346.ただいま
アジトを目前にして仲間に襲撃された俺達。しかしそれは山賊として腕が落ちた事を懸念しての腕試しという事だった。
腕試しにしては随分と本気だった気もするが、まあ向こうも向こうで思う事があったようだし、そこは勘弁しておいてやるとしよう。何せ連中、俺の到着を待ち侘びていたようだからな。
なんと可愛い連中か。いや、凶悪な面ばっか並んで全然可愛くねぇけども。
「くっくっく……。まったく笑かせやがるぜお前はよぉ」
「ケッ!」
俺がニヤニヤ笑っていると、アドルは面白くなさそうに顔を歪める。
全く、一々こいつらしい反応だ。奴としては苛ついているんだろうが、それもまたどこか懐かしい。
そんな思いから奴を見ていると、横から他の連中が声を掛けてくる。
「おいエイク、そんくらいにしとけ。あんま揶揄うと後が面倒だぞ」
「おっと、そうだな」
言われて思い出したが、アドルの奴は人を揶揄うのが好きな癖に、自分が揶揄われるのは嫌いな奴だった。
ぐぬぬと歯噛みするアドルに俺は苦笑する。揶揄うのはこの辺にしておくか。
そんな事を思っていると、俺の耳に盗賊仲間達とホシの会話が聞こえてくる。
「ホシよぉ、お前また随分と腕を上げたじゃねぇか」
「えっへん! どーだ、参ったか!」
「ああ参った参った。五年も経ったのにお前がちんちくりんなままなのも参った」
「あーっ! アタシ、ちんちくりんじゃないもん!」
むくれるホシと、そんな彼女の頭をぽんぽんと叩いて笑う山賊達。そんな光景もかつては良く見たものだった。
俺が懐かしく思って見ていると、その脇でスティアとバドが困惑した顔で立ち尽くしているのが見えた。おっと、身内でばかり盛り上がっていたな。
「おい、スティア、バド。ちょっとこっち来い」
俺は彼らを手で呼んで、皆に二人を紹介した。
「こっちがスティアで、こっちがバドだ。王国軍じゃ俺の下で第三師団の大隊長をやってたんだ。滅茶苦茶強ぇからな、変なちょっかいかけるんじゃねーぞ」
「ほぉー……」
アドル達は二人を上から下までじろじろと見る。だがすぐにニヤリと笑い、俺に小指を立てて聞いてくる。
「何だこの嬢ちゃん、すげー美人じゃねぇか。まさかお前のコレか?」
「打診中だ。今は検討中なんだと」
「おおっ!? マジかぁ!? テメー、やるじゃねーかエイク! 汚ねぇ面してこの身の程知らずが!」
「誰が汚ねぇ面だコラァ!」
途端に山賊共は沸き立った。連中は俺を小突いたり笑ったりと冷やかしてくる。だがスティアには意味が伝わらなかったようで、隣のホシに先ほどの意味を聞いていた。
「ホシさん、先ほどあの方が言っていた”コレ”って何ですの?」
「ん? 恋人とか愛人とかって意味だよ」
「あ、あああああ愛人!? ――ぶほほっ! な、なんて事を言うのですか教育に悪いっ!」
「すーちゃん鼻血!」
「ぶへっ!」
ぶしっと鼻から血を噴き出すスティア。彼女はそのまま血走った眼でホシに掴みかかろうとするが、ホシに手巾を顔に押し付けられ、潰れたような声を上げていた。
バドが呆れたようにこめかみを掻く。だが山賊達はそんな事など気にもせず、やんややんやと騒ぎ続けていた。
「まさか髭を剃りやがったのも面を良く見せたいためかぁ!? 生粋の悪人みてぇな面してるくせに色気づきやがって、喜色悪ぃな!」
「違ぇよバカ。あの髭じゃ王国の兵士として外面が悪すぎるってんで、剃れって言われて剃ったんだよ」
『がはははは!』
聞いちゃいねぇ。アドルは笑いながら俺の肩をバシバシ叩いてくる。
だが不意に、俺の肩に乗ったその手から力がすっと抜けた。
「そうか。お前が。そうか……」
アドルはしんみりと言葉を口にして、肩を下ろして小さく言う。
「これでサティラも、やっと安心できるってもんだぜ……なぁ」
それは小さな小さな呟く様な声だった。俺に聞かせようとして言ったわけでは無い、思わず出てしまったといった感じの、そんな独り言だった。
俺は何か言おうとしたが、何も言葉が出てこなかった。代わりに脳裏に過ぎったのは、妻サティラが最後に言った言葉で。
俺は無意識にスティアに目を向けていた。
「すーちゃん鼻血止まらないよ!」
「ホシさん、ぶべべっ、力が、強すぎですわ! もうやめうべべべっ!」
ホシに雑に鼻血を拭われて慌てるスティアを見ていると、思わず口元がほころぶ。早くあいつを紹介したいもんだ。きっとあいつならサティラも認めてくれるだろう。
「おらお前ら! いつまでもバカ騒ぎしてねぇで、さっさと案内しやがれや!」
『へーい、了解しやっしたぁー!』
俺は騒ぎ立てる連中へ怒鳴り声を上げる。するといかにも適当な返事が返ってきて、俺は連中の尻を蹴っ飛ばした。
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あの場所から歩く事しばし。と言ってもただ前へ伸びる道を歩いて行ったわけでは無い。
