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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第七章 枯れた故郷と天秤の騎士団
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344.天秤山賊団アジトへ

 あれから三日。天秤山賊団のアジトを目指し東へ向かう俺達は、あの手この手で絡んでくるゴロツキの相手をひっきりなしにしながら進む事になった。


「きゃああああああっ!!」


 時にはそんな悲鳴が上がり何かと振り向けば、暴漢にでも襲われたのかあられもない恰好をしてこちらへ逃げて来る女と、それを追う野盗らしき男達の集団に出くわした。

 すわ女が襲われているのかと思いきや、女は俺達に近づいた瞬間、隠し持っていたナイフを構えて突撃して来た。

 そう、女もまた野盗の一人だったのだ。


「油断したね! 死になッ!」


 そう言って女は俺目がけてナイフを突き出してきたが、しかし俺には相手の感情を感じ取れる魔法≪感覚共有(センシズシェア)≫がある。俺が油断しているわけもなく、そんな不意打ちが効くはずも無かった。


「そおいッ!」

「ぐえぇっ!?」


 突き出された腕を取り、足を払ってぶん投げる。女は地面に打ち付けられ、カエルが潰れたような声を出した。

 そうして不意打ちは失敗し、連中は残念ながらこの領の養分になった。次生まれてくる時は是非もっと良い土地で、真面な人間として生まれてきて欲しい所存である。


 また時には村に入った時、そこのガキ共が途端に群がり、こちらの持ち物をすろうとあの手この手で連携して来た事もあった。

 こういったガキ共は小さいが、スリとしては熟練だ。子供と思って侮ると、あっという間にケツの毛までむしられる事になる。

 小さな子供が「食べ物を恵んでくれ!」と騒ぎ立てて俺達の気を散らせ、注意を引き付けている間に実行役が盗むのだ。こういう場合、もしこちらが弱いと見れば、強盗になる場合もよくあった。


「アンタ達、邪魔!」

『ぎゃあああっ!』


 だがこれはホシの容赦ない鉄拳で無残にも叩き潰された。水を得た魚のように暴れ回るホシにガキ共は恐れをなし、顔に青タンを作りながら方々に散っていった。

 流石にガキ相手に武器を抜く気にもならないため、ガキはガキに任せるのが一番であった。


 他にも街道を歩く俺達の行く手を塞ぎ、襲い掛かろうと言う連中もいた。だがこういう搦め手を使わない連中は、数が多くなければ大した脅威ではない。

 精々十数人と言った集団なら叩き潰して終わりである。そして俺達の前に現れたのは、そんな小規模の野盗ばかりであった。


 そうして俺達はまるで無法者退治のような事をしながら、この三日間街道に沿って目的の場所に向かい続けていたのだ。だが三日目の昼となる今は街道から南へと外れ、名も無い山の頂上向かって道なき道を歩いている真っ最中だった。


 この領に生えているのは殆ど常緑樹だ。だから冬である今も本来なら緑をつけているはずなのだが、周辺の木には葉が殆どついていない。

 それもそのはず、この領は土が痩せすぎて、木々も満足に葉をつけないのだ。


 そんな光景が珍しいのか、それともこんな場所を歩くのかと考えているのか、鎧を脱ぎローブ姿のバドは俺の前をキョロキョロしながら歩いている。

 一方その前を歩くスティアはよそ見もせず、軽快に先頭を歩くホシの後を黙って歩いている。普段なら歩き慣れていない山道なら警戒するスティアだが、今はそんな様子もなく自然体に近い様子だった。


 たぶんスティアは気づいたんだろうな。この道が見た目通りの人の手の入らない山道ではなく、何者かがよく使う道なのだと言う事に。

 そしてそれが俺達だと言う事も察しているはずだ。流石と言うかなんというか。

 苦笑するしかないと言うのが今の俺の心境であった。


 この道は俺達天秤山賊団がアジトに向かう際に使う道の一つだった。人が通ったような痕跡は残さないようにしており、バドに鎧を脱いでもらったのもこのためだ。あの重量で歩いたら、流石に乾いた地面でも足跡がくっきりつくからな。


