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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第二章 再興の町と空色の少女
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45.手伝い志願

「さて、それでは、と」


 バスケットにかける手に四つの視線が集中する。ホシとスティアはニコニコと嬉しそうに、リリは何が入っているのか興味津々といった様子だ。


 もったいぶる必要も無いためさっと蓋を開けると、そこに見えたのは布だった。たぶんパンの形が崩れないように気を使ったんだろうなと、あの食事については異様にマメな男の姿を想像しながらそれに手を伸ばす。

 布を静かに解いていき、視線を隠す最後の一枚をめくった先には、沢山のパンが装いも美しく鎮座していた。


「おいしそー!」


 中身を覗いたホシが嬉しそうな声をあげる。細長いパンは真ん中にスリットを入れていて、中に野菜やスライスした肉が沢山挟んであるものだった。

 この食に対して妥協を許さない姿勢はいかにもバドらしいな。

 苦笑しながら他の三人に先に取るよう勧めると、ババッと”四本”の手が伸びパンを掴んだ。


「わーい! いただきまーす!」

「一個ずつ取れアンソニー」


 両手にパンを持ったホシに突っ込みつつ、俺も自分の分を一つ取るとパンにかぶりついた。


「おっ」

「おいしい!」

「美味しいですわ!」


 中に入っていたパンは昨日のものよりも少し固めのパンだったが、中はしっとりとしており小麦の香りが非常に香ばしい。

 また中の肉はフォレストウルフの肉の燻製だと思うが、こちらも味付けが程良く、噛み切ると肉汁と香草のいい香りが鼻から抜けていく。


 使われている野菜も朝市にでも行って買ってきたばかりのものなのだろうか。新鮮で瑞々しく、少しばかり残っている肉汁のくどさをさっぱりとさせて緩和していた。

 野菜の水気がパンに染みないよう肉に挟まれている細かい配慮も見て取れる。有体に言って、これは非常に美味い。


「美味しい……! これ! どこで買ったんですか!?」


 リリの口にもあったらしく、彼女は目を丸くしてこちらを見た。


「これは今、パン屋にいる仲間が焼いてるパンでな。昼食にって気を利かせて持たせてくれたんだよ」


 ちなみに二つあったバスケットのうち一つは、魔族達に食べられてすでに空になっている。食いすぎだろと思っていたが、この美味さなら仕方ないと納得してしまった。


「え、じゃあこれ売り物じゃないんですか!?」

「そう言うこと」


 リリに説明しながらまたもう一口パンをかじる。うん、これは本当に美味いな。

 リリは手に持ったパンを驚いた様子で見つめながらまた口へと運び、もぐもぐと口を動かす。途端にその頬がゆるゆると緩んでいった。

 彼女も非常に気に入ったようだ。後でバドにも伝えておこう。きっと喜ぶはずだ。


 他愛もない話をしながらパンを頬張る。ホシは三つ目を食べ終えたところで四つ目に手を伸ばしている。続いてリリも負けじと四つ目のパンへと手を伸ばした。リリも意外と健啖家の様子だ。