あの道はこれまた罠が仕掛けられたダミーである。なので俺達はその道から外れ、枯れた山の中をまた、痕跡を消しつつ進んで行ったのだが。
その先に木でできた高い柵があるのが見えてきて、俺の胸はどきりと跳ねた。
「見えたっ! おーいっ!」
ホシがぶんぶんと手を振りながら一目散に駆けて行く。その柵の上には櫓が建っており、弓を持つ二人の男がこちらを指差して何やら騒いでいた。
その男達が慌ただしく動いたかと思えば、門が重量感のある軋んだ音を立て、ゆっくりと開いていく。
ああ、やっと帰ってきた。
俺の胸に去来するのは、思わずにやけそうになる程の懐かしさだった。
「山賊のアジトにしては随分と物々しいですわね。まるで要塞ですわ」
スティアの呆れたような声にバドも頷いている。まあ初めて見るとそうだろうよ。俺は上機嫌にクククと笑いつつ、顔だけで二人を振り返った。
「流石のスティアも驚いたか?」
「それはまあ。入念な隠蔽の仕方と言い、要塞さながらの備えといい、随分と念入りに警戒されておりますわね。こんなアジト見た事がありませんわ」
「ハッハッハ! 流石エイクの嫁候補だ、お目が高いねぇ!」
「よ、よよよ嫁っ!? そんな事を大声で叫ばないで下さいまし!」
「おぶっ!!」
がははと笑って茶々を入れてきたアドルをスティアが思いきり平手打ちする。全く調子に乗るからだ。
呆れつつ歩いて行けば、もう柵は目の前だった。
「お頭ぁっ! お帰りなせぇ!」
「おう、今帰ったぞ! お前ら息災だったか!」
櫓の二人が掛けてきた声に俺は手を上げながら返事をする。そして門をそのままくぐれば、五年前と変わらない天秤山賊団のアジトが俺の目の前に広がっていた。
(ああ……懐かしい)
草の一本も生えない焦げ茶色の地面に、俺達が建てた平屋の家が建ち並ぶ。
遠くには畑が広がり、その奥には低い山がそびえている。
何もかもが懐かしい。思わず立ち止まっていた足を前に動かして、俺はアジトへ入っていく。
するとどうだろう。どこからか、まるで地響きのような足音が聞こえてくるじゃないか。
目を凝らせばアジトの奥の方から、たくさんの人間が走って来る姿があった。
「おーい! おーいっ!!」
「頭だっ! 頭が帰って来たぞー!」
そいつらは思い思いに叫びながら、手を大きく振って駆けてくる。厳つい男や若い女、年寄りまでもが関係なく、皆が皆こちらへ走って来る。
そして――
「貴方様! ま、魔族が!」
驚きながら指を差すスティアを俺は腕で制した。
走って来る者の中には、茶色や白の兎の頭をした、明らかに人族でない者達も混じっていたのだ。
ああ、そうだ。俺はこいつらの中で育ち、こいつらと共に戦い、こいつらと共に年を取って、人生の大半を生きて来たのだ。
王都での暮らしは戦時でも恵まれており、魔族に周囲を囲まれていた絶体絶命の時を除けば、戦争で死ぬ可能性はあっても飢えで死ぬ恐れは全くなかった。
食べたいと望めば食べられたし、飲みたいと望めば好きに飲めた。
着るものだって何着も持てたし、体調を崩せば薬も手に入った。
だがそんな状況も王都の人間にとっては悲観すべき事であり、戦争の影響で貧しくなったと嘆く者はあまりにも多かった。
俺はそれを見て、王都の人間は恵まれているのだなと馬鹿にしていたが、どこか羨む気持ちもまたあって、この場所で暮らしていたらと想像した事も確かに何度かありはした。
だが永住したいと思った事は、一度たりともなかったのだ。
こちらへ駆けてくる連中は皆、王都の人間のように身綺麗にはしていない。肉付きが良い奴なんて一人もおらず、皆やせ型の体型だ。
服だってほつれて汚い、何年着ているんだというボロを着ている。
だが俺はそれを見て、ここが自分の帰るべき場所なのだと、そう思わずにはいられなかった。
「お頭っ! お頭だっ! マジもんのお頭だっ!」
「オヤジ! なんでこんなに帰って来るのが遅ぇんだよっ! 無事だったんならとっとと帰って来いってんだよぉっ!」
「良かった、エイクさんが帰ってきて本当に良かったっ! うっうっうっ……!」
「アタシもいるよ! アタシも!」
「ホシ姉ちゃんもお帰り! ホシ姉ちゃん全然変わってないね! ちんちくりんのままだ!」
「アタシちんちくりんじゃないもん!!」
走ってきた連中に取り囲まれて、俺は一気にもみくちゃにされる。
体全体で喜ぶもの、笑顔で文句を言うもの、泣き出す者と、様々な反応を見せる集団。しかしその胸の内から溢れ出る感情に、俺は堪らず声を上げていた。
「お前ら――今、帰ったぞっ!!」
『おおおおおおおっ!!』
本来ひっそりと隠れるべき山賊のアジト。だが今日この時ばかりは誰も彼もがそれを忘れ、大きな歓声を上げていた。