 だがスティアには通じなかったようだ。俺の目から見ても、それと分かる痕跡は何もないというのにだ。

 全く、彼女の観察力には舌を巻く。それと指摘しないのは彼女なりの配慮か。


 俺は皆の痕跡を消しながら、ゆっくりと最後尾を付いて行く。

 そうして歩く事一時間程。ようやく見えたのは、今はもう枯れ果てた、見上げるような滝跡と、かつては滝つぼだった大きなすり鉢状のくぼみであった。


「ついたー! 懐かしい!」


 ホシがわーいと駆けて行く。他の二人は物珍しそうに、周囲の様子を眺めていた。

 とは言え珍しい物は何もない。あるのは枯れ果てた滝と、多くの大岩によって埋まった滝つぼ跡だけである。


 すぐに見る物はなくなって、スティアが俺に声を掛けて来た。


「貴方様、ここは?」

「ああ。あの向こうにな、俺達のアジトがあるんだよ」


 俺は枯れた滝の向こうを指差す。高さ四十メートルはあろうかと言う絶壁だ。

 かつてはあの上から水が落ちていたのだろうが、それは一体何百年前か、それとももっと前なのか。

 俺がそう思っていると、突然スティアがやる気に満ちた声を上げた。


「あの先に貴方様の生まれ故郷があるのですねっ! 善は急げですわ、さあ参りましょう!」

「あ! すーちゃん、待ってよー!」

「ホシさん、早く来ないと置いて行きますわよ!」


 彼女は言うが早いか崖まで走っていくと、枯れた滝の上を目指して、ひょいひょいと崖を登って行く。するとホシも彼女に続き、楽しそうに登っていった。

 あの崖をまああんなに早く登るとは大したもんだ。女二人が崖上目指して軽々と登っていく様を、俺は、おーと声を上げて眺める。

 するとバドも登ろうと歩き出したため、俺はそれを制止した。


「バド、ちょっと待て」


 バドは不思議そうにこちらを振り返る。それに俺は笑いつつ、滝つぼの方をちょいちょいと指差した。


「あの辺の岩、持ってみろ。ああ、持つ時は気を付けてな」


 滝つぼの跡地は一抱えもある大きな岩々で埋まっている。バドは首を傾げつつ、俺の言った通り滝つぼ跡の大きな窪みへ入っていく。

 そして俺が指さした真ん中辺りの岩を抱えると、よいしょと持ち上げようとするが。

 彼はそこで勢い余り、大きくのけ反り尻もちを突いたのだ。


「はっはっは! バド、大丈夫か?」


 俺は笑いつつ困惑している彼のそばへ近寄ると、彼の抱えている岩を拳で軽く叩く。するとまるで岩とも思えぬ軽い音がコンコンと鳴ったのだ。


「軽いだろ? ここの岩の中にはな、岩に似せて作った木製の奴が結構あるんだよ。俺達のアジトには、この滝つぼの底に作った隠し通路を通って行くんだ。崖の上に登っても行けねぇからな」

「ちょっと貴方様!! それを早く言って下さいまし!!」


 困惑するバドに俺はこの状況を説明する。すると既に崖の上まで登り切っていたスティアが大声を上げて抗議してきた。

 んな事言ったって止める前に登って行ったのはそっちだろうが。まあどうせすぐ降りて来れるだろう。俺は嘆息しながら頭をがりがりと掻いて、向こうはあまり気にせず、バドと一緒に木製の岩をどかしにかかった。


