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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第二章 再興の町と空色の少女
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38.指名依頼

「必ず返すからな、ホシ」

「うん!」


 結局ホシから金貨を3枚借りることにして、四等級の生命の秘薬(ポーション)を購入した。

 ロナやオーリ達が涙声で、ありがとうございます! としきりに感謝していたが、大っぴらに宥めることができず苦笑するばかりだ。

 だが店員もやっと入った収入に号泣し、こちらに気を向ける余裕もなかったらしく、全く気づいた様子もなかった。


「ありがとうございます! それと追い返そうとしてすみませんでした!」


 今もまだぐすぐす言いながらお辞儀をする店員がなんだか侘しく見えてしまい、そっと目を逸らす。ここはさっさと話題を変えてしまおう。


「それよりだ。何で薬が無いか、まだ聞いてなかったな」

「あっ、そう言えばそうでしたね」


 そう言いながら彼女はその辺にあった布で、ぶーんと思い切り鼻をかんだ。年頃の娘がそんな姿を他人に見せていいのか、と思ってしまう俺はおかしいのだろうか?


「実はですね。この町で採集の依頼を受けてくれる冒険者の方が非常に少ないんですよ」

「それはギルドでも聞いたな。常駐してる冒険者が少ないとかなんとか」

「そうなんです。ただ、他の町から来る冒険者の方は多いんですよね。でもそういった方はセントベルの依頼を受けてくれるわけではないので、この町のギルドに出している採集の依頼は放置されていて。薬の原料になる薬草を手に入れる伝手が殆どなくなってしまったんです」


 そこまで言うと、彼女はがっくりと肩を落とした。

 冒険者ギルドには今も薬草の採集依頼を出しているらしいが、他の商店も同じような依頼を出していて、少し前は価格の吊り上げ合戦にもなったらしい。

 その傾向は一年ほど前から始まっていたが、当初、彼女はそこまでする事態かと高を括り静観していたという。しかし気づいた時にはすでに遅く、この店の依頼を受ける冒険者自体がいなくなってしまったらしい。というのも、だ。


「指名依頼?」

「はい。冒険者を指名して依頼すると、依頼者はその分報酬を上乗せしないといけませんが、信頼できる冒険者やパーティへ確実に依頼を出すことができます。今この町では採集依頼は全て指名依頼で行われているんです」

「ならここでも指名依頼を出せばいいだけじゃないのか?」

「それが無理なんですよ~……。この町にいる冒険者で採集依頼を受ける気のある方達は、もう皆どこかしらから依頼を受けているんです。今、各商店の間で暗黙の了解になってることですが、一つの冒険者パーティには一つの商店からしか指名依頼を出さないようになっているんです。かぶってしまうとまた価格を吊り上げ合うことになりかねないので……」

「ああ、そういうことか」


 一つのパーティが二つの商店から依頼を受けてしまうと、持っている薬草を奪い合い、また報酬の吊り上げ合戦が始まってしまう。

 そうするとその高くなった価格が基準となってしまい、他の冒険者達がごねる可能性がある。それでは依頼を出している商店が他の商店から突き上げを食らうかもしれないし、不味い話になるってわけだな。


「そこでお願いがあります! 私の依頼を受けて貰えませんか!?」


 突然手を両手で握られ、体がびくんと跳ねる。さっきからこの子、喜怒哀楽が激しすぎやしないか? 食生活が乱れて頭がやられたのだろうか。


「ちょっと貴方! 気安いですわよ! 手を放しなさい!」

「ようやく見つけた飯のタネ! 放しませんぞぉ! 絶対放しませんぞぉ!」

「何なんですの貴方!?」


 スティアが険しい声を上げるが、店員は俺の手にすがりついて放さない。どうでもいいが、反応がおっさん臭いのはどうにかならんのか。


「くっ……! 依頼なら受けますから放しなさい!」

「じゃあ放しますっ!」


 結局何の話も聞かずに依頼受けちゃったよ。報酬も内容すら聞いていないのに。

 まあ内容はどうせ採集依頼だからいいが、蓋を開けてみたら「ドラゴンの肝が欲しいんです!」なんて言われたらどうするんだ?

 スティアとホシの二人ならドラゴンの一匹くらい倒せそうなところがあって妙に不安になる。


 俺の不安をよそに、こほんとわざとらしく咳払いをすると、店員はぺこりとお辞儀をした。


「改めまして――この度は当店の依頼を受けて頂きましてありがとうございます。私は当店の店主、イーリャと申します。よろしくお願いします」


 イーリャと名乗った店員は、俺達の顔を見回す。一抹の不安を抱えながらも軽く頷いて返すと、彼女は安心したように表情を少し緩めた。


「依頼内容としては先ほどお話しした通りです。薬の原料になる薬草の採集を依頼します。えっと~……ちょっと待ってくださいね~……」


 ああ良かった、普通の依頼だった。猜疑心が過ぎたかと人知れず胸を撫で下ろす。

 イーリャはカウンター脇にある引き出しを何やらごそごそし始めたかと思うと、一枚の紙を取り出した。


「えっと、これは冒険者ギルドに依頼を出すときに使われる依頼票ですね。普通はギルドにこれを出して、内容に問題なければ掲示板に張り出されて……それで依頼を見た冒険者さん達がギルドに渡して受理、という形ですが。今は私達の間で決まった依頼内容を書いたらもうお渡ししちゃいますので、そのままギルドに持って行って受理して貰っちゃってください」