 意外とボリュームがあったため俺は二つでもう十分だ。一方スティアは一つで十分らしく、それ以降手を伸ばさなかった。こいつはこいつで食が細すぎる。


 リリとホシが食べる様子を見て、一体いくつ入っていたのだろうかとバスケットを覗き込むと、そこには後一つだけパンが残っていた。

 ということは、バドは十二個も入れてくれたんだな。

 三人で分けて一人四つか。明らかに三人分の量じゃない。一人加わるかもしれないと話をしたから、四人分だったのかもしれないが、そうだとしても四人分の量でもないぞ。


「さて、俺はちょっと向こうに行ってくる」

「ついて行きましょうか?」

「いや、一人でいい。ウィンディアはここを頼む」


 俺は手でスティアを制し、一人でその場を離れる。まだ二人が食事中だからスティアには警戒をお願いしたいからな。それに、リリに見られても困るのだ。

 その場から少し歩き、三人の気配が感じられなくなるところまで歩く。断っておくが催したわけではない。


「シャドウ、頼む」


 シャドウに彼らを出してもらうように頼むと、影の中から四人がポンポンと飛び出してくる。あ、ロナだけは上手く着地できなくてぽてんと尻餅を突いた。


「悪いな、外に出してやれなくて」

「い、いえ、大丈夫です」


 こけたロナを手で助け上げると、彼女はお尻についた土を払いながら立ち上がった。

 戦闘職ではないからだろうが、彼女は少しどん臭いところがある。まあそこがちょっと小動物みたいで、なんとなく世話を焼いてやりたくなるところでもあった。


「ところでガザの様子はどうだ?」

「あ、はい! 明かりが無いので傷の様子は分からないのですが、あれから異臭もしませんし、生命の秘薬(ポーション)を頂いてから良くなってきていると思います。本当に何とお礼を言ったらいいのか……」


 ロナはそこまで言うと言葉に詰まってしまう。体を伸ばしたり空を見上げていたり、思い思いに行動していた三人も、そのロナの言葉を聞くとこちらに向き直り、揃って俺に頭を下げた。


 そう、イーリャの店で買った生命の秘薬(ポーション)は、その日のうちにロナに渡し、ガザに使ってもらっていたのだ。

 容態が悪化してから使うよりも、体力がまだ残っている状態で使ったほうが効果が高いからだ。

 使わなくてもこのまま回復するという可能性もあった。だが万が一を考え、ガザが回復する可能性が高いほうを取ったのだ。

 金貨4枚で命を買ったと思えば安いものだろう。いやまあ、殆どホシの金だったけども。


「いや、もう気にしないでくれ。それより、そういうことならここでガザを出してもらおうか。シャドウ頼む。オーリ、コルツ、デュポ、周囲の警戒を頼む」

「承知した」


 オーリが代表して返事をすると、三人はすぐさま周囲の警戒に入る。ただその手には何も武器を持っておらず空手だ。彼らの武器は冒険者ギルドに提出してしまったためだ。

 そもそも武器と言うにはおこがましいほどのボロだったから、あったとしても使い物にはならなかっただろうが。

 思えば、オーリとデュポ、ガザには間に合わせで俺の服を貸したが、コルツとロナは未だにボロを着たままだった。彼らにも何か服を用意してやったほうが良いだろう。


 彼らの様子を見ている間に影からずぶずぶとガザが出てくる。そこへロナが小走りで近づくと、膝を突いて傷の状態を確認し始めた。

 地面に直置きというのがちょっと気になる……あ、シャドウがガザの下に布を敷いてくれていたみたいだ。気遣いが素晴らしい。


「顔色は前見たときよりも良くなっているように見えるが……」

「そう、ですね。呼吸もあれから安定していますし、傷も悪化した様子がありません。朝は少し目を覚まされたのですが、頂いたパンを美味しそうに食べていましたし、このまま安静にしていれば、きっと……!」


