36.ランクG冒険者
「さて、冒険者となりますと、先ほどご覧になった冊子の通りランクGからのスタートとなりますな。登録料金はお一人につき小銀貨1枚。それと、ランクGはまだ冒険者”見習い”ですので、ギルドからの支援は全く受けられませんな」
規約にもあったがランクGは正式な冒険者ではない。そのためランクFに上がるまで、ギルドから支援を全く受けることができないのだ。
それでいて登録料小銀貨1枚というのは、俺としては結構高いなという印象を受けた。
小銀貨1枚あれば、節約すれば一週間は食える金額だ。本当に冒険者としてやっていく気がなければ払いたくないくらいの、絶妙な金額設定といって良い。
「それと依頼を受ける際はご注意ください。依頼には適性ランクがあり、Gの方は1ランク上のランクF依頼までしか受けられませんな。ただし!」
グッチが胡散臭いその顔をぐいっと近づける。
「ランクF依頼は危険なものも沢山! 無理はき・ん・も・つ!」
「こっちに寄るな!」
頭を叩いてやろうかと手を上げたところ、奴はピョイッと受付へと体を戻しニヤリと不適に笑いやがった。もうほんと何なのコイツは。
振り上げた手は下ろす場所を見失ってしまったため、ホシの頭にポンと落としてぐりぐりと撫で回してやった。
「まあアクアサーペントを倒してくるくらいの方達ですから、ランクF依頼なんて簡単かもしれませんがな。様式美というやつです。ノホホッ!」
注意喚起は確かに必要なんだろうが、おっさんに顔面突き合わされる様式美なんてねぇよ。ふざけんな。
「ああそうそう。通常、実力を見るための戦闘試験を行うのですが、皆様は免除させて頂きますな」
「え? いいのか?」
「ええ。あのアクアサーペントを実際に目にしましたのでな。一定の実力を示した方は免除されるわけですな」
そう言うと、彼はいくつか例を上げて説明を続ける。既にその実力によって名声がある人間や、ランクB以上の実績のある冒険者からの推薦。
他に俺達のように魔物を実際に仕留めてきた者がそれに当たるそうだ。
「そういえばまだお名前を聞いておりませんでしたな。お聞きしても宜しいですかな?」
「ああ……」
で、問題はこれだ。偽名にするとは言ったものの、どうするか決めてもいなかった俺は返答に窮する。さてどうしたものか……。
何の気なしに視線をギルドに漂わせていると、窓から入ってきた風に煽られ、ふわふわと揺れるカーテンが目に入った。
ふむ……カーテンか。カーテンで何か人名っぽくできないか。うーん……。
「……俺はカーテニアだ」
「あははは! えーちゃん、変な名前ー!!」
ホシが指を差しながら思いっきり吹きだしやがった。
えーちゃん言うな! 偽名がバレバレだろうが!
「カーテニア様で宜しいですかな? ではこれにサインを。必要でしたら代筆しますが」
「ああ、いや、自分で書く」
グッチは知ってか知らずか、しれっと用紙を渡してきた。
その用紙も見れば麻紙だ。ギルドでは麻紙を主に使っているのか。
この国じゃ珍しいな、などと思いつつ、すらすらと名前を書き、また手渡す。
グッチはちらりと目を通しただけだったが、特に問題く受理されたようだ。
「さて、次はそちらのお嬢さん。代筆は必要ですかな?」
「いいえ、結構ですわ。わたくしは……ウィンディアですわ!」
ウィンディア? ……ウィンドウ? 窓、か?
ちらりと見ると、にこりと返された。センスの違いを見せつけられたみたいでちょっと悔しい。
悔し紛れに彼女の尻をぺしりと軽く叩くと「ひんっ!?」と変な声を上げたため、ちょっと気が紛れた。
「はい、結構ですな。ではそちらのお嬢ちゃん。代筆は必要ですかな?」
「うん! あたしはねー!」
ホシが元気よく手を上げたが、ここで変なことを言われたらたまらない。
「お前はアンソニーだ!」
「何故ですの!?」
「あたしアンソニー!」
「ノホホ! 承知しました!」
「ホシさん!? 少しは疑問を持ってくださいまし! 男性名ですわよ!?」
スティアが騒いでいるが、これで全員分登録が無事終わったな。登録料の銀貨1枚をカウンターへと置いた。
「ノホホ! おつりは小銀貨7枚ですな! ……はい! ではこれでお三方ははれてランクG冒険者ですな! こちらをどうぞ」
彼は鉄か何かのドッグタグを三つ取り出し、その内の一つを俺へと手渡してきた。
「これはランクG冒険者を示すドッグタグですな。冒険者である証明でもありますので、必ず携帯して下さい。携帯さえしていただければ、首にかけるなり、手首に巻くなり、頭に巻くなり好きにして構いませんな」
頭に巻く奴ってどういう状況だよ。そんな奴いないだろ。酔っ払いのおっさんか。
渡されたドッグタグを受け取り、それに視線を落とす。何らかの文字列が並んでいるのが分かったが、何かのコードだろうか?
