41.曰く付きの魔術師②
龍人族。それは三百年前の聖魔大戦において魔王ディムヌスに組し、人族の敵として立ちはだかった不倶戴天の敵だった。
その力はあの魔族にも比肩する、人知を超えたものと言い伝えられている。そのため人族にとっては打ち倒すべき敵ではなく、恐れ忌避する天敵と考えられていた。
そんなわけで、人族にとって龍人族というのは、こうして向かい合って話し合うような友好的な間柄では全くない。
一人でも見つかれば騎士団が出動するほどの脅威の対象であり、一般人なら龍人族と聞いた途端腰を抜かしても不思議じゃない相手だった。
目の前でうな垂れている彼女を見ていると、とてもじゃないがそんな化け物染みた生物には見えない。だが人族には昔からそう伝えられていることもあり、それが常識として浸透しているのだ。
これは説明して納得してもらえるようなものではない。つまり、どうしようも無いとしか言いようのないことだった。
まあ事実はどうあれそんな言い伝えがあるものだから、そりゃ龍人族とパーティを組みましょうなんて言われても組む奴はまずいないだろう。
いくら冒険者とは言え、人族なら自己紹介をされた時点で泡を食って逃げ出すのがオチだろう。
王都で行ったパレードによって、龍人族に対してのイメージが好転する可能性は十分あるとは思うが、それが浸透するのはまだまだ先の話だろう。下手をすると十年以上先になるかもしれない話だ。
しかしそれを踏まえて改めて考えると、よく龍人族を冒険者として登録したなこのギルドは。その豪胆さに驚愕するわ。
やはりこのセントベルギルドはどこか頭がおかしいと思う。主に受付の頭が。
「やっぱり、無理ですよね……」
そりゃ断られるわ、なんてことを考えていると、リリさんが本当に小さな声でそうつぶやいたのが耳に入った。
「わたしを仲間になん――」
「別にいいよ!」
「てぅぇぇぇぇえっ!?」
……何だ今の声は。ホシが急に大声を出したからか、リリさんの体がビクリと跳ねた。
驚いたせいか、はたまた変な声を出したせいなのかは定かじゃないが、リリさんの頬がほんのりと朱に染まった。
「わ、私は、仰る通り人族じゃありません。龍人族です。だと言うのに……私を、パーティに入れてもいいと、仰るんですか?」
「あたしはいいよ!」
「まあ断る理由もないからなぁ。ウィンディアはどうだ?」
「わたくしも別に構いませんわ! というか、人族よりそっちの方がいいですわ!」
「えぇ……。喜ぶところがそこかよ」
どうも満場一致でパーティ参加が了承されたようだ。スティアに至っては先ほどまで俯いてもじもじしていたくせに、龍人族だと聞いてからとたんに態度が変わっている。そんなに人族が苦手か。
一方のリリさんは、皆の快い返答を聞き、顔を伏せていたことも忘れ目をぱちくりさせている。
今までそれで断られていたのが一転大歓迎なのだから、驚くのも無理はない。
「実は俺達、龍人族の友人が結構いるんだよ。黄龍族と白龍族だったか」
「え? ――えぇぇっ!? そ、そうなんですか!?」
俺の言葉をすぐに理解できなかったのか、ワンテンポ遅れて、リリさんが腰を浮かせながら驚きの声を上げた。
そうなんです。ヴェヌス達白龍族には先の戦で何かと世話になったし、俺の部下だった第四部隊の隊長アゼルノも、黄龍族だと本人が言っていたから間違いない。
俺達は奇縁があり、彼らと長い間戦友として袂を連ねてきた。
だからこそ、龍人族がこと戦闘において超生物扱いということを、この目で、そしてこの体で確かめる機会があり、良く知っていた。
ただ。その心が怪物などとは程遠く、人族とそう変わらない、脆さも暖かさもあるものだということもまた良く知っていた。
そんな理由から、龍人族だからと言って彼女を忌避する理由が、俺達には全くもって無かったのだ。
リリさんは悪い人間ではなさそうだし、彼女がそう望むのであればパーティに加えるのも吝かではない。
「だから、リリさんがパーティを組んでみたいと言うんなら別に拒む理由も無いかな。実はこっちにも人族が苦手な奴がいて……。まあ、人族を前にしたときの態度がこいつとリリさんが同じだったから、リリさんが人族じゃないって何となく分かったわけなんだが」
そう、リリさんの反応はスティアが人族を目の前にしたときと全く同じだったのだ。
