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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第二章 再興の町と空色の少女
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40.曰く付きの魔術師①

「それでは行ってきます」


 俺はフードをかぶりながら振り返り、クルティーヌの面々と挨拶を交わす。


「はい、お気をつけて」

「ホシちゃん頑張ってね!」

「うん!」


 シェルトさんが返事をすれば、ユーリちゃんもこぶしを握ってホシを激励する。

 次の日の朝俺達三人は、冒険者ギルドに向かうためクルティーヌを出発しようとしていた。


 そう。宿を、ではない。クルティーヌを、である。


 それは昨日の騒動の後、バドがクルティーヌに泊まりたいと言い出したのが切っ掛けだった。

 朝早くからパンを仕込みたいがためだったのだろう。それを理解しているシェルトさんも、むしろお願いしますと言っていたのだが、流石に今日知り合った男一人を女所帯の家に泊まらせるのは不味い。


 なのでスティアとホシも一緒に泊めて貰えないかとお願いしたのだが、今度はスティアの馬鹿がゴネにゴネ、結局俺までご厚意に甘えることになったのだ。


 急に四人も泊めさせる事になりシェルトさんには申し訳なかったが、店を続けられる希望が出てきたためか、はたまたユーリちゃんがホシとお泊りできると大喜びしたためか。

 シェルトさんの機嫌が終始すこぶる良かったのは幸いだった。


 ちなみに今日は薬草を採集する予定のため、スティアにはその長い髪が邪魔にならないようにまとめてやっていた。

 両サイドの髪を何本かロープ編みにしてからうなじの上辺りでまとめ、いつもの黒色の長いリボンで結んでやった形だ。


 なおユーリちゃんがその様子を非常に羨ましそうに見ていたため、彼女も椅子に座らせ、同じようにしてやった。

 ユーリちゃんの髪はちょっと癖っ毛で野暮ったく膨れていたのだが、櫛で梳いてからまとめたおかげでスッキリし、非常に印象が変わって垢抜けて可愛らしくなった。


 シェルトさんもびっくりしていたし、ユーリちゃんも飛び上がらんばかりに喜び、今も非常にご機嫌な様子だ。

 お礼も言われたが、一宿一飯の恩義なんて言葉もある。大した手間でもないし、この程度は安いものだ。


「バドも、頼んだぞ」


 バドは当然居残り組で、シェルトさんの隣に立っている。俺が声をかけると彼は一つ頷き、持っていた大きいバスケットを二つ俺に差し出した。


「私とバドさんで、朝に練習で焼いたパンです。練習にしては凄い量だと思っていたんですけど、エイクさん達の昼食だったんですね」


 シェルトさんがバドの行動を補足する。

 凄い量なのは、たぶん魔族達の分も入っているからだな。確かにこの量は三人分には到底見えない。バスケットの大きさから想像するに、軽く三倍以上はある。


 昨日ここで夕食を済ませた都合もあって、魔族達は夕食、朝食とお預けだったのだ。彼らには悪いことをしてしまったが、これはその分も込みなんだろう。


 俺達の昼食も含め、どこかで調達しようと思っていたためありがたい。シェルトさんとバドに礼を言つつそれを受け取る。

 そうして俺達は三人に手を振りながら、冒険者ギルドへ足を向けたのだった。



 ------------------



 冒険者ギルドの入り口を通ると、そのまま真っ直ぐに受付へと足を進める。昨日は閑散とした様子のそこには、今朝はぽつぽつと人の姿があった。


 一つしかない受付には少しの列ができていたが、殆どが依頼の受理のみだったらしく、すぐに短くなっていく。

 最後尾に並んだ俺達の番は程なくして回ってきた。


「おはようございます。ようこそセントベルギルドへ。わたくし窓口担当のグッチと――」

「知ってるわ。早くしろ」

「ノホホッ! つれないですなあ。そんなことでは、このセントベルギルドで生きていけませんぞ?」

「お前のボケに付き合わないと死ぬのか?」


 胡散臭い上に鬱陶しいとか最悪だ。そう言えば、ここに並んでいる冒険者達はさっさと用件を済ませて去って行ったな。

 もしかして、こいつにウザ絡みされないための知恵なのかもしれない。今度から俺も真似しようと心に誓う。


「で、色々頼んでいた件はどうなった?」

「はいはい。ではまずこれを」


 グッチは机の脇の引き出しから三枚の板のようなものを取り出し、怪しい手つきでテーブルに並べた。


「これは、冒険者証か?」

「はい。お三方の冒険者証ですな。どうぞお受け取りください」


 差し出されたそれは、丁度手の平と同じくらいのサイズの物だった。


 革でできたカードケースで、二つ折りのそれを開くと、中に羊皮紙が挟まれている。中の羊皮紙には、登録年月日、名前、登録ギルド、ランク、そして恐らくドッグタグにも打ち込まれている何らかの文字列が書き記してあった。


 だが見てくれも内容も、全てが粗雑に過ぎる。カードケースもところどころ痛んでいて、使いまわしされているのが明らかだ。

 ランクGならこんな間に合わせのもので十分、という意思が透けて見えた。


「ああ、もし冒険者を辞める場合は返して頂けますかな? また使いますので」


 このタイミングで言う必要があることなのかそれは?