「へぇ……。分かった」

「分かったー!」


 元気良くホシが声を上げたのを見て、イーリャは目じりを下げた。最初の態度の悪さはなんだったんだろうという変わりようだ。相当切羽詰っていたんだろうな。


「採集してきて貰いたい物は、ラニック草とティクス草です。えーっと……そう言って分かります?」

「それならどっちも知ってる。傷薬と解毒薬の原料だろ? 採集方法も知ってるから大丈夫だ」

「本当ですか!? なら安心ですね!」


 こういった薬草は根っこから掘り起こし、綺麗に土を落として採集するのが基本だ。

 知らないと葉の部分だけ採集しがちだが、根っこも葉同様に薬効があるため、持っていかないと価値が落ちるのだ。

 まあ遠距離を持ち運ぶときは土ごと採らないといけなかったりする場合もあるが、今回に限っては森がそう離れていないし、しなくても問題ない。


 こういう薬草だのなんだのの採集なんかは山賊時代に良くやったものだ。イーリャの言う通り、安心して任せて欲しい。


「どちらもこの町から出て、北に行ったところの森に自生しているようなので、そこで採集するといいと思います。ただ、あそこは色々と魔物が出るみたいで……。すみませんが冒険者ギルドで調べてみて下さい」


 彼女はそう申し訳なさそうに言うが、森に入るなら当然のことだろう。それはこちらの仕事であり気にすることはないと告げ、先を促す。


「報酬ですが、ラニック草は一本小銅貨4枚、ティクス草は一本小銅貨3枚でどうでしょうか?」

「一”本”とはまたなんとも。普通一”束”じゃないのか?」

「普通ならそうなんですけどね~……。今は一本でも多く欲しいんですよ~。ははは……」


 苦笑した俺に、イーリャは乾いた笑いを浮かべて返した。

 普通ならラニック草とティクス草はどちらも十本一束で銅貨1枚といったところだが、一本単位の買い取りで、しかも倍額とは。こりゃ本当に切実な状況のようだ。


「十本持ってきてくれたら一本分おまけしますよ。どうでしょう?」

「随分奮発してくれるな。俺はそれで構わないが、二人はどうだ?」

「わたくしも構いませんわよ」

「あたしもいいよ!」

「うっしゃぁーッ! ありがとうございます! それじゃ早速書いちゃいますね!」


 天を仰ぎおっさんのようなガッツポーズをすると、イーリャは嬉々とした様子でサラサラと依頼内容を依頼票に書き記していく。

 だがそれもある場所で止まり、こちらへと視線を移した。


「あ……そういえばお名前をお聞きしていませんでしたね。すみません。お聞きしてもいいでしょうか?」


 そういえばまだ名乗っていなかったなと、反射的に本名を答えそうになったが、口を開いたところでかろうじて思い留まる。

 いかんいかん。ここは冒険者として受けるのだから偽名の方だな。偽名の方。


「俺は……カーテニアだ」

「わたくしはウィンディアですわ!」

「あたしはホ……むぐぐぐっ!」

「こいつはアンソニーだ!」

「は、はぁ……。 わ、分かりました?」


 慌ててホシの口を手で押さえ、愛想笑いで誤魔化す。何故か疑問形で答えられたが、たぶんギリギリセーフのはず。

 俺とホシはちらりと目を合わせると、揃って安堵の息を吐いた。


「えーっと……それで、皆さんのパーティ名は何でしょう?」

「”エイク様親衛隊”ですわ!」

「エ、エイク様親衛隊?」

「ですわ!」


 何故かイーリャから助けを求めるような視線を向けられたんだが。

 俺が諦めたように首を振ると、彼女も何故か悲しそうな顔をし、力なくカリカリと羊皮紙に書き込んでいく。たぶん、こいつらに頼んで本当に良かったのかとでも思っているんだろう。


「はい。それでは、エ、”エイク様親衛隊”にこの内容を指名依頼させてもらいます。……本当に大丈夫ですよね?」

「それについては大丈夫だ。任せてくれ」

「分かりました。この依頼はたぶんランクF依頼になると思います。皆さんはランクGのようですが、これは受けられるので大丈夫のはずです。もし不都合があって受理されなければ、すみませんけどまた来てもらえるでしょうか」


 イーリャは俺達の首にかけられたタグをちらりと見た後、そう言って申し訳なさそうに眉を寄せた。


 言われて思い出したが、そういえばそんなシステムだったな。これがもっと上のランク任務だとギルドに判断されると、パーティランクがGの俺達じゃ受けられないということになる。

 ランクが上がれば気にならなくなるのかもしれないが、意外と面倒くさいな。

 今回みたいにギルドを通さなかった場合、それを忘れて高ランクの任務を受けたりすると罰則が合ったりするのだろうか。後で確認しておいたほうが良さそうだ。


 彼女から依頼票を受け取り、記載されている内容を確認する。特に問題ない内容だったが、最後に書かれているパーティ名の項目に並んでいる”エイク様親衛隊”の文字になんとも言いがたい感情が湧き上がってしまう。

 そっと横に並んだスティアの顔を盗み見ると、非常に満足げな表情をしていて、それがまたその感情に拍車をかけることになるのだった。

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