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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第二章 再興の町と空色の少女
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46.褒め合い

「どうかしたんですか? 大分遅かったですが」


 俺が戻ると、リリが不思議そうな顔をして声をかけてきた。

 流石にもう食事は終わっている。向こうにいた時間は、小用で外した、と言うには少し長すぎた。


 どう答えようかと俺が少し悩んでいると、見かねたスティアがリリに何か耳打ちし始めた。フォローしてくれるみたいだな、ありがたい。


「あっ、す、すみません! 何でもないです!」


 リリは何か合点がいったようで、両手をぶんぶんと振って即座に質問を撤回してくれた。しかし、仄かに頬が赤くなっている気がする。気のせいだろうか?

 彼女はひたすら一人でわたわたすると、すぐにその場を逃げるように離れて行ってしまった。


「スティア、フォローすまん」

「いえいえ、問題ありませんわ」


 近づいてきたスティアに小声で感謝を伝え、そっと耳打ちする。


「で、なんて伝えたんだ?」

「大ですわ、と」

「大」

「酷い便秘ということで」

「酷い便秘」


 最悪だ。そりゃリリみたいな純朴そうな子は顔を赤くするだろう。

 しかも飯を食った直後。悪意すら感じる。


「よし先に進もう」


 痛みに頭を抑えるスティアの尻をバシッと叩くと、更に森の奥へと足を進めることにした。



 ------------------



 薬草を探しながら森の中をさらに北へと歩くも、結局目的のものは見つけらない。

 また≪感覚共有(センシズシェア)≫の捜索範囲の際まで歩いてきたので、俺はスティアに声をかけ一旦歩みを止めさせる。


「見つからないなぁ」

「そうですね……」


 リリの声もどこか浮かない様子だ。このままじゃ依頼が達成できないから当然と言えば当然だろう。

 何も成果がない中森を彷徨うのもモチベーションが下がるため、何か切っ掛けくらいは見つけたいところだ。


「≪感覚共有(センシズシェア)≫!」


 本日十三回目の≪感覚共有(センシズシェア)≫を唱える。これで森の入り口から四キロメートルほどの位置までを捜索したことになる。使えるのはあと一回だけになりそうだ。


「お?」


 と、すぐ傍で地面に大きな何かがいる反応が返ってきた。他にもポツポツと三つの反応が返ってくる。これはあれだ。アーススパイダーだろう。

 俺は近くの地面の傍まで進むと、そこでリリを手招きする。それに気づいてトタトタと歩いてきた彼女に地面を指差して見せた。


「あそこにアーススパイダーがいるみたいだ。あそこに向かって”湧水(ウォーター)”を使ってみくれるか?」

「え? 何処ですか?」

「あーっと」


 そこにいると分かる俺が見れば、その周囲だけあまり草が生えていないという違いがあるのが分かる。しかしそれも微妙な違いで、理解してもらうには難しそうだ。

 俺は矢を取り出すと地面に向かって放つ。矢は放物線を描いて飛び、巣と思われる場所を少し飛び越えた場所にすとんと落ちて転がった。


「あそこの少し前だ、あの草があまり生えていない辺りを狙って頼む」

「あっ。あそこですね。分かりました」


 こくんと頷くと、彼女は指先を巣に向かってビシリと向ける。


「水の精霊よ、渇きを癒し賜え。”湧水(ウォーター)”」


 詠唱が終わると、結構な勢いで彼女の指先から結構な量の水が噴き出して来た。水は矢が転がった手前に容赦なく降り注ぎ、ばしゃばしゃと地面を水で溢れさせる。


「あっ」


 数秒もすると、土の中から慌てたようにアーススパイダーが這いずりだして来た。


「リリさん、もう止めていいわ」

「さんはいりませんよ」

「……リリ、止めて」

「はい、分かりました」


 にっこりと笑い”湧水(ウォーター)”を止めるリリ。そこに残ったのはびしょびしょの地面と、ずぶぬれでよれよれになったアーススパイダーだけだった。

