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幕間.小さなコリンナ

 ガラガラと音を立て、列なす馬車が人の群れを掻き分けるようにして遠ざかって行く。

 小さなコリンナはその様子を見送りながら、一つ軽く息をついた。


「ふぅ、やっとここまで来れたぁ……。故郷までもう一息。頑張れ私」


 終戦と聞いて彼女が聖王国を旅立ったのは、もう四か月も前の事だった。


 暑かった夏はとっくに過ぎ去り、白い吐息が外の寒さを物語っている。

 このような寒い時期にわざわざ旅をする者は少ない。戦後で治安の悪い今の王国では尚更だ。

 しかしコリンナには今、故郷へ急ぐ理由があった。そんな折に東を目指す商隊を見つけられたのは本当に幸いな事だった。


 小さくなっていく商隊の馬車。その様子をコリンナは見ていたが、しかしいつまでもそうしてはいられない。

 よし、と小さな気合を一つ、コリンナが大きな背嚢(はいのう)を担ぎ直せば、ガランと仕事道具が小さく鳴った。


「都合よく次の商隊なんて見つからないだろうし、まずは暫く泊まれそうな宿を探さないと。一番良い宿を頼む! なーんて言ってみたいなぁ。実際は一番安い宿はどこですか、なんだけど。アハハ……はぁ」


 ぼそぼそと独り言を言いながら、彼女は北門から町の中央へ伸びる石畳の大通りを南へ歩く。

 ここはハルツハイム領のシュレンツィア。吐息も煙る季節だと言うのに活気のある大通りは、流石ハルツハイムきっての都市だと実感する。


 しかし話によればこの町は、三カ月ほど前に大海嘯(スタンピード)に襲われたと聞く。

 コリンナはその大海嘯(スタンピード)を跳ねのけた町と言うものを一度見てみたかった。この町を目指す商隊を見つけた時は、「運命神が私に見て来いと囁いているっ!」と諸手を上げたほどである。

 とは言え噂の全てを信じる程、彼女は現実を知らないわけではなかったが。


「王国軍の第三師団長が指揮を執って大海嘯(スタンピード)を鎮圧したって話だけど、絶対嘘だよね。大海嘯(スタンピード)なんて簡単に抑えられるものじゃないもん。絶対尾びれだけじゃなく腕だの足だの生えてるよね、この話」


 活気のある街の様子は平和そのもので、大海嘯(スタンピード)があった気配はまるで無い。

 第三師団長が何をしたかは知らないけれど、きっと鎮圧したというよりは、被害を最小限にした程度の何かなのだろう。

 昔コリンナの父――と言っても義理のだが――も言っていた。噂などと言うのは半分信じるくらいで丁度良いのだと。


 コリンナもその程度だろうと考えながら大通りを歩いて行く。小さなコリンナは周囲の人間より頭一つ小さい。まるで壁のような人の群れを溺れるように掻き分けながら進んで行くと、そこでようやく視界が開ける。

 そこに広がっていたのは多くの屋台店が立ち並ぶ、大きな広場だった。


 食欲をそそる香りが鼻をくすぐり、コリンナのお腹がきゅるると鳴いた。


「……お腹、減ったなぁ」


 きゅるきゅるとうるさいお腹をさすりつつ、溢れた涎をゴクリと飲み込む。時刻はもうそろそろ昼だ。食事をするには良い頃合いである。

 しかし残念な事にコリンナの懐は、この季節のように寒々しかった。


「でも今は我慢我慢。もう少しの辛抱よ。……多分」


 とは言えそれはいつもの事である。


「数日くらいなら食べなくても死なないから大丈夫よコリンナ。それよりも今はまず宿を取らなくちゃ。流石に冬に街中でごろ寝はきついし……って、ここだと最悪捕まるかも」


 小さなコリンナだが意外と彼女は逞しかった。雑草だけで空腹をやり過ごす事もあったし、貧民街で寝るなんて言う事もあった。

 とは言え貧民街のないシュレンツィアでは兵士のお世話になるだろうから、流石にそれはやりたくない。


 まずは宿を取って、金策はそれからしよう。そう自分を納得させつつも中央広場の賑わいを横目で恨めしく見つめながら、コリンナが歩いていた時だった。


「――第三師団長の銅像のお披露目をするってよ!」


 そんな声が聞こえて、コリンナはぴたりと足を止めた。


 声を上げた青年は、仲間達と共に西門の方へ駆けて行った。

 コリンナはそんな背中を見て考える。


(第三師団長の銅像?)


