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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第二章 再興の町と空色の少女
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44.ハイタッチ

「あれは誰でも驚きますっ!」


 シャドウ相手に絶叫を上げたリリさんは先程からご機嫌斜めだった。

 ぷりぷりと頬を膨らませて俺の前をずんずんと歩いているが、隊列を崩さないように注意している姿は微笑ましい。


「それなのに皆さん大笑いして! 酷いです!」


 どうやら俺達が笑ったのが気に障ったようだ。

 いや、だってあんまり驚いた結果、腰抜かして立てないとか言い出すんだもの。


「悪かった悪かった」

「それ悪かったと思ってませんよね!?」

「思ってるって」

「絶対思ってませんっ!」


 完全にへそが曲がってしまったようだ。それを見かねたシャドウがにゅっと影から伸び、彼女の前で手を合わせてしまったくらいだ。


「あっ、シャドウさんはいいんですよ。全然悪くないです!」


 それに対してリリさんは手を振りながら慌てて訂正する。


「それに、シャドウさん凄いですね! あんな大きなものを持ち運べるなんて驚きました!」


 彼女はそう言いながらシャドウの手を取り興奮気味にブンブンと振った。なんだかシャドウも嬉しそうで、手を握られながらぐねぐねとうねっている。


 彼女の言った通り、あの倒したワイルドベア達はいつものようにシャドウに格納してもらっている。

 ワイルドベア達が影に沈んでいくと、リリさんは「ふおぉぉぉおっ!」と感心なのか驚愕なのか良く分からない声を出しつつ目を輝かせていた。


「くれぐれもコイツのことは内密に頼む。変な奴に目をつけられると困るんだ」

「あ、はい、大丈夫です。私を信用してくれたんですよね。誰にも言いません!」


 リリさんはシャドウの手を握りながらしっかりと頷く。そう言った彼女からは特に悪意を感じないし、恣意的な行動をしそうなタイプにも思えない。ホシの言う通り心配いらないだろう。

 まあ知り合ったばかりのリリさんに話そうと思ったのは、今彼女には気安く話ができる人間がいない、という決定的な理由があったのが実は一番大きい。また拗ねそうだから言わないが。


