334.金は命よりも重し
神聖アインシュバルツ王国を滅ぼすべく王都を襲った魔族達がこのルーゼンバークへ撤退して来たのは、今からもう一年以上前の事である。
ルーゼンバーク近郊に突然現れた魔族達は一万を超える大軍でもって、宣戦布告もなく町へ猛然と迫って来た。この光景は死を連想させるに容易く、ルーゼンバークの町は恐怖の叫びに包まれる事となった。
何の前触れも無く、逃れ得ぬ運命を突き付けられたルーゼンバークの町民達。だが幸いにして、彼らは魔族の手にかからず済んだ。
魔王軍の目的地は町ではなく町に程近い迷いの森であり、魔族達は町を逸れ、真っすぐ迷いの森へ向かったためだ。
そのため町は事を構えることも無く、魔族軍をやり過ごす事ができたのだが。
ただこの出来事によって、町の平穏は激しく揺さぶられる事となった。
魔族という恐るべき敵が大地を揺らして町へ駆けて来る光景は、ルーゼンバークの町民を混乱に陥れるに十分過ぎたのだ。
その日、町は貧民街を中心として暴行、略奪、強姦、殺人などといった凶行が溢れる殺戮の舞台へと変貌した。
弱者が逃げ惑う恐怖の町を全兵士が鎮圧にあたるも、町人四千に比べて兵の数は総員たったの七百。至る所で発生する暴動に兵らが鎮める事は叶わず、結局この状態を治める事が出来たのはその数日後に町を訪れた王国軍の、先遣隊の尽力あっての事だった。
その後、王国軍本隊三万が駐留するようになって以降は町は落ち着きを取り戻し、町民も多少の戸惑いはあるものの理性的に振る舞うようにはなった。
だが戦争の舞台となったこの町は元の静けさを取り戻すにはまだ早く、戦争の動乱に無関係ではいられなかった。
王国軍と魔王軍は町を舞台に戦う事は無かったが、しかし三万人の王国軍を駐留させるという事は、それだけ必要になる物がある。
食料、水、戦うための装備、人を治療するための薬などの多くの物資。
また兵と一言で言うが、彼らは人だ。士気を維持するための娯楽も必要だった。
通常それらは軍で用意するのが当然である。しかしだからと言って駐留する軍を目の前に無視もできず、ルーゼンバークの代官は惜しみない協力を強いられた。
寝る間も惜しまず奔走し、上役である領主のマイツェン伯爵や、持つ全ての伝手を頼り、多くの物資の補給を行った。
また町に急ピッチで歓楽街を新設し、兵士達を癒す娯楽の場も提供した。
必要経費は膨大となったが、しかしルーゼンバーク代官は何とこれらの全てを己の懐から出し、足りなければ借金までして王国軍を全面的にバックアップした。
結果王国軍は終戦までルーゼンバークでの駐留を可能とし、見事魔王軍を撃退した。
国民は魔王と戦った兵士らを英雄と呼ぶ。しかし王国軍を長期に渡り町に留まらせたルーゼンバーク代官の差配がなければ、王国軍は果たして魔王軍に勝てただろうか。
彼の功績を知る者は知っている。しかし彼、そして彼の治めるルーゼンバークの町は戦後、誰に気遣われることも無くひっそりとその役割を終えていった。
町にはすっかり熱の冷めた歓楽街が残った。兵士を相手に商売をしていた者達はあぶれ者となり、貧民街の住人となった。
代官も国から労われ報奨を賜ったが、しかしそれは借金を埋められ得る額には到底足りなかった。
ルーゼンバークは戦争の負債を抱えたまま賑わいを失っていく。
そうして返し得ぬ負の遺産を抱えたまま、町はただ静かに寂れて行く――
「うぇっへっへっへっへ……! 何度見てもこの輝きはたまらん……ッ!」
――と、いう事にはならなかった。
彼、ヘルブラントは今寝室に置いた小さな机に座り、下品な笑い声をあげていた。
今はまだ夜明け前。深い闇に覆われた部屋の中で、彼は手元に置いた小さなランプの明かりを頼りに、ブツブツと小さく溢しながらある物を指で弄んでいた。
「金貨、金貨、金貨だ金貨。うひっ、うぇひ、うぇひひひひっ」
それは数枚の金貨であった。
揺らめく炎の光を反射して、金貨はまるで生きているように煌めく。それを見つめながら引き笑いをするその男の目は、怪しげに爛々と見開かれていた。