自分の眼を見られないように振舞うその姿にどこか既視感があって、不思議に思いながらスティアに話を振った時、全く同じ仕草をしていたスティアが目に入りピンと来たのだ。
「わたくし、ハーフですがヴァンパイアなんですの。それでちょっと昔、人族とごたごたしたことが何度かありまして……」
「へぇ~、そうなんですね。あ、本当。目が人族と違うんですね」
感心したようにお互いの顔、というか眼を観察するリリさんとスティア。
先ほどまで初心な男女のお見合いみたいに俯きあっていたのに、お互い人族じゃないと分かった途端これだ。
「あたしも! あたしも人族じゃない!」
「ええ? 本当ですか? うーん……アンソニーさんは何の種族なんですか?」
「知ーらないっ!」
「え、えぇ……?」
ホシの返答にリリさんが困惑する。そりゃ話を自分で振っておいて知らないは無いだろう知らないは。誰だって困惑するわ。
「こいつが人族じゃないのは本当なんだが、何なのかは良く分からないんだよなぁ。たぶんオーガだろうと思ってるんだが」
「オ、オーガですか? それはまた……珍しい? んですか?」
「うーん……。まぁ、少なくとも他のオーガは見たこと無いなぁ」
俺はホシの頭をぽんぽんと軽く叩きながらそう説明する。実物なんて見たことが無いから、ホシがオーガだと言うのもただの想像だ。
もしかしたら違うかもしれないが、まあその時はその時だ。ホシはホシなのだから気にしても仕方が無いと、もう随分前から割り切っている。
ホシの前髪をペロンとめくってやると、その申し訳程度のツノが姿を現す。指差してリリさんに見せてやると、目を丸くして「ほぉーっ……」と感心していた。
「じゃ、じゃあカーテニアさんも人族じゃないんですね!?」
「私は人族です」
「あ、そ、そうなんですね。すみません……」
何故「ですか?」じゃなくて「ですね?」って確認されたんだろう。後で聞いてみたいところだ。何処からどう見ても人族だと思うんだが。
なんだか話が盛り上がってきてしまったが、話が脱線しすぎたため一旦元に戻そう。
「で、だ。どうしようか。俺達についてはさっき話した通りだが、もしリリさんが組んでみたいと言うなら、とりあえずお互い様子見で組んでみようかと思うんだが、どうだろう?」
「は、はい! 是非お願いします!」
俺の問いかけに、彼女はぴょこんと居住まいを正して頭を下げてきた。
先ほどの様子からは一転積極的に声を上げて申し出てきたが、多分こっちのほうが素なんだろうな。
うん、妙におどおどしているよりずっと良い。元気になったようで何よりだと、つい口元が緩む。
「それじゃ暫く組んでやってみよう。初めは……ウィンディアとアンソニーは前衛を頼む。俺は中衛をやるから、リリさんは後衛。様子を見て不味そうだったら配置を変えることにしようか」
「はい! 分かりました!」
「承知しましたわ!」
「おっけー!」
三者三様に良い返事が帰ってくる。リリさんは俺達と組むのが初めてなのだから、前衛を二人に任せて、俺はリリさんをフォローしつつ弓でもやればいいだろう。
後でシャドウに弓と矢、それと万が一に備えて短剣も出して貰うとしよう。
さて、組むのが決まったのなら依頼の話もしておこう。俺はイーリャから受け取った依頼票を懐から出しリリさんへと手渡す。
「実は既に指名依頼が入っていて、今日はそれをやろうと思っていたんだ。まだギルドを通してないんだが……」
「もう指名依頼を? 凄いですね……!」
リリさんは感心しながらも、俺が渡した依頼票を真面目な顔つきで眺め始める。
これは凄いのだろうか? 実のところ、こう都合よく指名依頼が舞い込んだというのは非常にタイミングが良すぎると、俺は訝しんでいた。
思うにこれは、グッチの奴に嵌められて受注してしまった依頼だろう。なにせ奴の紹介であの店に立ち寄ったんだからな。
であるからか、あまりこう感心されてしまうと、奴のノホ顔が頭にチラついてなんとも言えない気持ちになってしまう。
「薬草の採集ですか。だとすると、北東の森に行くつもりなんですね?」
「ああ。リリさんは行ったことは?」
「流石に一人だと厳しくて行ったことは無いんです。ただ、それでも行けるかどうか調べたことがあるので、どんな魔物がいるのかは知ってますよ」
「そりゃ助かる。正直アレに聞くのはなんとも……」