 俺は矢を一本つがえると目の前の敵へと容赦なく放つ。一直線に飛んだ矢はアーススパイダーの脳天に深々と突き刺さると、その命を断った。


「こんなに簡単に倒せるものなんですね」

「あらかじめ場所が分かれば、だけどな」


 少し経っても動き出さないことを確認すると、近づいて頭から矢を引っこ抜く。

 倒したのは頭の先から尻までの長さが大体四十センチ強の蜘蛛で、頭から突出している鋭い棘のついた顎を含めれば、全長七十センチくらいの大きさだった。


 このアーススパイダーという蜘蛛は、土の中にいるせいか前にある二本の足が異様に逞しいが、その後ろに並ぶ足はそれと比較すると細い。

 大きな顎は牙のように突出していて、それに噛み付かれると毒まで注入してくる厄介者だ。

 顎には返しも突いているため、完全に噛み付かれると引き剥がすのも難しい。


 ただリリの言う通り、土の中に潜む敵というのはあくまでも”潜んでいる”のであって、土の中を”移動している”わけではないので、土の中をすばやく動けるものは少ない。

 だから事前に場所が分かりさえすれば、意外と安全に倒せるものも多いのだ。このアーススパイダーの末路を見れば納得してもらえるだろう。


「これって解体したほうがいいのか?」

「うーん、ちょっと分かりませんね」

「ウィンディアは?」

「わたくしもちょっと……。このままギルドに持ち込んではいかがです?」


 二人も知らないようで揃って首を横に振る。

 毒腺を採るだけで良いなら俺でもできるが、他にも売れる場所があるかもしれない。

 というわけでギルドに持って帰ろう。またシャドウに頼み、ずぶずぶと影に沈んでいくアーススパイダーを見送った。


「ウィンディア、ここから先はアーススパイダーが三匹いるみたいだ。俺も近くに来たら声をかけるが、一応そっちも注意してくれ」

「承知しましたわ」


 取りこぼしはないだろうが、それでも注意するに越したことはないのだ。

 スティアもそれを十分承知しているため、にっこりと笑みを浮かべ俺に答えた。


 そうして、反応があった場所に”湧水(ウォーター)”をかけつつ進むこと数分。ホシから待望の声が上がった。


「あーっ! あったーっ!」


 彼女が指差す方向を見ると、クロウラーが木の根元近くの地面をもぞもぞと動いていた。ホシはてててと駆け寄りクロウラーをしっしと追い払うと、その場に膝を突く。

 そして四つん這いになってその根本に顔を近づけたかと思えば、今度はこちらを向いてニーッと嬉しそうに笑った。


「ラニック草みーっけた!」


 シャドウに移植ごてを手渡されながらその場所へ近づく。確かにそこには三本のラニック草が地面から顔を出していた。


「ホ――じゃねぇやアンソニー! お手柄だぞ!」

「えっへん!」


 頭をぐりぐりと撫で回してやると、ホシは得意満面に胸を張った。

 ホシはスティア、リリと順番に、いぇーい! とハイタッチしている。薬草一つでここまでテンションが上がるのは初めてだな、と、つい苦笑が漏れた。


 移植ごてを手渡すと、ホシは慣れた手つきでラニック草を掘り出し、根っこに絡んだ土を丁寧に払い落とすと自慢そうに掲げる。

 たったの三本ではあるが、何とか手に入れることができた。空振りで帰らなくてもよくなったことに一先ず胸をなでおろす。


「やはり、アーススパイダーの生息域まで来ないと手に入らないのでしょうか」

「可能性は高そうですね。カーテニアさんがいてくれて良かったです」


 スティアの考察にリリも頷きながら肯定の意を示した。


「この先でまだ取れるようなら間違いないだろうな。後一回しか≪感覚共有(センシズシェア)≫を使えないが、それまで行けるだけ行ってみよう」

「おーっ!」

「おーですわ!」

「お、おー!」


 元気良く手を振り上げた二人につられて、リリもためらいながらも倣って手を上げた。

 雰囲気も明るくなってきた。少し魔力の欠乏で体が重く感じるようになってきたが、あと少しだ。踏ん張るとしよう。


 期待しながらさらに森の奥へと進むと、ここからはちらほらと薬草が目に入るようになってきた。その度にホシやリリの、声量を抑えながらも明るい声が耳に届き、パーティ全体の足取りも軽やかになっていく。