ルーゼンバーク代官のヘルブラント・アッセル。彼は非常に金にがめつい、命よりも金が大事と当然のように言ってのける守銭奴であった。
彼が今指で弄んでいる金貨は、先の戦争により儲けたものだ。
魔王軍、そして王国軍がこの町に大挙してやってきた時、多くの物は未曽有の危機と恐慌した。だがこの男だけはこれは金の生る木であると、心の底から歓喜したのだ。
王国軍のためとしてした借金は、彼にとってはただの先行投資だった。彼は歓楽街を設けると同時に、物資に混じり、特に必要でもない目が飛ぶ程高価な酒や宝飾品を手当たり次第に買い入れて、歓楽街へと流したのだ。
そして建てた娼館には、金をいとわず見目を磨き上げた娼婦――これは彼自ら貧民街へ赴き雇い入れた、非常に見込みのある女達だ――の多くを送り込んだ。
結果、王国軍の兵士達は見事に娼婦達にのめり込んだ。彼らは時に優しく、時につれない娼婦達に振り向いてもらうべく、彼女らに惜しみなく高級品を献上した。
王国軍の兵士達はルーゼンバークに駐留している都合上遠出など不可能であったため、金の使いどころが限られた。そんな事情により町に置かれた嗜好品や宝飾品は飛ぶように売れ、代官の手には借金が消し飛ぶ程の金が降って来たのであった。
今は寂れてしまった歓楽街だが、維持していた商人娼婦は共々、もともと代官が雇い教育を施した貧民街の住人達であった。
仕事が無くなり彼らはまたスラムに戻ったが、事前に今回の商売は王国軍がいる間だけだと説明済みで、スラムの住民にも代官にも得はあれど損は無かった。だと言うのに国は積極的に支援を行ったと彼を労い、報奨金までくれると言ってきた。
笑いが止まらないとはこの事だった。
「ああ……戦争がもっと長引いてくれれば良かったものを。魔族共も情けない。王国軍なんぞにあっと言う間にやられおって」
聞く者が聞けば首が飛びかねない台詞を溢すヘルブラント。そんな彼の頭の中は殆どが金で占められていて、他の事は何もかも些事であった。
戦争の行方も興味が無かった。なんなら魔族が勝ったとしても、それを機に稼いでやろうと思うくらいには、金に命を注いでいたのである。
そんな彼の手中にはまった者達は今でも借金濡れとなっている。その多くが第一師団所属の兵であるが、戦後となり軍縮へ移行している今、彼らは無職になるまいと軍に残留するため必死だそうだ。
その中には貴族の若い子息らの姿もあるらしく、人員整理に王国軍は苦慮しているとの事であるが。
しかしヘルブラントは金ヅルにこそ並々ならぬ興味を示すが、搾りカスには何の関心も無い。今日も今日とて次の金儲けについて思案すべく、金貨を弄び英気を養っていたのであった。
「だが、あの森に価値を見出す輩ができた事は不幸中の幸い。これを機に連中を上手く使う手があれば良いのだが……」
彼の最近の関心事は、迷いの森を見に来る観光者である。入れば迷うという不可思議な森は、彼にとってはただの森であり関心の対象ではない。そのため観光に来る者達の気持ちは理解できなかったが、しかし事実として客が来る以上、軽視をしてはいなかった。
「もっと男が来るのなら歓楽街が生きるんだが、観光客は女も多いし、敬遠されて数が減るとなれば面倒だ。……女相手のデカい儲け話があれば良いんだがな」
王国軍は圧倒的に男が多かったため娼婦の毒牙で稼げたが、女相手ではそうもいかない。だがこのルーゼンバークは元々迷いの森を監視する町で、かつ辺境にも近いため、女性が喜ぶような華やかな話とは無縁だった。
どうしたものかと金貨を見つめながら考えるヘルブラント。
「おや。起きて頂く手間が省けましたね」
そんな時、突然背後から声をかけられて、彼は金貨から顔を上げた。
「何者だ」
「このような夜明け前に失礼致します」
振り向くと、そこには見覚えのないメイドが一人佇んでいる。彼女は代官の目の前で、優雅にカーテシーをして見せた。
「私はさる方の使いでございます。この町の代官、ヘルブラント・アッセル様とお見受け致しますが、相違ございませんか」