「ああ……やっぱりそうですよね?」
俺がちらりとグッチに視線を送ると、気づかれてしまったようで奴が親指を立て、カウンターから身を乗り出してきた。反応せんでいい座ってろ。
リリさんもちょっと辟易した様子でため息をついていた。どうにかならねぇかなアレ。
冒険者になって初めての障害が受付とか、凄い嫌だ。
「なら、今日はこの依頼を受けて北東の森に行ってみよう。で、日が落ちる前にここに戻ってくるということで」
「分かりました。それでは――」
リリさんはそこまで言うとおもむろにフードへと手をかける。露になったその髪は澄んだ青空を思わせるような綺麗な空色をしており、彼女の肩をはらりと撫でた。
見ればその首筋にも彼女が龍人族であることを示す、髪と同じ空色の鱗があるのが目に入った。
「私は青龍族のリリです。これからよろしくお願いします」
先ほどのおどおどとした雰囲気とは一変、彼女はふわりと、たおやかに笑みを浮かべたのだった。
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「ンノホホホ! このわたくしが見込んだ通りでしたな!」
リリさんを伴って受付まで行くと、グッチは勝ち誇ったかのように高笑いをし始めた。よし、先達からの教訓を生かしてスルーを強行するとしよう。
イーリャからの依頼票をグッチの目の前へずいと出し、奴の目をそちらに無理やり向けさせる。
「これを受理してくれ」
「ムムッ! これはっ! わたくしが紹介した商店からの依頼ですな! ですな!?」
「ああ、だから早く受理してくれ」
「ノホホホッ! せっかちは嫌われますな! 主にわたくしに!」
駄目だまともにスルーできる気がしねぇ。他の冒険者はどうやってやり過ごしているんだろう。別に嫌われてもいいから早く受理してくれ。
グッチはノホノホといやらしく笑いながら依頼票にスラスラとサインをすると、その上から金属製の印章をポンと押しつける。そしてくいと眼鏡を上げながら、こちらへそれを手渡してきた。
動作が一々無駄にくねくねしていて非常に鼻につく。
「ノホッ! これはランクF任務となりますな! 皆さんはランクGですが、問題なく受けられますのでご安心を。これで手続きは終わりですな。町の近くとはいえ森ですから、魔物も出ますのでくれぐれもご注意を」
「その辺りはさっきリリさんから聞いた。問題ない」
俺が依頼票を受け取りながらそう答えると、それに対してグッチはほほうと胡散臭そうな顔を満足そうに歪めた。
彼女から聞いた話では、北東の森にはチサ村周辺にも生息していたフォレストウルフの他、攻撃的な魔物だと、ファングボアやワイルドベア、キラーマンティス、アーススパイダーなんかがいるということだ。
ワイルドベアはこの中では頭一つ抜けて強い魔物だが、群れることも無い奴だし俺でも何とか一人で倒せる魔物だ。そう考えると、この森に入ること自体に問題はなさそうだった。
ただアーススパイダーは非常に嫌らしい魔物であり、この中では一番の注意が必要だろう。
文字通り土の中に潜み、獲物が巣の真上に来ると一気に噛み付いてくる。麻痺性の毒も有するため、不意をつかれると結構危険なのだ。
魔物との戦闘中に誤って奴らの巣に足を踏み入れたりした場合、対処が遅れると足を持って行かれたり、最悪人生が終わる。気をつけて然るべき相手だろう。
ただこいつの生息地は森の奥らしいので、奥まで行かなければ問題ないようだ。
他にもビッグモスやクロウラーなんかもいるらしいが、こいつらは基本的に好戦的ではないため放置しても危険はない。なので今回の目的を優先して相手をしないことにした。
これらの討伐依頼もちらほら掲示板に張られていたが、今回の主たる目的は薬草の採集なのだから、討伐よりも採集を優先しよう。
「それじゃ行こうか」
俺が振り返りながら声をかけると、三人分の視線がこちらへと集中する。
スティアとホシは普段通りの顔つきだが、リリさんだけはやはり少し緊張したような固さがあった。
初めて組むんじゃ仕方が無いが、暫く彼女には気を配らないといけなさそうだ。
先ほどの話し合いで特に準備する必要があるものも無かったため、このまま森へ直行しようと話が済んでいる。
俺達は指名依頼を果たすべく、北東の森を目指してギルドを出た。