 そちらに足を向けたのは、すぐの事だった。



 ------------------



 コリンナが西門近くにたどり着いた時、そこにはすでに多くの人だかりがあった。


 銅像は大通りの一角に設けられたスペースに設置されるらしく、人々はそれを囲うようにして壁のように連なっていた。

 爪先立って見てみるも、見えるのは人の後頭部ばかりである。ぎゅうぎゅうの人の群れに割って入る事もできず、彼女は諦めて人だかりから離れ、大通りの反対方向へ歩いて行く。

 通りの端まで遠ざかれば、そこでやっと布を被された銅像の姿が彼女の目にも小さく映った。


 銅像の近くには鎧を着た騎士達が数人並び、町人達が近づかないよう警備をしている。それにコリンナはおやと思った。

 あれが兵士ならばまだ分かる。騎士が人避けを行うなど、あまり見ない光景であったからだ。


 だがそんな彼女の疑問はすぐに晴れる。街の中央から美しい馬車が一台現れて、こちらへゆっくり近づいてきたのだ。

 道を譲るように人だかりが割れて、馬車が銅像の近くへ停車する。騎士に扉を開かれ姿を見せたのは、この領を統治するハルツハイム伯爵その人であった。


「皆の者、静まれーっ!」


 騎士の一人が大声を上げると、周囲の喧騒がぴたりと止んだ。


「これより、このシュレンツィアを未曽有の危機より救った英雄、第三師団長の銅像のお披露目を行うっ!」


 騎士がそう声を上げると、伯爵が銅像に被された布に手を伸ばす。そして次の瞬間、彼は一気に布を引っ張り、その姿を皆の目の前に披露したのだ。


『おおおおおおーっ!!』


 途端、多くの感嘆が周囲を埋め尽くし、大通りを大きく震わせた。

 町人達は互いの体を叩きあったり、万歳を繰り返したり、思い思いに歓喜の表情を表す。騎士達や伯爵もどこか誇らしげにして銅像の近くに立っていた。


 この銅像の完成を皆が待ち侘びていたのであろう。西門は大きな歓喜に満ち溢れていた。

 だがそんな中たった一人、全く違う反応をしていた者がいた。コリンナである。彼女は目を見開いて、石像のように固まっていたのだ。

 それは驚愕か、それとも困惑か。だが確かに彼女は披露されたばかりの銅像に、釘付けになっていたのだ。


「――っ!」


 次の瞬間、彼女の行動は素早かった。背嚢(はいのう)から彼女自慢の携帯用イーゼルを取り出すと、素早く組立てその場に立てる。

 そして画板をセットするとその上に羊皮紙を敷き、かと思えば木炭を握りしめて、一心不乱に絵を描き始めたのだ。


 今までの少女のような表情を消し、彼女は真剣な顔つきで羊皮紙に木炭を滑らせる。更には指やパンを使って、コリンナは頭にあるその映像を、目の前の羊皮紙にただただぶつけた。


 まるで周囲の喧騒など耳に入らない様子で、コリンナは必至に描き続ける。その時間は数分か、それとも数十分であっただろうか。

 コリンナがやっと手を止め腕をだらんと落とした時。そこにあったのは一人の人物の肖像画だった。


 もみあげまで伸びるもっさりと生えた顎髭と、右頬にある深い傷跡。その人物の顔は、ぱっと見た限りはあまり人相が良いとは言えなかった。

 そんな絵に何を思うのか、コリンナはじっと見続けていた。炭で汚れた手をそのままに、その場にぽつんと立ち続けていた。


「あっ、これエイクさんだ」


 だがそんな時、突然側からそんな声が聞こえて来て、コリンナの肩がびくりと跳ねた。

 そちらを見れば、そこにいたのは二人の青年だった。


「はあ? どこがだよ。全然似てねぇじゃん」

「よく見てよサイラス! ほら! 髭があるから分かりにくいけど、目から上がエイクさんだよ!」

「目から上ぇ? ……全然分かんねぇ」

 

 気弱そうな青年がコリンナの絵を指差して慌てるような声を上げ、サイラスと呼ばれた方の青年は眉間にしわを寄せて首を捻っている。

 気弱そうな青年は革鎧を、サイラス青年は胴体鎧を装備しており、その出で立ちから冒険者なのだろうと分かる。

 その証左である首に掛けられたドッグタグが彼らの胸元で揺れていたが、その色はどちらも金であり、コリンナは思わずぎょっとした。


(うわっ、ランクBの冒険者だ。ど、どうしよう……もしかして、変な人達に絡まれっちゃった……?)