「いかにも私がルーゼンバーク代官のヘルブラント・アッセル子爵だが」
突然現れたメイドを前にしても、ヘルブラントは全く動じた様子が無い。メイドはそれに一瞬間を置いたが、すぐにどこからか――手の動きが速すぎてヘルブラントには見えなかった―― 一通の手紙を取り出した。
「恐れ入ります。こちらを預かっております。どうかご確認頂きたく存じます」
普通の貴族であればこんな護衛もいない一対一の状況で、しかも暗殺者の可能性もあるメイドから、易々と手紙など受け取らなかったはずである。
しかしヘルブラントは違った。
普段なら自分宛の手紙など見向きもせず、家令に読ませて要点を聞くだけだった。しかし今、目の前に屋敷に忍び込んだメイドが恭しく両手で手紙を差し出しているという状況は、彼の興味を大いに掻き立てた。
不測の事態は幸か不幸かに関わらず機である。
これは彼の人生論だった。
ヘルブラントは僅かの迷いも無く、その手紙に手を伸ばした。
「――ほう。これはこれは」
手紙を読み終えたヘルブラントは、まず最初にそう口にした。
差出人は彼も名を知る、第三師団長のエイクからであった。内容は昨夜、この町で起こった珍事についての顛末と、それについての提案であった。
メイドもこの手紙の内容を知っており、使えそうな物も持たせたと記載がある。
彼はじろりとメイドを見た。
「魔族の残党について調査中の第三師団が、この町で潜伏する可能性のあった魔族を釣り出すための作戦の試験中、暗殺集団”断罪の剣”に偶然見つかり魔族と誤解され攻撃された――と」
「はい」
「”そういう事”にして欲しい、と言う事だが。ただ頼むだけなら何とでも言えような。ただ言うだけでは効果のほどは保証できんぞ」
「その点につきましてはこちらをご覧下さいませ」
疑わしい目でメイドを見れば、彼女はまたどこからか毛皮のような何かを取り出し広げて見せる。それはタヌキやウサギといった、動物の頭部を模したマスクであった。
ヘルブラントはそれを見て、兵から魔族が町に現れたと報告があった事を思い出していた。
彼はそれを馬鹿馬鹿しいと一蹴しつつも兵らに調査を指示していたが、それをこう繋げるのかと少し感心しつつ、マスクを受け取り丹念に調べ始めた。
意外にも作りはしっかりとしており、間に合わせで作ったようには見えない。口元だけが外れるようになっている構造も、長期間の着用を想定している事が伺え、熟慮して作られた事が察せられた。
確かにあの深夜にこのマスクをかぶっていたら、魔族と間違えたと言えるかもしれない。フンと鼻を鳴らしながらヘルブラントはマスクをそっと机に置き、再びメイドに目を向けた。
「この事は極秘であり公言は無用。緘口令を敷いて欲しいと?」
「はい。そちらの覆面は差し上げますので、何卒」
町には少なくない被害があり、そして彼は町を守る代官だった。本来なら彼はエイクを糾弾するべく、こんなふざけた手紙を握りつぶさなければならなかった。
だが――
「ふむ。分かった」
彼にとって、そんな事はどうでも良かった。
第三師団には先の戦争で借りがあった。唯より高い物は無いというのは、彼の人生哲学である。
そしてそれ以上に、彼には何よりも優先すべきものがあった。
今までの話をさらりと流し、彼はじろりとメイドを見た。
「町を破壊した件の費用はエイク殿が持つとの事だが、いかほど融通して頂けるのか」
「ご確認下さい」
一体いくら出すつもりか。はした金ならこの情報、どこへ行くか分からんぞ、と。
語気を強めてそう問えば、メイドはまたもどこからか革袋を取り出し、両手で彼へ差し出した。
これをヘルブラントは間を置かず受け取るが、すぐに違和感に気づいて眉がぴくりと上がってしまう。
(硬貨ではない。音、そして重さが違う)
ずしりといった重量が無く、中からはしゃらりと軽い音がする。
(一体何が入っている。だがこの軽さで価値のある物と言えば、そう選択肢は多くない……!)
