35.共謀の理由
「今、セントベルは非常に治安が悪くなっているのです」
グッチは困ったように胡散臭そうな顔をしかめた。
「このセントベルが、戦争の影響で五年前に多くの男手を失ったことはご存知ですかな?」
「ああ、それは知ってる。それが?」
「この町は今女性ばかり。そして力仕事なら掃いて捨てるほどあるこの町に入ってくるのは男性ばかり。女性ばかりの町に多くの男性がなだれ込んでいるわけですな。それが悪いことだとは思いませんが、しかしその男性達の中には……まあ、不届きな者もいるわけですな」
「この町には男が圧倒的に少ねぇし、さらに言やぁ衛兵も冒険者も少ねぇ。いざこざがあっても対応できる奴が少ねぇから、そういう性質の悪ぃ奴らが入って来やすい。町に自衛力がねぇわけだ」
グッチが説明すれば、アダンも髪のない頭をコリコリと掻き、参ったというふうに片方の眉を上げた。その話が本当であれば、物騒な話だが。
「俺達が不審者に見えたってことか?」
「正確に言やあ、お前ら二人がそのちっこい嬢ちゃんを誑かして連れてきたか疑ったってわけだな」
床に寝かされているスティアの頬を、ちょんちょんと突っついているホシ。アダンはそれを横目で見ながら理由を口にした。
なるほど。俺とスティアを人さらいと勘違いしたってわけか。失礼な話だ。
しかしもしそうだったなら、冒険者ギルドになんぞそもそも連れてこないだろうに。
そんな俺の表情を見てか、グッチが軽く首を振った。
「以前そういったことがあったのですな。恐らく、金を稼げるからなどと言って町にいる子供を騙したのでしょう。町の外に連れ出されてしまうと、後で魔物に襲われて死んだなど言われてしまえば、もうこちらでは手の出しようがなくなってしまうのですな」
今俺達がいる国では奴隷制度というものがない。だから子供をさらった場合、身代金を要求するのが通常だろう。
だがこのセントベルの状況を考えると、捕まるリスクを冒してまでそんなことをする奴がいるだろうか。
戦前ならともかく、今は誰もが困窮しているはずだ。金銭的な余裕なんてあるわけがない。
なら考えられることは一つだ。王国で売れないなら場所を変えて売ればいい。
例えば――ルルレイア帝国などだ。
帝国にはいい思い出が全くない。無意識に舌打ちが出た。
「だからこそ今、こうして冒険者さんのお力をお借りして注意をしているというわけですな。おわかり頂けましたかな?」
「……ああ。よーく分かったよ」
ともあれそういう前例があったなら、この対応も当然かと納得はできた。人さらいがいるというなら、是非はともかく見慣れない人間を疑わしい目で見てしまうのも無理は無い。
今気づいたが、俺達に会った時のユーリちゃんも、実は結構危なかったんじゃないだろうか。シェルトさんには後で注意するように言っておこう。
「まぁ、そう言うこった。疑ったのはすまなかったが、納得はしてくれや。あと冒険者になるってなら、お前ぇらも周りに気ぃつけてやってくれ。この町はそうできる奴が少ねぇからな。んじゃな」
アダンはそう言いながらこちらに背を向けると、手をヒラヒラ振って立ち去って行く。
悪人面の癖に意外と良い奴だったようだ。格好いいじゃねぇか。
「さて、それでは話の方を進めて宜しいですかな?」
グッチはやっと目が覚め、体を起したスティアを横目で見ながらそう聞いてくる。どこまで話をしていたか忘れたが……まあいいか。
「ご存知かと思いますが、冒険者ギルドは大きな町なら大体支部がありますな。このセントベルギルドもその支部の一つで、本部は王都にありますな。まあここはあまり詳しく知らなくても特に問題ありませんから、適当に端折りましょう」
それでいいのかギルド職員。俺の心配をよそに、彼は良く聞いておけとばかりに眼鏡をくいっと上げ、俺達の顔に視線を巡らせる。
その仕草がまた感嘆するほど非常に胡散臭い。親の顔が見てみたいくらいだ。
「さて……。冒険者になって頂きますと、ギルドの規約に従って頂くことになりますな。文字は読めますかな? 問題なければこちらの冊子をどうぞ」
グッチはそう言って数枚つづりの規約集を手渡してきた。珍しく羊皮紙でなく麻紙で作ってある資料だ。
しかもどうやらこの冊子、冒険者になればタダでもらえるらしい。
こんなものでも本なら買えば小銀貨が必要になる値段にはなるだろう。冒険者ギルドは随分羽振りがいいみたいだな。
しかしこういうの見るの面倒なんだよな。どうせ無駄な事ばっかり書いてあるんだろ?
