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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第六章 迷いの森と闇の精霊
372/390

335.Ⅸ

 ルーゼンバークから少し離れた平原に、数人の人影があった。

 子供大のものが一つ、大人大のものが二つ、そして人というには大きすぎるものが一つ。いずれもローブで身を包み、夜明け前の草原で小さな焚火を囲んでいた。


 彼らの間に会話は無い。周囲にはただ火の爆ぜる音が小さく鳴っており、その他にあるのは時折風に吹かれてさわさわと音を立てる、草の音だけだった。


 彼らの気配は不自然なほど希薄で、その場には誰もいないようにも思える。そして、だからこそ逆に何者をもせ付けない異様な空気がそこにはあった。


 一体どれだけそうしていたのだろう。地平の遠くが白み始めた頃合いに、四人の内の一人が、すっと顔を上げて右を見る。

 その先にはこちらに向かって走って来る、一人の人物の姿があった。


 彼女は後頭部で一まとめにしたピンクブロンドを揺らしながら、彼ら目指して真っすぐ駆けて来る。小柄な彼女が背負うに似つかわしくない大きな背嚢(はいのう)が、走るに合わせてゆさゆさと、左右に大きく揺れていた。


「こーんな所で休憩ですかー? まったく、探しましたよー。この美少女を走り回らせるなんて、とんでもない事ですからねー?」


 四人に近寄る彼女は、やれやれと言った様子で彼らに声を掛けてくる。だがその軽口に応える者は、残念ながらその場にはいなかった。


(ノイン)。遅いぞ」

「なーにが遅いぞ、ですか。負けた挙句連絡も無しで、勝手に町を離れたのはどこのどなたでしたかねー? (アインス)さん」

「負けたわけでは無い。一旦態勢を整えるだけだ」

「物は言いよう、ですかねー?」


 彼女にじっとりと見られると、(アインス)ことオリヴェルは機嫌悪そうに目を細めた。

 彼らは暗殺者集団、”断罪の剣”。ルーゼンバークでエイクらと対峙した彼らだったが、まんまとターゲットであるエイクをとり逃した事で彼の実力を正しく把握。負傷や消耗も少なくなかったため体勢を整えようと、ルーゼンバークを一旦離れようとしていた所であった。


生命の秘薬(ポーション)を三つ消耗した。代わりをくれてやれ」

「あらま。随分と手酷くやられたようでー」

「無駄口は良い。早くしろ」

「はいはい、と。(アインス)さんですかー?」

「俺じゃない。他の連中だ」


 (ノイン)は右のウェストバックに手を突っ込むと、三つの瓶を取り出して彼らへ下手で放る。(フィーア)(フュンフ)(ズィーベン)はそれを受け取ると、礼も言わずに懐へしまい込んだ。


「貴重な物なんですからー、次はちゃんとお願いしますよー?」

「問題ナイ。次ハ逃ガサン」

「いえいえ。薬を消費しないでって言ってるんですけど」

「ひょ、ひょ、ひょ。どうせ消耗品は依頼主持ちじゃろうが。若者が小さな事をうだうだと言うでない」

「もー……。二等級の生命の秘薬(ポーション)なんて手に入れるのが大変なんですー。お金の問題じゃないんですぅー!」


 (ノイン)は彼らに軽口を叩くが、(フュンフ)(ズィーベン)の二人から見当違いの応えが返ってきてむぅっと頬を膨らませた。


 彼女が言ったように、生命の秘薬(ポーション)は貴重な薬だ。町の薬屋にもいくつかなら置いてあるが、それでもあって四、五等級が普通で、稀に三等級がある程度である。

 それは需要と供給の問題もあるが、一番は金銭的な理由だ。生命の秘薬(ポーション)は等級が上がると価格が飛躍的に上がる。具体的に言えば三等級は金貨八枚に対して、二等級は二十枚必要なのだ。


 高ければ当然買い手は少なくなり、であれば作り手もあまり作らなくなるのは普通の流れである。

 ”断罪の剣”には入手の伝手があるものの、だからと言って欲しいと言えばすぐに手に入るような代物では無かったのだ。


 (ノイン)の言い分には正しさしかない。だからオリヴェルはそれに無視を貫く。

 すると(ノイン)は、今度は腕を組んで黙っている(フィーア)ことオーガのクダリに水を向けた。


「そういえば(フィーア)さんも使ったんですねー? うーん……お相手様、そんなにヤバめでしたー?」

「いや、奴らじゃ、ない。突然来た、蛇に絡まれて、毒を食らった。猛毒で、使わざるを得なかった。すまん」


 巨躯の彼がぽつぽつと話す度に、牙のような歯の隙間から、煙のような白い吐息が噴き出す。その苦々し気な声をぽかんと聞いていた(ノイン)は、少しの間をおいて手をポンと叩く。


