350.未来を照らす光
「今アジトにいる新入りの顔合わせだ。お前がいない間に産まれたガキなんかもいるが、そっちは親に任せるとしてだ。こいつらはそうもいかねぇからな。ほらお前達、前に出ろ!」
『は、はいっ!』
アドルに言われて、子供達は慌てて俺の前に並ぶ。どいつもこいつも痩せっぽちで体も小さい。見てくれはあまりにも貧相だ。
だと言うのに、それに加えて腕や足が片方無い者もいる有様だった。
「五年の間にまた増えたな。何人だ?」
「十一人だ。最近は何でか数が減ってな、それ自体は良い事なんだが……理由が分からねぇ。ちと警戒してる」
立ち上がる俺に、アドルは渋い顔でスキンヘッドをつるりと撫でる。彼の不安は俺にも分かった。
俺達天秤山賊団は縄張りを守るため日常的にあちこちを巡回しているが、その際、町や村の外へ捨てられた子供がいれば保護する事にしている。
だが俺達はあくまでも山賊で、子供の保護を掲げた組織じゃない。子供が捨てられたタイミングに、丁度良く居合わせるなんて事はまず無かった。
親に捨てられた子の末路は、魔物の餌になるという無残なものが殆どだ。運が良ければどこかの村や町まで辿り着き、そこの孤児達のコミュニティに入ったり、どこかの誰かに拾われたりして生き延びる事ができる。
だがその可能性は多く見積もっても、一割あるかどうかという所だろう。
魔物共は俺達同様、常に腹を空かせている。であればこそ格好の獲物を逃すわけもなく、嗅ぎつければ死に物狂いで襲い掛かって来る。
だから俺達が子供を見つけた時には、魔物に襲われている最中なんて事も多く、既に体を一部食われてしまっていた、なんて事は珍しくもない。
事実、俺達山賊団の中にもそう言った者は少なからずいた。
オーレンドルフ領の大人達は、捨てられた子供が辿るそんな未来を知っている。だがそれでも捨てる連中が絶えないのが現状だ。
奴隷商人に売られる事もあるが、だが奴らは王国では違法な存在であり、領内のどこかに定住しているわけではない。そのため親共にとって奴隷商人に会うという事は、クソッタレな幸運が手伝わなければあり得ない事だ。
そうして出来上がったのが、人が捨てた子供を食って肉を蓄えた魔物を人が狩って食うという、クソみたいな食の循環だ。
今までから言って、捨てられる子供が減ったという線は限りなく薄い。だからアドルの不安とは、保護する子供が減った事が、魔物に食われる子供が増えた裏返しであるという、高い可能性からくるものだったのだ。
「領内に魔物が増えたか、それとも奴隷商人が増えたかのどっちかか……。魔物の線が濃厚だと思うが、どう思う? アドル」
「どっちも考えられるな。数年前からこの辺も魔物がちと増えやがってな。俺らにとっては獲物が増えたから良い事なんだが」
「マジで増えたのか? 理由は何だ……?」
可能性の一つと思い口にしたが、俺は本気で魔物が増えたとは思っていなかった。
理由が分からずアゴを撫でていると、アドルはフンと鼻を鳴らした。
「そんなもん決まってるだろうが。お前らが戦争なんかやってたせいで、そこにいた魔物が縄張りを捨てて逃げた影響だろ。増えた魔物は大方マイツェン領にいた奴らだろうな」
「マイツェン領。……そう言えば」
アドルに言われて、俺は西のマイツェン領にある迷いの森周辺に、魔物が殆どいなかった事を思い出した。
魔族軍とは、戦線を徐々に東へと移しながら戦っていた。なら魔物も徐々に東へ流れてもおかしくはない。
アドルの指摘は、可能性として無いとは言い切れないものだった。
「奴隷商人が増えたって線もあり得る。お前と一緒に結構な数がここから出て行っちまったから、巡回に回す人数を減らすしか無かったんだ。だから見過ごした奴がいたのかもしれねぇ」
「そうか……。チッ、分かった」
加えて嫌な話を耳にして、俺は憎々し気に舌を打つ。奴隷商人は俺達にとって獲物であると同時に、領を荒らす原因を作る敵でもあったのだ。