しかし随分と簡素な作りだ。素材もあまり良いものではなさそうだ。
「ふーん……。これは鉄か?」
「ですな。一番やっすい奴ですな。ノホホ!」
気にしてなかったのに、安いとか言われるとちょっと悔しいだろうが。
相変わらず余計なことばかり言う口だ。その軽口に睨んで返すが何処吹く風で、奴は残りの二つをスティア、ホシにそれぞれ手渡した。
「あと、明日にはお三方の冒険者証も用意できますな。明日以降、来られたときにお渡ししますな」
そういえばそんなことが規約に書いてあったな。ただ、ドッグタグがあるのに冒険者証が必要な理由が良く分からない。
「そのドッグタグは身につけていれば目に入りますから冒険者と分かりやすいですが、ただそのせいで偽作もされましてな。ギルドとしては冒険者を騙り犯罪行為を行われると非常に困るわけですな。それで、ドッグタグと対になる冒険者証を発行することにしているのですな。わたくしと致しましては、そちらは見えないところに携帯しておくことをお勧めします。盗まれると厄介なことになりますしな」
なるほど、騙り防止の対策か。ということは、このドッグタグに印字されているコードが冒険者証と対になっているのかな? まあ、そういう理由があれば面倒だが仕方が無いか。
しかし冒険者ギルドもなかなか苦労しているみたいだな。なんだか人事には思えなくなってきてしまった。
「あと、そうですな。お三方でパーティを組まれるのですかな?」
「そうですわ!」
「え? パーティ?」
スティアが嬉々としてグッチに答える。
言われてみれば、この面子で行動することしか考えていなかったから、パーティのシステムについては全く規約に目を通していなかった。パーティも登録制なのか。
「パーティをギルドに登録しておくと、個人のランクとは別にパーティにもランク付けがなされますな。皆様ではパーティランクGからのスタートとなりますが、ランクが上がれば色々メリットもありますので、一緒にどうですかな? ああ、有料ですから、勿論それが嫌であれば登録せずにパーティを組んでも問題ないですが」
「是非登録致しますわ! いいですわよね!? ねっ!?」
「まあ……別に構わないんじゃないか?」
「あたしはいーよ!」
「やった! ですわ!」
小さくガッツポーズをしながら、頬をほころばせて返事をするスティアに苦笑してしまう。あながちパーティを組みたいというのも嘘じゃなかったのかもしれないな。
「すーちゃん嬉しそうだね!」
「嬉しそうだなぁ」
ホシもはしゃいでいるスティアを見てにっこにこだ。スティアがこんなに喜ぶなら、それだけで登録して正解だったかもしれない。
スティアは間違いなく高ランク冒険者だ。それでずっとソロということは、それなりに長い間を一人だけでやってきたんだろう。
そうと考えると、まあ嬉しくなる気持ちも分かるか。
「では、パーティ名は”エイク様親衛隊”で申請しておきますな!」
――なんて微笑ましく思っていたらとんでもない事しでかしやがった。
「何やってんだスティアァーーッ!」
「わ、わたくしはウィンディアですわ!」
「どっちでもいいんだよ今そんなことはっ!!」
何勝手にパーティ名を決めてるんだこいつは!?
いや決めるのは別に構わないが、この名前は駄目だろうが! 偽名使った意味無いじゃん!