 ランクBというのは冒険者の中でもかなりの上澄みである。そんな者達に突然絡まれて、コリンナは顔には出さないものの、内心不味いと非常に焦った。

 彼女が知る冒険者とは、チンピラ紛いの者達ばかりだ。そうでない者も多いとは知っているが、やはり心情的にはあまり近づきたくない存在である事には変わりがない。


「あ、あの。すみません。私そろそろ行きますので」

「え? あ、ちょっと待って――!」


 気弱そうな青年に止められるも、コリンナは慌てて仕事道具を片付け始める。

 が、ここで更なる不幸がコリンナを襲う。


「ちょっと二人共ー。こんなトコで何騒いでんのー?」

「おい、何やってんだお前ら?」

「あ、ケティさん、ヴェンデルさん!」


 更に青年達の知り合いだろう冒険者五人組――彼らも金のドッグタグを首から掛けていた高ランク冒険者達だ――も集まってきて、コリンナの退路を塞いでしまったのだ。


「ケティさん! ほら、見て下さい! これエイクさんでしょ!? ケティさんなら分かりますよね!?」

「う~ん? あ、ホントだ。髭が無いと完全におじさんだわ。ってやっぱ悪人面! 全然良い人そうに見えない! アハハハ!」

「ええ? ……アーレン、お前分かるか?」

「同志の顔なら僕ははっきり覚えてますよ。これは似ているだけの別人ですね。同志はここまで悪人面じゃありません」


 突然のことにあわあわと慌てるコリンナ。だが冒険者らはそんなコリンナの事など目に入らない様子で、絵を覗き込んで勝手にあれこれ騒いでいた。

 どうやら彼らは絵に興味があるだけで、コリンナ自身に用は無かったらしい。

 それを知り若干冷静さを取り戻したコリンナは、そこでようやっと彼らの会話に耳を傾け始めたのだが。


「絶対エイクさんですって! 間違いないですよ! 何で皆分からないんです!?」

「これはおっちゃん。間違いない」

「ほらジエナさんも言ってますよ!? これで三対三です!」

「ジエナは適当ブッこいてるだけだろ……」


 すると聞き覚えのある名前が聞こえてきて、コリンナは思わず口を開いていた。


「あ、あの! 皆さん、この人をご存じなんですか?」


 すると冒険者達は、作成者そっちのけで騒いでいた事にやっと気づいたらしい。彼女の方を振り向いて、気弱そうな青年がまず、慌てて申しわけなさそうに頭を彼女へ下げた。


「あ、す、すみませんご迷惑をかけて! この絵の人が知り合いにそっくりで、つい……!」

「だからそれはウォードの勘違いだって言ってるだろ?」

「だから勘違いじゃないって! あの、この絵の男の人ですけど、エイクさんじゃありませんか!? 僕の恩人なんです、この人!」


 サイラス青年に間違いと言われても、ウォード青年は認めなかった。彼は同意を求めるようにコリンナに詰め寄って必死の顔を向けてくる。

 気弱そうとは言え自分よりも大きく強い男に詰め寄られ、コリンナは若干の身の危険を感じる。が、相手の発した言葉にコリンナは、彼を信じても大丈夫かもしれないという気持ちも同時に芽生え始めていた。