奴隷商人なんぞがいるからこそ、この領では人攫いが後を絶えない。そんな事をするのはチンピラ紛いの賊から、俺達の天敵だった”汚れ狼”――かつてここから南、ディストラー領を根城にしていた大盗賊団だ――まで数えきれない程多い。
奴らは帝国に奴隷を売る伝手が無いため、攫った人間を奴隷商人に売るわけだが、性質が悪いのは奴らは人攫いだけでなく、当然のように略奪を尽くした上、人を遊びと称して殺して行く事だ。
そのためオーレンドルフ領にある村には名前が無い場合が多い。いつか無くなる村に名前を付けても仕方がないと、そんな諦めがあるのだろう。
それもこれも奴隷商人なんて奴らがいるからだ。
だから俺達は奴隷商人を見つけ次第潰しているが、奴らはクソ虫のように際限なく湧いて来る。小癪な奴だと俺達の目を掻い潜る抜け道を開拓している場合もあるくらいだ。
中々手こずらされる事も多いが、それでも奴隷として売られる子供をなくしたい。そうした思いから俺達天秤山賊団は、奴隷商人は見つけ次第排除に動いていたのだ。
俺達天秤山賊団には、必要以上の殺生はせず、略奪行為も奪うのは半分までというルールがあった。
だが奴隷商人だけは例外で、物資も命も全てを奪うと固く決めていた。
なぜなら奴隷として帝国へ売られた人間の扱いの悪さは、酷いものだったからだ。
日常的に肉体的、性的な暴力を受けるなんてのは当然の話で、死兵として戦場に送られるだの、中には生きたまま解剖するなんて類の胸糞の悪くなる話もあった。
つまり奴隷として売られる事は死と同義なのだ。
それならこのオーレンドルフ領にいた方がマシだ。そんな憤りを当代の俺もまた引き継いで、奴隷として子供が売られる問題を何とかしたいと足掻いてきた。
山賊団が子供に構うのにはそんな理由があったのだ。だが俺のオヤジはそれに留まらず、ある意義をこの活動に見出していた。
それは、未来への希望だった。
昔、このアジトに魔族達がまだいなかった頃の話だ。日々食う物に困りながら暮らしているのに、子供をどこからか保護して来るオヤジ達に、クソガキだった俺は不満に思い、言った事がある。保護なんてしなけりゃ皆の食い扶持が増えるのに、これ以上人を増やしてどうするのかと。
事情を知らない子供の、本当に純粋な疑問だった。だがその結果、俺は目を吊り上げたオヤジにしこたま殴られる羽目になった。そればかりか次の日、無理やりアジトの外へ連れ出され、あちこち連れまわされる事になったのだ。
ガキだった俺はどうしてこんな目に合うか全く分からず、最初は不満たらたらだった。アドル達と一緒に遊ぶ約束もしていたと言うのにオヤジのせいで不意になった。そんな事を考えて、ふくれっ面を隠そうともしなかったと思う。
だがそんな不貞腐れた態度は三日と持たなかった。二日目に、ある山の中を歩いていた時、魔物に食われた子供の亡骸が二人分、食い散らかされているのを見つけてしまったからだ。
その時オヤジと交わした会話を、俺は今でも忘れていない。
「エイク、覚えとけ。この領は、人が生きるにはあまりにも厳しすぎる。大人でも厳しいんだ、ガキが独りで生きて行けるわけがねぇ。だから俺達はガキを見つけ次第連れて帰ってんだ。それがこの領に生きる、大人の責任だと思うからな」
そしてオヤジは続けてこうも言った。
「つっても俺達はもう年がいっちまって、こんな事を細々とやるのが精一杯だ。頭も悪ぃし、現状をどうにかする案だってこれっぽっちもねぇ。だがな、お前らガキ共は俺達とは違う。若さがある。時間がある。可能性がある。俺はお前らガキ共なら、この現状をどうにかできるんじゃねぇかって……そんな未来を見てんだ。勝手だがな。だからよ……もうあんながっかりさせるような事は言うんじゃねぇぞ」
その時の俺は、子供の凄惨な末路を目の前にして泣くばかりで、オヤジの言いたい事は殆ど理解ができていなかった。だが年を食っていくにつれて、徐々にその意味が分かるようになっていった。
子供は何をするにも自由だ。自分の思うままに行動し、限界を、可能不可能を、全く考慮する事は無く、常に全力だ。