彼は急速に湧いて来た興味を隠さずに、急いで袋の口をがばりと開ける。机のランプで手元を照らしてみれば、彼は飛び出しそうになった声を何とか飲み込んだ。
(ま、魔石だっ! しかもこの大きさ、四等級はある! 数も多い! 一体金貨何十枚分――いや、もしかしたら……ひゃ、百……!?)
貴重な魔石が一つの袋に雑に詰め込まれている所は頂けないが、しかしそれを除いても五十程もある四等級魔石の価値は計り知れない。
目を爛々と輝かせて魔石を食い入るように見つめるヘルブラント。
「それと、こちらは代官様ご自身へ、との事です」
そんな彼へ、更に追い打ちが入った。
差し出されたのは両手の平に乗る程度の小さな木箱。意匠もない無骨なものだが、しかし受け取る代官の手は震えていた。
蓋を丁重にゆっくり開けると、中のそれは先程の魔石とは違い丁寧に布に包まれている。そっと布を取り除けば、ついに彼は耐えきれず、歓喜の声が飛び出した。
「――おほぉっ!」
そこに整然と並んでいたのは長さが人差し指程もある、三つの大きな魔石だった。
(ま、まままま間違いないっ! これは、一等級魔石だっ!)
一等級魔石はランクSの怪物が稀に落とす事があるものだ。しかしランクSの怪物を倒せる者が一体、どれだけこの大陸にいるだろうか。
冒険者個人でもランクSに名を連ねる者はたったの一桁。パーティ単位で数えても、二十も存在しない。そしてそんな彼らもSランク怪物を何の危険も無く安定して倒せるかと言えば、答えは否だった。
人間を超越した存在であるが故に、ランクSをつけられているのだ。そんな存在を魔石のために倒そうなどと言うものが果たしているだろうか。いや、いまい。
そのため一等級魔石が世に出てくることは極めて稀だ。そして仮に出てきた場合にも基本オークションで売買されるが、つけられる値段は時価で、およそ金貨二十枚以上にも上る。
王都の貴族街一等地に屋敷を立てられる程に価値のある魔石が、目の前に三つも並んでいる。金に汚いヘルブラントは、これがどんな意味を持つのかと頭を高速で回転させる。
そうして彼は一秒程後に己の答えを導き出す。
「この前の騒動で一人の容疑者を捉えている。恐らくそれが第三師団長の友人――青龍姫様なのだろう」
彼が思い出したのは、手紙の中に書いてあった、先の騒動で協力してくれた友人が一人、町に残ったと言う一文だった。
「それでは」
「本人と確認が取れればすぐに便宜を図ろう。ヘルブラント・アッセルの名において違えないと約束する」
「ありがたく存じます」
兵士長から怪しい女を一人牢に入れたと報告があった事をヘルブラントは覚えていた。それについては騎士団長に任せると丸投げしたため、今は牢獄にいるだろう。何せ今騎士団長はマイツェン領主の下へ戻っているのだから。
(もしあの騎士団長がいたら、既に首が飛んでいたかもしれないな。奴がいなかったのは幸いだった)
怪しきは罰せよが心情の、あの苛烈な男が不在であった事に運命神の導きを感じながら、ヘルブラントは最後にメイドへ言葉をかけた。
「それにエイク殿率いる第三師団には以前世話になったからな。魔王軍襲来時に町の混乱が静まったのは王国軍の先遣隊――第三師団第一部隊の尽力のおかげだからな。……どうやら所用ができたようだ。私は行く。お前も主の元へ帰れ」
小さくカーテシーをしたメイドは、ヘルブラントが気が付いた瞬間、すでに目の前からは消えていた。
ヘルブラントは一度、二度と瞬きする。だが彼の手の中にある木の箱が、先ほどの女が現実であったと知っていた。
彼はすっくと立ちあがり、カーペットを剥がして隠し倉庫の扉を開けると、先程の魔石を隠し入れる。そしてランプと呼び出し用のベルをバッと手に取ると、部屋を慌ただしく飛び出した。
(うぇひひひひっ! 第三師団長様様だっ! あの魔族を模したマスク! あれは使えるぞっ!)