 ただ私情ではあるが、俺は”信用”という言葉があまり好きではない。

 ”信じて””用いる”と言う言葉がどこか横柄で気に入らないのだ。


「それを言うなら信頼って言って欲しいところだなぁ」

「え?」

「信用って言葉、俺はどうにも偉そうで気に入らなくてね。俺の主義みたいなもんだが」

「……信頼、ですか」


 俺が軽く笑いながら首を振って訂正すると、リリさんはポカンと呆けた顔で俺の顔を凝視した。何言ってんだこのおっさんと思われてそうだな。


 今まで山賊をやったり軍人になったり、恨まれたり疎まれたり、人間のもつ負の感情と非常に縁が深い人生を送ってきた。

 だが俺は今までの人生の中で、様々な人間と関わってきた経験があった。


 十人十色という言葉がある。そんな人それぞれで違う感情という複雑怪奇なものを、俺は≪感覚共有(センシズシェア)≫という魔法によって直接感じてきたのだ。


 そんな能力もあって、他人を見る目に関しては人よりも養われたのではないかと思う。そんな俺から見てリリさんは、信頼に十分足る人物だと思えた。


「ふふっ」


 とか思っていたら笑われてしまった。やっぱりおかしかったか。


「何だか変なこと言ってすまん」

「あっ! いえ、別におかしいとかそういうことじゃなくって……!」


 手をブンブンと振って否定するリリさん。彼女からやっと開放されたシャドウがしゅるるると俺の影の中に引っ込んで行く。


「昨日までどのパーティにも入れて貰えなくて落ち込んでいたんですけど、こんなところで口説かれると思わなかったので、ちょっと嬉しくて」

「えっ」


 リリさんはそう言いながらはにかんだ。

 ああ、この流れはいかん。奴が飛んでくる。


「口説いていませんわぁぁぁあっ!!」

「うひゃぁぁぁぁあっ!?」


 一番前で警戒をしていたスティアがその台詞を聞きとがめてすっ飛んできた。


「ウィンディア、落ち着けって」

「口説いてませんわよね!? 口説いてませんわよねぇぇぇえっ!?」

「うるせぇっ!」

「はうっ!」


 俺の両肩を掴んできたスティアの額をペシリと叩く。肩が滅茶苦茶痛いから今すぐ離せっ。


「リリさんの言う口説くはそっちの意味じゃないだろ! 少なくとも俺はそういう意味で口説いてないからさっさと戻れ!」

「はぁい……」


 とぼとぼとまた隊列の先頭に戻るスティアの背中を、ホシがぽんぽんと優しく叩いていた。

 あっけに取られてその様子を見ていたリリさんだったが、急にくすくすと笑い始める。


「皆さん、凄く仲がいいですね」

「付き合い自体そこそこ長いからなぁ」

「いえ、そう言うことではなくって」


 何がおかしいのか彼女はまだ含み笑いを続けている。流石にこれは分からんな。

 森の奥へと進み始めても彼女は暫くくすくすと笑っていたが、思い出したかのように俺に振り返った。


「カーテニアさん、ちょっといいですか?」

「うん?」

「私のことはリリと呼んで下さい」

「え? いやでも――」

「あと、気を使って話してくれてますよね? ウィンディアさんやアンソニーさん達みたいに、普通に話して良いですよ?」


 確かに、スティアやホシ達よりはぶっきらぼうにならないように気をつけて話してはいた。

 これは元々、山賊団のポリシーだったものだ。相手の信頼を得るためにはまず態度から。そんな得物(ターゲット)を油断させるための配慮が、年月を経るにつれて常習化したものだった。


 だが俺としては昔からそうだったから、それが当たり前のことで。急にそう言われて少し面食らってしまったのだが――


「信頼、してくれるんですよね?」


 いたずらっぽく笑う彼女は、初めて歳相応の少女のような表情をその顔に浮かべたように見えた。



 ------------------



「リリさん! こっちのキラーマンティスを頼む!」

「”さん”はいりません!」


 俺は走りながら弓をシャドウへ手渡すと、代わりに腰の短剣を抜く。

 横から飛び掛ってきたキラーマンティスの鎌の一撃を受け流し、走る勢いを利用してその胴を足蹴にして後方へと飛び退る。

 足蹴にしただけなのでダメージにはならないが、キラーマンティスは踏ん張りきれずその場でたたらを踏んだ。


 しかし息もつかせぬかのように、その後ろにいたもう一匹が俺へと飛び掛って来る。

 だが上手く一対一の状況を作ることができた。俺は短剣を構えて敵を迎え討つ。


 ワイルドベアと交戦してから暫く進むと、今度はフォレストウルフの群れと遭遇し交戦することになった。

 こちらは五匹ほどの小さな群れで、まずホシとスティアが迎撃していたのだが、ここにキラーマンティスが横から飛び出してきて混戦になってしまった。


 流石というか、それに対してはスティアが予め警戒を飛ばしていたため、不意打ちを喰らうこともなく対応することができていた。

 俺はフォレストウルフをスティアとホシに任せ、キラーマンティスをリリさん――いや、リリと共に迎撃するため奴らを迎え撃っていた。


「ふっ!」


 飛び掛ってきた二匹目の攻撃もいなすと、その細長い首を短剣で跳ね飛ばす。頭を失ったキラーマンティスは片方の腕を持ち上げるものの、そのままの態勢でぐらりと揺れると地面に倒れ伏した。


 キラーマンティスは軍に入ったばかりの新人でも倒せるくらいの弱い魔物だ。群れることもないため比較的安全に戦える魔物でもあり、新兵の実地訓練に使うこともある。

 組み付かれたり鎌の一撃をまともに喰らえば命にも関わるが、防具で固めていれば致命傷を負う事はないし、隙を突かれるようなことがなければ特に脅威にはならない。じっくりと相対すれば安全に倒せる、経験の浅い人間向けの魔物だろう。


 ただ今は他の魔物と交戦中だ。安全第一ではあるが、時間をおかずさっさと倒してしまうに限る。

 俺はこちらへと再度向かってきたもう一匹の方へと注意を向け、迎撃の姿勢を取る。


「水の精霊よ! 阻む者を貫き賜え! ”水の弾丸(アクアバレット)”!」


 リリが素早く”水の弾丸(アクアバレット)”を詠唱すると、俺を飛び越えて水の弾丸がキラーマンティス目掛けて飛んで行く。

 寸分違わずその胴体に命中した”水の弾丸(アクアバレット)”は、キラーマンティスの四肢を勢い良く吹き飛ばし、ぼとぼとと地に降り注がせた。


 こりゃ酷いスプラッタだ。ヒュウと口笛を鳴らしリリを賞賛する。


 周囲に他に魔物がいないことをすばやく確認すると、短剣に付着した血を払い鞘に戻しながら、またリリの傍へと駆け、シャドウから弓を受け取り構え直す。


「すーちゃんぱす!」

「おっけーです、わっ!」


 俺が矢筒に手を伸ばしながら視線を向けると、しかし向こうはすでにフォレストウルフ最後の一体の相手をしているところだった。

 向かってきたフォレストウルフを、ホシは手盾を使ってスティアのほうへ殴り飛ばす。スティアもそのタイミングを外すことなく、踊るように短剣を振り抜きその首に刃を通した。 