だが年を経るにつれ俺は、自分に枷をつけるようになっていた。自分の経験から可不可を想定し、リスクを考慮して動くようになっていたのだ。
それが悪い事とは言わない。リスクヘッジは重要だ。だが同時に若さと言う情熱を失い、柵も増え、守るべき者を抱えた俺にはもう、子供の頃と同じような熱さを保つのは不可能だった。
オヤジは死ぬまでずっと若者に未来を見ていた。俺もまたその思いを継ぎ、子供の保護を続けていた。
オヤジの言う未来は未だ見えない。だが俺は未来を切り開こうとする若者が放つ輝きを、この目で何度も見て来た。
シュレンツィアでも。グレッシェルでも。あの世界樹でだって。
今俺の前に並ぶガキ共も、もしかしたらこの領を照らす光になるかもしれない。
目の前にいるのはおどおどと頼りなさそうな子供達だ。俺はそんな彼らをぐるりと見回して、ニヤリと口角を上げて言う。
「お前らが新入り共か。俺はエイク。この天秤山賊団の頭目だ。とは言っても何をしろとも俺は言わねぇ。アドルにも言われたと思うが、ここにいる以上最低限の仕事はしてもらうが、それ以外はお前らが自分で考えて、お前らが決めろ。どう生きるか、何をすべきか。自分の生きる意味は、お前達自身が見つけろ。それを絶対に忘れるんじゃねぇぞ」
それは俺もかつて聞いた言葉。ガキだった時は意味の分からなかった言葉だが、今の俺はこの言葉に、願いを込めて言う立場になった。
願わくば、彼らの生きる未来が明るいものであって欲しいと。そして可能なら、この領を照らす光になって欲しいと。
そんな事を思いながら、俺は目の前に立つ子供達に、ニヤリと笑って見せたのだった。
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その後も俺の周囲には多くの人間が集まり、バカ騒ぎしたり、産まれた子供を抱かせてもらったり、泣きつかれたり、時には怒られたりしながら、夜はどんどんと更けて行った。
山賊団の賑わいは永遠に続くようでもあった。しかし今は冬であり、寒さは如何ともしがたい。結局子供達が船をこぎ始める頃、宴はお開きになったのだった。
まあ長く続ければ続ける程食料も燃料も消費してしまうから、王都と同じように夜通しと言うわけにはいかないしな。いいタイミングだったと思う。
愉快そうに大笑いする者や、なぜかおいおいと泣いている者、寝ている子供を背負う者と様々だが、山賊達は思い思いに広場を去っていく。
俺もまたホシとバドを連れて家に戻ると、ソエラがまだ起きていたようで、寝床に丸まった状態で少しだけ顔を上げてこちらを向いた。
「すーちゃんどうしたんだろうね? えーちゃん何かした?」
持っていたランタンをテーブルの上に置いていると、ホシが俺の背中に不思議そうな声をかけてくる。振り返れば後ろのバドも、小さく首を傾げていた。
宴が終わり解散となった時、スティアには家に来るかと伝えたのだが、彼女はまだ親父さんやノエルと話がしたいと言って、二人と一緒にシャドウの中へ入ったのだ。
ちなみにガザ達は魔族の山賊達ともう少し話がしたいらしく、彼らの家に呼ばれてそっちに行った。意気投合したようで何よりである。
「あー……。まあ、良いじゃねぇか。たまに家族と休みたいってのも」
俺は頬の傷をぽりぽりと掻きつつホシに答える。ホシは知らないが、実はこの理由について俺は、先程の宴の後ノエルに呼ばれて軽く事情を聞いていたのだ。
事情を聞いたと言うか、苦言を呈されたというか。とは言えホシに言えるような内容じゃない。
だから俺はその疑問を適当に流したのだが、勘の鋭いホシは何か感づいたようで、俺に疑いの滲んだ視線を向けて来た。
「ふ~ん……?」
「あんだよ」
「べっつに~?」
ぷいとそっぽを向くホシ。俺はやれやれと肩をすくめた。
まあこれ以上追及されなくて助かった。親父さんとノエルが起きている夜の間はどうせスティアは出てこないだろうし、今日の所は大人しく寝るとしよう。