 アーススパイダーを適宜水攻めにしつつ、薬草も採集しながら先へと進む。やっとここに来て順調な兆しが見えてきた。

 あと少しで戻らなければならないのが悔やまれるが、俺の魔力量もそうだが、時間的な都合もある。今日中に戻るという約束なのだから、そこは予定通りいこう。


「皆様、何かいますわ。警戒を」


 皆の足取りも軽くなってきたとき、またスティアが声を上げる。リリももう三回目だ、慣れたもので俺と場所をすばやく入れ替えた。


「何でしょうか」

「まだ近くないみたいだな、俺達も警戒しよう」

「はい」


 俺と相談する余裕もでてきたみたいだ。彼女は魔術師を名乗るだけ合って魔法も卓越しているが、戦闘に対しての適応力も高く感じる。

 冒険者事情はまだ良く分からないが、ランクGの冒険者には到底収まらないのは間違いない。彼女を振った冒険者達は損をしたなと、フッと笑った。


「ファングボアだっ!」


 ホシが声を上げたその先に一頭のファングボアが姿を現す。向こうもこちらを認識したようで、すぐに勢い良く突進してきた。

 ホシは手盾を構えるとその突進に供え、ぐっと腰を落とす。ファングボアは躊躇いなく、そこに真っすぐ突っ込んでいった。


「ほいっ!」


 なんとも気の抜けそうな掛け声と共に、ホシはファングボアの横っ面を張るように手盾を振って突進をいなす。

 横方向へと激しく叩かれたファングボアはバランスを失いたたらを踏み、その隙を突かれてあっという間にメイスの餌食となった。


「おっけー!」

「流石ですわね!」


 激しく地面に叩きつけられたファングボア。あの二メートルを超える巨体を大地でバウンドさせると、がくりと事切れた。


「終わったかな?」


 俺は構えた弓を下ろすと臨戦態勢を解く。近くにいたのはファングボア一体だけだったようだ。


「……アンソニーさんって、本当に強いですね」


 ほう、とリリが後ろで息を吐く。自慢の仲間だからな。そう言われると俺も鼻が高い。


「初めはあんな小さい子が冒険者なんて、って思っていたんですけど。ファングボアってランクEの魔物なんですよね。それをあんな風に一人で倒せるなんて、少なくともランクD以上の実力があるってことですよね」


 あ、そうか。魔物のランクは冒険者が倒せるランクってことだから、逆に言えばそれでこっちのランクを測れるってことにもなるんだな。


「ファングボアの突進を跳ね飛ばすほど力ももの凄いですし……」


 力がアホみたいに強いのは確かにそうだ。たださっきのは、跳ね飛ばすというか、あれは直進してきた相手を横から叩いたからというのが一番の理由だろう。

 盾を使ったことがないと分かりにくいかもしれないが、直進する力が強い相手ほど、横から叩かれると弱いものなのだ。


 元々ホシは、メイスに手盾のスタイルでずっと戦ってきた。ホシの盾を扱う技術は長年の経験に培われたものであり、ただ盾でぶん殴っているようにも見えるが、その実相当高い水準に達していた。

 ファングボア程度の相手だったら、攻撃をかすらせることすらないだろう。


 ちなみにホシ自信はメイスのみで戦う方が好きらしく、盾を使わないときは俺に預けてくる。それを忘れた俺がシャドウに預けたまま王都から持ってきてしまったのだが、結果的には正解だった。

 

「というか皆さん凄いですよね。ウィンディアさんは斥候をしながら戦闘も魔法も鮮やかにこなされてますし、カーテニアさんもこんなに広範囲の捜索魔法をかけられる上に遠近の戦闘を苦も無くされてますし」


 確かにホシとスティアはかなり余裕を持って戦っていると思う。この森では本気を出す必要もないはずだ。

 ただ俺はそこまで強くないから、あの二人と同枠と考えられてしまうと汗顔の至りだ。


 しかしさっきから恐縮しているが、リリもかなりの凄腕だと思う。王国軍にもこのレベルの魔術師は、スティアを含め数えるほどしかいなかった。

 少々こういう荒事には場慣れしていない雰囲気はあるものの、それでもすぐにこちらの指示にはすぐに従ってくれるし、適応力は高い様に思えた。


「リリだって凄いと思うぞ。俺も魔法を使えるから分かるが、”水渦の護り(ヴォルテックス)”を短縮詠唱であそこまで綺麗に決められる奴はそういない。俺なんて普通の詠唱ですらあそこまで決められないぞ」

「え、あ、そ、そうでしょうか?」


 俺が褒めるとリリの頬が途端に緩んだ。


 実際、”水渦の護り(ヴォルテックス)”は多少の足止めのために使って貰うつもりだったのだ。

 その間にホシに一頭倒して貰い、四人で残りの一頭を倒すつもりだったのだが、リリがあまりにも完璧に封じ込めるものだからああいった形になったのだ。あれだけの腕があるなら誇ってもいいと思う。


 見ていると、どうも彼女は褒められ慣れていないみたいだな。そう言えばハイタッチもしたことが無いと言っていたから、あまり人に恵まれなかったのかもしれない。

 よし、そう言うことならもっと褒めてあげよう。


「そうだぞ。リリを仲間にできたのはきっと運がよかったんだろうな」

「え、えへ。……本当ですか?」

「本当だ。リリは凄いと思うぞ。大したもんだ」


 リリは両手を頬に当ててニマニマし始めた。やっぱり褒められなれてないみたいだな。

 やっぱり不憫な子なのだろうか。こうしてパーティを組んでいる間はなるべく褒めてやることにしようか。


「で、ウィンディア。お前はそこで何してんだ……」


 何時の間にか傍に来ていたスティアが真顔で、俺達を穴が開くほどじっと見つめていた。

 何だコイツ。怖すぎるから止めてくれ。

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