 やる気に水を差すんじゃない。

 

「あと解体については、朝から担当者が飛び上がらんばかりの勢いでやっておりますが、もう少し時間を頂戴したいですな。検品についても、もう少しかかるとの事ですな」

「分かった。もともと昼にって話だったから、それまでにやってくれればいい。それで、顔合わせの件はどうなった?」

「ノホッ! それでしたら――」


 あちらに、と言われて手を向けられた場所を見る。そこには灰色のフードを目深にかぶった人物が一人、ギルドの隅に置かれた誰もいないテーブルに、ちょこんと座っている姿があった。



 ------------------



 俺達三人がそのテーブルに近づくと、俯き加減だったその人物は、はっと顔を上げてこちらを向いた。

 フードから僅かに覗いた顔は、女性というにはまだ早い、十六、十七くらいの少女に見えた。


「すまない、あのアホ――いや、ギルドからの紹介で、顔合わせをする事になっているんだが、君で間違いないか?」

「あ、あっ! はい! 私で間違いないです!」

「おーっす!」


 その少女は慌てたように立ち上がると、丁寧にぺこりとお辞儀をした。

 ふむ。礼儀はちゃんとしているし、性格には難が無さそうに見える。少なくとも、偉そうに手を上げて挨拶したホシよりもきちんとしている。


 となると、パーティメンバーが見つからないと言うのは実力に問題がある可能性の方が高いだろうか。

 スティアに目配せをすると、同意見だったのか僅かに頷いた。

 ホシも警戒している様子はないし、人となりに問題ないというのは間違ってなさそうだ。


「それじゃ、少し話をさせてもらってもいいかな? 俺はエ――んんっ! カーテニアだ」

「はじめまして。わたくしはウィンディアですわ」

「あたしはアンソニー!」

「ア、アンソニー? あっ、えーっと、私はリリと言います」


 俺達は挨拶を済ませるとそれぞれ席につく。とりあえずお互いの情報を問題ない程度に話し合いつつ、彼女の様子を伺うことにした。


「聞いた話だと君は魔術師だとか。俺達は昨日登録したばかりのランクGなんだが、そこは問題ないと思っていいのか?」

「は、はい。問題ないです。私もまだランクGですし」


 リリさんは俯き加減にしながらもこちらの質問にはちゃんと答えてくれる。ただ、不自然にも目を合わせてはこなかった。

 単に男が苦手なのかもしれない。俺はもう少し様子を見るために、スティアに視線を送りそちらから聞いてみるように頼んだ。


「リリさん。魔術師とのことですが、どんな魔法が使えるんですの?」


 スティアもちょっと俯き加減だったが一応聞いてくれた。

 ああ、スティアはまたコミュ障を発症しているな。もしかしたらパーティを組むかもしれないんだ、もう少し頑張ってくれ。


「え、えーっと、私は水魔法なら上級(マスター)まで使えます。その、土魔法も使えますが、それは中級(ノーマル)までならなんとか。風魔法は下級(ビギナー)が精々です」

「水の上級(マスター)までですか。凄いですわね。短縮詠唱はどこまで?」

「水魔法だったら中級(ノーマル)までなら問題なく短縮できます。上級(マスター)もやればできますが、狙いをつけるのがまだ甘くて……。実戦で使うのはまだ不安があります」

「土に関しては?」

「土は下級(ビギナー)なら何とか。でも狙いが少しぶれます。あと中級(ノーマル)は使うのがやっとなので……すみません。風は短縮詠唱自体無理です……」


 ……こりゃ大したもんだ。彼女はしきりに恐縮しているが、確かに魔術師を名乗れるだけの実力はあると思う。


 見たところ、彼女は魔法使いなら大体が所持している、魔法の発動を補佐する魔導杖(まどうじょう)――単に杖と呼ばれるが――を持っておらず、手ぶらだ。

 それでいて上級魔法(マスターマジック)の短縮詠唱ができると言っているのだろうから、その時点で相当の使い手だと言える。


「凄いな。俺も魔法は使えるが、四属性全部、中級(ノーマル)が限界だな。上級(マスター)も無理だし、短縮詠唱なんて基礎(ベース)すらできないぞ」

「あっ、そうなんですね。でも、それも凄いです。私は火魔法はからっきしで……。基礎(ベース)すら使えません」


 そりゃ珍しい。基礎魔法(ベースマジック)は魔法使いなら大体四属性すべてを習得しているのが大半だ。

 まあ適正が壊滅的に無い人間もいるから、それはそこまでおかしくもない。火魔法が使えない、という理由がパーティを組めない原因ではないだろう。


「あの、カーテニアさんは魔法使いなんですか?」

「ん? ああ。いや、俺は……。んー……なんだろう……?」

「えぇ……?」


 考えていると、今度はリリさんの方から質問がきた。

 だが、そう改めて聞かれると困る。というのも、俺は自分に向いている戦い方をあれこれ模索した結果、それなりに戦えるようにはなったが、武器や魔法を含めて、そのどれもが凡才止まりにしかならなかったからだ。