「あははは! 高いねここ! 登ったの初めて!」

「どうしてホシさんは止めずに着いて来たんですの!! ああもう……っ! ほら、すぐに降りますわよ!」

「は~い!」


 スティアはホシを抱きかかえると、崖の上から軽く跳び、ふよふよとゆっくりこちらに降下して来る。

 どうやら”飛翔の風翼(フライトウィング)”の魔法を使ったようだ。それなら降りて来るのもすぐだな、ならこちらも作業をちゃっちゃと進めよう。

 この岩の中には本物もある。だが俺はどこの岩がダミーか、ちゃんと記憶してるしな。


 俺達は手際よく岩型の木をどかしていく。最後の一つをひょいとどかせば、地面に現れたのはぽっかりと空いた縦穴だった。

 と、そこで丁度スティア達がこちらへ駆け寄って来る。いいタイミングだ。

 俺は後ろの木製岩を両手で支えながらスティアに声を掛けた。


「スティア。ここ、先に降りてくれるか? ”灯火(トーチ)”を頼む」

「今度は大丈夫なのですわよね?」

「大丈夫だって」


 別に俺が崖に登れと言ったわけじゃねぇよ。なんで俺を疑うんだ。

 だと言うのにスティアは訝しむ様な表情で”灯火(トーチ)”を唱えて、そのままの顔で縦穴に付けられたはしごを下りて行った。何なんだ。


「あたしが次! ばどちんはその後ね!」


 その次にホシが縦穴へぴょいと飛び込んで行き、バドがこめかみを掻きつつはしごで降りて行く。最後の俺は、支えている木製岩がこの縦穴を隠すように戻しつつ、ゆっくり後退して縦穴の中へを身を滑り込ませた。


 この木製の岩は縦穴を隠すものだ。だが縦穴に入る際にどかしたままだと、折角の隠し通路を丸見えのまま放置する事になり、台無しになる。

 だがこの木製岩を上手い事どかしてやると、縦穴を使用後すぐに、塞いだ元の状態に戻すことが出来るのだ。

 今の俺のようにな。


「よっと」


 俺が縦穴の中に完全に入ると、上からガラガラと岩が転がるけたたましい音が響いて来る。

 俺が先程支えていた木製岩は、他の木製岩全体を支えるように置いていたものだ。それを支えていた俺がいなくなったものだから、全ての木製岩が連鎖して転がり、また縦穴を塞いだのだ。


 俺達はこうしてずっと、いつくかある隠し通路全てを守ってきたのだ。

 俺はパラパラと振って来る砂を浴びつつ、暗い縦穴の中を降りて行く。


 五メートル程下りて地面に足を着くと、そこは少し広い空間があり、先に降りていたスティア達が待っていた。

 スティアの手の平の上で踊る”灯火(トーチ)”の炎が、周囲を仄かに照らしている。その光は俺達四人を照らし出すが、しかしもう一つ、俺達の目の前に鎮座する重苦しい鉄の扉もまた映していた。


「よし、ちょっと待ってろ」


 俺はウエストバッグに手を突っ込み、ピッキング道具を取り出すと、鍵穴に突っ込み鍵を外しにかかる。

 鉄の扉は五つの鍵がかかっており、慣れない奴なら時間がかかるだろう。

 だがやるのは俺だ。次々に鍵がカチャリと音を立てて開き、扉を押せばキィと開いた。


「よし、開いたぞ」

「おーっ、えーちゃん早いね!」

「鍵開けは得意だからな。任せろ」

「貴方様、この扉、鍵は無いんですの?」


 俺とホシが話していると、スティアが疑問を口にする。俺はそれに首肯すると、鍵がない理由を説明した。


「ああ、鍵は作ってねぇんだ。鍵なんて作った場合、それがもし外部の奴の手に渡っちまったら、最悪それを使ってアジトに侵入される可能性があるだろ? 山賊をやるくらいなら鍵開けくらいできなきゃ話にならねぇ。だから鍵は不要ってわけだ」

「なるほど……徹底しているのですね」


 俺の説明に合点がいったようで、スティアはふぅむと形の良い顎に手を当てて呻った。

 だが俺達にとっては当然の事だ。何せ自分達の命運がかかっているのだからな。


「そういうこった。アジトが見つかれば皆お縄だ。自分だけじゃなく、皆の命に関わる事だからな、注意してし過ぎる事はねぇ」

「確かに、仰る通りですわね。ちなみに、ホシさんも鍵を開けられるのですか?」

「できるよ! えっへん!」


 鍵開けできなければアジトに入る(すべ)がないのだから、山賊団の連中は何はともかく、鍵開けをまず習得するのだ。

 力に物を言わせての事が多いホシも、当然この扉を開けるくらいの鍵開けの技能(スキル)を習得している。ぺたんこの胸を張るホシに、スティアが「おー」とぱちぱちと拍手をした。


