼があったはずですな! 他にも常駐依頼でフォレストウルフ、キラーマンティスの討伐依頼も出ておりましたな! どちらもわたくしが処理いたしましょう! さ・す・が! わたくしが見込んだ方達ですな!」


 グッチが眉を上げ下げしながら眼鏡をクイクイと持ち上げ自慢そうにのたまう。別にお前に見込まれたわけじゃないんだが。調子に乗るんじゃあない。


「あの、カーテニアさん」


 奴の胡散臭さに忌々しさを感じていたところ、リリがまた話しかけてくる。


「私、こんなに戦闘した記憶はないんですが……?」

「……そうか? ウィンディアが大分倒してたからな。リリが採集を頑張っていたから、気がつかなかったんじゃないのか?」

「ん~……? そうでしょうか?」

「あいつ、最後の方は予告なしに魔法をぶっ放していたからなぁ」


 魔族達の成果をリリには内緒にして、後でこっそり納めるという手も実はあった。

 ただ、ギルドはともかくイーリャにそれを黙っていろと言うのは、ちょっと無理がありそうだと判断したのだ。

 あの口の軽そうな店主のことだ。間違いなく無理だろう。


 リリは首をかしげて少し俺から視線を外す。だがけげんに思う気持ちは収まらないようで、また俺に視線を向けた。


「でも、薬草はあんなに採った覚えがないんですが……」

「アンソニーの奴がばりばり採りまくっていたからな。気のせいだろ?」

「……そうでしょうか?」

「他に理由があるか? 薬草が自分から採られに来るわけもあるまいし」

「ん~……。そう、ですよね」


 俺が苦笑して見せると、納得がいかない様子ではあったものの、それ以上リリからの追求はなくなった。よし、上手く誤魔化せたみたいだ。

 嘘とハッタリで煙に巻くのは山賊時代に培ったものである。この程度を誤魔化すくらいならちょちょいのポン太郎だ。


 さて。後はこの場を離れ、リリが追求する機会をなくしてやればもう言われることもないだろう。


「リリ、素材で何か必要なものはあるか?」

「私は特に何もありませんが……」

「分かった。ウィンディア、解体を頼んだ奴の肉はいると思うか?」

「そうですわね。ファングボアだけは少し残しておいたほうが宜しいかと思いますわ」

「ワイルドベアの肉は?」

「あれは少し独特の臭みがありますから……。フォレストウルフもありますし、必要ないかと」

「やったー! にーく! にーく! にーく!」

「わわわっ!」


 俺とスティアの会話を聞き、ホシがリリの両手を掴んでぴょこぴょこと飛び跳ねる。

 急に手をとられ慌てたリリだったが、次第にそれに合わせて体を動かし始めた。ホシのおかげでリリの気が逸れてくれそうだ。


 傍目には微笑ましい光景である。ギルド職員も目を細めてその様子を見ていた。しかし、ただ無邪気に振舞っているようにも見えるが、実のところホシは俺の意を汲み、リリの意識を逸らそうとフォローしているのだ。

 長い間行動を共にしていた俺にはそれが分かる。ホシもあれでいて元山賊なのだ。後で礼を言っておくとしよう。


「グッチ、ファングボア二体分の肉と、後アーススパイダーの毒腺は全部くれ」

「承知しました。後必要なものはありませんかな?」

「いや、必要ないな。後は任せる」


 そうグッチに伝えると非常に胡散臭く喜ばれた。ファングボアの肉はもとより、ワイルドベアの肉や毛皮も売れるだろう。ギルドにはいい収益になるはずだ。


 俺達は解体を職員達に任せると、グッチの言っていた討伐依頼の処理をするためまた受付へと戻ることにした。

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