 魔法使いかと言われるとそうでもないし、今はショートソードを帯剣しているが、その使い手かと言われるとこれもまたそうでもない。中途半端の塊なのだ。

 考えていたら悲しくなってきた。


「リリさん。カーテニア様は魔法は先ほど言った通りですし、武器は何でも使えますのよ。だから、あえて言うなら魔法戦士ってところではないでしょうか」


 魔法戦士! なるほどそういうのもあるのか!


「魔法戦士、ですか。初めて聞きました」


 無いのか……。スティアの造語だったみたいだ。悲しい。


「あーっと……まあ何でも屋みたいなところはあるな。いつもはこの二人ともう一人に前衛や中衛を任せて、俺は後衛でもっぱら援護だな。で、もし不味いところがあればそこを埋めるように動く感じか」

「へぇ~、そうなんですね。その、もう一人というのは?」

「あのね、今パン屋さんでパン焼いてるの!」


 バドの事を聞かれ、ホシがぐっと身を乗り出す。


「へ? パ、パン? パンってあのパンですか?」

「うん! 美味しいよ!」

「あー……まあ色々あってな」


 ホシは嬉しそうだがリリさんは困惑気味だ。そりゃいきなりパン屋の話をされても反応に困るよな。

 まあ今は関係ないから脇に置いておこう。


「こっちのス――ウィンディアは君と同じく魔術師なんだが、短剣を使った前衛もできる……と言うよりそっちがメインだな。で、こっちのアンソニーは魔法は使えないがその変わりアホみたいに力が強い。メイスを使う前衛だ」

「ウィンディアさんも魔術師なんですね。カーテニアさんも魔法を使えるみたいですし……。それなら私、必要ないのでは……?」


 はぁとリリさんはため息をついた。いらないとまでは言わないが、確かに四人パーティで魔術師二人に魔法使いが一人じゃあちょっとバランスが悪いだろうな。

 ただ、俺もパーティ単位なら前衛くらいはこなせるし、スティアに至ってはいわずもがな。とすれば前衛三人のパーティに後衛が一人なのだから何の問題も無いだろう。


 だがまあ、パーティバランスに関しては別に良いのだ。大した問題でもないし、今考えたようにどうとでもなる。

 問題を上げるならやはり、目の前でずっと俯き続けているリリさん自身のことしかない。


 男が駄目なのかと思いきや、スティアとも視線を合わせようとしない。だがそのわりに受け答えはしっかりしていて、その様子が非常に不自然だった。


 それにだ。俺もフードをかぶったままで人のことをとやかく言えないが、最初に礼儀正しく挨拶をした彼女が、未だにフードを目深にかぶり続けていることにも違和感があった。

 挨拶をする際にフードを脱ぐのは基本的な礼儀。こんなもんは常識だ。


「リリさん」

「あっ、はい」

「最初、リリさんがパーティを組めないとギルドから聞いていたからどんな問題を抱えているのかと思ったんだが、こうして話していても俺には全く分からないんだ。良ければ聞いてみたいんだが……何か理由があるのか?」


 俺はその疑問を真正面からぶつけてみる。すると彼女はそれに僅かに身を固くした。

 口は真一文字に結ばれている。彼女は完全に沈黙してしまったが、俺にはそれが、話すかどうか迷っているように見えた。


 実力にも問題ない。性格にも問題ない。ならその問題とは一体何なのか。


 ギルドに人がおらず組む人間がいないためだとグッチは言っていた。しかし本人がここで口ごもるということは、その話が嘘という可能性が高い。

 彼女自身に何か理由があるのだろう。

 そして俺はその理由について、既に何となく察することが出来てしまっていた。


「リリさん」


 俺は彼女にまた声をかける。俺の声に彼女はピクリと身を震わせ、俯いた顔を少し上げた。

 さて、彼女には悪いがちょっとカマをかけてみるか。


「君、人族じゃないだろう」

「え――!?」


 俺の言葉に、リリさんは俯いてばかりだった顔をハッと上げる。そこには事実を言い当てられたことに対してだろう、驚愕の感情が浮かんでいた。

 しかし俺はそんな顔のほうにではなく、今日初めて俺の顔を見た彼女の眼をこそ、しっかりと見つめていた。


 俺の視線の先には、まるで満月を思わせるような輝きを帯びた瞳があった。

 しかし何より特徴的なのは、その瞳を左右から力任せに引っ張り真ん中から引き裂いたような、縦に伸びる瞳孔を有しているという点だった。

 その目を見て、俺は彼女がパーテイを組めないその理由を、予想から確信へと変えた。


 ――リリさんは、龍人族だった。

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