 ロナはガザの様子を診察しながら肩を震わせる。あの洞穴の中でのことを思い出しているのだろうか。

 絶望的な助かる見込みの無い状況から一転希望が見えたのだ。言葉に表せないものがあるのだろう。


「分かった。また状態が変わったら教えてくれ」

「……はい!」


 首だけこちらを向いてロナが返事をすると、その反動で彼女の瞳から涙が一筋こぼれた。

 魔族に対して思うのもおかしな話だが、彼らにはこれからなんとか上手くやって行って貰いたいものだ。


「そう言えば、収集の方はどうですか?」


 ロナは涙をぐしぐしと袖で拭いながら状況を聞いてきた。


「残念ながらゼロだな」

「え、何も無し、ですか?」

「ああ。まさかこんなに見つからないとは思わなかったわ」


 俺は参った様子で頭をガシガシと掻くしかなかった。もう森に入って暫く経つというのに、未だにたったの一つも見つからないのだ。

 もっと奥に行かなければいけないものなのかもしれないが、俺の魔力量もそろそろ限界に近い。

 あと三回くらいが限度だろう。この辺りでなんとか一つくらいは手に入れたいものだが。


「大将、相談がある。俺達にもその依頼、手伝わせてくれ」


 そんなことをロナと話をしていると、オーリが傍までやってきた。元々俺が彼らをここで出したのは、森に入る前にオーリが言った、話があるという一言があったからだった。

 その話というのがそれなのかと聞けば、オーリは首を縦に振った。


 確かに魔族の彼らにも手伝ってもらえれば捜索範囲はぐんと広がるだろう。しかしチサ村の時の様に誰かに見つかるとかなり不味い。

 ただでさえ魔族がいるとなると騒ぎになるだろうに、今は冒険者ギルドにチサ村の周辺に魔族がいるかもしれないと報告してしまっているのだ。

 ここでも魔族が見つかったとなると、下手をすると国に討伐の陳情が出るほどの騒ぎになる可能性がある。それだけは絶対に避けなければならなかった。


 俺が眉根を寄せて悩んでいると、俺の心配が透けて見えたのかオーリは大丈夫だと言葉を続ける。


「俺達は人族よりも鼻と耳が利く。そうそう誰かに見つかることは無い。あの村の人族に見つかったのは……言い訳になるが、俺達も万全の状態ではなかったからだ」


 俺はその言葉に森での彼らの姿を思い出した。

 あの時の彼らは皮と骨しかないかと言うほどガリガリに痩せこけていた。それに加えて、いつまで続くか分からない隠遁生活に、精神面も不安定だったはずだ。

 そう考えれば確かに、ポカをやらかすのに十分すぎる条件が揃っていたと思う。


「だが、今もまだ万全の状態じゃないだろう。あれから数日しか経ってないんだぞ?」

「いや、大将達のおかげで少しは回復した。十分やれる。……いや、やらせてくれ」


 オーリはやる気みたいだが、コルツとデュポはどうだろうか。目だけを動かして他の二人の様子を伺うと、二人もオーリと同じ気持ちのようで、コルツだけでなく調子のいいデュポですら真剣な眼差しで俺の顔を見ていた。


 彼らは誰にも見つからないと豪語する。しかし、俺が戸惑う理由は他にもあった。

 どうもこのセントベルに来てからというもの、魔族達が全く喋らなくなったのだ。


 元気が無くなったというか、どうも様子がおかしい。ユーリちゃんとシェルトさんの店で昼食を頼んだまではペチャクチャと喋っていて元気だったと思うのだが。

 ガザが回復の兆しを見せた今、その反応はかなり違和感のあるものだった。


 気がかりなこともありしばし悩む。だが結局は彼らのまとう雰囲気に根負けし、俺はありがたくその気持ちを受け取ることにした。


「ただ、三人一緒に行動するようにしてくれ。この森にいる魔物の情報はさっき言った通りだ。注意してくれよ? くれぐれも無茶はしないように」

「分かった。その程度の魔物であれば何とかなる。それで、薬草は何を見つければいいんだ?」

「ラニック草とティクス草だ。見分け方は誰か分かるか?」

「それなら問題ない。なにせ森暮らしが長かったものでな……」


 あ、不味いことを聞いたようだ。オーリは何を思うのか瞑目し、コルツとデュポも苦い顔をしてしまう。しまった、ここはさっさと話題を変えよう。


「な、なら大丈夫だな。あと無手じゃ魔物に遭遇したとき厳しいだろう。シャドウ、俺の武器を全部出してくれ」


 その場の雰囲気に堪えられず俺がシャドウに声をかけると、ぐにゃりと影がゆがみずぶずぶと武器が影の中から姿を現す。

 両手剣、短槍、槌、斧、双剣、等々……出てきた様々な武器を目の前にして、三人は目を丸くしている。


「この中から好きなものを使ってくれ。 ああ、価値があるようなものはあまり無いから、そこは気にしなくていいぞ」

「な、なんだか凄い量ですね。これ全部エイク様のですか?」


 ロナもまた三人同様に目を丸くしながら俺に話しかけてくる。


「ああ、一応な。一通り訓練したんだがこれと言ったものが俺には無くてなぁ。どれも凡才の域を出なかったんだ。ただまあ、扱うことはできるからシャドウに頼んで持ってきて貰ってはいるが」