「もう寝るぞ。久々にアジトに戻って来たんだ、やる事はそれなりにあるだろ。明日寝坊なんざできねぇぞ。ほら、これ使え」
「うん。ありがと、しゃどちん」
俺はシャドウに頼み、ブランケットを三人分出してもらう。それをバドとホシに渡してランタンを消すと、床にごろりと寝転がった。
真っ暗になった部屋で、二人もブランケットにくるまって床に転がる。だが暫くして俺は再びむくりと起き上がり、”灯火”を唱えると部屋の奥に設置されたはしごを登って二階へ上がる。
そして部屋にあったボロい大きな薄い布を四枚手に取るとまた一階へ引き返し、”灯火”を消しながらボロ布に包まり、床にごろりと寝転んだ。
「あ~……寒ぃ……」
部屋の中とは言え暖房も無いボロ家だ。外とあまり変わらない室温は体から体温を奪おうとする。
しかし俺はどうにもブランケットに包まろうと言う気にならず、ボロ布にくるまって体を丸めて縮こまった。
「――ん? 何だ?」
と、そんなところに誰かがもぞもぞと中に入ってくる。誰かと思えばどうやらそれはホシだった。
「にへへ。アタシもこっち~」
「何だお前。赤ちゃん返りか?」
「えーちゃんが寒くて可哀想だから、一緒に寝て温めてあげるんだよ! 感謝してよね!」
「へいへい」
勝手な事を言って居座るホシに、追い出す気にもならず俺はそのままホシごとボロ布にくるまる。と、今度は俺の頬に何かふわふわとしたものが触れて、俺は反射的にそちらに顔を向けた。
「ん? 今度は何だ?」
「ソエラだよ~」
「あ? ソエラまで来たのか?」
どうやらそれはソエラだったらしい。こうも真っ暗だと全然分かんねぇな。
「ソエラも一緒に寝よう! こっちおいで!」
「全くしゃーねぇな。ソエラはもう年寄りだからな、寝ぼけて潰すんじゃねぇぞ」
「そんな事しないよーだ!」
これから寝るってのに何をはしゃいでいるんだか。ソエラも素直にもぞもぞと寝床に入ってきて、急に周りが賑やかになった。
「ばどちんもこっち来なよ! ほらほらっ」
ホシがバドを呼ぶと、大きな何かがごそごそと近寄って来る気配がする。
こうしていると昔を思い出す。こんな寒い日は皆でこうして集まって、寒い寒いと言いながら寝たものだ。
――サティラは自前の毛皮があっていいな、温かそうで。
――エイクちゃん、こっちにおいでよ、温めてあげるから。ホシちゃんもおいで。
俺はいつの間にか笑っていた。
「へっ、風邪引くんじゃねぇぞ」
「風邪なんか引いた事ないよーだ!」
「そういやそうだったな。バカはなんとかって奴か」
「アタシバカじゃないもん! バカっていう方がバカなんだよ!」
ホシとガキみたいな話をしつつ、一緒にボロ布にしがみつく様にして包まる。
俺達はその日も寒い寒いと言いつつ、笑いながら眠る事となった。
そして次の日の早朝。うっすらと明るい部屋の中寒さで目が覚めた俺は、俺とホシの間に、丸くなったソエラがいる事に気が付いた。
ソエラは体を丸め、目を閉じて、まるで眠っているかのようだった。
俺はそっと体を撫でる。ほんわか温かいはずのソエラの体はあまりにも冷たく、命の灯火が消えた事を俺の右手に伝えて来た。
俺はそんなソエラの体を何度も撫でた。ふがふがと動くはずの鼻は今はピクリとも動かない。
俺はソエラの体をそっと抱き上げると、そのまま二階へと連れて行く。そこは乱雑に色々な物が置かれていたが、中央にだけは何も置かれておらず、奇麗な空間がぽっかりと空いていた。
俺はそこにそっとソエラを置く。昔、この二階は俺とサティラの部屋だった。そして今ソエラを置いた場所は、サティラが息を引き取った場所でもあった。
俺は生前サティラが使っていたボロ布を取り出して、ソエラを優しく包む。サティラに特別懐いていたこいつだ、きっとその方がソエラも嬉しいだろう。
「……ありがとな、待っててくれて」
俺は小さく礼を言う。白い吐息と共にふわりと舞ったその言葉は、冷たい部屋の中に溶けていく。
ソエラの顔は穏やかで、まるで笑っているかのようだった。