「皆さん、養父(ちち)をご存じなんですか?」

「――え?」

「あ、この絵、私の養父(ちち)です」

『ち、父ぃーーーッ!?』


 そうしてコリンナが絵を指して人物の説明をすると、冒険者達は一様に驚愕の表情を浮かべて、彼女の言葉を大声で復唱したのである。


「え!? えっ!? おじさんって子供いたの!?」

「あ、養父(ちち)と言っても義理の父なんですよ。私、コリンナと言います。養父(ちち)がお世話になったみたいで、どうもすみません」

「えっと、すみませんというか、逆に僕らがお礼を言う側なんだけど」


 ぺこりと頭を下げるコリンナに、ウォードが困惑して頭を掻く。そんな様子を見てケティが納得したように頷いた。


「あ、義理なんだ。そっか、通りで全然似て無いと思った。コリンナちゃん全然可愛いもん」

「おっちゃんみたいな悪人面じゃないのは事実だけど、それは流石に失礼。ケティ、謝って」

「ジエナ、アンタの方が失礼でしょ!?」


 冒険者達はもう蜂の巣を突いた様な騒ぎである。ただ反応から、悪い冒険者ではないようだとはコリンナも一応理解した。

 だから彼女は気になっていた事を聞いてみようと思ったのだ。あの通りの向こうにある養父に似た銅像は、一体誰なのかと。


「あの、あそこの第三師団長のとか言う銅像なんですけど。養父(ちち)にもの凄く似てるんですけど、誰なんですか? あれ」

「ええ!? いえ、だからあれがエイクさんなんですよ!」

「え、ええーっ!?」


 するととんでもない答えが返ってきて、今度はコリンナの方が仰天した。


(え、え!? 何で養父(とう)さんが第三師団長に!? 何で!? あ、もしかして兵士についに捕まって、その流れで兵士に!? ってそんなわけないか……。でも何でそんな事に? 全然分からない……!)