 自分の情けなさを自己紹介しながら肩をすくめて見せる。こんなところで自虐自慢しても仕方ないもんな。

 しかし念のため持ってきたものがこんなところで役に立つとは、何が幸いするか分からないものだ。

 ロナと話しながら待つことしばし、三人は思い思いの武器を手に取りこちらへと歩いてきた。


「大将、俺はこれを借りよう」

「私はこれを借ります」

「俺はこれだ」


 オーリは槌、コルツは刀、そしてデュポは双剣を手にしていた。

 なんか予想と違って、両手剣とか短槍とか、オーソドックスなものを誰も使わないんだな。凄い意外だ。

 というかちょっと待ってほしい。


「コルツは刀を使えるのか? そいつは剣とは違うぞ?」

「いえ、見るのは初めてです。何か美しかったので」


 駄目じゃん。それじゃ鞘からもまともに抜けないだろう。

 刀は剣に形こそ似ているかもしれないが、扱い方がまるで違う。使ったことがないと、下手をすれば怪我をするかもしれない。

 練習するならともかく、今は止めておいたほうが無難だろう。


 かく言う俺も使い慣れていない最初の頃に、抜刀する際に鯉口――鞘の、刀を入れる部分の名前だ――に添えていた左手を剣先ですっぱり切ってしまい、流血沙汰になったことがある。

 他にも、かすり傷程度だったが納刀時に手を突くなんてこともあった。指南を受けていたアゼルノから「未熟者の証です」とばっさり言われ、非常にへこんだものだ。


「そいつは太刀って言うんだがな、ちょっと使ったことがないと無理だな。危ないからこっちにしとけ」


 ちなみにこれは太刀というもので、白竜族を代表してヴェヌスから貰った、俺にとっては思い入れのある大切な物だ。


 龍人族は戦う際に刀という武器を使う。白龍族は太刀、黄龍族のアゼルノは打刀(うちがたな)と呼ばれる刀を使っているが、この二つは同じ刀なのだが扱いが微妙に異なっていた。

 そのせいか、太刀を貰った時に俺が教えを請うたところ、何故かヴェヌスとアゼルノが急に険悪になり焦ったものだ。


 そんなことを思い出しながらコルツへ両手剣を手渡す。彼女はちょっと不満そうだったもののそれを受け取り、渋々刀を俺へと返した。

 耳も尻尾もしょぼんと垂れている様子が哀愁を漂わせている。


「……そんなに使ってみたいか?」

「ええ是非」


 こいつこんな奴だったのか。なんか新たな一面が見えたな。武器に対して凄い執着心がありそうだ。


「これは使い慣れてないと怪我することもあるから……。まあ、使うとこんな感じかな」


 俺は腰に刀を吊るすと彼らから離れる。そして鯉口を切って抜刀し、アゼルノに教わった型を一つ見せ、残心。その後ゆっくりと納刀して見せた。


 途端にコルツの目が輝き出した。

 リリさんのような若々しさを感じる(きら)めきではない。爛々と光っているような感じだ。


「……俺でよけりゃ今度教えてやるよ」

「本当ですか! お願いします!」


 結局、妙に興奮したコルツを連れた三人は、俺達から離れて森の奥へと消えていったのだった。


「……コルツってああいう奴だったんだな」

「……私も始めて知りました」


 ああ、確かにあの洞穴生活じゃ武器も糞も無かっただろうしな。魔族にも武器マニアとかいるのか。

 そんなことを話しつつロナとガザをまたシャドウに匿ってもらうと、俺はまたスティア達の下に戻ることにした。

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