そう前職を思い出しながらも、一応ページをめくってみた。
スティアとホシも顔を寄せてくる。だがホシ。お前、字読めないだろうが。
最初はギルドの概要がどうたら書いてあった。ギルドの前身は狩人ギルドでうんたらかんたら~と書いてあったが、ギルドの歴史なんぞ知る必要が全くないので問答無用で飛ばす。
次に冒険者についての内容が書いてあるが、”冒険者とは!”なんてのは、これもひたすらどうでもいい内容なので右に同じ。
こういう資料って、なんでこう何の役にも立たないことが懇切丁寧に書いてあるんだろう。かさ増しのためか? 一体誰が喜ぶんだろうか。紙と労力の無駄遣いだ。
さて次は、冒険者が受けられる支援制度について。
ここには先ほどスティアが言っていたような、町に入る際に支払う税――入市税の一部免除や、ギルド宿舎の無料貸し出し、武器の管理費用の一部負担など色々な項目がずらりと書いてある。
だが見たところ、低ランクでは受けられる項目が殆どない。
支援を受けられる程度もランクが上がると高くなるが、高ランクと低ランクでは雲泥の差だ。
つまり、ランクが低いと殆ど優遇されませんよ、ってことだな。
まあ誰でも彼でも優遇するってのは普通ないよな。当然だろう。
次は権利と義務について。これは主に依頼を受ける際についての注意事項のようだ。
依頼は先に受理した者がそれを完了する権利を有する。
依頼を受けた場合、その依頼を他人へ譲渡することは、ギルドと両者の承認があった場合のみ認める。
受けた依頼を断念する場合違約金の支払いが発生する。等々、多岐に渡っている。
他、ギルドからの召集には可能な限り応じること、犯罪行為や明確な規約違反があった場合冒険者資格を剥奪することなど、意外と、というと失礼かもしれないが、わりと細かいことも書いてあった。
冒険者というと、良く言ってざっくばらん、悪く言えばちゃらんぽらんな組織のように思っていたが、大分失礼な認識だったかもしれない。偏見を改めたほうがよさそうだ。
「ん? スティア、ここ見てみろ」
「はい? ……あっ!」
そこには、冒険者がパーティを組む際についての方針について記載されていた。
「”パーティを組む際は一部の例外を除き、2ランク以内の冒険者同士のみ認める”だとさ」
「……どうやら、そうみたいですわね!」
この理由は俺にも分かる。実力差がありすぎる人間を同列一まとめにしてしまうと、後進が育たないからだろう。
ただ、俺がスティアに声をかけた理由はそれとは全く関係が無い。にこやかにスティアの顔を見ると、スティアの目がきょろきょろと泳いでいた。
「お前が何でランクを教えたがらないか分かったよ」
「あ、あのぉ……そのぉ……」
図星だったのだろう、スティアは手をもじもじさせ始めた。俺は改めてその資料へ目を落とす。
スティアのランクは間違いなくランクDより上だろう。そしてこの規約に書いてある通り、最初は皆ランクGからスタートだ。
ランクGは冒険者”見習い”で、ちゃんと依頼をこなしてギルドの評価が上がれば、そう長くかからずランクF、つまり正式に冒険者と認められるとある。
ただランクGの冒険者とパーティを組むには2ランク以内……ようするに、GからEのランクの冒険者でないとパーティを組めない、というわけだ。
「わたくし、ずっとソロだったものですから……誰かとパーティを組んだことがないのですわ。だから、これを機に組んでみたかったのですが……。ダメ、でしょうか……?」
ぽそぽそと言い訳をしながら上目遣いでこちらを見るスティア。そんなふうに言われたら駄目って言いにくいだろが。いや、駄目という理由がそもそもないが。
ともかく、そんな事くらい普通に言ってくれれば断らないのに、何で相談しなかったんだ。ぼっちが恥ずかしかったのだろうか? そんなこと今さら気にしないのにな。
「そうならそうと言えよ。別に構いやしないだろ。俺も、ホシもバドだってさ。なぁ?」
「うん! すーちゃんと一緒がいい!」
「ほ、本当ですの!? やったーっ!」
急に目を輝かせるスティア。そんなに嬉しいか。
「貴方様と駆け上がるサクセスストーリーが、わたくしを待っていますわーッ!」
そっちが本音かい! ちょっと同情しちゃっただろうが!
大体、駆け上がる予定も理由もねぇよ! 冒険者には身元の保証と小金稼ぎのためになるだけだっつーの!
それに万が一有名にでもなっちゃったら、足が付きやすくなるだろが。むしろ駆け上がっちゃ駄目な理由があるくらいなんだよ。
こんなもんほどほどで良いんだ、ほどほどで。暴走するんじゃあない。
「グホッ! ゲホッ! ノホッ! そろそろ宜しいですかな?」
痺れを切らしたのかグッチが変な咳払いをしながら声をかけてくる。
わざとらし過ぎてイラッとしたが、規約もざっと目を通したし、登録すればこの規約集は貰えるようだから、こんなところで突っ立って確認している理由ももうない。
ぱっと見た限り登録することには問題なさそうだったから、先に手続きを済ませてしまおう。
スティアとホシに視線を送り、お互いに問題ないことを目で再度確認し合う。
そして、こちらに期待するような目を向けていたグッチに向き直った。
「登録には問題なかった。手続きを進めてくれ」