「……おおっ。そういえば青蛇がルーゼンバークに向かってましたね。目的は何だろうと思っていましたが、エイクさん達への援護でしたか。あはは、それは気づきませんで。ご愁傷さまでした」

「獲物を逃がすわ、蛇も取り逃がすわで、良い所なしだ。俺は、自分が情けない」


 蛇と事を構えている間に、ルーゼンバークの兵士達もわらわらと集まってきて、戦うどころではなくなってしまったのだ。

 蛇もそう思ったのかあっと言う間に逃げてしまうし、取り囲んだ兵士達は自分に襲い掛かって来るしで、クダリは何の成果も得られず終いだった。


 はぁと大きな嘆息を吐き出すと、クダリは静かに目を閉じた。もう話したくないと言うのだろう。それが分かって(ノイン)が口を閉ざした頃合いに、オリヴェルが再び口を開いた。


(ノイン)。次は(ドライ)(アハト)も任務に当たらせる。奴らを捕まえて来い」

「えー……。(アハト)さんはともかく(ドライ)さんって、修行修行ばっかりでどこにいるか全然分かんないんですけどー」

「文句を言うな。お前の仕事だ、やれ」


 更に二人を合流させろと言うオリヴェル。(ノイン)は非常に面倒臭そうに渋ったが、オリヴェルはけんもほろろに突き放す。


「ぶーぶー! 人使いが荒い人は嫌われますよー!」

「お前を売り込んできたのはお前だろう。足が自慢だと大口を叩いたのもお前だ、ツケは自分で払え」

「うー……そう言われると何も言えねぇ、ですー」


 冷たく言われ、大げさに肩を落とす(ノイン)。オリヴェルは何の感情も無い目でそんな様子を見ていたが、一方でクダリは流石に哀れに思ったらしく、


「……頑張れ、(ノイン)


 と、彼女へ低い声でエールを送った。


「うー! (フィーア)さんだけが私の味方ですよー!」

「下らん事を言うな。それにもう一つ、お前にはやってもらう事がある」

「まだあるんですかー!? 悪魔! 人でなし! オリヴェルさん!」

「まだ任務中だ。名前を呼ぶな」


 しかしそんな彼女へ無情にも、まだ任務があるとオリヴェルは告げた。

 彼は懐から一通の封書を取り出すと(ノイン)へ差し出す。ぶちぶちと文句を言いつつも(ノイン)はそれを素直に受け取り、オリヴェルへ問う目を向ける。


「依頼人――閣下宛の手紙だ。今回の顛末と今後の方針が書いてある。王都へ戻り届けて来い。頼むぞ”疾風(はやて)”。お前の足なら一週間とかからんだろう」

「今度は王都ですかー……。やれやれ、分かりましたよーだ」


 それは今回エイク暗殺を依頼した依頼主への手紙であった。彼女はオリヴェルへいーっと歯を見せた後、手紙を左のウェストバックへ丁寧にしまう。


(ドライ)(アハト)を見つけたら王都に向かわせろ。その後はしばらく待機だ」

「待機ですかー?」

「俺も盾を直さなければならなくなったからな」

「ありゃま。あの純ミスリルの大盾が、これは見事な出来栄えに」

「余計な口を叩くな」


 (ノイン)が無遠慮に視線を注げば、そこには大きなヒビの入った大盾があった。

 Sランクの魔物相手でも傷一つ付かなかったあの盾がこの有様とは。オリヴェルは直すと言ったが、この壊れ方では打ち直しなど不可能だろう。恐らく新たに作ることになるだろうと(ノイン)は考えた。


(となると次に動き出すのは早くても二月はかかりそうですね。ふむ)


 そうして彼女は自分の取るべき方針を、胸の内で瞬く間に固める。


「災難でしたねー。ではお二人に声を掛けた後に、私は少し王都で休ませてもらいますよー。最近慌ただしかったですからねー。誰かさんのおかげで」

「任務を果たせば文句はない。好きにしろ」

「よしよし、言質は取りましたからねー?」


 一人で明るく騒いだ(ノイン)はよしっと気合を入れると身を翻し、その場を離れて一人、王都を目指して走り出した。

 夜が明け始めたとはいえ未だに平原は暗く、見通しは最悪だ。しかし上背ほどもある大きな背嚢(はいのう)を背負っているにも関わらず、(ノイン)は確かな足取りで平原を風のように駆けて行く。


(まず宰相閣下に報告ですね。オリヴェルさんは態勢を整えるなんて言ってたけれど、どう見ても撤退ですからね。一体何と言われるか)


 左のウェストポーチをチラリと見る。これを見た主は一体どんな顔をするだろうか。浮かべる表情を想像して、(ノイン)ことローズは薄い笑みを口に浮かべた。


 ”疾風(はやて)”の異名の通り、ローズは風の様に西へ疾走する。程なくして太陽が顔を出し始め、草原は明るく変わって行く。

 漆黒の海原から青々とした草原へ。彼女は緑を踏みしめて、王都目指して消えて行った。

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