先の戦争で歓楽街を作ったが、高位の貴族の中には身分を貶めると、一度も足を運ばない者も多かった。
だがその身分を隠す大義名分さえあれば、金を持て余した暇な貴族が戯れに来ること請け合いだった。
(それにこれだけの魔石があれば、この町に更に人を呼び込める! そうだっ、カジノだっ、カジノを作ろうっ! マスク着用制のカジノにすれば、高位貴族でも絶対に来るっ! 男はもとより女だって来るはずだっ!)
戦時では資金不足かつ不謹慎と眉を顰められる事を危惧し作れなかったカジノ。だがこの魔石と魔族のマスクがあれば、高位貴族もお忍びで来るだろう。
ルーゼンバークは特別な物産もなければ人を呼び込む場所も無い。迷いの森という不吉な場所があるだけの、人の立ち寄らぬ寂れた町だった。
だがこれからは違う。今回得た資金を元手に、王国一の歓楽街を作り出してやる。
ヘルブラントは手元のベルをチンチンチンチンと激しく鳴らしながら暗い廊下を全力で走る。程なくして執事が慌てた様子で駆けて来て、ヘルブラントは彼へ怒鳴り声を上げた。
「遅いぞ! 私が呼んだらすぐに来い! 兵舎へ行く、馬を用意しろ!」
「う、馬でございますか? そのようなものをどうして……今はまだ夜も明けておりませんし、どうか馬車をお使い――」
「馬鹿者っ! 馬車なんぞでチンタラ行っていられるかっ! 一秒は黄金にも勝るという言葉を知らんのか! もう良い私は一人で行く!」
「旦那様!? せめて護衛を――旦那様!? 旦那様ーッ!!」
呼んだ執事を置き去りにして、ヘルブラントは屋敷を飛び出して行く。
彼の頭にはこれからのルーゼンバークの様子が鮮やかに描かれている。それを実現するためにも、まずは借りを返しておかなければ気持ちが悪い。
借りは早いうちに返しておくに限る。まずは牢に入れた師団長の関係者を救出し、大いに歓迎し、今回の事を手違いと誤認させなければ。
馬にひらりと飛び乗って、ヘルブラントは馬を走らせ兵舎を目指す。
「はぁっ! 急げ馬よ、黄金の山が私を待っているぞ! うぇひひひひぃっ!」
金が絡まぬなら王を前にしても山のように動かぬが、金のためならば貧民相手だろうと全力で疾走する。それがこのルーゼンバーク代官、ヘルブラント・アッセルという男なのである。
幸いにして今日は満月。夜空にぽつんと光る月が、彼の進むべき道をうっすらと照らしている。
彼の駆る馬は蹄の音を立てながら、薄暗い町を駆けて行く。そんな様子を哨戒の兵士達が、嫌そうな顔で見送っていた。