「そのパーティ名変えてくれ!」
「そんな!? 駄目ですわ! もう登録料を払ってしまいましたのに!」
「もう払っちゃったの!? いくらだ!?」
「銀貨2枚ですな! ノホホッ!」
「のほほ! のほほ!」
「あぁぁぁっ! お前という奴はぁっ! あとホシそのマネは止めろ! 阿呆がうつる!」
「辛辣ですな! だがそれが良い! ンノホホホッ!」
銀貨2枚というと冒険者登録料の二十倍。王国軍の一般兵士の給料二か月分相当だ。
何してくれてるんだよもう……。ため息をつくしかない。
「あー、くそっ……。もうそのままでいいや……。でも問題があったら変えるからな!」
「分かりましたわ!」
「分かったー!」
絶対分かってないよこいつらは。いや、ホシは別に悪くは無いんだけども。
今この状況で一人頭小銀貨5枚はなかなかに痛い出費だ。既に支払い済みということなら、これはもう飲み込むしかない。
しかし今後の資金繰りが厳しいのはもう分かり切っているのだから、もっとちゃんと考えてもらいたかった。アクアサーペントの価格に期待するか……。
あー……なんだかここにいると無駄に疲れる。もう用事は済んだしさっさと帰ろう。
「それじゃ明日の昼にまた来るから、それまでに色々と頼むわ……」
「ああ、こちらから一つ宜しいですかな?」
もう帰りたいという俺の雰囲気を意に介さず、勝手に話をねじ込んで進めるグッチ。本当にいい根性してるわ。
「実はですな、最近冒険者に登録した方がお一人いるんですな。その方はランクGなのでお一人は厳しいと思うのですが、ただランクE以下の冒険者でパーティを組んで下さる方がセントベルギルドにはおらず、その方はソロで活動しているのですがな」
と、そこまで言うと、彼は少し言い難そうに一呼吸置く。
「その方は後衛でして、ソロはなかなか厳しいようなのですな。ギルドの規約上ランクD以上の方は紹介できませんが、だからと言ってこのままというのも、ギルドとしてはあまりにも無責任というもの。ですから、パーティを組める方を探していたところなんですな。もし宜しければ……”エイク様親衛隊”にどうですかな!?」
「その名前口に出さないでくれるか?」
「おっと、これは失礼! ノッホホンのホーン!」
スティアに言われるのはもう慣れたが、目の前のこいつにその名前を言われるとゾッとするものがある。誰に聞かれているかも分からないし、口には出さないで貰いたい。
……やっぱりパーティ名、変更したほうがいいかな?
「拝見したところ、ウィンディア様は短剣、アンソニー様はメイス、カーテニア様はショートソードが武器ですかな?」
「ん? んー……まあな」
グッチは俺達の装備をすばやく確認すると、思案するように顎に手を当てた。
正確に言えばそうではないが、そんなことを突っ込んで言う必要もないためあいまいに返事をしておく。
それよりも、偽名で言うもんだから誰が誰だか一瞬混乱してしまった。早く慣れないとまずいなこりゃ。
「見事に接近戦特化のパーティですな。その方は魔術師ですから、遠距離攻撃に乏しいこのパーティにうってつけだと思いますが……いかがですかな?」
「ほう」
”魔法使い”でなく”魔術師”ときたか。その冒険者、随分と腕に自身がありそうだ。
俺としては顔合わせくらいなら良いかと思うが、スティア達はどうだろうか?
そう思っていると、スティアが俺の肘部分をつまみちょいちょいと引っ張ってきた。
「貴方様、わけあり臭いですわよ」
「んー……どうしてそう思う?」
「魔術師を名乗れる人間というのは希少ですわ。高いランクでも引く手数多のはずが、低ランクで余るというのはおかしいと思いません? 絶対何かありますわ」
「まぁなぁ……」
ひそひそと声を落とし難色を示すスティア。まあ彼女の言うことはもっともだ。俺も引っかかるところがないと言えば嘘になる。
魔術師というのはただ魔法が使える人間という意味ではない。それなら俺も魔術師ということになってしまうが、俺は魔法が使えるというだけだ。魔術師を名乗るには実力がまったく足りていなかった。
魔術師というのは、魔法一本で身を立てられる人間のことだ、と俺は思っている。
漠然とした指標だが、例えば中級魔法を全て短縮詠唱できるとか、上級魔法をいくつか使えるだとか、魔法に対する造詣が深く、実力も兼ね備えている人間のことを通常魔術師と呼ぶのだ。
ただ明確な称号でもないため、自称魔術師なんてのも世の中にはいる。実力が露見すれば失笑では済まないが、逆に言えば、ばれさえしなければ良い飯の種になるからだ。そういうしょうもない奴はどこにでもいるのだ。
今回の件、相手がその自称である可能性は無きにしも非ずだが、そうとも言い切れない可能性もある。
「冒険者が少ないって言ってたから、本当にランクE以下の冒険者がいないのかもしれないぞ?」
「そうでしょうか。わたくしにはそうは思えませんが……」
そう言い、スティアはギルドの中を目だけ動かして見渡す。
今ギルドには数人の冒険者しかいないが、まあ確かにランクの高そうな人間がいるようには見えないな。
彼らには失礼だが、スティアの弁に納得してしまった。
「ホシ。ホシはどう思う? 俺は顔合わせくらいならしても良いかと思うんだが」
俺はちょいちょいとホシを呼び、意見を聞いてみる。
こういうときは困ったときのホシ頼みだ。こいつの直感にかけてみよう。
「顔合わせくらいなら良いんじゃないの?」
ホシは何を悩んでいるんだとでも言うかのように、あっけらかんとそう言った。
スティアもそれならしょうがないかという顔をしている。ならその方向で話を進めよう。
「まず顔合わせからだな。それでもいいか?」
「勿論。是非お願いしますな。顔合わせは明日の午前中で構いませんかな? その方にはわたくしからノホッと話をしておきますので」
頼んでいたチサ村の依頼の件もあって、明日は昼に来ようかと思っていたのだが……まあいいか。