 もんどりうって倒れたフォレストウルフはまだバタバタと動いていたが、スティアが止めを刺すとぐったりと横たわり動かなくなった。


「終わったみたいだな」

「そうですね」


 俺が矢に伸ばした手を引っ込めながら構えを解くと、リリも安堵の息を吐いた。

 丁度こちらを見たスティアに手を軽く上げて答えると、それを見た向こうはホシと顔を見合わせてハイタッチを交わしていた。


「……ん?」


 ふと見ると、リリも片手を上げてこちらをにこにこと見ている。少し思案してから、彼女の手にぺしりと手を叩き合せると、彼女は満足そうに自分の手の平を眺め始めた。


「これはいいものですね!」

「ハイタッチが?」

「はい! なんだか、気分が高揚します!」

「……もしかしてしたこと無いの?」

「はい!」


 元気良く返事をした彼女の目は、キラッキラと輝いていた。

 もうおっさんにはできない目だ。まぶしすぎる輝きに目を細めてしまう。


 しかし、今まで一度もハイタッチをしたことがないのか。佇まいからは感じられなかったが、もしかして周囲にあまり良い人間がいないとか、境遇が良くない人生を送ってきた不憫な子だったのだろうか。


「貴方様、どうして泣いているんですの……」

「お前達もリリとハイタッチしてやってくれ……っ」


 こちらへと歩いてきた二人にも頼むと、訝しがりながらもリリとハイタッチしてくれた。皆とハイタッチできて、やっぱりリリは非常に嬉しそうだ。

 ホシとは、「いぇーい!」とノリノリでハイタッチしていたのが実に微笑ましい。


「悪いが、魔力がもう三割くらいしかない。昼も近いしここらで休憩しないか?」


 フォレストウルフを解体しながら三人に提案する。一時間ほど休憩すれば一回分くらいは回復するだろう。

 まだ正午も回っていないし、何より薬草が未だに何も見つかっていないから、もう少し頑張りたいところだった。流石に成果なしは悲しすぎる。


 魔力量が欠乏すると頭痛や吐き気など身体にも影響が出てしまう。だから最低でも一割程度残しておくのが普通だった。

 こういった魔物の領域に足を踏み入れていれば尚更だ。あのワイルドベアが一番の強敵とは言っても油断はしないほうが良い。


「ではもう少し行った所で休憩にしましょう。ここは血の匂いが濃いですからね」

「はい、分かりました」

「やったーっ!」


 ”乾燥(ドライ)”を任せているスティアとリリが賛成すると、俺と一緒に解体していたホシが嬉しそうにニーッと笑う。

 ホシは昼食を受け取ったときから食べるのを楽しみにしていたようだから、嬉しさもひとしおだろう。今も「ごっはんー! ごっはんー!」と歌いながらさくさくと解体をこなし始めた。


 それを見たスティアとリリも頬が緩んでいる。ホシの明るさには助けられることも多い。賑やかし担当は伊達ではなかった。


 解体したフォレストウルフと、キラーマンティスの討伐部位――鎌を片方シャドウに入れて貰うと、すぐにその場から北へと立ち去る。血の匂いが残る場所は早々に立ち去るが吉だ。


 この辺りまで来ると流石に魔物の気配が濃い。ビッグモスもヒラヒラと良く飛んでいるのを見かけるし、クロウラーもあちらこちらの木にへばりついているのに、どこか異様な静けさを感じる。

 きっとスティアはもっと様々な気配を感じ取れているんだろう。

 昼食中なんかはどうしても無防備になるし、安全そうな場所の選定はスティアにお任せするのが一番良い。


「ここではいかがです?」


 スティア先導のもと十分ほど歩くと、木々の間が少しだけ開けているところに足を踏み入れた。皆で固まって食べるにはいい場所そうだ。文句もない。


 俺達はそこで腰を下ろすと、バドから受け取ったバスケットをシャドウに出してもらう。

 さて……。ホシじゃないが、何が入っているか楽しみだ。

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