「さて、それじゃ行くか。こっからは罠もあるから、俺が先導する」

「貴方様、ではこれを」

「おっ、悪いな。ホシ、お前は最後な。扉に鍵かけといてくれ」

「おっけー!」


 俺はスティアに手渡された火の着いたカンテラを受け取ると、扉の先に伸びる隠し通路へ足を進めた。通路は五年前と変わらず細く低い、土で作られた真っ暗な一本道だった。


 俺はカンテラの明かりを頼りに隠し通路を進んで行く。皆もそんな俺の後ろに続き、通路を静かに進んで行った。

 と、そう言えばと気付いた。鎧を着ていなくとも、巨躯のバドにこの通路は狭くてキツイんじゃないだろうか。


「バド、シャドウの中に入るか?」

「ばどちん入らないって」

「このまま十分は歩くぞ?」

「………………入らないってー」


 俺が後ろに声を掛けると、バドの代わりにホシが声を返してくる。二回目の問いは大分間が開いたものの、やっぱり入る気は無いようだ。

 まあそれなら危険があるわけでも無し、バドの判断に任せるか。俺は「そうか」とだけ後ろに返すと、また前へ向かって歩き始めた。


 代り映えのない土の通路がずっと続いている。この道を俺は、今まで一体何度通ったのだろう。

 赤ん坊の頃に先代であるオヤジに拾われて三十二年。俺はここでずっと暮らしてきたのだ。


 この道を通り抜ければ、直に俺の故郷が見えてくる。年甲斐もなくはやる気持ちが胸に湧き、俺はそれを押し止めながらゆっくり地下通路を進んで行く。


 通路はただ真っすぐではなく、ぐにゃぐにゃと蛇行しながら奥へと続いている。分かれ道にも幾度となくぶつかったが、これは正解を選ばなければ行き止まりだ。

 と言うか、山賊団が侵入者を殺害するために作った、罠を設置したダミーの通路だ。間違えば最後、あの世への一方通行になる。


 とは言え流石に俺が間違うことは無く、記憶通りの道順を辿り十数分。程なくして見えてきたのは、入り口同様の鉄の扉だった。

 当然ここにも鍵が念入りにかかっている。俺はカンテラを地面に置くと、またウエストバッグから道具を取り出し鍵を外しにかかった。


「ここにも扉があるのですね……」

「念には念を入れてって奴だな」


 俺の手元を、スティアが”灯火(トーチ)”で照らしてくれる。俺はその明かりを頼りに五つの鍵をさっと開錠すると、ピッキング道具をバッグに戻して扉を押した。

 記憶の通り軋んだ音を立て、扉がゆっくり開いていく。そこの先にあったのは左右に枯れた木々が立ち並ぶ、少し開けた道だった。


「……ここは? まだ、そのアジトではないようですわね」

「もう少し先だよ!」


 きょろきょろと様子を見るスティアに応えるのは鍵をかけ直しているホシだ。そう、アジトはここからもう少し歩くのだ。だがもう本当に目と鼻の先である。

 俺はふいとその先にあるはずの故郷に目を向けて――


「貴方様!」


 スティアが険しい声を上げた事で、俺もやっとそれに気づいた。

 取り囲むように存在する何者かの気配。それがいつの間にか俺達のすぐ近くまで接近していたのだ。


 山賊団の仲間かと思うが、その気配は俺達を警戒しており、すぐに姿を見せる事は無かった。だが俺達が警戒の姿勢を見せたのを見て、奴らも自分達を気取られたと理解できたのだろう。


 素早く俺達の前に現れたのは、被ったローブで顔を隠し、口元まで黒い布で覆った四人の男達だった。

 身のこなしから、今までのような野良山賊でない事は明白だった。


「俺達の縄張りにずかずかと上がり込むたぁいい度胸してるじゃねぇか。その度胸は買うが、ここに来ちまった以上生きては帰さねぇ。ここで死ね!!」


 そう言うが早いか、男達は地面を蹴った。完全に不意を打たれた格好となった俺達は、慌てて武器を抜いて構える。

 しかし連中は余裕を一欠けらも見せず、武器を俺達へ振り下ろしてきた。

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