 理解不能な状況にコリンナは頭を抱える。彼女の記憶にある養父は、まるで師団長などと言う輝かしい立場の人間とは縁遠い。

 卑劣な真似を平然と行い、気に食わなければ男女構わず悪党パンチ。大胆不敵にガハハと笑い、思案すれば如何にも悪そうに顎ひげをざりざりと撫でる。

 そんな純度百パーセントの山賊であったからである。


 コリンナは物心ついたくらいの頃に、山に捨てられていたところをエイクに拾われて育てられた娘だった。

 ただ、体も小さく運動神経も無い彼女は山賊としての素養が全く無く、皆の足を引っ張るばかりの取り得が全くない娘だった。


 ただ一つあったのは、絵を描く才能。だがそれは山賊として全く必要ない才であった。

 その事に彼女は忸怩(じくじ)たる思いを抱き続けていたのだが、しかしその事を知ったエイク達は彼女の才能を認め、褒め、伸ばすように育ててくれたのだ。


 だから彼女は成人になった十五の時に、エイクに泣き土下座を敢行し、山賊を抜けさせてもらって画家になる道へ進んだ。

 だがそれは彼らへの恩を忘れたわけでは無い。

 養父達は人に害成す山賊団だ。しかし同時に、あの貧しい領で、捨てられた子供達を助けるために活動している唯一の集団でもあった。


 その事を他の誰かにも知っていてもらいたい。

 そんな思いから、彼らの姿をいつか絵に残したいと考えて、コリンナは画家への道に進んだのである。


 幸い旅の途中、聖王国で良い師に出会え、師事する事ができた。彼女の才能は類稀なものであり、その師のもと色鮮やかに開花。瞬く間に一流の世界を捉えるようになる。

 そうして数年、遠からず独立もできるだろうと、そう思われていた頃。

 コリンナはそこで思わぬ事を耳にする事となる。


 第二次聖魔大戦の勃発であった。


 山賊団の皆を心配しながらも戦争中の国に戻る事もできず、彼女は不安な気持ちを紛らわすようにキャンバスに一心不乱に向かい続けた。

 そうして五年の間に、彼女は師から画家として一人前であると太鼓判も押され、独立。聖王国で細々と画家としての仕事をこなしていたのだが。


 数か月前に王国終戦の報を耳にして、彼女はもういても経ってもいられなかった。すぐに仕事道具を一つにまとめ、帰郷するべく聖王国を後にしたのである。


 そうして彼女ははやる気持ちを抑えきれないまま、ここシュレンツィアまでやって来たのだ。

 そこでこんな出来事が待っているとは露ほども思っていなかったが。


「コリンナちゃんのお養父(とう)さんがおじさんかー……。で、コリンナちゃんはこんな場所で一人で何してるの? 誰かとはぐれちゃった?」

「私画家でして、故郷に帰る途中なんです。後、ちゃんという年じゃないので……二十三ですし」

「に、二十三っ!? 俺の一個上……」


 ケティに子供のように扱われ、恥ずかしそうに年を口にするコリンナ。彼女の見た目はどうしても未成年にしか見えないため、こういう事は嫌と言う程経験があった。

 サイラスの驚きに満ちた言葉も、何度も聞いた事がある。だからいつものようにコリンナは、あははと乾いた笑いを浮かべたのだが。


 しかしそんな時、突然周囲からどよめきが上がった。

 何だろう。そうコリンナが周囲に目を向けた時だった。


「突然失礼、お嬢さん。少々良いかな」


 先ほど銅像の布を取った人物――つまりハルツハイム伯爵が、彼女の方へ歩いて来たのである。

 突然の貴族の襲来に、コリンナは石のように固まってしまった。


 冒険者達が道を開けると、伯爵は騎士を伴い更に近づいて来る。そしてちらりと彼女の絵を見た後に、再びコリンナへ顔を向ける。

 その顔はどうしてか、非常に良い笑顔だった。


「私はこのハルツハイムで領主をしている、アルベール・リーヴェン・ハルツハイム伯爵だ。どうも部下が君達の話を聞いていたようでね。君があの第三師団長、エイク殿の娘であると言っていたそうだが、相違ないかね?」

「え、あ、あの。その。私の養父(ちち)は確かにエイクという名前ですが、同一人物かどうかははっきりとは――」


 しどろもどろに答えるコリンナ。しかし伯爵は更に笑みを深め、


「第三師団長には随分と世話になったのでね。その話、このように立ってせず、ゆっくりと聞きたいのだが、どうだろう。私の城で話さないかね。歓迎しよう、お嬢さん」


 と、暗に逃がさんと口にしたのである。

 コリンナは声なき悲鳴を上げた。


(ひぃぃぃぃぃい~っ! 養父(とう)さん、一体何したの~~~っ!?)


 それは招待と言う名の拉致であった。彼女はそのまま有無を言わさず馬車に乗せられて、ハルツハイムの城へと連行されたのである。


 カタカタと揺れる馬車の中、コリンナは小さな体を更に縮こませて、ガタガタと体を震わせていた。


(私、これからどうなるんだろう。 養父(とう)さん貴族嫌いだったからなぁ……絶対良い事にはならないよね……。伯爵も”随分と世話になった”って言ってたし……。何でこんな事になったの……シュレンツィアなんて来なきゃ良かったよぉ)


 賊は基本的に捕まったら縛り首である。随分と前に抜けたとはいえ、彼女もまた山賊だった。エイクの一味ならお前も縛り首だー! ……という運命は、大概にあり得たものだったのだ。


(私、ここで死ぬのかなぁ。こんなすきっ腹で死ぬのは嫌だなぁ……。せめて何かお腹いっぱい食べてから死にたいよぉ……ううう……。どうせ死ぬなら駄目もとで、何かくれないか聞いてみようかなぁ、減るものじゃあないし)


 しかし、馬車の中でコリンナは次第にそんな事を考え始めていた。

 もうこうなった以上は開き直るしかない。才能が無かったとはいえ、彼女もまた元山賊だ。

 図々しく太々しい精神は、彼女の性根にもしっかりと根付いていたのである。


 なおその後、コリンナの養父と第三師団長が同一人物と判明し、コリンナはハルツハイム伯爵家より盛大に歓待を受ける事となる。

 結果宿の手配や食事の懸念は全て不要となり、伯爵家の賓客として、彼女はしばらくの間ハルツハイムで過ごす。その中でハルツハイムが彼女のパトロンとなり、画家としての活動拠点をここに移す事になるのだが――


(あー、ふかふかのベッドで寝てみたい。牢屋はヤダ。貴族って何を食べてるんだろう。ちょっとで良いから食べさせてくれないかなぁ。ううん、お腹いっぱい食べさせてくれるならも何でも良いや。あーお腹減った……)


 対面に座る伯爵を無視して、虚空を見つめ続けるコリンナ。

 現実逃避する彼女には、まだ知る由もない事であった。

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